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31.ヘスティアの選択

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「私の……実家ですか?」

 ヘスティアは少し不安になりながら、問いかける。

「ああ、そうだ。きみの家は、成り上がりで貴族になった家だと言ったね。それも、きみのことを虐げてきたと」

「はい、そうです……」

 レイモンドの問いに、ヘスティアは俯くようにして答える。

「きみの家も、タイロンとの関わりを追及されるだろう。しかし、きみが俺と結婚することを利用して、逃れようとするかもしれない」

「そんな……!」

 レイモンドの言葉に、ヘスティアは声を上げる。
 まさか、自分の家が辺境伯家に迷惑をかけることになるなんて、思いもしなかった。
 いや、そもそもヘスティアを送り込んだのだって、辺境伯家にとっては迷惑だったはずだ。
 どれほど迷惑をかけるつもりなのかと、ぞっとする。

「はっきり言ってしまうと、俺はきみがそんな連中に利用されるのは我慢ならないんだ。きみは俺の大切な女性だ。その尊厳を踏みにじるような真似を、俺は許すことができない」

「レイモンドさま……」

 彼の真っ直ぐな想いが伝わってきて、ヘスティアの胸は熱くなる。
 こんなにも想ってもらえることが、本当に幸せだ。

「こんなことを言ってしまうのは、俺のわがままかもしれないが……きみが望むなら、実家とは縁を切ることもできるだろう」

「えっ……?」

 突然のことに、ヘスティアは驚いて顔を上げる。

「きみには幸せになってほしいんだ。俺はきみの笑顔を守りたい。そのためなら、何でもするつもりだ。だが、いくら虐げてられてきた相手とはいえ、血の繋がりを断ち切るようなことを強要はできない。きみの意見を尊重するよ」

 レイモンドは優しく微笑んで、ヘスティアの頬を撫でた。その手つきはとても優しくて、温かく感じられる。
 あくまでもヘスティアの意見を尊重しようとしてくれるのが、とても嬉しい。
 誰かの言いなりではなく、自分の意思で前に進めるのだと、認めてもらえているようだった。
 やはりここが、自分のいるべき場所なのだと実感する。

「ありがとうございます……でも……」

 ヘスティアは一度言葉を切ると、決意を固めて口を開いた。

「私は、あなたのそばにいたいです。あなたと幸せになりたいです。あの人たちは、血の繋がりがあるかもしれませんが、家族ではありません。私の家族は、辺境伯家の皆さんです」

 ヘスティアははっきりと言い切る。
 自分でも驚くくらい、父や妹に対して何の感情もわかなかった。むしろ、縁を切ることができると思うと、心が軽くなる気さえする。

「そうか……わかった」

 レイモンドは嬉しそうに微笑むと、そっと抱きしめてくれた。
 彼の腕の中はとても心地良くて、ずっとこうしていたくなる。

「ありがとう……」

 彼は耳元で囁くように言った。その声は少し震えていて、泣いているようにも聞こえた。

「……っ!」

 突然、唇に柔らかいものが触れる感触がした。
 それが口づけだと気づくまで数秒かかったが、すぐに顔が熱くなるのを感じた。
 初めてのことに戸惑いながらも、嫌な気持ちではなかった。むしろ、胸の奥が温かくなって満たされるような感覚を覚える。

「すまない……我慢できなかった」

 レイモンドは照れくさそうに笑う。
 その表情がとても可愛らしく見えて、ヘスティアもつられて笑ってしまう。

「いえ、私も嬉しかったです……」

 二人は見つめ合い、もう一度口づけをする。
 今度は少し長くて、お互いの体温を感じ合うことができた。

「もう少し、こうしていてもいいかい?」

 レイモンドは名残惜しそうに言う。

「……はい」

 ヘスティアは小さく頷いて、彼の胸に顔を埋める。
 すると、彼は優しく髪を撫でてくれた。その心地良さにうっとりしながら目を閉じると、眠気が襲ってくるのを感じた。
 このまま眠ってしまえたら幸せかもしれない……そう思いながら意識を手放そうとしたときだった。
 ノックの音と共に部屋の扉が開き、グレアムとアマーリアが入ってきた。
 そして、ベッドの二人を見て目を見開く。

「おや、邪魔してしまったかな」

 グレアムはニヤリと笑いながら言った。

「レイモンド、節度は守りなさいよ」

 アマーリアも呆れたように言う。

「あ、いや、これは……」

 レイモンドは慌てた様子で弁解しようとするが、上手く言葉が出てこないようだ。
 ヘスティアも恥ずかしくて顔を上げられない。しかし、レイモンドの腕はしっかりと自分の背中に回されているので、離れることもできない。
 そんな二人の様子を見て、グレアムとアマーリアは顔を見合わせると笑い出した。

「まぁ、よいではないか。仲睦まじくて結構なことだ」

 グレアムは愉快そうに呟く。

「そうね。あなたたちには幸せになって欲しいわ」

 アマーリアも優しい眼差しで頷いた。

「ありがとうございます……」

 ヘスティアは照れ笑いを浮かべながら答える。
 そして、レイモンドの顔を見ると、彼もこちらを見ていて目が合った。
 お互いに気恥ずかしくなりながらも笑い合う。

「そういえば、そなたたちの結婚のことだが」

 グレアムが話題を変えるように口を開いた。

「はい、どうなりましたか?」

 レイモンドは緊張した様子で尋ねる。

「うむ、精霊の愛し子であるヘスティアならば、むしろ我ら辺境伯家が伏して願うところだ。身分としては何の問題もない。だが、それではそなたの気持ちが収まらんだろう?」

 グレアムはレイモンドに視線を向けると、ニヤリと笑う。

「はい、その通りです」

 レイモンドは真剣な顔で頷く。
 そんな彼を見て、ヘスティアは首を傾げる。
 気持ちが収まらないとは、どういうことだろうか。

「幸いにして、ヘスティアにとって家族は我ら辺境伯家だと言ってくれました。ならば、遠慮することはないかと」

 レイモンドの言葉に、アマーリアも頷く。

「そうね。それなら私に任せなさい。悪いようにはしないわ」

 アマーリアは自信満々に言う。
 その様子からは、策があるように見える。
 しかし、やはりヘスティアには何を言っているのか見当もつかない。

「ありがとうございます」

 レイモンドは安心した様子で頭を下げる。
 どうやら話はまとまったようだが、ヘスティアにはさっぱりわからない。

「あの……一体何をするのでしょうか?」

 おそるおそる問いかける。
 すると、レイモンドとアマーリアは微笑んで答えた。

「それは秘密だ」

「楽しみに待っていてちょうだい」

 二人の笑顔はどこか悪戯っぽく見えた。

「はぁ……」

 ヘスティアは気の抜けた声を漏らす。
 困ったようにグレアムに視線を向けたが、彼も肩をすくめただけだった。どうやら教えてくれないらしい。

「まあ、悪いようにはならないだろう」

 そう言ってグレアムも笑うだけだった。

「わかりました……お任せします」

 ヘスティアは小さくため息をつきながら答えるしかなかった。
 しかし、レイモンドやアマーリアが自分のことを大切にしてくれていることは、よくわかっている。
 それならば、きっと大丈夫だろう。
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