悪役令嬢のビッチ侍従

梅乃屋

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本編

36:帝国のマヨネーズは酸っぱいらしい

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 昨夜の雨はすっかり上がり、清々しい朝がきた。

 マレクラルス家は朝から忙しなく、婚姻契約のために皇宮へ上がる準備に勤しむ。

 俺は着替え終わったお嬢様の部屋へお茶をお持ちし、優雅に侍女とお喋りをするのを黙って見ていた。

「セブ?珍しく大人しいわね。ふふ、もしかしてあなたが緊張しているの?」
 クスクスと嬉しそうに微笑う俺のお嬢様。

 そうだな。緊張していると言えばしている。
 だってな。
 今日でお別れなんだよなー。

 たのしかったーじじゅうせいかつー!
 ありがとーございましたー!

 かわいかったーお嬢様のデレー!
 ありがとーございましたー!

 たっぷりもらったーおきゅーきん!
 ありがとーございましたー!

 幼い卒業式を思い出し、頭ん中で馬鹿な呼びかけを巡らす。
 侯爵夫人の準備も整い、馬車へマレクラルス一家が乗ったのを確認し、俺は侍女達の馬車へ行くと見せかけその場を離れた。

 侍女長が目敏く俺を見つけ、早く乗れと目で訴えるが俺はお留守番だとジェスチャーして送り出した。

 馬車が見えなくなるまで見送り、俺は荷造りを始める。
 元々帝国へ来るのに荷造りしたままで解いてなかったので早い。

 ただ、八年になる荷物は割と多くて振り分けが大変だ。
 残りは後で郵送してもらうかな。

「あーーー」

 どうでもいい呻き声を出し、カバンの蓋と感情を閉じ込める。

 いや別に今日出ていかなくても良いとは思うんだけど、俺自身が耐えられそうにないんだよ。
 この生活が楽しすぎて。
 お嬢様が可愛すぎて。
 マレクラルス家が好きすぎて。

 今いかないと俺は動けなくなってしまうから。

 ヴィラードだってそうだ。
 何だよアイツ。
 金月花なんぞ持ってきて求婚て!アレ、夏にルシャードと摘んだやつを保存してたんだろ。ほんとハイスペックな魔術使いやがる。
 やっぱ体を合わせるんじゃなかったかな。後悔してもしきれない。
 何せあの体、最高だったし、エロかったし、気持ちよかったし。
 今までで最高の相性だったわ。
 もう二度あんな良い思いは出来ない…………。

 はぁぁぁぁ。

 何でボスは俺を拾ったんだ。
 いや、俺を拾ってくれなきゃ俺はマレクラルス家に出会わなければヴィラードにも出会わなかった。何ならその辺で野垂れ死んでたかもしれない。いや死ぬだけならまだ良くて薬漬けにされて一生性奴隷って事もあり得る。

 いかん。思考がネガティブになってきた!
 俺らしくない。

 深く考えても俺の頭じゃ答えなんて出ないし、出たところで絶対不正解だ。

 つまるところ、考えるだけ無駄だと。



「そう思わないか?セブ」

「そうだなー。ところでこのフロマージュ頼んで良い?ボス」

 俺は今、帝都のカフェで久しぶりのボスとランチ中だ。
 あの後すぐに侯爵邸を出てボスと合流し、ヤツのどうでも良い話に適当に相槌して謎肉を齧る。

「何だよセブ。久しぶりだっつーのに随分素っ気ないじゃないか。あの家を出るのがそんなに辛かったのか?ん?」
「まーなー。楽しかったしお嬢様は可愛かったしー」

 久しぶりに会ったボスはほんの少し老けて見えた。
 来年で四十九歳だっけな?そりゃ白髪も増えるわな。

 こうやって普通にランチをしているボスは組織の頭には見えず、小綺麗な商人と言った雰囲気だ。
 中肉中背、よくある焦茶の髪色によくある茶色の瞳。綺麗に整えた口髭を蓄え、その口でエビを頬張る。

「ふはは!だったら嬢ちゃんの婚姻まで傍に居れば良かったんじゃねーのかい?」
「決心が揺らぐだろー。それにどのみちお嬢様は皇宮生活なんだから俺はついていけねーだろ」
「普通はそうだな。護衛以外の男が令嬢に付きっきりてのは非常識だ」
「だろう?」

 俺は付け合わせの人参を頬張り、グラッセだったことに気付いて顔を顰めた。俺、この妙な甘さが苦手なんだ。

「相変わらず人参は嫌いか」
 くつくつと笑いながら俺のグラッセをフォークで突き刺すボス。

「違ぇよ、グラッセが嫌いなんだよ。マヨネーズがあれば普通に生でポリポリ食えるって」
「マヨなんて酸っぱいだけだろう」
「ウィリデリアのマヨは美味いぞ。レシピ貰って生産すれば大ウケするんじゃね?」
「……ほぅ?」

 などと。
 約三年ぶりに再会した俺達は、取り留めのない会話をして過ごした。
 そのまま俺は以前住んでいたボスの屋敷に泊まるのかと思っていたが、部屋が用意出来ていないとかで宿を手配してもらった。
 下っ端の俺に似つかわしく無い、かなり豪華な宿だった。

「こんな高そうな宿、良いのか?」
「良いも悪いも今のお前を安宿なんかに泊めさせた途端、盛った野獣が群がって来ちまう。お前は喜ぶかもしれんが俺は許さん!」

 へぇへぇ。仰る通りに致しますよ。
 俺の性欲を知るボスは、のべつ幕無しに男を漁るのをよしとしない。特別感が減るとかだそうだが、俺としては禁欲生活を強いられてまぁまぁ不服だ。

 でも高級宿にタダで泊まれるんなら全然良いけどな。

 俺は広いリビングに大きな鞄を投げ置き、ソファへ体を預ける。

「何か要るもんとか有れば言ってくれ。俺もちょくちょく顔を出してやるから」
 ボスはそう言って忙しなく腰を上げた。

「なんだよ。もう帰るのか?」
「これでも忙しい身でな。お前は帝都観光でもして楽しんでろ。大通りも昔と随分変わったからな。あ、ちゃんと飯は食えよ?それから暗い夜道は一人で歩くな?拐われんぞ」
「お母さんかよ」
「馬鹿言うな。お養父さんだ!」

 違いない。

 俺は南西地区にある農商ウルリヒの養子として孤児院から引き取られた。
 数あるボスのカモフラージュ身分だ。俺が奴をボスと呼ぶのも、誰も奴の本名を知らないからだ。
 俺がボスに引き取られた当初、農業に携わって暮らしていくのだと思っていたのだがまさかこんな転生人生が待っていたとは思いもよらず。
 なかなか楽しいので後悔はない。


 ボスが帰った後、俺は奮発して併設されているレストランで一人夕食を楽しむ。さすが高級宿であって浴室も広く一人泡風呂を堪能し、一夜をゆったり過ごした。
 少々朝寝坊し、こんなにだらけた朝を満喫したのは久しぶりだと独りごちる。
 ブランチと一緒に届けられた号外新聞を開けば、コルディア帝国第三皇子ルシャードの婚約発表がデカデカと掲載されていた。
 お相手はウィリデリア王国の侯爵令嬢だと。

 流石にフェリシテお嬢様の顔写真は載ってなかったが、ルシャードの顔は一面に掲載されていた。
 いつの写真かは分からんが、見切れた箇所にヴィラードを見つける。良い男だ。

 えへへ。俺、こいつと寝たんだぞ?なんてゲスな自慢をしたくなるほど高潔で鋭い目つきを持つ帝国騎士様。
 この写真を見る限り誰も信じてくれないだろう。ヴィラードは他を寄せ付けない恐ろしいほどの覇気を持つ男だもんな。

 ボスの好意に甘えて帝都観光したりダラダラと過ごして一週間。
 偶にお誘い受けたり拐われそうになったりしたけれど、俺は元気です。

 そろそろ飽きてきたなーなんて思いながら部屋に戻ると、そこには客が居た。



「休暇を楽しんでいるようだな、セブ?」



 ソファへ優雅に腰掛け俺を待っていたのは、現在コルディア全土を賑わしている時の男、

「ルシャード殿下……?」

 何故アンタがここにいる?


 俺は思わず扉をそっと閉じた。

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