王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~

葵 すみれ

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08.恩人

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「ああ……そうだ」

 青年はゆっくりと頷いた後、何かに気づいたように目を見開く。
 そして慌てて自分の上着を脱ぎ、セシールの肩にかけると、そのまま抱き寄せた。

「……え?」

 セシールは小さく声を上げた。
 何故こんなことをされるのか理解できない。

「こんな薄着で……夜は冷え込むから、俺の上着を貸そう」

 青年は優しくセシールの背中を撫でながら言う。

「そんな……ヴァンクール辺境伯令息の上着を汚すわけには……」

 セシールは戸惑いながら、青年から離れようとする。
 しかし青年は、セシールを離すまいとするように力を込めた。

「きみは俺の恩人なんだ。だから遠慮はいらない」

 青年は真剣な声で言う。
 その眼差しはどこまでもまっすぐで、セシールは思わずドキリとした。

「恩人……?」

 セシールは首を傾げる。
 自分はこの人に何もしていないはずだ。

「そうだ。俺はきみに救われたんだ。だが、今はそれよりも、すぐに王都を出よう。少し負担がかかってしまうが、我慢していてくれ」

 青年はそう言って、セシールを抱き上げた。
 いわゆるお姫様抱っこという体勢だ。

「きゃっ……!」

 セシールは悲鳴を上げた。
 しかし青年は構わず走り出す。
 慌てて、セシールは青年の首に抱きついた。

「だ、大丈夫ですか……?」

 こんなにも太った自分を抱えて走るのは大変だろう。
 思わず、そう尋ねてしまう。

「大丈夫だ、俺は鍛えているから」

 青年はそう言いながら、速度を上げていく。
 セシールは青年の胸に顔を埋めていた。彼の心臓の音が聞こえてくる。

「私は……ヴァンクール辺境伯令息のお荷物にはなりたくありません……」

 セシールは小さな声を絞り出す。
 こんな醜く肥えた自分を、彼が助けようとする理由がわからない。

「俺はきみを助けたいんだ」

 彼はきっぱりと告げた。

「……どうして……?」

 セシールは震える声で尋ねる。

「私なんて……ただの醜い豚です……。王女殿下に疎まれて、追い出されて当然の存在なのに……」

「違う!」

 青年は強い口調で否定する。
 セシールは驚いて顔を上げた。
 青年の目には怒りの色が浮かんでいた。彼は本気で怒っているようだ。

「きみは醜くなんかない。きみはとても美しい女性だ」

 青年は真剣な表情で言った。
 その目はまっすぐで真剣そのもので、嘘を言っているようには見えない。

「……あ、あの……」

 セシールは戸惑う。
 何故こんなことを言われるのかわからない。

「すまない、急がなければ」

 青年は小さく息を吐き出すと、再び前を向いて走り出す。
 セシールは青年の首にしがみついたまま、じっとしていた。
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