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12.横取り
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ポーラが屋敷にやってきてから数日が経過した。
今のところ、大きなトラブルは起こっていない。
「お姉さま、私はこれからアマーリアさまにお茶をお運びするわね。お姉さまは、庭園で花を摘んできてくださる?」
「え、ええ……わかったわ」
「お願いね」
ポーラはそう言うと、アマーリアの部屋へと向かっていった。
ヘスティアは言われた通りに庭園へと向かう。しかし、その足取りは重かった。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
思わず愚痴がこぼれる。
最近は、いつもそうだった。ポーラが来てからというもの、彼女のお願いで雑用をさせられることが多いのである。
それも、人目に付くような仕事はポーラが率先して行う。そうではないものを、ヘスティアに押し付けてくるのだ。
働くことは、苦ではない。雑用といえども、立派な仕事だ。
しかし、何か釈然としない気持ちだった。
「とりあえず、花を摘んで戻りましょう……」
ヘスティアは気を取り直して、庭園の花を摘み始めた。
そして、それらを丁寧に束ねると、アマーリアの部屋へと向かう。
すると、部屋の前でポーラが待ち構えていた。
「まあ、素敵な花束ね」
そう言って、ポーラはヘスティアから花束を奪い取る。
「アマーリアさまのお部屋に飾っておくから、お姉さまはもう行っていいわよ」
「え……?」
困惑するヘスティアを置いて、ポーラはさっさとアマーリアの部屋へと入っていった。
「あら、素敵。ありがとう、ポーラ」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいですわ」
中からアマーリアとポーラの楽しそうな声が聞こえてくる。
ヘスティアはただ呆然と立ち尽くしていた。自分の成果を横取りされた、と愕然とする思いだった。
そんなヘスティアの姿を見ていたのか、廊下の角からレイモンドが姿を現す。そして、ヘスティアのもとへと近づいてきた。
「大丈夫か? 何かあったのか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるレイモンドを見て、胸が熱くなるのを感じた。しかし同時に、自分の惨めさも実感してしまう。
「いえ……その、特に何も……」
「そうなのか?」
「はい……」
ヘスティアは力無く頷いた。それ以上何も言うことができなかった。
そんなヘスティアの様子を見て何かを察したのか、レイモンドは小さくため息をつくと口を開く。
「ならいいが……もし何かあったら言ってくれ。力になりたい」
レイモンドの言葉に、ヘスティアは思わず涙が出そうになった。だが、ぐっと堪えて笑顔を作る。
「はい……ありがとうございます……」
ヘスティアはそれだけ言うと、足早にその場から離れたのだった。
翌日、ヘスティアが庭で花の世話をしていると、ポーラがやってきた。
「お姉さま、何をしているの?」
「えっ? いえ……花に水をあげているだけよ」
突然のことに驚きながらも、ヘスティアは答える。
すると、ポーラはにっこりと微笑んだ。
「へぇ……そうなんですね」
それだけ言うと、ポーラは黙って立ち去ろうとする。
だが、数歩進んだところで立ち止まったかと思うと振り返り、再びヘスティアの元へ近づいてきた。
そして、耳元で囁くように言う。
「しばらく、そこでじっとしていてくださいね」
「えっ……?」
戸惑うヘスティアをよそに、ポーラは駆け出していく。
その先には、レイモンドの姿があった。
「こんにちは、レイモンドさま」
「ああ、新しい侍女のポーラ……だったか」
「はい、ポーラ・ディゴリーと申します。これからよろしくお願いしますね」
ポーラはぺこりと頭を下げる。その様子は礼儀正しく、とても可愛らしく見えた。
「ああ、よろしく頼む」
レイモンドも儀礼的な笑顔で応じる。
「どうぞこちらにいらしてくださいませ。お花が綺麗に咲いていますわよ」
「いや、俺は花には興味がないのだが……」
「そんなことおっしゃらず」
ポーラは有無を言わさず、レイモンドの腕を掴んで引っ張っていった。
そしてそのまま、ヘスティアの近くまでやって来る。ちょうど生垣に隠れて、二人からは見えない位置だった。
「ここのお花は、私が世話しましたの。綺麗でしょう?」
「あ、ああ……」
レイモンドは戸惑いながらも頷く。
「お姉さまったら、花を摘むだけなんですの。だから、私が代わりにお世話をしてあげているんですのよ。感謝してほしいわ」
ポーラは得意げに言った。
それを聞き、ヘスティアは呆れ果ててしまう。ポーラがいつ世話をしたというのか。それどころか、人が摘んだ花を奪い取るだけのくせに。
「あのな、俺は別に花が好きなわけじゃ……」
「あら、ごめんなさい。私、気づかなかったわ」
ポーラは悪びれた様子も見せずに言う。そして、にっこりと微笑んだまま続けた。
「でもきっと、レイモンドさまもお花が好きになりますわ。だってこんなに綺麗なんですもの」
ポーラはそう言って、レイモンドの腕に自分の腕を絡める。そして、甘えるように寄りかかった。
「おい……何を……」
「ふふ……いいじゃありませんか」
ポーラはレイモンドの腕を抱きしめたまま、上目遣いで見上げる。その表情はとても艶めかしく見えた。
「っ!?」
ヘスティアはその光景を見て、胸の奥がざわつくような感覚を覚える。今まで感じたことのない感情だった。
しかし、ポーラはヘスティアになど構うことなく、さらに言葉を続ける。
「ねえ、レイモンドさま……私、あなたのことが気になって仕方がないの」
ポーラは熱っぽい声で囁く。
「だから、お部屋に遊びに行ってもいいかしら?」
ポーラは甘えるように、上目遣いで見つめる。
「いや、それは……」
レイモンドは困ったように眉根を寄せた。
「だめなの?」
ポーラは悲しげな表情を浮かべ、首を傾げる。
「……俺は失礼する!」
レイモンドは強引に腕を振りほどくと、足早にその場から離れていった。
「あら、残念……」
ポーラは肩をすくめながらも、笑みを浮かべている。
ヘスティアはその様子を呆然と見つめていた。
「お姉さま、レイモンドさまって素敵な人ね」
「えっ……?」
ポーラの言葉に、ヘスティアは思わず反応してしまう。
すると、ポーラは嬉しそうに目を細めた。
「ふふ……嫉妬してるの?」
「違うわ!」
ヘスティアは反射的に否定するが、それが本心でないことは自分自身がよくわかっていた。
それでも認めたくないという思いから、必死になって反論する。しかし、その言葉も虚しく響くだけだった。
そんなヘスティアを見て、ポーラはくすくすと笑う。そして、嘲笑うような口調で告げた。
「ふふ、お姉さまったら可愛いのね。でもダメよ、お姉さまはレイモンドさまのおじいさまの後妻になるんですもの。醜い火傷の痕がある男爵令嬢ごときが、正式な辺境伯夫人になれるはずがないでしょう?」
ポーラは勝ち誇ったように笑う。
ヘスティアは何も言い返せなかった。ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだ。
「だから、お姉さまは私とレイモンドさまのことを応援してくれればいいのよ」
ポーラは高らかに告げた。
「応援……」
「ええ、そうよ。そうして私が辺境伯夫人になれば、おじいさまが亡くなった後だって、お姉さまをこのお屋敷に置いてあげるわ。だから、私に協力してね」
ポーラはそう言って微笑むと、呆然と立ち尽くしているヘスティアを残し、その場を去っていった。
一人残されたヘスティアは、その場から動けずにいた。
頭の中では、先ほど見た光景と言葉がぐるぐると回っている。
「私は……私は……」
ヘスティアは小さく呟くが、その先の言葉は出てこなかった。
ただ、胸の奥が締め付けられるような痛みだけを感じていた。
今のところ、大きなトラブルは起こっていない。
「お姉さま、私はこれからアマーリアさまにお茶をお運びするわね。お姉さまは、庭園で花を摘んできてくださる?」
「え、ええ……わかったわ」
「お願いね」
ポーラはそう言うと、アマーリアの部屋へと向かっていった。
ヘスティアは言われた通りに庭園へと向かう。しかし、その足取りは重かった。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
思わず愚痴がこぼれる。
最近は、いつもそうだった。ポーラが来てからというもの、彼女のお願いで雑用をさせられることが多いのである。
それも、人目に付くような仕事はポーラが率先して行う。そうではないものを、ヘスティアに押し付けてくるのだ。
働くことは、苦ではない。雑用といえども、立派な仕事だ。
しかし、何か釈然としない気持ちだった。
「とりあえず、花を摘んで戻りましょう……」
ヘスティアは気を取り直して、庭園の花を摘み始めた。
そして、それらを丁寧に束ねると、アマーリアの部屋へと向かう。
すると、部屋の前でポーラが待ち構えていた。
「まあ、素敵な花束ね」
そう言って、ポーラはヘスティアから花束を奪い取る。
「アマーリアさまのお部屋に飾っておくから、お姉さまはもう行っていいわよ」
「え……?」
困惑するヘスティアを置いて、ポーラはさっさとアマーリアの部屋へと入っていった。
「あら、素敵。ありがとう、ポーラ」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいですわ」
中からアマーリアとポーラの楽しそうな声が聞こえてくる。
ヘスティアはただ呆然と立ち尽くしていた。自分の成果を横取りされた、と愕然とする思いだった。
そんなヘスティアの姿を見ていたのか、廊下の角からレイモンドが姿を現す。そして、ヘスティアのもとへと近づいてきた。
「大丈夫か? 何かあったのか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるレイモンドを見て、胸が熱くなるのを感じた。しかし同時に、自分の惨めさも実感してしまう。
「いえ……その、特に何も……」
「そうなのか?」
「はい……」
ヘスティアは力無く頷いた。それ以上何も言うことができなかった。
そんなヘスティアの様子を見て何かを察したのか、レイモンドは小さくため息をつくと口を開く。
「ならいいが……もし何かあったら言ってくれ。力になりたい」
レイモンドの言葉に、ヘスティアは思わず涙が出そうになった。だが、ぐっと堪えて笑顔を作る。
「はい……ありがとうございます……」
ヘスティアはそれだけ言うと、足早にその場から離れたのだった。
翌日、ヘスティアが庭で花の世話をしていると、ポーラがやってきた。
「お姉さま、何をしているの?」
「えっ? いえ……花に水をあげているだけよ」
突然のことに驚きながらも、ヘスティアは答える。
すると、ポーラはにっこりと微笑んだ。
「へぇ……そうなんですね」
それだけ言うと、ポーラは黙って立ち去ろうとする。
だが、数歩進んだところで立ち止まったかと思うと振り返り、再びヘスティアの元へ近づいてきた。
そして、耳元で囁くように言う。
「しばらく、そこでじっとしていてくださいね」
「えっ……?」
戸惑うヘスティアをよそに、ポーラは駆け出していく。
その先には、レイモンドの姿があった。
「こんにちは、レイモンドさま」
「ああ、新しい侍女のポーラ……だったか」
「はい、ポーラ・ディゴリーと申します。これからよろしくお願いしますね」
ポーラはぺこりと頭を下げる。その様子は礼儀正しく、とても可愛らしく見えた。
「ああ、よろしく頼む」
レイモンドも儀礼的な笑顔で応じる。
「どうぞこちらにいらしてくださいませ。お花が綺麗に咲いていますわよ」
「いや、俺は花には興味がないのだが……」
「そんなことおっしゃらず」
ポーラは有無を言わさず、レイモンドの腕を掴んで引っ張っていった。
そしてそのまま、ヘスティアの近くまでやって来る。ちょうど生垣に隠れて、二人からは見えない位置だった。
「ここのお花は、私が世話しましたの。綺麗でしょう?」
「あ、ああ……」
レイモンドは戸惑いながらも頷く。
「お姉さまったら、花を摘むだけなんですの。だから、私が代わりにお世話をしてあげているんですのよ。感謝してほしいわ」
ポーラは得意げに言った。
それを聞き、ヘスティアは呆れ果ててしまう。ポーラがいつ世話をしたというのか。それどころか、人が摘んだ花を奪い取るだけのくせに。
「あのな、俺は別に花が好きなわけじゃ……」
「あら、ごめんなさい。私、気づかなかったわ」
ポーラは悪びれた様子も見せずに言う。そして、にっこりと微笑んだまま続けた。
「でもきっと、レイモンドさまもお花が好きになりますわ。だってこんなに綺麗なんですもの」
ポーラはそう言って、レイモンドの腕に自分の腕を絡める。そして、甘えるように寄りかかった。
「おい……何を……」
「ふふ……いいじゃありませんか」
ポーラはレイモンドの腕を抱きしめたまま、上目遣いで見上げる。その表情はとても艶めかしく見えた。
「っ!?」
ヘスティアはその光景を見て、胸の奥がざわつくような感覚を覚える。今まで感じたことのない感情だった。
しかし、ポーラはヘスティアになど構うことなく、さらに言葉を続ける。
「ねえ、レイモンドさま……私、あなたのことが気になって仕方がないの」
ポーラは熱っぽい声で囁く。
「だから、お部屋に遊びに行ってもいいかしら?」
ポーラは甘えるように、上目遣いで見つめる。
「いや、それは……」
レイモンドは困ったように眉根を寄せた。
「だめなの?」
ポーラは悲しげな表情を浮かべ、首を傾げる。
「……俺は失礼する!」
レイモンドは強引に腕を振りほどくと、足早にその場から離れていった。
「あら、残念……」
ポーラは肩をすくめながらも、笑みを浮かべている。
ヘスティアはその様子を呆然と見つめていた。
「お姉さま、レイモンドさまって素敵な人ね」
「えっ……?」
ポーラの言葉に、ヘスティアは思わず反応してしまう。
すると、ポーラは嬉しそうに目を細めた。
「ふふ……嫉妬してるの?」
「違うわ!」
ヘスティアは反射的に否定するが、それが本心でないことは自分自身がよくわかっていた。
それでも認めたくないという思いから、必死になって反論する。しかし、その言葉も虚しく響くだけだった。
そんなヘスティアを見て、ポーラはくすくすと笑う。そして、嘲笑うような口調で告げた。
「ふふ、お姉さまったら可愛いのね。でもダメよ、お姉さまはレイモンドさまのおじいさまの後妻になるんですもの。醜い火傷の痕がある男爵令嬢ごときが、正式な辺境伯夫人になれるはずがないでしょう?」
ポーラは勝ち誇ったように笑う。
ヘスティアは何も言い返せなかった。ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだ。
「だから、お姉さまは私とレイモンドさまのことを応援してくれればいいのよ」
ポーラは高らかに告げた。
「応援……」
「ええ、そうよ。そうして私が辺境伯夫人になれば、おじいさまが亡くなった後だって、お姉さまをこのお屋敷に置いてあげるわ。だから、私に協力してね」
ポーラはそう言って微笑むと、呆然と立ち尽くしているヘスティアを残し、その場を去っていった。
一人残されたヘスティアは、その場から動けずにいた。
頭の中では、先ほど見た光景と言葉がぐるぐると回っている。
「私は……私は……」
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