虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!

葵 すみれ

文字の大きさ
上 下
26 / 37

26.炎煌祭

しおりを挟む
 そして、炎煌祭当日がやってきた。
 タイロンは辺境伯家を訪れた後は宿に滞在していて、おかしな動きはしていなかった。
 街でも、不審な動きやタイロンと関係があるような手がかりは見つかっていない。
 アマーリアはポーラからタイロンの魔法について聞き出したものの、土属性の魔法らしいということしかわからなかった。
 現時点ではタイロンを捕縛できるような理由がなく、手詰まりだ。

 ヘスティアは落ち着かない気持ちで、街の様子を観察していた。
 広場にはたくさんの人々が集い、祭りを楽しんでいる。
 ヘスティアが魔力を込めた人形は、広場に飾られて、祭りの華となっていた。

「ヘスティア、ここにいたのか」

 振り返ると、そこにはレイモンドの姿があった。

「レイモンドさま……。何かわかりましたか?」

 ヘスティアが尋ねると、レイモンドは首を横に振った。

「いや、特に怪しい動きはないようだ」

「そうですか……」

 ヘスティアはため息をつきながら答えると、再び広場に視線を向ける。
 広場では人形の周りで人々が踊りを踊ったり、音楽を奏でたりしていた。その中心には大きな炎が焚かれており、人形を明るく照らしている。
 その光景は幻想的で、とても美しいものだった。

「おそらく、動くのは最終日だろう。それまでは、この祭りを楽しもう」

 レイモンドは優しく微笑むと、ヘスティアの手を取る。

「はい……そうですね」

 ヘスティアは少し照れながら答えると、レイモンドの手を握り返した。
 そして二人はゆっくりと広場に向かって歩き始めた。

「踊ろう、ヘスティア」

 レイモンドは広場に着くと、そう言って手を差し伸べる。

「わ、私……踊り方を知らなくて……」

 ヘスティアは困ったように俯きながら答える。

「大丈夫だ、俺がリードするから」

 レイモンドは微笑みながら言うと、ヘスティアをダンスの輪の中へと連れていく。 そして二人は手を繋ぎながら踊り出した。
 最初はぎこちなかった動きも、徐々に滑らかになっていく。音楽に合わせるようにステップを踏み、くるくると回りながら踊る。

 最初は恥ずかしがっていたヘスティアだったが、次第に楽しくなってきた。
 レイモンドと視線が合うたびに微笑み合い、触れ合う手から彼の温もりを感じる。
 この瞬間が永遠に続けばいいと思った。
 やがて音楽が終わると、周囲から拍手が巻き起こった。二人はお辞儀をしてその場を立ち去る。

「楽しかったな、ヘスティア」

 広場の片隅までやってくると、レイモンドは満足げに言う。

「はい……とても」

 ヘスティアも心からの笑顔を浮かべて答える。
 こんなに楽しい時間は初めてだ。誰かと一緒に踊るなど、想像したこともなかった。
 ずっとこうしてレイモンドと共に過ごしたい。ヘスティアは心の底からそう願った。



 そんな幸せな時間はあっという間に過ぎてしまい、祭りの最終日がやってきた。
 ヘスティアは炎の乙女の衣装を纏い、広場へと向かう。

「いよいよだな」

「はい……そうですね」

 レイモンドから声をかけられ、ヘスティアは緊張した面持ちで答える。

「心配するな、俺たちがついている」

 レイモンドは優しく微笑むと、ヘスティアの手を取った。そして、広場に向かって歩き出す。
 広場に飾られた人形まで、道ができている。周辺は衛兵が取り囲み、不審な者が近づかないように警戒していた。

「さあ、行こう」

 レイモンドはヘスティアの手を引いて進んでいく。
 見守る群衆たちの中からは、期待に満ちたざわめきが聞こえていた。
 これから炎の乙女として、人形に祝福を与えてから火凰峰へと運ぶのだ。
 タイロンが何を仕掛けてくるかどうか以前に、こうして人々の注目を浴びることがヘスティアにとっては恐怖だった。

「大丈夫だ、俺がついている」

 レイモンドは力強く言って、ヘスティアの肩を抱く。
 それだけで安心することができた。

「ありがとうございます……」

 ヘスティアは礼を言うと、炎の乙女として歩き出す。
 仲睦まじい様子の二人の姿に、群衆たちはさらに熱狂した。
 そしてついに、人形が安置されている台座へとたどり着く。

「さあ、ヘスティア」

 レイモンドはヘスティアの肩を抱いたまま人形へ近づくと、その前に立たせた。

「はい……」

 ヘスティアは小さく返事をして頷くと、人形にそっと手を触れる。
 すると、ふわりと赤い光が溢れ出した。
 その光はだんだんと強くなり、やがて人形全体が輝き始める。
 人々が驚きの声を上げる中、ヘスティアはじっとその光を見つめていた。
 やがて光が収まっていくと、人形の向こう側にタイロンの姿が見えたような気がし、背筋がぞくりとした。

「大丈夫か?」

 レイモンドが心配そうに声をかける。

「……向こうにタイロンがいたような気がします」

 ヘスティアは震えながら答える。

「周囲の警備は強化してある。安心してくれ。すぐに捕まえるさ」

 レイモンドは安心させるように優しく微笑みかけると、再びヘスティアの肩を抱いた。

「はい……」

 ヘスティアは気を取り直すと、再び人形に視線を戻す。
 広場の人々が見守る中、人形は徐々に光を失っていった。

「終わったか……?」

 レイモンドが呟くと、周囲の人々から拍手が起こった。

「おお……素晴らしい」

「こんな魔法を見るのは何年ぶりだろうか……」

「今年の炎の乙女は、本物だ!」

 口々に賞賛の言葉が聞こえてくる。
 ヘスティアはそっと息を吐きながら、タイロンがどうなったのか確認するため周囲を見回す。
 しかし、彼の姿はどこにも見あたらなかった。

「くそっ……逃げられたか……」

 レイモンドは悔しそうに呟く。
 しかし、そんな彼の様子など気にも留めず、人々の歓声は大きくなり続けた。

「さあ、これから火凰峰へ向かうぞ!」

「おおっ!」

 誰かが宣言すると、人々から大きな歓声が上がった。
 そして、広場から人々がぞろぞろと移動し始める。
 これから火凰峰へ人形を運び、火口へと投げ入れるのだ。そして花火が打ち上げられ、祭りは終わりを迎える。

「行こう、ヘスティア。これからが本番だ。くれぐれも気をつけてくれ」

 レイモンドは真剣な表情で告げる。

「はい……わかりました」

 ヘスティアは大きく深呼吸をして答える。
 火凰峰には幻獣が眠っている。タイロンの狙いは、幻獣の捕獲だ。これから何か仕掛けてくるに違いない。
 ヘスティアは気を引き締めると、レイモンドと共に、祭りの喧騒が響く広場を後にした。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~

サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

処理中です...