悪役令嬢のビッチ侍従

梅乃屋

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本編

18:カツサンドからの、大いなる勘違い

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『なるほど、これは美味いな』
 モグモグと美味しそうにカツサンドを頬張り、帝国語で褒めるルシャード。

「美味い。フェリシテ、これは侯爵領の伝統料理なのか?」
 同じようにサクサクと食べ進めるアルベール。

『お口に合って良かったですわ。ウチの料理人の創作料理ですの』
 にっこりと帝国語で答えるフェリシテお嬢様。


 本日、赤薔薇宮で急遽カツサンドランチ会が催されている。


 ヴィラードにあげたカツサンドが美味しかったとルシャードの耳に入り、自分も食べたいと言い出した皇子。
 そしてルシャードの日程は常に開示されているためアルベール殿下からリディへ伝わり、なぜか彼らも参加することになった模様。

 ルシャードだけならまだしも、アルベールとリディの参加はフェリシテお嬢様のこめかみがピクリと動いたが、お嬢様スマイルで乗り切っているようだ。
 俺は侍従フェイスを保ちながら壁際に立つ。

 一頻りランチが終わった所で、サロンでお茶を振る舞い寛ぐ時間だが、お嬢様とリディが来ない。
 すぐにお嬢様を探すと廊下でリディと何やら揉めていた。

 その内容に俺は驚愕した。

「おかしいと思ったら貴女も転生者だったのね!」
 最初の明るくて可愛らしい印象はすっかり消え去り、恐ろしいほど攻撃的なリディ。

 やはりこのヒロインは転生者だったらしく、フェリシテお嬢様も転生者だと勘違いして貴族ではあり得ないほど無礼な態度で詰め寄っていた。

「リディ様?一体何を仰っているのか分かりませんわ」
「とぼけないでよ!あのカツサンドは思いっきり日本の料理じゃないのよ!」

 なるほど。カツサンドで転生者と認識したのか。

 だがリディよ、転生者は俺だ。
 そしてそれを料理人に伝えたのも俺だ。相手を間違えてるぞ。

「ニ、ホン……?」
「お陰で友情エンドで卒業するし隠しキャラは時期がずれるし、めちゃくちゃじゃないの!悪役令嬢お決まりのザマァでもするつもり⁈」
「隠し…きゃら?……ざまー…?」

 激しく謗るリディに、その内容がさっぱり理解できないお嬢様は首を傾げて困惑している。まぁ当然だな。

 しかし男爵令嬢が侯爵令嬢に対する態度ではない現状。
 俺はすぐに駆け寄り、お嬢様の前に立ちリディを見下ろす。

「リディ様。少々お言葉が過ぎるようですが、これ以上騒がれるなら今すぐ出て行って頂きますが?」

 少し低い声で伝えると彼女はその大きな目を見開き、俺を見つめて叫んだ。
「あなた、確か侍従よね?最初見た時からイケメンだと思ってたけど、もしかして番外編でも出たの?別ルートの攻略対象者!? 」

 ……こいつの頭ん中湧いてんな。

 全てゲームの世界で物を見ているようで、ここが現実だとわかっていないらしい。

 呆れていると、お嬢様がいつもの凛とした姿勢で俺の前に出て顎をツンと上げた。

「ベジエ男爵令嬢」
 冷たくリディを家名で呼ぶフェリシテお嬢様。
 立ち姿だけで気品と威厳が溢れる彼女は、やはり高位貴族だと感じる。

「少しは礼儀を弁えては如何かしら。わたくし、貴女と気軽に口を聞く許しを与えた覚えはありませんのよ」

 ぱさりと扇子を取り出し上から目線のお嬢様!
 ふぉおおおっ!さすがだ!
 高慢さ満載!ビバ悪役令嬢!素敵っ♡痺れるぅ♡

 俺がフェリシテお嬢様のお嬢様っぷりに震えていると、アルベール達もこちらに気付いてやって来た。

「どうしたんだリディ。何かあったのか?」
 アルベールが声をかけるとすぐにリディは彼に駆け寄り、その表情はヒロイン仕様に変わる。

「な、何でもないのです。私が、ぜんぶ悪いんです…私の身分が低いのでフェリシテ様のご気分を害してしまったようで…」
 グスリと鼻を啜り涙を隠す素振りで同情を買うリディ。女優だな。つか涙出てねーだろ。

 しかしながらアルベールには効果覿面だったようで、すぐにリディの肩を抱きフェリシテへ怒りの矛先を向けて来た。
「フェリシテ!何度リディを傷付ければ気が済むんだ!いくらお前の家が侯爵家とはいえ何をしても良い訳じゃないぞ!」

「あら?わたくしはただそこの男爵令嬢に礼儀を弁えるようお教えしただけですわ。それで泣き言を仰るなら、随分と心の弱いお嬢様ですのね?」

 …煽るねぇお嬢様。
 見るとアルベールの後ろに居るルシャードがニヤニヤと悪い笑顔で状況を楽しんでいる。
 二人から見えないとは言え、もう少し顔を引き締めろよ。

「フェリシテ、お前はもう少し言い方というものを学ぶべきだ!淑女教育が完璧でも心が冷たければ誰もお前についてこないぞ!」
 至極真っ当な事を仰るアルベール。
 状況が違えば正論だが、今回のこれはリディが悪い。

「心、ですか?ふふふ。わたくし、慈愛の精神は精進しておりますが、お行儀の悪い貴族は許しませんの」
「リディの何処が行儀悪いんだ!可哀想にこんなにも怯えているじゃないか!」
「怯えている方が弱者とは限りませんわ」
「……………?どういう意味だ?」

 フェリシテお嬢様の言葉の意味が分からず、キョトンとするアルベール。
 リディの本性はもっと図太いって事だよ、チョロ王子。

 だが良いが出来たので、俺は口を挟んだ。

「ルシャード殿下の御前ですので、どうかお収めくださいませんでしょうか」
 そう割り込むと、アルベールも背後のルシャードに気付き『お見苦しい所を』と詫びた。

 するとルシャードは柔和な笑顔を見せ、いきなり衝撃発言を落としてきた。

『婚約問題を抱えていると聞いたが、良ければ私に二人を応援させてもらえないだろうか?』

「「え?」」

 帝国語が分かるお嬢様とアルベールは同時に驚く。俺も驚いたが顔には出さず、ひたすら侍従フェイスだ。
 リディだけが理解できず呆けている。

「あ、ルシャード殿下が俺たちの結婚を応援してくれると言ってくれたんだよ」
 アルベールがリディに通訳すると彼女は声を上げる。

「は?そんなの駄目よ!」
「え?リディ?」
 焦って反対するリディに戸惑うアルベール。

 なんだよ、リディはもしかしてルシャード狙いだったのか?それともこの状況でハーレムエンドを目指す花畑脳なのか?

「え、あの、わざわざルシャード様のお手を煩わせるなんて、悪いわ……」
 慌てて繕うリディに、アルベールが優しく同意する。

「あ、あぁ確かにそうだな。我々の私的な問題を他国の殿下に頼るのは申し訳ない」
 そう納得したアルベールは、拙い帝国語で丁重に断った。

『そうですか。ですが、何かあれば是非とも協力させてください』

 ルシャードから小さく舌打ちが聞こえたのは気のせいか。

 そして懲りない女が一人。
「あのぅルシャード様。この後ご予定はありますか?是非とも白百合宮にも来て頂きたくて…」
 手を胸の前に組み目を潤ませてお誘いするリディ。

 ルシャードは笑顔のまま答える。
『私を誘うならまずは最低限の礼儀と帝国語を覚えてから来てくれ。それから私は一応帝国の皇族でね。名前呼びを許した覚えはないんだが?お行儀の悪いお嬢さん』

 顔面蒼白になるお嬢様とアルベール。
 畏れ多くもさっきから彼女は〝ルシャード様〟呼びしていたんだよ。ルシャードは〝殿を付けろよデコ助野郎!〟と遠回しに言った訳だ。

 だがしかし、笑顔で答えた彼に大いなる勘違いをしたリディ。

 嬉しそうに早速白百合宮へ行こうと誘う暴挙に出てしまい、慌てるアルベールとお嬢様。
 すぐに俺が〝殿下はこの後ご予定があると仰ったんですよ〟と嘘通訳してやると不服そうにしながらも、ルシャードの皇子スマイルに騙され帰ってくれた。




「アルベールが不憫に思えてきた…」

 リディ達が帰った後、ポツリと呟いたルシャードの言葉に俺も少しだけ同感した。

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