虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!

葵 すみれ

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 炎煌祭の二日前となり、ヘスティアは炎の乙女役としての衣装合わせを行っていた。
 辺境伯家で用意してくれたのは、鮮やかな赤を基調としたドレスだった。
 軽やかで動きやすい素材を使っているようで、動く度にふわりと揺れる。スカート部分の裾には金糸で刺繍が施されており、見る角度によってキラキラと輝く。
 上品で美しいデザインのドレスだったが、ヘスティアは困り果てていた。

「背中が……見えてしまいます……」

 ヘスティアは鏡を見ながら呟く。
 炎の乙女役の衣装では、背中が大きく露出しているのだ。
 薄絹のショールが背中にかかっているのだが、透けているため下着が見えてしまっている。
 火傷の痕を隠すため、下着はしっかりと背中を覆うデザインのものを身に着けている。
 しかし、このドレスではそういうわけにはいかないだろう。

 だが、火傷の痕など気にしなくてもよいと言われた。それならば、隠さずに見せるべきなのだろうか。
 ヘスティアは悩む。
 いくら気にするなと言われたところで、やはり火傷の痕を見せることには抵抗があった。
 しかし、それも乗り越えるべき試練の一つなのだろうか。

「大丈夫よ。ほら、このケープを羽織れば隠れるわ」

 すると、アマーリアが優しく微笑んで、絹のケープをかけてくれた。

「ありがとうございます」

 ヘスティアはほっとして微笑んだ。アマーリアの気遣いが嬉しかった。

「無理することはないのよ。あなたが今できることを精一杯やれば、それでいいの」

 アマーリアは優しくヘスティアの手を取った。その手は温かく、ヘスティアを安心させてくれる。

「はい、頑張ります」

 ヘスティアは力強く頷いた。
 そこに、使用人がノックをして入ってくる。

「アマーリアさま、実は……」

「何かしら?」

 アマーリアは首を傾げる。
 使用人は何やら困った様子で話し出した。

「ディゴリー子爵家のタイロンさまとおっしゃる方が、ポーラ嬢に面会を求めておいでで……」

「え……!?」

 アマーリアは驚いたような声を上げる。
 思わずヘスティアも息をのんだ。二人で顔を見合わせて、困惑の表情になる。
 彼の企みについては話し合ったが、まさか直接乗り込んでくるとは思わなかった。

「ですが、ポーラ嬢は謹慎中でして……どうすればよいかわからず、アマーリアさまに相談しようとこちらに……」

 使用人は申し訳なさそうに言った。
 人形の騒動の後、ポーラは離れで謹慎することを命じられていた。
 本来ならば追い出すべきところだが、まだタイロンへの対策も決まっていないため、ひとまずは謹慎という形にしたのだ。
 しかし、外部には漏らさないようにしていたので、タイロンはそのことを知らないだろう。

「そう……わかりました。私が応対しますから、あなたは下がっていなさい」

 アマーリアが指示を出すと、使用人は一礼して部屋を出て行った。

「まさかタイロン本人が直接来るなんてね……」

 アマーリアは険しい表情で呟く。彼女は少し考え込んだ後、ヘスティアのほうを向いた。

「ヘスティア。あなたはここで待っていなさい。私が行ってくるから」

「……いいえ、私に行かせてください。あの人は私のことを見下して、馬鹿にしています。だから、私が行ったほうが油断すると思うんです」

 ヘスティアは真剣な眼差しでアマーリアを見つめる。
 アマーリアは少し驚いたようだったが、すぐに優しく微笑んだ。

「わかったわ……でも、気をつけてちょうだいね」

「はい!」

 ヘスティアは力強く返事をすると、使用人と共に応接室へと向かったのだった。



 応接室に入ると、そこにはタイロンの姿があった。
 彼はソファに座ってくつろいでいる様子だったが、ヘスティアが入ってきたことに気づくと、驚いたように目を大きく見開いた。

「きみは……」

 彼は呆然としたように呟く。
 ヘスティアは彼に一礼をしてから、彼の対面に座った。

「タイロンさま、本日はどのような御用でしょうか?」

 ヘスティアは平静を装って尋ねる。
 すると、タイロンはまじまじとヘスティアを見つめてきた。

「まさか……ヘスティアか? 本当に?」

「はい、そうです」

「どうしてきみがここに……いや、そんなことよりも、きみは本当にヘスティアなのか? まるで、別人のような雰囲気じゃないか」

 タイロンは戸惑った様子で尋ねてきた。
 彼は信じられないといった様子で、何度も瞬きをしている。
 ヘスティアは緊張しながらも、タイロンの様子を観察していた。

「失礼ながら、それは当然のことでしょう。私はもう以前の私ではありません」

 ヘスティアは静かに答える。
 タイロンは目を大きく見開いたまま、絶句したようだった。

「まさか……そんな……」

 彼は呆然とした様子で呟いた。

「い、いや……それよりも、僕はポーラに会いに来たんだよ。ポーラはどこにいる?」

 タイロンは我に返ったように尋ねてきた。
 ヘスティアは警戒しながら答える。

「……ポーラは体調が優れず、今は休んでおります。ですから、私が代わりにお伺いしたのです」

「そうか……それなら仕方がないな……」

 タイロンは残念そうな表情を浮かべる。しかし、すぐに気を取り直したように顔を上げた。

「ところで、きみは無事に先々代の後妻になったようだね。その見事なドレスも、きっと先々代からの贈り物なんだろう? 良かったじゃないか。僕のおかげだな」

 得意げな顔で、タイロンは一人頷く。
 ヘスティアは内心苛立ちを覚えたが、それを表に出さないように努めた。

「これは、炎の乙女のドレスなのです。炎煌祭で、私が炎の乙女役を務めることになりまして……」

 ヘスティアは落ち着いた口調で答える。
 すると、タイロンは驚いたような表情になった。

「なんだって? 炎の乙女役だって? それは本当かい? 今着ているのが、当日用のドレスなのかい?」

「はい、そうです。旦那さまも大旦那さまも、私が炎の乙女役をすることをお認めになられました」

 ヘスティアが答えると、タイロンはさらに驚きを深めたようだった。

「そんな……まさか、きみが炎の乙女役を務めるなんて……」

 タイロンは呆然としたように呟く。そして、考え込むような仕草を見せた後、はっとしたように顔を上げた。

「そうか……なるほど、そういうことか」

 彼は何かに気づいたような様子で、ぶつぶつと呟き始める。
 ヘスティアはその様子を訝しげに見つめた。

「タイロンさま?」

「……これは大きな声では言えないが」

 タイロンは周囲を警戒するように見回した後、ヘスティアに顔を近づけた。
 そして、小声で囁く。

「実はね、炎の乙女とは生贄のことだ。炎の乙女役に選ばれた娘は、最後に火口に身を投げ出すことになる」

「えっ!?」

 思わず、ヘスティアは驚愕の声を上げる。
 タイロンはさらに続けた。

「炎煌祭とは、炎の精霊に生贄を捧げるための儀式なんだ。だから、炎の乙女役に選ばれる娘は、必ず死ぬことになる」
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