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第一章 始まり

暗闇で明かされた新事実【1】

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「そんなに壁を叩いたら穴が開いてしまいますよー」


 目を細めて口角が上がっているそれは、本来であれば人に対して愛嬌を示すはずなのにこの男がやるとどうにも鼻につく笑みへと変わってしまう。
 視界に入ってきたその顔に嫌気がこみあげてしまうが、今はそんな事よりもプティ君の身体の方が大事であった。


「子供が熱を出したんだ!  水をくれないか。このままじゃ!」
「ふぅん……まあ、ちょうどいいタイミングですし、わかりましたよー。もう少ししたら馬車が止まりますからその時に。大事な商品が死んでしまったら元も子もないですからね」


 こいつ……俺が気絶する前にも売り物どうこう言ってたが、やっぱり俺とプティ君を売り飛ばすつもりらしい。

 この世界に来てから自分はとても恵まれた環境に居たのだと、俺は今、痛感している。
 こちらに来てからというもの、リッシュ領の人々は本当に暖かく優しく接してくれていて、この目の前の男とその仲間達のような人物はこの世界にはいないのだと思い込んでしまっていたくらいだ。
 危うく忘れかけてしまっていた生き物の、特に人間という存在の負の部分。
 それは前の世界で嫌というほど感じていたはずなのに、頭の隅に追いやられて風化し始めていた。
 しかし、今この状況の影響によりその負の感情は、己の頭の中で無慈悲にも元の姿に戻り戻るどころか、むしろその姿を以前より徐々に大きくしていっている気がする。

 俺はその暗く重たい負の姿と、未だ暗い瞳をこちらに向けているの男の視線を自分の頭を振ることで追い払う事にした。


「ほら、もう止まりますからねー」


 そう言って小窓をの戸を閉めるリーダーの男。
 俺はすぐさまプティ君の元へと戻り小さく蹲っていた彼を再び抱きかかえた。

 熱に体力を奪われて辛いであろうプティ君の身体をなるべく負担をかけないように優しく、優しく腕に抱きかかえたその時、ふと俺が頭を振り払った際にリーダーの男がその顔色を変化させたことが気になった。
 本当にほんの少しだけの変化だったし、頭を振り払った際に見えたものだったので見間違いかもしれないが、まるで痛みを抱えたような堪えているような。

 何故あの男があのような顔色を見せたのか、後ろ髪をほんの細い一本だけ引かれる思いがした。
 でも今はそんな事よりも大事なことに目を向けることにした。


「プティ君、もうすぐお水をあげるからね」
「…………ぅん」


 返事をしてくれた。

 どうやら、プティ君の意識はまだはっきりしているようだ。
 でも、油断はできない。
 いつ容体が急変するかもわからないし、俺は子供が熱を出した時の対処法なんてわからない。
 できれば医者に診せたいが、今のこの状況だと無理に等しい。

 こんな時に魔力が使えたら…………。

 俺の拙い治癒魔法でも無いよりかマシなはずだが、この手に付けられた手錠のせいでそれは叶わない。
 リーダーの男に交渉してもいいかもしれないが、それを受け入れてくれることはきっと無い。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか揺れが収まっている荷馬車の扉がガチャリと重い音をたてて開かれた。


「さてさて、子供の様子はどーですかー?」


 そう言って扉を開き、ぼやっとした灯りのランプでこちらを照らしながら入ってきたのはリーダーの男。
 俺が気絶している間にどっぷりと日が暮れ、淡い月明かりのみの薄暗さに慣れてしまっていた目ではそのぼやっとしたランプの灯りでも目に刺さる。
 思わず目が眩んで灯りを持つリーダーの男から視線を逸らしたその時。
 リーダーの男がこちらを照らしながらプティ君を抱きかかえている俺の傍へとやって来て、ぐったりとしてしまっているプティ君の様子を無作法にぐっと顔を近づけて伺いだしたので、俺は咄嗟に近すぎる男との距離に身を捩り、できるだけ距離をとる。
 

「別にそんな警戒されなくても子供を取って食べようなんてしませんよ。人を食べる趣味なんてないですからねー」
「お前みたいな信用ならない奴が、プティ君の傍に寄るのを許せるわけないだろ」


 リーダーの男が、はいはいと軽い掴み所のない返事を返しながら自分の背後に目配せをすると、その背後からフードを深く被り薄暗さも相まって全く表情の見えない細身の男がするりと音もなく現れた。
 まるで闇から溶け出てきたかのような。
 新たに現れたその男が、俺達の手錠から伸びている鎖の先、荷馬車に固定された部分を外し始める。

 ほぼ待つことなく簡単に外れた二人分の鎖を手にフードの男は、言葉を決して発することなく手中にある二つの鎖を軽く引っ張ることで俺に立つようにと促してくる。

 こいつ……喋れないのか、もしくは喋らないつもりなだけなのか?
 うんともすんとも言わなかった。





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