虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!

葵 すみれ

文字の大きさ
上 下
10 / 37

10.二人のお茶会

しおりを挟む
 それから、数週間が過ぎようとしていた。
 レイモンドとヘスティアは、徐々に距離を縮めていった。
 初めはぎこちなかった会話も、今では自然にできるようになっている。

「実家とは、手紙のやり取りをしているのか?」

 ある日の午後、アマーリアの部屋でお茶を飲みながら、レイモンドが問いかけてきた。
 ちなみにお茶の準備を命じたはずのアマーリアは、用事があると言って席を外してしまった。そのため、ヘスティアがレイモンドの相手を務めているのだ。

「一回だけ……。でも、返事を出してから、それきりです」

「そうか……。その、きみはあまり良い待遇を受けてはいなかったようだから、心配になってね」

「ご心配いただき、ありがとうございます。でも、大丈夫です」

 ヘスティアは微笑んでみせたが、レイモンドの表情は曇ったままだ。

「もし……何か困っていることや悩み事があったら言ってくれないか?」

「いえ、今は本当に幸せですから……」

 そう言って、ヘスティアは微笑んだ。

「そうか……それならいいのだが……」

 レイモンドはどこか腑に落ちない様子だったが、それ以上追及することはなかった。

「あの、そういえば大旦那さまってどんな方なんですか?」

 話題を変えるために、ヘスティアはずっと気になっていたことを尋ねてみる。

「ああ……祖父は一言で言えば、戦闘狂だな。魔物を狩るのが何より好きで、戦場を駆け回っているんだ」

 レイモンドは苦笑しながら答えた。

「お強いんですか……?」

「ああ、とても強いよ。剣技も魔法も一流で、多くの魔物を討伐している。特に、魔法を剣に宿して戦うのが得意なんだ」

「まあ、魔法を……」

 魔法は一部の貴族にしか使えない特別な技術であり、希少性が高い。かつてはほとんどの貴族が使えたそうだが、今は少なくなっている。
 そのため、魔法を使えるというだけで一目置かれる存在なのだ。

「旦那さまも魔法を使えるのですか?」

「ああ、一応な。だが、祖父の足元にも及ばないよ。まともに使えるのは、火属性の魔法くらいだ」

「そうなんですか……。どんな魔法なんですか?」

「そうだな……たとえば、火球を撃ち出すような魔法がある」

 そう言って、レイモンドは手の上に火の玉を出現させた。
 拳ほどの大きさの炎がゆらゆらと揺れているのを見て、ヘスティアは思わず息をのむ。
 冷や汗が背中を伝い、呼吸が苦しくなった。

「どうした? 顔色が悪いぞ」

 心配そうに顔を覗き込んでくるレイモンドに対して、ヘスティアはぎこちなく微笑んだ。

「いえ……少し驚いただけですので……」

「そうか……ならいいんだが」

 レイモンドはそう言って、火の玉を握りつぶすように消す。
 ヘスティアはほっと安堵の息を漏らした。
 そんな様子を見て、レイモンドは何か思案するように顎に手を当てる。そして、意を決したように口を開いた。

「……きみは背中に火傷の痕があると言っていたな。もしや、誰かに魔法で攻撃されたのか?」

「それは……」

 ヘスティアは答えに窮した。他人に話したことはない。
 しかし、レイモンドの真剣な眼差しを見ると、ごまかすことはできそうになかった。

「……実は、十歳になった頃に妹が魔法を発動させて、私の背中を焼いたんです。突然、背中が燃え上がって……熱くて、痛くて……とても恐ろしかった……」

 その時のことを思い返すと、今でも体が震えそうになる。

「それはひどいな……。許せないことだ」

 怒りに表情を歪ませながら、レイモンドはぼそりと呟いた。

「いえ、もう過ぎたことですし……。その後は妹も、私に魔法を使うことはありませんでしたから……」

 言いながら、ヘスティアは妹デボラが自分に魔法を使ったのは、その一度きりだったことを不思議に思う。
 それからも嫌がらせは続き、命の危険を感じたことすらあった。
 しかし、魔法を使うことはなかったのだ。

「そうか……。ここにはそんな恐ろしいことをする者はいないから安心してくれ。俺がきみを守る」

「あ、ありがとうございます……」

 真っ直ぐ見つめられながらそんなことを言われてしまい、ヘスティアは頬が熱くなっていく。
 心臓がドキドキと高鳴るのを感じる。なんだか落ち着かない気持ちになった。

「あの、お茶のおかわりをお淹れしましょうか……?」

 ヘスティアはごまかすようにティーポットを持ちながら立ち上がった。
 しかし、その瞬間に立ち眩みがして、ぐらりと身体が傾く。

「危ない!」

 倒れそうになったヘスティアを、レイモンドは慌てて抱きとめた。

「大丈夫か?」

「はい……すみません……」

 レイモンドの胸に抱かれる形となり、ヘスティアは恥ずかしさに顔を赤くする。
 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

「あの……もう大丈夫ですから……」

 そう言って離れようとしたのだが、なぜかレイモンドは離してくれない。
 不思議に思って見上げると、彼はじっとヘスティアを見つめていた。

「あ、あの……?」

 戸惑うヘスティアに、レイモンドは真剣な眼差しで言う。

「きみは……とても可愛いな」

「えっ!?」

 予想外の言葉を告げられて、ヘスティアは思わず硬直してしまった。
 顔がさらに熱くなるのを感じる。心臓の音がうるさいほどに高鳴っていた。

「健気で、一生懸命で……とても優しい心を持っている。それに、笑顔も素敵だ」

 レイモンドはヘスティアの顔を見つめたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 その口調は穏やかで優しく、まるで愛しい人に向けるようなものだった。

「あ、あの……旦那さま……?」

 ヘスティアは戸惑いながら問いかけるが、レイモンドは止まらない。

「きみのことを知れば知るほど、惹かれていく。もっと一緒にいたいと、そう思うんだ」

 そう言って、レイモンドはヘスティアの頬にそっと手を添えた。

「あ……」

 ヘスティアは顔を真っ赤に染めて、口をパクパクとさせることしかできない。心臓の音がうるさいくらいに高鳴っている。

「俺は……きみのことを……」

 レイモンドは何かを言いかけたが、そこでハッとしたように目を見開いた。そして、気まずそうに目を逸らす。

「すまない……突然こんなことを言ってしまって……」

 レイモンドはヘスティアから離れて立ち上がると、背を向けてしまった。
 その耳は赤くなっており、照れていることがわかる。

「い、いえ……その……」

 ヘスティアも顔を真っ赤にしてうつむくことしかできなかった。心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。
 しばらく沈黙が続いた後、部屋の扉が開かれた。

「ごめんなさい、お待たせして。ちょっと長引いてしまったわ」

 そう言いながら入ってきたのはアマーリアだった。
 助かった、とヘスティアは思う。あのままでは心臓が破裂していたかもしれない。
 アマーリアは二人の様子を見て、不思議そうに首を傾げた。

「あら、どうしたの? 二人ともなんだか顔が赤いけれど……」

「い、いえ……何でもありません」

 ヘスティアはぶんぶんと頭を横に振って否定する。レイモンドも気まずそうな顔をしていた。
 二人はそそくさと椅子に座る。

「そう? ならいいけれど……」

 アマーリアはそれ以上追及することはせず、椅子に座った。そして、ちらりと二人の顔を交互に見ると楽しそうに微笑む。

「さて……何の話をしていたのかしら? ずいぶん楽しそうね?」

「いえ、あの……世間話を……」

 ヘスティアはしどろもどろになりながらも、なんとか答える。
 レイモンドは何か言おうか迷っている様子だったが、結局口をつぐんでいた。

「ふーん……まあいいわ。じゃあ本題に入りましょう」

 アマーリアはそう言って、姿勢を正す。つられて二人も背筋をピンと伸ばした。

「実はね、新しい侍女がやって来るのよ。それもディゴリー子爵家の令嬢がね」

「え……?」

 ヘスティアは驚きに目を見開く。
 まさかその名を聞くことになるとは思わなかったからだ。
 レイモンドはよくわからないようで、首を傾げている。
 アマーリアはヘスティアに向かい、ため息交じりに言葉を続けた。

「そう、あなたの妹の婚約者の家、ディゴリー子爵家よ」
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】夢見る転生令嬢は前世の彼に恋をする

かほなみり
恋愛
田舎の領地で暮らす子爵令嬢ユフィール。ユフィールには十八歳の頃から、アレクという歳下の婚約者がいた。七年前に一度顔を合わせたきりのアレクとは、手紙のやりとりで穏やかに交流を深めてきた。そんな彼から、騎士学校を卒業し成人を祝う祝賀会が催されるから参加してほしいとの招待を受け、久し振りに王都へとやってきたユフィール。アレクに会えることを楽しみにしていたユフィールは、ふらりと立ち寄った本屋で偶然手にした恋愛小説を見て、溢れるように自分の前世を思い出す。 高校教師を夢見た自分、恋愛小説が心の拠り所だった日々。その中で出会った、あの背の高いいつも笑顔の彼……。それ以来、毎晩のように夢で見る彼の姿に惹かれ始めるユフィール。前世の彼に会えるわけがないとわかっていても、その思いは強くなっていく。こんな気持を抱えてアレクと婚約を続けてもいいのか悩むユフィール。それでなくとも、自分はアレクよりも七つも歳上なのだから。 そんなユフィールの気持ちを知りつつも、アレクは深い愛情でユフィールを包み込む。「僕がなぜあなたを逃さないのか、知りたくないですか?」 歳上の自分に引け目を感じ自信のないヒロインと、やっと手に入れたヒロインを絶対に逃さない歳下執着ヒーローの、転生やり直し恋愛物語。途中シリアス展開ですが、もちろんハッピーエンドです。 ※作品タイトルを変更しました

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

条件は飼い犬と一緒に嫁ぐこと

有木珠乃
恋愛
ダリヤ・ブベーニン伯爵令嬢は、姉のベリンダに虐げられる日々を送っていた。血の繋がらない、元平民のダリヤが父親に気に入られていたのが気に食わなかったからだ。その父親も、ベリンダによって、考えを変えてしまい、今では同じようにダリヤを虐げるように。 そんなある日、ベリンダの使いで宝石商へ荷物を受け取りに行くと、路地裏で蹲る大型犬を見つける。ダリヤは伯爵邸に連れて帰るのだが、ベリンダは大の犬嫌い。 さらに立場が悪くなるのだが、ダリヤはその犬を保護し、大事にする。けれど今度は婚姻で、犬と離れ離れにされそうになり……。 ※この作品はベリーズカフェ、テラーノベルにも投稿しています。

【完結】愛されないあたしは全てを諦めようと思います

黒幸
恋愛
ネドヴェト侯爵家に生まれた四姉妹の末っ子アマーリエ(エミー)は元気でおしゃまな女の子。 美人で聡明な長女。 利発で活発な次女。 病弱で温和な三女。 兄妹同然に育った第二王子。 時に元気が良すぎて、怒られるアマーリエは誰からも愛されている。 誰もがそう思っていました。 サブタイトルが台詞ぽい時はアマーリエの一人称視点。 客観的なサブタイトル名の時は三人称視点やその他の視点になります。

処理中です...