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しおりを挟むこちらは【悪役令嬢のビッチ侍従】のフェリシテ視点でお送りいたします。
全五話のストーリーとなっておりますので、宜しければ最後までお付き合い頂けると幸いです♡
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『……騎士は言いました。
〝美しい姫。どうかこの花と、そして私の想いを受け止めて貰えないだろうか〟
今までどんな豪奢な宝飾品を見ても驚かなかった王女は、その花の美しさに感嘆の声を溢します。
何よりも騎士の真摯な眼差しに心を打たれ、頬を赤らめ答えました。
〝その稀少な花と、貴方の想いを受け入れましょう〟
…そして二人は手を取り幸せに暮らしました。めでたし』
パタンと本を閉じ、わたくしは顔を上げた。
『ねぇフェリ。このお話の王女はなぜわざわざ稀少な宝を献上した者と結婚するって言ったの?金月花が欲しいなら最初から言えばよかったのに。さっぱり分からないよ』
シャディはわたくしが読んだお伽噺の内容が納得できず、難しい顔をして質問してきた。
彼はわたくしがこのコルディア帝国ディグレロ領に来て初めて出来たお友達だった。
ディグレロ領主の遠縁の子らしく、帝都から療養に来ているらしい。
…療養という割にはとても元気なんだけれども。何のご病気かは知らない。
『シャディったら分からないの?王女は誰とも結婚したくなかったのよ。だから無理難題を押し付けて全部断ってたの』
『じゃあ、騎士を選んだのは?金月花が珍しいのは分かるけど、それだけで結婚を決めるほどの花なのかな?』
ウィリデリア王国のみに咲く金月花は古代種で、野生でしか金色に咲かない稀少な花。
わたくしも夏の鑑賞会で一度お父様に連れて行ってもらったけど、とても美しく輝く花だった。
『勿論とても手に入りにくい花だけど、それだけじゃなく王女は元からこの騎士様を密かに想っていらっしゃったの。でも爵位が低かったら結ばれることが難しくて、本当なら誰とも結婚せずに想いを秘めたまま修道院にでも行くつもりだったのよ。乙女心が分かってないわね』
『おとめごころ……』
ぼんやりと呟くシャディ。
『シャディも大人になったらお嫁さんを貰うのでしょう?ちゃんと理解してあげないと仲良く出来ないわよ』
『う、うん。分かった。理解できるように…努力する』
『素敵な旦那様になれりゅといいわね♪ 』
『……っぷ!フェリ、また訛ってる♡』
『どこが?どこが訛ってりゅのよっ』
『今も!可愛いウィリデリア訛りだね♡』
『揶揄わないでっ』
懐かしい。
ふと、十歳頃に留学していた時のお友達のことを思い出した。彼は今でも元気にしているのでしょうか。
あの時だけは、侯爵令嬢としてではなく普通のフェリとして楽しい日々を送っていた。
とても懐かしく温かい記憶。
記憶と言えば。
昨夜の卒業パーティーは一生忘れ得ぬ耐え難き思い出となりましたわ……!
まさかあんな大勢の前で婚約破棄を宣言されるとは思いませんでしたわよ。
昨夜はわたくしが通う学園の卒業パーティーだった。
そしていきなりわたくしの婚約者であるアルベール殿下とその浮気相手の男爵令嬢、更に三人のご学友が取り囲み、大声でわたくしを罵った。
あの時は男性達に威嚇され周囲には軽蔑の眼差しを向けられ、正直倒れそうでしたわ。
幸い、わたくしの弟ジュールとセブが支えてくれて何とか侯爵令嬢としての矜持を保てることが出来たけれども、彼らがいなかったら無様に気を失っているところでしたもの。何せ今でも震えが止まらない。
何よりあの男爵令嬢……!
アルベール殿下の庇護に隠れ、わたくしを嘲笑っていた顔は今でも脳に焼き付いておりますわ!
よくもわたくしを、そしてマレクラルス家の顔に泥を塗ってくださったわね!
事あるごとにわたくしを陥れ周囲を懐柔し、剰えパーティーで晒し者にしてくれたあの令嬢!
わたくしが十八年かけて培った血と汗と涙の結晶をわずか一瞬で粉々に砕いてくださったわ。
わたくしがどれだけ歯を食いしばってここまでの教養を身に付け、どれだけの我慢を強いられてきたか……!
この怨み、どう晴らさせて頂こうかしら!
「ふ、ふふふふ……!」バキっ
あら、わたくしとした事が。扇子が折れてしまったようですわ。はしたない。
…お嬢様。良い行いも悪い行いも自身に返ってくる因果応報って言葉、知ってます?
腹に渦巻くドス黒い怨念が育ちかけた瞬間、侍従の言葉が脳裏に浮かぶ。
お陰で深淵から湧き上がる悍しい感情はふわりと四散された。
侍従の癖にこのわたくしへ口出し、不遜な態度を改める事なくいつも側にいる、少し…いえかなり見目の好いわたくしの侍従、セバスティアン。愛称はセブ。
何かある度彼の言葉はわたくしの思考を遮り、そして穏やかにさせてくる。
彼はコルディア帝国から帰国する際、わたくしの身代わりに誘拐されたのをきっかけに、お父様にお強請りして雇い入れた侍従だった。
我儘を言った手前、少々気に入らない言動が多くても傍に置いていたら八年も経っていた。
出会った頃は人形のように可愛らしい容姿で眩い笑顔を振り撒く彼でしたけれど、八年経った今は妙な色気を発して常に周囲の者達を魅了する厄介な侍従へと成長しましたわ。
けれども彼は元々好ましくない組織で訓練を受けて育っただけに、わたくしの侍従をしながら何度も危機から救ってくれる。
その見目麗しい容姿からは想像できないほど小狡く敵には容赦なく、そして何よりも不埒。
慇懃無礼なセブだけれども、わたくしにはかけがえの無い侍従であり友人であり、血の繋がらない兄のような存在。
それに、お父様が安心して彼をわたくしの傍に置くのは彼の嗜好が女性ではなく男性である事が大きい。
一緒に暮らして分かった彼の好みは〝逞しい大人の男性〟。特にお胸の筋肉が発達した大柄で品の良い方がお好きね。ウチの私設騎士団の練習場を見ていた時『うはぁ…輪姦されてぇ♡』と溢していたもの。最初は言葉の意味が分からず、後で知った時は気絶しそうなほど驚きましたけれども!
あら、色々考えてたら気が逸れましたわね。
わたくしは生まれた時から婚約が決まっており、将来は王妃となれるよう疑いもなく教育を受けてきた。
ですが今。
それが見事に弾け飛び、最初は折角築き上げて来たわたくしの全てが崩れてしまったと嘆き、怨み、そして悍しい怒気が渦巻きましたが、何故かふと気付けば解放された気分になりましたの。
何故でしょうね?
帰宅したわたくしを労わりお風呂に入れてくれ、その後優しくオイルマッサージをしてくれた侍女達。
終わった頃合いを見計らってお茶を淹れて黙って傍にいた侍従のセブ。
とっておきのアップルコンポートをくれた弟のジュール。あの子のお気に入りなのに。
周囲の気遣いがわたくしを癒やしてくれたのね。
とても、
清々しい。
わたくしは王妃を目指さなくても良いと。
窮屈な想いをしながら国母としての責任を全うしなくても良いと。
とても、
晴れやか。
そう考えると落ち着いた。
と、なれば。
このまま婚約を解消していただくと、わたくしは別の方に嫁入り出来ますわね?
お母様のように邸の管理をし、家の経営を手伝い、たまにご友人達と優雅なお茶会を開き……
最高じゃありません?
わたくし、
普通の貴夫人になれる訳ですわね?
その前にこんな傷モノを娶ってくださるお方がいればのお話ですが、そこはお父様の手腕にお任せするとして。
あぁどうしましょう!
夢が広がりますわぁ♡
こうしてはいられませんわね。
ウチの小狡い侍従が動く前に釘を刺さなくては!
あの侍従はわたくしの知らない所で色々動き回るから手に負えませんの。
以前わたくしに粘着していた隣国貴族が密輸組織の首謀者として投獄されたと聞いた時は、腰を抜かしそうになりましたもの!
他にも毎回お茶会でわたくしを敵視する伯爵令嬢はいつの間にか領地へ帰っていたし、不埒な態度を取る騎士は居なくなっていましたわ。
全てセブの仕業としか思えませんわ。
今もきっと彼の中では男爵令嬢への報復を企てているに決まっている。
そうこうしていると婚約解消は陛下のお許しがもらえず、離宮暮らしを要求された。
お父様はかなり激怒していらしたけれども、陛下の決定には逆らえないようでしたわね。
わたくしは命令通り離宮へと引っ越し、セブにも何も起こさないよう釘を刺した。
刺しましたのに、あのポンコツ侍従……!
事もあろうにペリゴール宰相令息のクロヴィス様を誑かし、更には第一騎士団長ダンテス様のご令息マルセル様を嵌めたのよ!
わたくしがセブに贈ったシャツをマルセル様に破かれたのは確かに業腹ですが、そのシャツの弁償請求を、事もあろうに、ダンテス家に送り付けたのよ!
そんな事をすれば律儀で実直なダンテス団長はお詫びに来るに決まっているじゃない!あぁほら先触れが届きましたわ。
セブを一目見たダンテス団長は、見事に性的な暴力を振るったと勘違いなさった。もう訂正するのも諦めるわ。何を言っても無駄でしょうし。
何より、セブを見るダンテス団長の目付きが完全に堕ちていらっしゃるもの。しかもあの方セブの好みですわ。早々にお帰り頂いた方が賢明ね。ほらもう!セブったら鼻の下伸びてるわよ!ちゃんとお見送りしてちょうだい!
ともかく。
あの目付きは幾度となく見てきましたわ。
ご紹介された殿方がわたくしの斜め後ろに立つセブを見つけて、硬直。そしてそのままセブに熱っぽい視線を投げかける者や、チラチラと何度もセブを見る者。タイプは様々ですがセブの魔性に取り憑かれてしまっている顔はもう見飽きましたもの。
それでもセブは涼しい顔でわたくしの側に控え、周囲を警戒する。
よく出来た侍従?
そうよ、彼はとても優秀な侍従で護衛で、友人で……
「イタタタ…」
「どうしたのセブ?いつも通りお掛けになって?」
午後のお茶時間は普段から同席を促している。
「すみませんお嬢様。俺の尻穴スゴイことになってるんで立ったままで良いですか?」
但し、非常に不埒な侍従です。優秀ですが、エロ侍従です。
お蔭様で男性同士の閨事情をよく知る令嬢になりましたわ!
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