上 下
4 / 37

04.優しい人たち

しおりを挟む
「アマーリアさま、本日は何をいたしましょうか?」

「そうね……今日は天気もいいから、庭園の花を摘んできてくれないかしら? 客間に飾ろうと思うのだけれど」

「はい。かしこまりました」

 アマーリアの言葉に、ヘスティアは頷く。そしてすぐに部屋を出て行った。

「ふう……緊張したわ……」

 廊下で一人になったヘスティアは、ほっと息を吐いた。
 侍女として働き始めてから、一週間が過ぎていた。その間、ずっと緊張し続けていたのだ。ようやく少しずつだが慣れてきたところだ。

「アマーリアさまはお優しいし、使用人の皆さんも親切だけれど……」

 アマーリアは、美しく優しい貴婦人だった。そして使用人たちにも慕われている。
 屋敷で働く者たちも皆親切だ。決してヘスティアを冷遇することなく、丁寧に接してくれている。
 しかし、だからこそヘスティアは不安になるのだ。

「私……本当にここにいていいのかしら……」

 優しく親切にされることは、怖い。そんな優しい場所には、今まで一度もいたことがないから。

「ううん……弱気になっちゃダメよ」

 ヘスティアはふるふると首を振って、弱気な考えを振り払った。そして、庭園へと足を運ぶ。
 庭園の花を摘んで客間に飾る。それが今日のヘスティアの仕事だ。

「おや、ヘスティアさん。今日は花摘みですか?」

 庭園の手入れをしていた庭師が、ヘスティアに気付いて声をかけてきた。

「はい。アマーリアさまが、客間に花を飾りたいとおっしゃったので……」

「なるほど。なら、少し待ってくださいね」

 庭師はそう言うと、庭園の隅に咲いていた白い花を摘んで花束を作った。

「これを持っていくといいですよ。今の時期が、一番綺麗な花です」

「え……あ、ありがとうございます!」

 お礼を言って受け取ると、庭師はまた庭園の手入れに戻っていった。
 花束からは、甘く優しい香りが漂ってくる。

「いい香りね……本当に、親切な人たちばかり……」

 思わず微笑んで、ヘスティアは花束を抱えて歩き出す。

「あら、ヘスティアちゃん。どうしたの? 休憩はきちんとするのよ」

「後で厨房にいらっしゃい。お菓子があるから、一緒に食べましょう?」

「あ、ありがとうございます……」

 すれ違う使用人にも優しく声をかけられて、ヘスティアは恐縮してしまう。
 今まではこんなふうに親切にされたことがなかったから、どう反応していいかわからないのだ。

「本当に、ありがたいことだわ……」

 手の中にある花束を見つめながら、ヘスティアはぽつりと呟いた。そして気を取り直して、屋敷に戻ると客間に向かう。

「あ……旦那さま」

 花束を抱えて歩いていると、廊下の向こうからレイモンドが歩いて来た。
 緊張で、身体が強張る。
 初めてお屋敷に来た日は丁寧に接してくれたが、彼は本来とても身分の高い存在なのだ。ヘスティアごときが気軽に話しかけていい相手ではない。

 あの日以来、レイモンドとは顔を合わせたことがなかった。
 緊張で固まっているヘスティアに、レイモンドは笑いかけてくる。

「花束を抱えて、どうしたんだ?」

「え、えっと……アマーリアさまが客間に花を飾りたいとおっしゃいましたので……」

 しどろもどろに答えると、レイモンドは納得したように頷いた。

「そうか……ご苦労だったな」

 レイモンドはそう言って、ふっと優しく微笑んだ。そして、少し考える素振りを見せる。

「……ここでの生活には慣れてきたか?」

「え、ええ……その、とても良くしていただいております。本当に、皆さまが優しくて……」

「そうか……」

 ほっと息を吐いて、レイモンドは頷いた。

「……俺の浅慮できみには迷惑をかけてしまったので、気になってはいた。だが、皆とうまくやれているのなら、良かった」

 そう言って、レイモンドは優しく微笑む。
 その笑顔を見て、ヘスティアの胸がどきりと跳ねた。
 頬が熱くなるのを感じて、ヘスティアは俯く。

「どうした?」

「い、いえ……何でもございません……」

 不思議そうに問いかけてくるレイモンドに、慌てて首を横に振る。
 すると、彼は少し首を傾げたがそれ以上何も言わなかった。

「そ……その、私ごときを気にかけてくださって、ありがとうございます」

「いや、当然のことだ。俺の未熟さが招いたことだからな。その、決してきみが美しいから気になるといった邪な気持ちでは……」

「へ……?」

 ヘスティアは驚いて顔を上げた。
 すると、レイモンドは耳まで赤くしてそっぽを向く。

「あ、いや、その……気にしないでくれ」

「え、えっと……はい……」

 どう答えていいかわからず、とりあえずヘスティアは頷いた。
 美しいと言っていたような気がするが、おそらく聞き間違いだろう。
 ヘスティアが美しいはずがないのだから、違う言葉だったに決まっている。
 そうでなければ、レイモンドは特殊性癖ということになってしまうではないか。
 そんなことを想像して、ヘスティアは心の中でぶんぶんと首を振った。

「そ、それでは失礼します」

 そう言って、花束でレイモンドから顔を隠すようにしながら、足早にその場を去る。
 廊下を歩くヘスティアの心臓は、まだどきどきと激しく鳴っていた。

「な、なんなのかしら……」

 思わず胸を押さえて、ヘスティアは呟いた。
 顔が熱いのも、心臓がうるさいのも、きっと緊張のせいだろう。そう自分に言い聞かせて、ヘスティアは客間へと急いだのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ令嬢が冷酷公爵に嫁ぐ話~幸せになるおまじない~

朝露ココア
恋愛
ハベリア家伯爵令嬢、マイア。 マイアは身分に相応しくない冷遇を受けていた。 食事はまともに与えられず、血色も悪い。 髪は乱れて、ドレスは着せてもらえない。 父がかわいがる義妹に虐められ、このような仕打ちを受けることとなった。 絶望的な状況で生きる中、マイアにひとつの縁談が舞い込んでくる。 ジョシュア公爵──社交界の堅物で、大の女嫌いが相手だ。 これは契約結婚であり、あくまで建前の婚約。 しかし、ジョシュアの態度は誠実だった。 「君は思っていたよりも話のわかる人だな」 「それでは美しい姿がもったいない」 「マイア嬢、食べられないものはあるか?」 健気なマイアの態度に、ジョシュアは思わぬ優しさを見せる。 そんな中、マイアには特殊な「おまじない」の能力があることが発覚し…… マイアを支度金目当てに送り出した実家では、母と妹のせいで家計が傾き……マイアが幸福になる一方で、実家は徐々に崩壊していく。 これは不遇な令嬢が愛され、ただ幸福な日々を送る話である。

無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア
恋愛
「私は妹の幸福を願っているの。あなたには侯爵夫人になって幸せに生きてほしい。侯爵様の婚姻相手には、すごくお似合いだと思うわ」 わがままな姉のドリカに命じられ、侯爵家に嫁がされることになったディアナ。 派手で綺麗な姉とは異なり、ディアナは園芸と読書が趣味の陰気な子爵令嬢。 そんな彼女は傲慢な母と姉に逆らえず言いなりになっていた。 縁談の相手は『陰険侯爵』とも言われる悪評高い侯爵。 ディアナの意思はまったく尊重されずに嫁がされた侯爵家。 最初は挙動不審で自信のない『陰険侯爵』も、ディアナと接するうちに変化が現れて……次第に成長していく。 「ディアナ。君は俺が守る」 内気な夫婦が支え合い、そして心を育む物語。

妹に人生を狂わされた代わりに、ハイスペックな夫が出来ました

コトミ
恋愛
子爵令嬢のソフィアは成人する直前に婚約者に浮気をされ婚約破棄を告げられた。そしてその婚約者を奪ったのはソフィアの妹であるミアだった。ミアや周りの人間に散々に罵倒され、元婚約者にビンタまでされ、何も考えられなくなったソフィアは屋敷から逃げ出した。すぐに追いつかれて屋敷に連れ戻されると覚悟していたソフィアは一人の青年に助けられ、屋敷で一晩を過ごす。その後にその青年と…

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

処理中です...