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カラオケに行った件②
しおりを挟むカウンターで受付を済ませた僕達は指定された部屋へと向かった。
部屋は机を真ん中に両サイドにソファーが置かれていた。
マイクの入った篭を持った有坂くんが滝川さんと一緒に座ると、北澤さんに腕を引かれた僕は北澤さんと一緒に座った。
互いに向き合った状態のカラオケルームには少しの沈黙が流れていた。
その間、僕は下を向いたままだ。
その沈黙を破る様に有坂くんがリモコンを操作して曲を入れるとマイクを持って立ち上がった。
そして、誰もが知ってるバラードの前奏が流れる…
熱唱する有坂くんはうまかった。
下を向いている滝川さんを見ながら歌い上げる感情を込めたその歌声は僕の心を締め付ける。
(有坂くん、本当に滝川さんの事が好きなんだ…)
僕はこの場を逃げ出したかった。
滝川さんへの気持ちが痛いほどに伝わる有坂くんの歌声は耐え難かったのだ。
◇◇◇
私は染谷君の手を握りしめる。
(杏、ごめんね…それでも私は…)
下を向いている杏を見てると罪悪感が溢れてくる。
こちらを見ようともしない杏はどんな顔をしてるのだろう。
私は杏の事を親友と呼ぶ資格はないと思う。
杏をこんなに辛そうにさせたのだから……
◇◇◇
「有坂くん、すごくうまいね!」
「ありがとう、杏ちゃん僕の歌どうだった?」
有坂くんの歌い終わって美織の称賛に有坂くんはそう返して私に自分の歌の感想を聞いてきたけど、全く耳に入っていなかった私は苦笑いを浮かべてしまう。
「うん…うまかったよ…」
下を向いたままでそう言った私に有坂くんは苦笑いを浮かべた。
◇◇◇
「次は私が行くね!」
私はリモコンを操作して曲を入れる。
曲が流れ出すと私は染谷君の腕にしがみついた。
入れた曲はバラード
私も感情を込めて歌いあげる
時折、染谷君を見つめて歌う
私の想いが染谷君に伝わるといいな
◇◇◇
賢の腕に抱きついて賢の顔を見ながら歌う美織を見る私は息苦しくなり、呼吸が乱れる。
苦しそうな私に気がついた有坂くんが背中を擦った。
賢も私の様子がおかしい事に気がついて動こうとしていたが、美織が抱きついているからか結局座ったままだった。
美織がまだ歌っている中、有坂くんは美織に手振りで合図を送ると顔の青くなった私を抱えて部屋を出た。
◇◇◇
滝川さんが急に苦しそうにしてるのを見て僕はすぐに滝川さんの元へと行こうとしたけど、立ち上がろうとすると北澤さんが力を入れて立ち上がれなかった。
何もできない僕は有坂くんが滝川さんの背中をさすっているのを見ている事しかできなかった。
滝川さんの事が心配でいてもたってもいられない僕は曲が終わると、北澤さんがしがみついている腕を強引に引き剥がすと立ち上がった。
足を踏み出し、ドアノブに手をかけたところで北澤さんが叫んだ!
「染谷君、行かないで!」
ドアノブを下げた手が止まる
「お願いだから…」
うつ向いた北澤さんの泣きそうな声は僕の胸を締め付ける。
(それでも……)
僕はドアをあけて部屋を出て行った。
◇◇◇
染谷君は出ていってしまった。
必死で止めたけどダメだった。
私は何をしているんだろう?
親友を苦しめてまで私は幸せになりたかったのか?
本当に私は酷い人間だ。
「杏…ごめんね…本当にごめんね…」
一人呟いた私は涙が止まらなかった。
◇◇◇
僕は滝川さん達を探し回り、女子トイレ入り口の壁に背もたれしている有坂くんを見つけて僕は近寄る
「染谷くん、何しにきたんだい?」
「何しにって、滝川さんが心配で」
タメ息を吐いた有坂くんは僕にいい放つ!
「もう、俺達に関わらないでくれないか?」
「えっ!?」
「えっ!?じゃなくて、頼むよ…カラオケに君達を誘ったのは間違いだった…」
「なんでそんな事…」
「杏ちゃん見たろ?」
「……」
僕を睨む有坂くんは話を続ける。
「君がいると杏ちゃんはおかしくなる」
「……」
「それに君も気がついているだろ?北澤さんの気持ちに」
僕はその言葉に何も返せなかった。
北澤さんの最近の態度に加え、カラオケにきてからの態度に僕でもさすがに気がついていた。
それでも滝川さんが心配で北澤さんに止められたのも振り切ってここに来のだ。
言い返す言葉が見つからない僕に更に話を続ける有坂くん
「君は北澤さんに失礼とは思わないのかい?」
「……」
「何も言わずにそうやって逃げるのかい?」
「なっ、僕は…」
それ以上何も言えずに僕はうつ向いてしまった。
「はぁ、本当に君は…」
呆れた顔をする有坂くん
「杏ちゃんの事は俺に任せて君は部屋に戻ってくれよ。邪魔だから」
そう言うと有坂くんは僕を突き飛ばした。
その勢いで僕は尻餅をついてしまう。
僕を見下ろす有坂くんは「ふんっ」と鼻息を出してスマホを取り出していじりだす。
それを見ながら立ち上がった僕は有坂くんに背を向けると何も言わずに部屋へと戻って行った。
「本当に君は…」
スマホをいじる有坂くんが呟いた声は僕には聞こえていなかった。
◇◇◇
僕が部屋に戻ると北澤さんは泣いていた。
滝川さんの事も北澤さんの事も苦しめて僕は本当に何をしているんだろうと思う。
僕の姿を見た北澤さんは鞄からハンカチを取り出して涙を抑える。
戻るってきた僕に手で合図をした北澤さんは僕を隣に座わらせた。
うつ向いたまま座る僕の胸に北澤さんは顔を埋める。
驚いた僕は両手をあげた。
「賢君、戻ってきたね…」
涙声の北澤さんに僕はあげた両手を下げて抱き締める。
なぜそうしてしまったのか僕は分からなかった。体が勝手に動いてしまった。
◇◇◇
染谷君に抱き締められた私は自然と涙が溢れ出す。
大好きな人に抱き締められた喜びと驚き、そして杏への罪悪感に私の涙は止まらなかった。
お互いに無言のまま染谷君に抱き締められて私はずっとこうしていたいと思った。
二人っきりの部屋には私のすすり泣く声だけが響いていた。
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