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29.兄の迷い

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「そういえば、最近はどう? 何か困ってることはない?」

「いえ、特には……あ、でも……ちょっと気になることが……」

「なに?」

 ロゼッタの言葉を遮るように、アイザックは身を乗り出す。その目は真剣だ。
 そんな彼の勢いに押されるように、ロゼッタは口を開いた。

「ええと、おとうさまが新しく側妃を迎えるという噂を聞いて……」

 それを聞いた瞬間、アイザックの表情がこわばる。だが、すぐに元の表情に戻ると口を開いた。

「その話はどこで聞いたの?」

「え、えっと……侍女たちが話していたのを聞いたんです」

 ロゼッタはそう言うと、黙り込む。それから少し間を置いたあと、おそるおそるアイザックの顔を見上げた。
 すると、彼の目は冷たい光を宿していることに気づく。
 その眼差しに恐怖心を覚えた。それと同時に、一瞬だが背筋が凍るような寒気を感じる。
 しかし、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ると、彼は口を開いた。

「そっか……それで、他に侍女たちは何か言っていた? どんな些細なことでも良いんだけど」

「ええと……その……自分たちの誰かを側妃にするよう、おとうさまに口添えをしてほしい、と……」

 ロゼッタの言葉に、アイザックは眉根を寄せた。しかし、すぐに表情を和らげると、穏やかに微笑みかける。

「なるほどね。彼女たちがそんなことを言っていたんだ。つらかったね、ロゼッタ」

 アイザックはそう言って、ロゼッタの頭を優しく撫でた。その瞬間、力が抜けていって、思わず安堵のため息を漏らす。だが、すぐに顔を上げると言葉を続けた。

「それで……その……おにいさまはどう思いますか?」

「ん? ああ、側妃のことかな」

 アイザックは思い出したようにそう呟くと、難しい顔で黙り込む。そして、しばらく考え込んだあと口を開いた。

「そうだね……その侍女たちが側妃になることは、まずないだろう。ただ……」

 そこでいったん言葉を区切り、アイザックはロゼッタを見つめる。その眼差しは真剣なものだった。

「おそらく、側妃は迎えることになる可能性が高いだろうね。父上もこれ以上はねつけるのは難しいようだし……」

「そう、なんですか……」

 アイザックの言葉に、ロゼッタは表情を曇らせる。胸には不安が渦巻いて、息苦しさすらわき上がってきた。
 そんな彼女の様子を、アイザックは悲しげに見つめたあと続けた。

「だけど、ロゼッタが心配するようなことはないから安心して」

「はい……」

 アイザックの言葉に、ロゼッタは沈み込みながらも、どうにか頷く。
 先ほど父に尋ねたときも、気にするようなことではないとはぐらかされた。兄も詳しいことは話してくれないようだ。
 きっとロゼッタに心労を負わせたくないのだろう。しかし、何もわからないままでは気が休まらない。

 ロゼッタは、もやもやとした気持ちを胸に抱えたまま、再びアイザックを見つめた。
 すると、彼はどうしたものかと考えるように顎に手を当てる。そして、小さくため息をつくと口を開いた。

「……そうだね、きみは賢い子だ。こうして幼いからと、のけ者にされる悲しさはわかるよ。かえって知っておいたほうが、きみのためなのかもしれないね」

 アイザックはそう呟いてから、ロゼッタの紫色の瞳をじっと見つめる。そして、ゆっくりと語り始めた。
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