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01.役立たず

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「ほら、見てちょうだい、このドレス! 背中が大きく開いた、流行のドレスなの。素敵でしょう!?」

 そう言って、白い背中を晒すドレスを翻してくるりと回る妹を、ヘスティアは無表情に見つめていた。
 はしばみ色の瞳には、何の感情も浮かんでいない。ただ黙って、運んできたお茶をテーブルに置く。
 しかし、妹は構うことなく、続ける。

「きっとデボラの金髪によく映えるよって言って、タイロンさまが贈ってくださったのよ。これから彼と一緒に、お芝居を見に行くの。よかったらお姉さまも一緒に……って、あらやだ、ごめんなさいね」

 妹デボラは、わざとらしく口元を押さえて、クスリと笑った。
 金色の髪と青色の瞳を持つ妹は、ヘスティアの赤い髪とはしばみ色の瞳とは似ても似つかない。

「お姉さまは、お芝居に着ていけるドレスなんて持っていないんですものね。私のを貸してあげるにしても、こんなに背中の開いたドレス、醜い火傷の痕があるお姉さまには、着られるはずがないわね」

 嫌味たっぷりに笑う妹に、ヘスティアは黙ったままだった。
 その火傷を負わせたのは、目の前の妹なのだ。なのに、罪の意識などかけらもない。

「それに、タイロンさまにお会いするのだって気まずいわよねぇ。だって、もともとタイロンさまは、お姉さまの婚約者だったんですもの。でも、私のほうを好きになってくださったのよ。当然よね。醜いお姉さまと、美しい私では比べ物にならないもの」

 デボラは赤い唇を吊り上げて、ニタニタと笑った。
 その唇は、毒々しいほどに赤い。

「どうして姉妹だというのに、こんなに違うのかしらね。貴族らしく金髪で、誰もが目を奪われる美貌の妹と、薄汚い赤髪に、醜い火傷を負った姉……。ああ、神さまってなんて不公平なのかしら!」

 デボラは芝居がかった仕草で、天井を仰いだ。
 ヘスティアは黙って、妹の挑発的な視線から目を背けた。
 何も言わないヘスティアに、デボラは苛立たしそうに舌打ちする。そして、落ち着かせるように息を吐くと、椅子に座ってティーカップを手に取った。

「ま、いいわ。どうせお姉さまには関係ないことだものね。役立たずで、醜くて、誰からも必要とされていないお姉さまなんて……熱っ!」

 デボラはティーカップをヘスティアに向かって放り投げる。
 しかし、ヘスティアは避けようとも、カップを受け止めようともしない。
 顔面に向かって飛んでくるカップをただ見つめている。
 カシャンと陶器が割れる音が響きわたり、お茶があたりに飛び散った。
 ヘスティアの顔に、熱いお茶がかかる。
 しかし、ヘスティアは眉一つ動かさなかった。

「なによ、このお茶! 熱すぎるじゃない! お茶一つ、満足に淹れられないなんて、やっぱりお姉さまは無能だわ!」

 デボラはカップの破片を忌々しそうに見下ろし、次いでヘスティアを睨み付けた。

「ああ、やだやだ。本当に腹が立つわね! お姉さまは今さら火傷の一つや二つ増えたところで、どうってことないのでしょうけど、私は違うのよ! 痕が残ったらどうしてくれるのよ! 醜いって、それだけで罪になるんだからね!」

 デボラはそう怒鳴ると、破片を拾おうと屈んだヘスティアを蹴りつけた。

「本当に、存在そのものが迷惑な人。あんたなんか、生まれてくるんじゃなかったのよ!」

 その痛みにも、ヘスティアは悲鳴一つ上げなかった。ただ黙って唇を噛んでいる。
 デボラは忌々しそうに舌打ちすると、そのまま部屋を出ていった。

「……っ」

 ヘスティアはのろのろと破片を拾い集める。
 熱いお茶がかかったというのに、ヘスティアの顔には赤み一つない。
 ただ、お茶で濡れた髪だけが頬に張り付いていた。

「私だって……こんなところに生まれてきたく、なかったわ……」

 ヘスティアは感情のない声でそう呟くと、もうとっくに冷めたお茶を拭き始めた。



 それから数日経って、ヘスティアは父親に呼び出された。
 執務室に行くと、そこには父親と元婚約者のタイロンが待っていた。
 どうしてタイロンがいるのかと、ヘスティアは身構える。

「ヘスティア、喜べ。タイロン殿がお前に素晴らしい話を持ってきてくれたのだ」

「素晴らしい、話?」

 ヘスティアは警戒したままタイロンに視線を向ける。
 タイロンは、得意げに頷いた。

「ああ、かつてきみとの婚約は解消したが、僕は哀れなきみのことを気にかけていたんだ。貴族令嬢として役立たずになってしまったきみが、できることはなんだろうってね」

 タイロンは悲しげに眉を寄せてみせた。

「僕への想いを捨てきれないのは、わかっている。でも、どうか許してほしい。僕はきみを救いたいんだ。きみでも皆の役に立てることはないか、考えていたんだ。そんな時だよ! 僕の耳に素晴らしい話が舞い込んできたのは!」

 タイロンは興奮した様子で椅子から立ち上がった。

「きみは知っているかい? この王都で今、話題となっている若き辺境伯のことを!」

「辺境伯……?」

 ヘスティアは、思わず眉を寄せた。
 家から出してもらえないヘスティアが、知っているはずがない。
 けれど、タイロンは自分の話に酔うあまり、気付いていないようだ。

「魔物の領域との境目に領地を持つ辺境伯なんだが、わずか十八歳にして爵位を継ぐことになり、王都にやって来たんだ。大層な美青年と評判で、あっという間に貴婦人たちの話題をさらっていった。彼に見初められたいと願う娘たちが、殺到しているらしい」

「はぁ……」

 ヘスティアは気のない返事を返した。
 興味がない上に、貴族令嬢として役に立たない自分に、そんな話をされても困る。
 けれど、タイロンはヘスティアが違う部分に困惑していると思ったようだ。

「ああ……もちろん、僕ほどの美貌じゃないだろうけれどね」

「はぁ……」

 ヘスティアはもう一度気のない返事を返す。
 そんなことは考えていない。タイロンは不細工ではないが、美青年と言えるほどでもないだろう。
 タイロンは、そんなヘスティアの反応など気に留めることなく、得意げに続ける。

「その辺境伯に、きみのことを紹介したいんだ!」

「!?」

 ヘスティアは目を見開いて、タイロンを見つめた。
 何を言われたのか理解できなかったのだ。
 呆然としているヘスティアを無視して、タイロンは父親のほうを向いた。

「辺境伯は、祖父である先々代の後添えを探していると聞きました。もはやおぼつかないくせに色ボケした爺を、甲斐甲斐しく世話をしてくれる令嬢はいないものかと、嘆いているとか。どうです、ヘスティアでも役に立つとは思いませんか!?」

「おお!」

 タイロンの言葉に、父親が歓声を上げた。

「それは素晴らしい! ヘスティア、お前もようやく我らの役に立てる時が来たのだな! 田舎の老人の慰み……いや、世話など、お前のような役立たずでもできる、素晴らしい仕事ではないか! さすがはタイロン殿だ! 素晴らしい提案をしてくださる!」

「いえいえ、これもヘスティアのことを思えばこそですよ。これで辺境伯家との繋がりができれば、我らの未来は明るい! ヘスティア、きみもこれで家の役に立てるんだ! よかったな!」

「うむうむ、まったくだ。ヘスティアよ、タイロン殿のご厚意に感謝しなさい」

 ヘスティアを辺境の老人の慰み者として差し出す話が、着々と進んでいく。
 父親とタイロンが勝手に盛り上がっているのを、ヘスティアはただ呆然と眺めていた。
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