上 下
19 / 48

19.王妃の噂

しおりを挟む
 コーネリアスは二人の姿を目に留めると、少し驚いたような顔をした。そのまま二人のところに向かってこようとしたが、不意に足を止める。
 彼の目は二人ではなく、別の方向を見ていた。その視線を追うと、侍従の一人が慌てて駆け寄ってくるところだった。

「陛下……」

 侍従はコーネリアスに何かを耳打ちする。それを聞いた彼は頷くと、再び二人の方に視線を向けた。そして、口を開く。

「アイザック、少し話がある。ついてきなさい」

「はい、父上」

 アイザックは緊張した面持ちで頷くと、ロゼッタに視線を向ける。
 それを眺め、コーネリアスは少し表情を緩めると、ロゼッタにも声をかけた。

「ロゼッタ、先に部屋に戻っていなさい」

「はい、おとうさま」

 コーネリアスに返事をしてから、ロゼッタはアイザックを見上げる。
 すると彼は安心させるように微笑んでくれた。そして、コーネリアスの後に続いて歩き出す。
 ロゼッタは黙ったまま、二人の背中を見送った。

「さあ、ロゼッタさま、お部屋に戻りましょう」

 侍女が優しく促してくれる。ロゼッタは頷くと、彼女と一緒に歩き出す。
 部屋に戻る途中、侍女がロゼッタに話しかけてきた。

「先ほどは、王太子殿下とお話しされていたのですか?」

「ええ」

 ロゼッタが頷くと、侍女は微笑んだ。

「そうでしたか。お二人とも楽しい時間をお過ごしになられたようですね。王太子殿下は母君がとても厳しくて、お寂しい思いをしていらしたようですから」

「そうなのね」

 ロゼッタの相槌を聞いて、侍女はさらに言葉を続ける。

「母君である王妃殿下はご自身の立場を安定させるために、王太子殿下を厳しく育てたと聞きます。王妃殿下はご自身のお立場を守ることが何よりも大事で、そのためなら手段を選ばない方だとお聞きしております」

「厳しい方なのね……」

 ロゼッタは呟きながら、ブリジットの境遇ならばそれも当然のことだろうと納得する。
 嫁いできた他国の王女として、王宮での立場を確固たるものにするために、彼女は精一杯努力したのだろう。
 まして、同じく他国から嫁いできて処刑されてしまったニーナを見ているのだ。その二の舞にならないように気を張り続けるのも無理はない。

 ただ、侍女の言い方に引っかかるものを感じる。
 それが何かを考える前に、彼女が言葉を続けてきた。

「ええ、王妃殿下は厳しい方です。だからこそ、ロゼッタさまは姫でよろしゅうございました。もし王子でしたら、生き残れたかどうか」

 侍女は真顔で恐ろしいことを言いながら、ロゼッタに視線を向ける。
 思わずロゼッタは顔をひきつらせた。
 引っかかりなど一瞬で吹き飛んでしまうほどの衝撃的な内容だ。

「……冗談でしょう?」

「いいえ、本当のことでございますよ」

 侍女はきっぱり断言すると、首を横に振った。それから少し考えてから言葉を続ける。

「……どうか王妃殿下にはお気をつけてください。いくら姫とはいえ、場合によっては邪魔者になりかねないロゼッタさまを排除なさろうとするかもしれません」

 侍女の言葉に、ロゼッタは息をのんだ。背筋が寒くなる。

「まさか、そんな……」

「万が一ということもあるやもしれませんので」

 そう言って、侍女は頭を下げる。ちょうど部屋の前にたどり着いたところだった。

「では、私はこれで失礼いたします」

 侍女は言い終えると、そそくさと歩いていく。そんな彼女の背中を見つめながら、ロゼッタは不安な気持ちに駆られた。
 気をつけろと言われたところで、ロゼッタに何ができるだろう。
 せいぜい気に障らないように小さくなって、おとなしくしているのが関の山だ。

 しかし、前世ではそれでも周囲から疎まれていた。だから、ロゼッタにはどうすることもできないかもしれない。
 考えれば考えるほど、悪い想像が膨らんでいくような気がした。
 ロゼッタは気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をする。

「大丈夫、大丈夫よ」

 小さく自分に言い聞かせると、ロゼッタは部屋の中へと入っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」

まほりろ
恋愛
【完結しました】 アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。 だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。 気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。 「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」 アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。 敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。 アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。 前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。 ☆ ※ざまぁ有り(死ネタ有り) ※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。 ※ヒロインのパパは味方です。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。 ※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。 2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

処理中です...