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30.事件の終わり

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 次にヘスティアが目覚めたときには、辺境伯家の自室にいた。
 隣にはレイモンドの姿があり、ほっとした表情を浮かべてこちらを見ていた。

「あれ……? 私……」

 まだ頭がぼーっとしているせいか、状況が上手く把握できない。
 そんなヘスティアを見て、レイモンドは優しく微笑むと、そっと頭を撫でてくれた。

「もう大丈夫だ。何も心配はいらないよ」

「はい……ありがとうございます……」

 ヘスティアも微笑み返す。

「ピィッ!」

 すると、レイモンドの肩から炎の鳥が飛び立ち、ヘスティアの胸に飛び込んでくる。

「わっ!?」

 突然のことにヘスティアは驚くが、炎の鳥はすぐに甘え鳴きを始めた。どうやら心配してくれているみたいだ。
 そんな様子に思わず笑ってしまう。

「ふふっ」

「その鳥も一緒についてきたんだ。きみから離れたくなかったようだよ」

 レイモンドは微笑みながら言う。

「そうなんですか?」

 ヘスティアは首を傾げながら、炎の鳥の頭を指先で撫でる。
 すると、嬉しそうに鳴きながらすり寄ってきた。

「ピイィッ!」

 その様子が可愛くて、また笑ってしまう。

「幻獣もきみに懐いたようだ。やはりきみは火の精霊に愛されているんだな」

 レイモンドは感心したように呟いた。

「そうなんでしょうか……?」

 ヘスティアはまだ実感が持てなかった。炎の鳥を見つめながら問いかける。

「ああ、間違いないよ」

 レイモンドは力強く答える。その言葉はとても頼もしく聞こえた。

「その背中にあるのは火傷の痕ではなく、精霊紋だ。きみの妹が魔法を使ったと言っていたが……おそらく、精霊紋の力が初めて発動した衝撃だったのだろう」

 レイモンドは真剣な面持ちで言う。

「そうだったんですね……全然気づきませんでした……」

 ヘスティアは戸惑いを隠せなかった。
 精霊紋と呼ばれるものが自分に刻まれているなんて、思いもしなかったことだ。
 火傷の痕だと思い込み、ろくに背中を確認することもしていなかった。
 しかし、妹デボラが魔法を使ったのはその一度きりだったことにも納得できた。
 おそらく、彼女は本当は魔法を使うことができないのだろう。

「そういえば……お菓子を作ったとき、アマーリアさまから火の精霊の加護があるのだと言われました」

 ヘスティアは、ふと思い出す。あのときは単なる賛辞の言葉だと思っていたが、本当だったらしい。

「そうだな。きみの作ったお菓子は、とても美味しかった。もっとも、きみが作ったものなら何だって美味しいと思うが……」

 レイモンドは少し照れたようにはにかんで言う。
 その言葉に、ヘスティアも嬉しくなる。

「ありがとうございます……そう言っていただけて嬉しいです」

 ヘスティアは照れ笑いを浮かべながら答えた。

「ああ、本当に美味しかったよ」

 レイモンドは真剣な表情で頷く。そして、何かを思い出したかのように口を開いた。

「そうだ、タイロンとポーラは王都の牢獄に投獄されることになった」

 レイモンドの言葉に、ヘスティアは小さく息をのむ。

「詳しい取り調べは王都に行ってからとなるが……タイロンの魔法が影に潜むものだったことはわかっている。印をつけたものが必要で、炎の乙女のドレスの裾に印をつけたんだ。そして、ヘスティアの影に潜んで祭壇まで行ったらしい」

「そうだったんですか……」

 ヘスティアは複雑な気持ちになった。
 自分のドレスにタイロンの影が潜んでいたと考えると、あまり気分の良いものではない。

「ただ、使用のためには色々な制限があるようだ。印をつけるには血と魔力が必要で、一度に一つだけだとか、効力が数日間しか持たないなどあるらしい」

 話を聞きながら、ヘスティアはタイロンと会ったときのことを思い起こす。
 そういえば、彼はドレスの裾をつかんで口づけをしていた。おそらく、そのときに血をつけたのだろう。
 ドレスが赤かったのと、裾という目立たない場所であるために、気付かなかったようだ。

「そして、卵を奪って再びヘスティアの影に潜んだまではよかった。だが、ポーラがヘスティアを火口に突き落としたために、慌てて影から逃げ出したらしい。そして、捕まったというわけだ」

 レイモンドは淡々とした口調で説明する。

「そうだったんですか……。実は私、火口に落ちてからのことはよく覚えていなくて……。ただ、誰かが助けてくれたような気がします」

 ヘスティアは記憶を辿りながら言った。
 だが、断片的な記憶しか思い出すことができない。
 火口の底に落ちていきながらも、周囲の熱さは感じなかった。ただ、温かい何かに包まれ、背中が熱くなったような気がする。
 自分のいるべき場所に帰りなさいと促してくれているような、優しい感覚があった。

「そうか……やはり火の精霊の加護が働いていたんだろうな」

「はい、きっとそうなんでしょうね……。でも、もしポーラが私を突き落とさなかったら、タイロンはそのまま逃げ切っていたのでしょうか……?」

 もし何事もなかったとしたら、タイロンはヘスティアの影に潜んだままだっただろう。
 ヘスティアたちはいつまでも火口近くにいるわけもなく、いずれ山から去っていたはずだ。
 そうすれば、タイロンも気づかれることなく、その場から逃げられたように思える。

「そうかもしれない。赤い宝石を掲げた建物は、奴が追手の目を逸らすための囮だったんだ。もしかしたら、きみに疑いの目を向けさせるためだったのかもしれない」

 レイモンドは考え込むように腕を組む。

「そうだったんですね……。私、何も知らずに……」

 ヘスティアは申し訳なさで一杯になる。
 自分がもっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
 徹底してタイロンに利用されていたようだ。
 結果的に、ポーラのヘスティアに対する暴挙がタイロンの逃亡を阻止したが、偶然でしかない。

「いや、きみが気に病むことではないさ。きみは被害者だ。何も悪くない。悪いのはタイロンだ」

「はい……」

 レイモンドはきっぱりと言い切ってくれる。その気遣いが嬉しかった。

「そしてポーラだが、どうやら認識阻害の魔法を使えるらしい。それで、巫女役に紛れ込んだようだ。しかし、タイロンと共謀したわけではなく、独自に動いた結果があれだったようだ」

「……それほど私を恨んでいたのですね」

「ああ、だが逆恨みだ。きみに罪はない」

 レイモンドはヘスティアの目を見つめ、はっきりと言い切る。

「はい……ありがとうございます……」

 彼の優しさに、ヘスティアは少しだけ心が軽くなった気がした。

「二人とも、もう二度と会うことはないだろう。処刑は確実だ」

 レイモンドの口調はどこまでも冷ややかだった。そこには一切の情はないように感じられる。

「そうなんですね……」

 ヘスティアの胸は小さく痛んだが、自業自得だと思い直した。
 タイロンは売国奴であり、極刑は免れないだろう。
 また、ポーラはヘスティアを殺そうとしたのだ。もしヘスティアに精霊の加護がなければ、その企みは成功していたに違いない。
 彼らが犯した罪は裁かれるべきだと思うし、そのために法に則った罰が下されるはずだ。

「ああ、そうだ。ひとまず、この事件は終わりだ」

 レイモンドはそう結論付ける。

「はい、わかりました」

 ヘスティアも静かに頷きながら答えた。これ以上考えても仕方がないだろう。

「幻獣も無事に目覚めて、全てが解決した……と言いたいところなのだが……」

 そこでレイモンドは言葉を濁す。何か言いづらいことがあるようだった。

「何でしょうか?」

 不思議に思い、ヘスティアは首を傾げる。

「実は……きみの実家のことなんだが……」

 レイモンドは気まずそうに口を開いた。
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