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本編
37:大きなガラスってお高いんです
しおりを挟む帝都の高級な宿に、やんごとなき帝国皇子が優雅に座っていた。
一瞬幻覚かと思い、扉を閉じて再度開けたが紛れもなく俺の泊まっている部屋で。
何せソファに今朝脱ぎ捨てた俺のシャツが掛かっている。
「え~と…?なぜ、ここに?」
「用があるからに決まっているだろう。私の最強の剣を鈍にして逃げられると思うな」
皇子の剣?ヴィラードのことか。
でも鈍にしたってどういう意味だ?
俺は扉の前で立ち尽くしたまま動揺した。
そんな俺をお構いなしに鋭い目つきで睨んでくるルシャード。
そして艶やかな濃紺の髪をかき上げ、深く溜息をついた。
「セブ、お前は思ったより厄介な男だったな?探し出すのに苦労したぞ」
あーマジか。
まさか組織のことまでバレちゃったとか?そうだよな?じゃなきゃこの宿にまで辿り着けないもんな。
……終わったな、俺。
俺は固唾を飲んで彼の言葉に耳を傾けた。
「貴族が裏社会で訓練した子を側仕えに置くのは耳にしたことはある。マレクラルス侯爵もそういった経緯でお前をフェリの側につけていたと認識していたが、……まさか現役だったとは驚きだ」
そうだな。ボスは俺を手放さず、ちょくちょく仕事を振っていたからな。
普段帝国にいるボスにとっても、俺はウィリデリア王国の情報源だったし。というか、俺が堅気じゃないのはバレてたんだな。地味にショックだ。
「お前の素性を部下に探らせたが影すら撒いた事で確信した。それでヴィラードにも尾行させていたが、結局尻尾を出さなかったな?」
「それってお嬢様との仲を疑って尾けさせてたんじゃないの?」
「それだけで私の最強の剣を動かす訳なかろう。……まぁ今思えば本人が率先して動いたのもあるが…」
たまにいたアレ、殿下の影だったのか。てっきりお嬢様狙いの刺客かと思ってたわ。そんでヴィラードは独断で俺を尾けていたのか?
やっぱアイツ、ストーカーか!
少し沈黙が続くと、ルシャードは小さく呟く。
「私はフェリとの婚約が決まった…」
念願叶ってさぞかし浮かれているはずが、なぜか溜め息をついている皇子。
あ、俺お祝い言ってないわ!
「あ、おめでとうございます!遅ればせながら末永くお二人のご多幸とご健勝を願いま…」
「定型文の祝いは要らん。それよりも目の前の問題を解決するのが先決だ」
「問題?」
何の問題だ?
ルシャードは形の良いアーモンド型の紺眼を向け俺を睨む。
「お前だ、セブ」
「は?なんで俺?何かしました?」
呑気に首を傾げると、彼の形相はみるみる怒りに満ちる。
あれ?これやばいヤツ?
「大いにしでかしたわ!フェリの元から逃げ出した挙句よくも私のヴィラードを誑かして捨てたな!お陰で今の彼は抜け殻だぞ?我が国最強の魔法剣士〝氷獄の鬼神〟が見る影もないぞ!責任を取れこのクサレ侍従が!」
ルシャードが立ち上がると部屋に地響きが起こった。
壁が震えテーブルの脚がガタガタ鳴り響き、ミニカウンターの茶器類が今にも割れそうな音を立てている!
待って待って!また魔力暴走してるよ皇子!今ここで暴走しないで!俺じゃ止めらんねーんだから!
「ままま待って下さい殿下!そして落ち着いて!部屋が壊れるっ!」
「待てる訳ないだろう!しかも事もあろうに婚姻契約直後に逃げ出すとは私に何の恨みがあるというのだ!いきなりフェリの悲しい顔を見る羽目になった私の胸の疼きとフェリの痛みを思い知れ!」
いやいや何言ってんだよこの暴走皇子!
取り敢えずその魔力仕舞ってくれよ!俺じゃここの修繕費払えねーよ!高級宿だぞ?!
「思い知りました!充分に痛いですごめんなさい!あぁっ!窓ガラスにヒビが入ってるぅ!抑えて!殿下抑えて!」
パリン!と鋭い音と共にとうとう窓ガラスが弾ける。
いやぁぁーーっ!この世界のでっかい窓ガラスって高いんだよぉぉっ!俺の八年間のお給金が飛んじゃうーー!
「今すぐヴィラードに会いに行き許しを乞え!そしてフェリの側に仕えろ!命令だ!」
ルシャードの一挙手一投足に次々と窓ガラスが割れていく。
一まーい二まーい…あああっ!四枚目も割れちゃったぁぁー!
「あああ謝ります!ヴィラード様には誠心誠意を込めて謝りますがお嬢様に関しては俺の一存じゃ無理なんですよー!」
「無理ではない!私の命令だ!」
「だから、俺の雇用主は侯爵様じゃないんですって!………!」
「知っている」
ふ、とルシャードの顔から悪い笑みが溢れた。
乱れ狂っていた魔力の暴風が凪いていく。
「リュディガー、だろう?ウィリデリアではロジェと名乗っているみたいだが。お前は相当な大物に飼われていたようだな」
あ。
そうか。
そこまで調べはついていたんだった。
俺は息を呑み、ストンと床に尻を着き、思考停止で彼の紺色の瞳を見つめた。
気が付くとルシャードの暴走は治まり、パラパラとガラスの破片が風で欠け落ち、余震で額縁が壁を打っていた。
「それならご理解頂けるでしょう?俺はお嬢様が婚姻するまでの契約で、既に宮廷入りしたので今はボスの元に戻っただけなんですから」
ルシャードは床に座る俺に近付き、麗しい顔で見下ろす。
「そのボスから私が貰い受けた」
は?
「え?貰い受けた……?嫁?」
「脳味噌腐ってるのか?」
「サーセン」
「………転職だ。リュディガーの部下から、私の部下になる」
はぁ?
「つまり、今のお前のボスは、私だ。しっかり働け?」
あぁぁぁぁっーーー?!
俺のボスより凶悪面で微笑う皇子が、魔王に見えた。
◆
喉が渇いたという皇子に、俺はお茶を入れ差し出す。
ミニカウンターにあった茶器が破壊されず無事だったことに安堵した俺。
ガラスが割れて剥き出しになった部屋で優雅にお茶を嗜む帝国皇子。
落ち着いたところで話を聞いた。
契約前夜、ルシャードは様子のおかしいヴィラードが気になりつつもフェリシテお嬢様との契約準備に忙しく、終わった後で話をしようと当日を迎えた。
そしてお嬢様の差し出した条件に【セバスティアンを侍従として迎える】との項目を見つけ、大した問題ではないと二つ返事で了承する。
ところが。
蓋を開けてみればセバスティアンが早々に侍従契約解除の書類を置いてマレクラルス家を去ったと聞き、フェリシテお嬢様が酷く嘆く。
困ったルシャードはヴィラードに捜索を指示しようとしたが、こちらも酷く憔悴していた。
何事かと問い詰めればセブに振られたとの事。自分と同時期にこっそり金月花を摘んだことも明かされ、まさか相手がセバスティアンだったことにも驚き、更にマレクラルス侯爵に話を聞けばセバスティアンの行方に関しては『触れてはいけない契約なので知らない』と一切の口を閉ざしてしまった。
侯爵ほどの貴族が閉ざすとなれば理由は後ろ暗い事しかなく、以前からセブは裏社会で育てられた子だと認識していたルシャードは、早速この大陸で最大勢力の組織に目星を付けた。
「よくボスの元に辿り着けましたね?」
俺も茶を飲み尋ねた。
「私は帝国に敵対する勢力を駆逐する立場だぞ?大きな反社会組織の動向は常に情報を得ている。ただリュディガー個人と連絡を取るには難儀した。なのでウィリデリアのモフロワ団長の協力も仰いだ」
モフロワ団長…‥イジドールか。
そこから足がついたんだな、と納得。
「モフロワ団長からリュディガーに連絡を取ってもらった。心配は無用だ、団長にはセバスティアンの名前は一切出していない」
「はぁ左様ですか。多分色々バレてそうなんでいいですよ。イジドールも俺の仕事相手だったんで」
項垂れてそう答えると、ルシャードは咳払いをして取り直す。
「お陰で面白い繋がりを得た」
ボソリと呟くが、俺の耳には入っていなかった。
少しの沈黙が続き、ルシャードはカップを置き静かに尋ねた。
「何故ヴィラードを振った?彼ほど誠実で優秀な美丈夫はそうそう居ないと思うが。というかお前には勿体ない程の男だぞ?」
「えぇその通りで俺には分不相応です。俺のボスと話をしたのなら、俺がどんな仕事をしていたか聞いているでしょう」
そう言うと、ルシャードは一瞬顔を赤らめ、さっきよりも大きな咳払いで誤魔化す。
そして悔しそうに皇子らしからぬ愚痴を吐き出した。
「はぁぁぁ!何故お前なんだ!今まで彼に秋波を向ける基準に満たない男は悉く潰し、選抜した良家の令嬢を差し向けて来たと言うのに私の苦労が台無しだ!」
「は?え?男を潰した?ちょっと待って?もしかして殿下がヴィルの恋愛を妨害してきたって事ですか?だから男経験が無かったのか!」
「当たり前だろう!文官は高慢でいけ好かんし、恥ずかしい話だが我が帝国騎士や兵士どもは挨拶がわりに体を交わすような奴らばかりだ!そんな不誠実な奴らに私のヴィラードを渡す訳がなかろう!」
「ぇ、超過保護……!」
「どうとでも言え。とにかくヴィラードとは誠実な付き合いをしなければ私が手を下すぞ?」
こわっ!
やだこの皇子、愛情が色々抉れてる!
「安心して下さい。俺はヴィラード様とはお付き合いできないですから」
「は?まだ言うのか?それでもヴィラードはお前を選んだのだぞ?」
「だって無理じゃないですかー。イジドール然り、何なら帝国の偉い人とも俺寝てますよー?そんな俺のせいでヴィラード様を傷つけたくないですもん」
自虐的に答えると、ルシャードは後ろを振り向き声を上げる。
「などと言っているが、どうだ?」
「構いません。寧ろ唆ります」
空間が歪み、現れたエロボディ。
ま た か !
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
やっぱり居たムッツリ騎士!
続きは10分後です(๑˃̵ᴗ˂̵)
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