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本編
12:ただ訳せば良いってもんじゃない
しおりを挟むヒロイン、リディがいきなりご挨拶にやって来た。
フェリシテお嬢様の時ならいざ知らず、皇子殿下に先触れも出さずに来る不敬さは誰かどうにかしてやれと思う。
俺はしれっと失礼させて貰おうとすると、引き留められ通訳をお願いされた。
どうやら皇子はウィリデリア語が話せない設定にしておきたいらしいな。
じゃなきゃお嬢様が側にいる理由がなくなるからまぁ納得だが、クソ面倒な目に遭いそうで正直嫌だ。
リディが通され、殿下の斜め後ろに立つ俺を見つけた彼女は一瞬驚くが、すぐにはにかんだ笑顔でルシャード殿下へ挨拶をした。
「突然のご訪問で失礼致します。私は現在隣の白百合宮でお世話になっているベジエ男爵の娘、リディと申します」
可愛らしく膝を曲げ礼をするリディ。
幼げで可愛らしい仕草だが、お嬢様が見たら眉を顰める角度だろう。成人した淑女の礼じゃないとか言いそうだ。
ルシャード殿下が背後で控える俺に視線を送る。あぁ、通訳しろって?理解できてんだろうが一応帝国語で耳打ちする。
うんうんと頷き、俺に帝国語で言葉を託す。
『先触れもなくいきなり押し掛ける礼儀知らずの令嬢が私に何の用だろうか?』
オイ皇子よ。それ訳すのか?
「あー、どう言ったご用件でしょうか?と」
俺は言葉を選んで訳すと、俺の反対側に立っているヴィラード騎士がンンっと咳払いをする。
ふわりと笑みを浮かべる皇子を見て、頬を赤らめるリディ。
アンタ今ディスられてんぞ。
「あの、是非ともルシャード殿下にご挨拶させて頂きたく参りました」
ってよ?
『だそうですよ、殿下』
面倒なので通訳を端折って伝える俺。何事も効率化って大事だよな?
『ではもう顔は確認したので早々に帰ってウィリデリアの王子を誑かしておいてくれ』
だーかーらー!
アンタ帝国皇子だろう!オイタが過ぎんぞ?
俺の眉がピクリと痙攣するのを楽しそうに見ているルシャード殿下。
どうなってんだコイツ?
俺はヴィラードに視線を送るが、彼も諦めているのか鋭い目を一瞬細めただけでスルーだ。
リディは俺の通訳をキラキラした目で待っている。
「ええ…。早速のご挨拶に感謝と、あー…、本日ルシャード殿下はお疲れのようで、今日のところはこれで失礼させて頂きたいと。そう仰ってます」
「なら丁度よかった!疲れに効くお茶をお持ちしたんです!是非ともルシャード様に飲んでもらいたくて!今、淹れてもらいますね?」
持ってきた茶葉をテーブルに置き、俺に目配せするリディ。長居するつもりかこのヒロイン。
「リディ様?殿下はお疲れのご様子ですから、今は退室された方が良いですよ?」
善意の忠告を彼女に囁くと、彼女は眉を顰めて反論する。
「あの、ちゃんと私の言葉を訳してくれてるのですか?そもそもあなたはフェリシテ様の侍従でしょう?なんであなたが通訳なんてしているの?」
「帝国語が話せるからですよ。因みにお嬢様も今回の通訳のお役目を任されています」
「え?フェリシテ様が?あの人、帝国語が話せたの?」
「お嬢様は主要国の言語は堪能でらっしゃいますよ。それはいいので殿下のご機嫌を損ねる前に退室なさってください」
そう急かすと彼女は何を思ったのか茶葉を持って立ち上がり、直接殿下にそれを渡そうと近付いた。
その瞬間、素早い動きで殿下とリディの前に塞がったヴィラード。
「っきゃ!」
同時に彼のけしからん肉体に慄き体勢を崩しそうになるリディ。それをすぐに太っとい腕で支えられる。
結果的に腰を抱かれる格好になり、顔が近くキスでもしそうな距離だ。
って、え?何このシチュ!超羨ましいんだが!
うはぁ!俺もヴィラードに支えられたい♡そんで匂い嗅ぎたい♡
くそぅ無駄に鍛えた体幹のせいで転げるなんて芸当したことねぇわ。
俺なら倒れたついでに股間に顔を突っ込むくらいのラッキースケベを起こすんだが!あぁいぃなぁ♡羨ましい!俺も倒れてみてェ!
「ご、ごめんなさい。その…このお茶をお渡ししたかっただけなんです」
体勢を整えながら言葉の通じない設定のヴィラードへ一生懸命伝えるリディ。察するにヴィラードもウィリデリア語には困っていないと判断。
目をウルウルさせて上目遣いで話す彼女は庇護欲を唆られる。
まさかこれでヴィラードがヒロインに惚れたりしないよな?
するとルシャード殿下は俺に帝国語で話す。
『お茶はとりあえず受け取るから帰るように伝えてくれ。あと、来る時は先触れを出す様にとも…会う時間はないけどね』
俺は頷き、後半部分は伏せて伝えるとやっと帰ってくれた。
あぁもう疲れた。
俺もさっさと帰りたい。
なので役目は終わったとばかりに退散しようとすると、また引き留められる。
「セバスティアン」
もう!なんだよっ!これ以上俺のSAN値削るなよ!
とは言えず侍従スマイルでお返事。俺はやれば出来る侍従だ。
「何でしょうか、ルシャード殿下」
「アレがアルベールが夢中になっているという男爵令嬢なのか?」
「そのようですね」
ルシャード殿下は理解できないといった感じにヴィラードと顔を見合わせる。
俺も分からんわ。
「アルベールは私と違って次期国王と言われているのだろう。ならば必然的に迎える妻は王妃となるに相応しい者を選ぶことが重要だと思うのだが…あれは、側妃としてもなかなかに危ういぞ?」
激しく同意だが、俺に言うなよ。
俺は返事を差し控える笑顔を見せて、退室の意思を伝える。
「それではルシャード殿下。また御用があれば何なりとお申し付け下さい」
「成る程…。その魅惑の笑顔で色々誤魔化して来たようだが、フェリの美しさを知る私には効かんぞ?丁度いいセバスティアン。あの娘がどうやってアルベールを誑かしたのか調べて欲しい。内密にな?」
はぁぁぁんっ?!
もーやだーこの皇子!面倒臭いー!
これ以上俺にタスクを課すなよぉ!俺の頭ポンコツだぞ?シングルコアなんだから同時に色々出来ねーよ!
何その有無を言わさない威圧的な皇族スマイル!こっちが絶対反論出来ないと知っての表情だよな?もうこれだから王侯貴族て嫌なんだよ!無茶振りしている自覚なしで言ってくるのは勘弁してほしいわ!
あ。
と気付く。
侍従生活が染み付いた俺には伝家の宝刀があることに!
俺は表情を整え毅然と侍従スマイルで立ち向かう。
「申し訳ありませんルシャード殿下。俺はフェリシテお嬢様の侍従でございます。もし私的な御用命がおありならば、どうかお嬢様を通してからお願い致します。それではこれにて失礼致します」
むりぃぃぃ!
もう俺に何も期待しないでくれ!
俺は逃げるように赤薔薇宮へ戻った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
完全に遊ばれたセブ(๑>◡<๑)
この皇子、割と悪戯好き。
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