虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!

葵 すみれ

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18.ポーラの企み

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 その後は何事もなく人形作りが進み、等身大の藁人形が広間に飾られることになった。
 可愛らしい衣装に身を包んだ藁人形は、まるで生きているかのような存在感を放っている。
 その出来栄えに、アマーリアも満足げな表情を浮かべていた。

「素敵ね。では、最後の仕上げをしましょうか」

 アマーリアはそう言うと、藁人形にそっと赤い石が輝くブローチをつける。
 タイロンからの贈り物だという、花のブローチだ。ヘスティアは何とも言えない気持ちを抱いたまま、人形を見つめていた。
 彼からの贈り物など欲しくないのだが、タイロンが何を思ってポーラに預けたのかが気になる。

 しかし、ポーラに尋ねたところで、素直に答えるとは思えない。
 ヘスティアがもやもやとした気持ちを抱えていると、アマーリアは祈るようにブローチに手を触れる。

「火の精霊よ、どうか我が願いを聞き届けたまえ」

 アマーリアはそう呟くと、静かに目を閉じた。
 すると、人形に飾られた赤い石が、炎のような輝きを放ち始める。そして、人形全体が光に包まれ始めた。

「すごい……」

 ヘスティアは思わず感嘆の声を上げた。
 藁人形は赤い光に包まれ、炎のような揺らめきを放っている。それはまるで炎の花が咲いているかのようだった。
 ほのかに花のような香りが漂い、周囲を包む。
 幻想的な光景に誰もが目を奪われていた。

「綺麗……」

 ヘスティアは思わず呟く。
 すると、アマーリアがゆっくりと目を開けた。そして、静かに微笑むと口を開く。

「これで完成よ」

 アマーリアの言葉に、使用人たちから歓声が上がる。皆一様に喜びを露わにしていた。
 藁人形は炎のように輝き続け、その存在感をさらに高めていく。
 どうやらアマーリアの魔法によって、人形の中に火の力が込められているようだ。

「みんなありがとう。おかげで素晴らしい人形が完成したわ」

 アマーリアはそう言うと、使用人たち一人一人に声をかけていく。その表情からは心からの感謝が感じられた。

「さあ、祭りまであともう少しよ。最後まで気を抜かずに頑張りましょう!」

 アマーリアの言葉に、使用人たちは元気よく返事をする。
 その様子を見て、ヘスティアは心が温かくなるのを感じた。

「私はこれから外で打ち合わせがあるから、後はお願いね」

 アマーリアはそう言うと、使用人たちに後を託す。そして、出かける準備をするために広間を去っていった。
 残された使用人たちは、祭りの準備を続ける。
 藁人形を広間の中央に飾り、祭りの日がくるまで大切に保管するのだ。
 ヘスティアも人形のブローチが気になりながらも、祭りの準備に取り掛かるのだった。



 その翌日、屋敷は大騒ぎになっていた。
 広間の藁人形から、輝きが失われてしまったのだ。

「そんな……どうして……?」

 ヘスティアは信じられない思いで、人形を見つめる。
 藁人形はただの藁の塊になっており、炎のような赤い光も、花のような香りもない。

「どうして……こんなことに……」

 ヘスティアは呆然としながら呟く。

「ねえ、こういうことってよくあるの?」

 ポーラは使用人の一人に話しかける。
 すると、使用人は困ったように答えた。

「いえ……こんなことは初めてです……」

 使用人たちは戸惑いの表情を浮かべる。彼らにもわからないようだ。
 アマーリアはまだ不在で、すぐに連絡を取ることができない。

「いつもアマーリアさまは、最後に小物を使って魔法をかけてくださっているのですが……」

 使用人の一人が言いかけたところで、ポーラがわざとらしいまでに驚嘆の声を上げる。

「まあ、ブローチが無くなっているわ!」

「え……?」

 使用人たちはポーラの指さす方を見る。すると、確かにブローチが無くなっていた。

「まさか……盗まれたの……?」

 使用人の一人が信じられないといった様子で言う。
 ポーラは大袈裟に口元を両手で覆った。

「そんな……まさか……でも……そうとしか……」

 ポーラはぶつぶつと独り言を言い始める。その様子は明らかに不自然だった。
 ヘスティアは嫌な予感を覚える。

「あなた……もしかして……」

 ヘスティアがポーラに声をかけようとした瞬間、彼女は大声を出した。

「お姉さまがブローチを盗んだのね! なんということかしら……!」

「なっ……!」

 ヘスティアは驚愕の声を上げる。
 周囲の使用人たちの視線が一斉に集まった。

「お姉さまは、本当はタイロンお兄さまのことが忘れられなかったのね! そうよね……元婚約者ですもの! だから、タイロンお兄さまからのブローチを盗んで、自分のものにしようとしたんだわ!」

 ポーラは目に涙を浮かべながら、ヘスティアを責め立てる。

「ち、違うわ……私はそんなこと……」

 ヘスティアは反論しようとするが、周囲の視線が集まる中で声を発することができずにいた。

「大旦那さまの後妻になるのだから、そんな想いは捨てるべきなのに……。だから、浄化すればいいと思って、人形にブローチを飾り付けてもらったのに……こんなことになるなんて……」

 ポーラはそう言いながら、泣き崩れるふりをする。しかし、その瞳からは涙など流れていなかった。

「ひどいわ……お姉さま……! そんなにタイロンお兄さまのことが好きだったなんて……!」

 ポーラはわざとらしく叫ぶ。
 周囲がざわつき始めた。

「ヘスティアちゃん……いえ、ヘスティアさまがそんなことをするわけが……」

「そうよ、ブローチを盗んだというのなら、むしろ怪しいのはポーラさまだわ」

 使用人たちが口々に言う。
 だが、ポーラはすぐさま反論した。

「どうして私なのよ! だったら、お姉さまの部屋を調べてみましょうよ! きっと、ブローチが出てくるはずよ!」

 ポーラの言葉に、使用人の一人がヘスティアの部屋へ向かう。そして、すぐに戻ってきた。

「ポーラさまの言うとおりです……ブローチが見つかりました……」

 使用人の言葉に、さらにざわつく。
 ポーラはほくそ笑んだ。

「ほら見なさい! やっぱりお姉さまが盗んだのよ!」

 ポーラは勝ち誇ったように叫ぶ。
 ヘスティアは歯噛みした。このままでは、ポーラの思うつぼである。

「違う……それは私が盗んだものじゃないわ……」

 ヘスティアが訴えかけるように言うと、ポーラはわざとらしく首を傾げた。

「あら? それならどうしてお姉さまの部屋にブローチがあるの?」

 ポーラはヘスティアを挑発するように問いかける。
 一瞬、頭に血が上りそうになるが、ヘスティアはなんとか堪えた。ここで冷静さを失ってはならない。

「……どうせ、あなたが盗んで私の部屋に置いていったのでしょう? 私に罪を着せようとしているんだわ」

 ヘスティアの言葉に、使用人たちはざわめく。
 ポーラはやれやれと首を振った。

「お姉さまったら往生際が悪いわね。でも、お姉さまの想いの深さに気付かなった私にも非があるわね……」

 ポーラはそう言うと、悲しげな表情を浮かべた。

「だから、この件はここでおしまいにしましょう。今度こそブローチを捧げて、タイロンお兄さまへの想いを振り払ってほしいわ」

「だから、私は盗んでなんかいないわ! そもそも、タイロンさまのことなんて元から好きでも……」

「お姉さま、言わなくてもいいわ! このブローチを人形に戻して、それで全て終わりよ!」

 ポーラはヘスティアの言葉を遮ると、人形にブローチをつけた。
 ところが、人形はそのままで、輝きは戻らない。

「え……? どうして……」

 ポーラは焦ってブローチを外すと、再度飾り付けた。だが、結果は変わらない。

「そんな……まさか……」

 ポーラは信じられないという表情で呟く。その顔から血の気が引いていった。
 どうやら、ヘスティアの心の不貞を知らしめて嫌がらせをする作戦だったらしい。
 間違いなく、ブローチを盗んで仕組んだのはポーラだ。
 しかし、それを深く追及して真相解明などされては、彼女にとってはたまったものではない。だから、それほど大事にはしたくなかったのだろう。
 ブローチを人形に戻し、なあなあで済ませたかったに違いない。
 ところが、もはや彼女の思惑は外れてしまった。

「何の騒ぎだ」

 さらに、しばらく屋敷を留守にしていたレイモンドが戻ってきた。
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