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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘
71 別れと婚約発表
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それからもアリシアはクラウスに帰してもらえない日が何度かあった。その度にダーマットに着替えを届けに来てもらったり、アリシアを迎えに来てもらったりしていた。アリシアは毎回ちゃんと帰ろうとしてるので、それを聞いたダーマットはアリシアには何も言わなくなった。アリシアとしては助かるが、それはそれで何か恥ずかしい。
そんな状況が続いたので、クラウスとダーマットはよく話すようになった。最終日には互いに遠慮もなくなったようで、「ダーマット、アリシアをこのまま俺の屋敷まで連れ帰りたい」とアリシアの隣で言うクラウスに、ダーマットは「もちろん駄目です」と笑みを浮かべてハッキリと断っていた。
そして魔国から訪れた文官長達の帰国の日になった。
アリシアはエンジュとダーマットの3人で、見送りのために迎賓館前に立っていた。目の前には馬車が並び、荷物の詰め込みは既に終わっている。
「もう帰国か。後一回くらいやりたかったなー」
エンジュが馬車を眺めながら小さく言うと、ダーマットが肩を竦めた。
「今は何度やっても同じだと思うよ。次に会う時のために鍛えてリベンジの方が、楽しみが増えていいんじゃない?」
「・・・それもそうだな」
エンジュはそう応えると、腕を組んでうーんと唸った。きっと鍛錬について考えているのだろう。
クラウスとエンジュの二回目の試合はサリヴァン邸の練習場で行った。忖度なしでとエンジュが条件をつけたので、それならば人の目がない方が良いとクラウスが提案したのだ。
結果はダーマットの予想通りクラウスの勝ち。原因もやはりエンジュのスタミナ切れだった。と言っても1回目の試合の倍以上続いた長い試合だったので、エンジュのスタミナが不足しているわけではない。クラウスのスタミナが異常なのだ。
「今回はクラウスがルアンキリに来て試合したし、次は兄さんが魔国ティナドランに行ってしたら?」
アリシアは苦笑して言うと、エンジュは再びうーんと唸った。
「そうなんだよなー。もう一度ハルシュタイン将軍にルアンキリに来てもらうっていうのも難しそうだしな。それにハルシュタイン将軍があの腕だろ?ならもし機会があればリーネルト将軍とも手合わせしてみたいし、新しく就任したっていうヤンカー将軍もなかなか強いって話だしな。・・・ああ、あれか。アリシアの結婚式は魔国でやるんだよな。そん時は俺も呼べよ。そうすりゃ俺が公式に魔国へ行ける」
「ええっ」
「兄さん。いくら何でも気が早いよ。婚約発表すらこれからなのに・・・」
意気揚々と言うエンジュに、アリシアは動揺する。まだ結婚式の具体的な話もしていない。ダーマットも少し呆れた顔をエンジュに向けた。
「でもいつかはすんだろ?なら今から言っておいてもいいじゃないか。それに少し先の方が俺も鍛える時間が出来るしな。それよりもほら、出て来たぞ」
エンジュはそういうと、迎賓館の入口へ目を向ける。アリシアとダーマットも顔を向けると、先頭にエディンガー文官長、続いてフィレンツェン、最後にクラウスが出て来た。
到着時と同じく、ルアンキリ王と挨拶をかわし、次にユウヤ、その後に王子達と続いた。
今回も人類連合と魔国ティナドランの会合が行われた。しかしそれと同時に神聖ルアンキリと魔国ティナドラン間での個別の取り決めも行われた。それはクラウスとアリシアの結婚を前提で行われたので、ルアンキリ王の希望通り、人類連合各国に先駆けて個別に物流の取り決めをする事が出来た。その為ルアンキリ王はニコニコとして挨拶を交わしている。王太子と第二王子もにこやかに挨拶をしているが、バティストは珍しく苦笑を滲ませた顔で応じていた。
続いてアリシアも前に出て挨拶をする。
「エディンガー様、フィレンツェン様、ハルシュタイン将軍。3週間に渡る会議、お疲れ様でした。どうか帰り道もお気を付けて」
アリシアがそう言うと、エディンガーはふふっと笑い、クラウスへと視線を向けて、すぐにアリシアへ戻した。
「こちらこそ世話になった。また君に会う時を楽しみにしているよ」
「そうだな」
フィレンツェンも微笑んでアリシアに頷く。
「君には人類連合について、教えて欲しい事が山ほどある。その時は是非協力を願いたい」
「・・・えーと、その・・・はい」
二人はクラウスへの嫁入りを歓迎しているようだ。アリシアは少し気恥ずかしい気持ちになって言葉を濁す。
そんなアリシアにふふっと笑ったクラウスは、あろう事かアリシアを抱きしめた。
「えっクラウス!?あの・・・!」
慌てるアリシアに、クラウスは再び笑う。
「いいんだ。ユウヤ殿から、俺達の仲が良い事を最後にアピールしておいてくれって頼まれた。俺も役得だしな。それにこれでまた、しばらく会えなくなる」
アリシアの耳元で囁くと、クラウスはアリシアをギュッと抱きしめた。
「ほら、アリシアも」
「・・・」
クラウスの言うように、また会えなくなることにアリシアも寂しさを感じていた。恥ずかしいがユウヤからの頼みなら応えようと、アリシアもクラウスの背中に腕を回した。
「クラウス…また会える時までお元気で」
「アリシアもな」
しばし抱き合うと、クラウスが腕の力を緩めた。アリシアはクラウスの背中から腕を降ろして顔を上げると、その瞬間クラウスが触れるだけのキスをした。
「・・・!?」
すぐに離された口元に、アリシアは手を当てる。すぐ近くにはエディンガーとフィレンツェン、その後ろにはルアンキリ王族、もう少し離れた場所にはエンジュとダーマットが居る。慌てて辺りを見渡すと、全員こちらを見ていた。しかも魔国とルアンキリの兵士達もだ。
注目の中キスをされた事に気付き、アリシアは全身が熱くなった。顔を手で覆って俯く。
「クラウス…やりすぎです・・・」
「いいんだ。アリシアが俺の女って事をこの場で主張しておかないとな」
ニコニコと機嫌良さそうに言うクラウスの言葉に、余計に羞恥が沸いてくる。どうしていいか分からずにいると、少し離れた場所で笑い声が聞こえた。
「ハルシュタイン将軍は本当にブレねぇな」
クククという笑いが近寄ってくる。アリシアは顔を上げて指の隙間から目を向けると、ユウヤがすぐ近くに立っていた。
「ま、こんだけルアンキリの兵士がいる前なら、すぐに噂も広がるだろ。エンジュには噂を抑え込まない様にって伝えてあるしな。そうすりゃ婚約発表の時に変な憶測も少なくなる」
「ユウヤ様・・・」
「ユウヤ殿。この後の事をよろしく頼む。アリシアにも危険が無いように」
「もちろん。エルフに任せときな」
「私も全面的に協力する。エルフの里と我らルアンキリ王家が守ろう」
ルアンキリ王もニコニコと笑みを浮かべ、しかしその言葉には厳粛さを含ませてクラウスへ言う。クラウスはアリシアから離れると、手を胸に当てて礼をする。
「よろしくお願いいたします」
「私からもお願いいたします。魔国ティナドランにサリヴァン嬢が来てくれれば、神聖ルアンキリ国とエルフの里とのかけがえのない絆になるでしょう」
「私からもよろしくお願いいたします。サリヴァン嬢から人類連合の事を教えていただき、魔国ティナドランをより良い国にしたいと思っております」
クラウスの言葉に、エディンガーとフィレンツェンが続く。ルアンキリ王は三人に頷いた。
「もちろんだ。・・・ではそろそろ出発なされよ。魔王ギルベルト=ファーベルク殿にもよろしく伝えてくれ」
「はい」
代表のエディンガーが応えると、フィレンツェンと共に馬車へと向かう。アリシアは顔から手を離してクラウスを見つめた。
「クラウス、くれぐれも道中気を付けて」
「分かってる。大丈夫だ。あの程度なら問題ない。また手紙を出す」
「はい。お待ちしてます」
護衛として戦線まで付いてくる予定のルアンキリ兵士の中から、一瞬クラウスへ殺気が飛んだ。すぐに抑えたが、アリシアもクラウスも気付いた。
自国の王族が居る場で殺気を飛ばすなど言語道断だ。処罰は免れない。
本来なら護衛担当者を入れ替えるべきなのだが、出発直前でそれも慌ただしい。なのでクラウスはエンジュに向かって顔を横に振った。エンジュもそれに頷いていたので、このまま向かうのだ。殺気を飛ばした兵士が道中にクラウスに襲い掛かる可能性があるが、己を律する事が出来ない者にクラウスは討てない。それが分かっているので、エンジュも何も言わないのだ。
最後にもう一度クラウスはアリシアを抱きしめると、「じゃあな」と言って自分の馬へ歩いていく。アリシアはその背中をじっと見つめた。
* * *
それから4日後。クラウス達が無事戦線を越えたと連絡を受けてから、ルアンキリ国王によってアリシアとクラウスの婚約が発表された。同時に魔国ティナドランでもギルベルトから公示で発表されているはずだ。
ユウヤが予想していた通り、物凄い数の抗議が人類連合の各国から、ルアンキリ王家とサリヴァン邸へと殺到した。中には『アリシアを攫う』という脅しもあった。
「馬鹿だねー。精霊王が付いてる姉さんを攫えるわけがないじゃん。ま、軍で調査させるから安心して」
とダーマットは呆れた顔をして脅迫状を見ていた。
「軍も今は微妙だな。人選を誤るなよ」
エンジュがダーマットに言うと「もちろん」と頷いていた。
アリシアはというと、カエデが家に強固な結界を張った事で、外出は出来ないが安全に過ごせている。時折カエデが「あらあらー」と楽し気に外に出て行き、結界に引っ掛かった侵入者を捕まえていた。近辺を守っている信頼できる兵士たちに引き渡しては「これで5人目ねー」とニコニコ笑っている。毎日一人は引っ掛かるので「結界を張った甲斐があったわー」と言っている。ちょっと楽しいらしい。
そんな日々を2週間耐えると、必要としていたものが全て出揃った。それらを元に予定通りエルフの里の長、コウキ=ヒノハラから人類連合各国に向けて声明が発された。
『我らエルフが人間もしくは獣人と婚姻を結ぶ際、エルフの里は婚姻相手が籍を置く国と契約を交わしている。我らエルフとその血に連なる者に対し、強制、脅迫など身の危険や自由意思が脅かされる状態に置かれた場合、その者とエルフの長が同意した場合に限り、その者の本籍をエルフの里へと移動する、という契約だ。これによってどの国からの強制も抗議も無効となる。今回のアリシア=クロス=サリヴァンの婚約に対する抗議がこれに値すると見做した。契約を履行し、アリシア=クロス=サリヴァンをエルフの里へと本籍を移動する。そしてエルフの里の長、コウキ=ヒノハラはアリシア=クロス=サリヴァンと魔国ティナドランのクラウス=ハルシュタインとの婚姻を認める。また神聖ルアンキリ王家は早くから彼らの婚姻とエルフの里との契約履行を認めていた。これにより神聖ルアンキリは人類連合に先駆け、魔国ティナドランとの友好を結んでいる』
大半の国がこの声明で大人しくなった。各国のトップは自分達が己の感情や都合で非難抗議を行った結果、完全に国益を逃したと気付いたのだ。今回どの国が非難抗議を行ったか、エルフの里に全て把握されている。そしてそれはエルフの里を通して神聖ルアンキリと魔国ティナドランにも知らされた。
これまで国交が無かった国であり、広大な南大陸アリオカル全てを領土とする魔国ティナドラン。この国がもたらす経済効果は計り知れない。その利益を現状神聖ルアンキリが独占する事となる。
今回非難抗議を行わなかった国や、国内の非難抗議を抑え込んだ国もある。神聖ルアンキリはそういった国から取引を行うだろう。その事に気付いた国々はすぐに非難抗議を取り下げ、国内の不満を抑え込んだ。
神聖ルアンキリ国内も同様だ。ルアンキリ王家の抑え込みに反発してまで非難抗議を行った有力者達も、これから手に入るはずの莫大な利益を棒に振った事に気付いた。静観していた有力者や王家に従った者達にはルアンキリ王家から便宜が図られると発表があったのだ。
こうしてクラウス=ハルシュタインとアリシア=クロス=サリヴァンの婚約騒動は水を打ったように静かになった。
そんな状況が続いたので、クラウスとダーマットはよく話すようになった。最終日には互いに遠慮もなくなったようで、「ダーマット、アリシアをこのまま俺の屋敷まで連れ帰りたい」とアリシアの隣で言うクラウスに、ダーマットは「もちろん駄目です」と笑みを浮かべてハッキリと断っていた。
そして魔国から訪れた文官長達の帰国の日になった。
アリシアはエンジュとダーマットの3人で、見送りのために迎賓館前に立っていた。目の前には馬車が並び、荷物の詰め込みは既に終わっている。
「もう帰国か。後一回くらいやりたかったなー」
エンジュが馬車を眺めながら小さく言うと、ダーマットが肩を竦めた。
「今は何度やっても同じだと思うよ。次に会う時のために鍛えてリベンジの方が、楽しみが増えていいんじゃない?」
「・・・それもそうだな」
エンジュはそう応えると、腕を組んでうーんと唸った。きっと鍛錬について考えているのだろう。
クラウスとエンジュの二回目の試合はサリヴァン邸の練習場で行った。忖度なしでとエンジュが条件をつけたので、それならば人の目がない方が良いとクラウスが提案したのだ。
結果はダーマットの予想通りクラウスの勝ち。原因もやはりエンジュのスタミナ切れだった。と言っても1回目の試合の倍以上続いた長い試合だったので、エンジュのスタミナが不足しているわけではない。クラウスのスタミナが異常なのだ。
「今回はクラウスがルアンキリに来て試合したし、次は兄さんが魔国ティナドランに行ってしたら?」
アリシアは苦笑して言うと、エンジュは再びうーんと唸った。
「そうなんだよなー。もう一度ハルシュタイン将軍にルアンキリに来てもらうっていうのも難しそうだしな。それにハルシュタイン将軍があの腕だろ?ならもし機会があればリーネルト将軍とも手合わせしてみたいし、新しく就任したっていうヤンカー将軍もなかなか強いって話だしな。・・・ああ、あれか。アリシアの結婚式は魔国でやるんだよな。そん時は俺も呼べよ。そうすりゃ俺が公式に魔国へ行ける」
「ええっ」
「兄さん。いくら何でも気が早いよ。婚約発表すらこれからなのに・・・」
意気揚々と言うエンジュに、アリシアは動揺する。まだ結婚式の具体的な話もしていない。ダーマットも少し呆れた顔をエンジュに向けた。
「でもいつかはすんだろ?なら今から言っておいてもいいじゃないか。それに少し先の方が俺も鍛える時間が出来るしな。それよりもほら、出て来たぞ」
エンジュはそういうと、迎賓館の入口へ目を向ける。アリシアとダーマットも顔を向けると、先頭にエディンガー文官長、続いてフィレンツェン、最後にクラウスが出て来た。
到着時と同じく、ルアンキリ王と挨拶をかわし、次にユウヤ、その後に王子達と続いた。
今回も人類連合と魔国ティナドランの会合が行われた。しかしそれと同時に神聖ルアンキリと魔国ティナドラン間での個別の取り決めも行われた。それはクラウスとアリシアの結婚を前提で行われたので、ルアンキリ王の希望通り、人類連合各国に先駆けて個別に物流の取り決めをする事が出来た。その為ルアンキリ王はニコニコとして挨拶を交わしている。王太子と第二王子もにこやかに挨拶をしているが、バティストは珍しく苦笑を滲ませた顔で応じていた。
続いてアリシアも前に出て挨拶をする。
「エディンガー様、フィレンツェン様、ハルシュタイン将軍。3週間に渡る会議、お疲れ様でした。どうか帰り道もお気を付けて」
アリシアがそう言うと、エディンガーはふふっと笑い、クラウスへと視線を向けて、すぐにアリシアへ戻した。
「こちらこそ世話になった。また君に会う時を楽しみにしているよ」
「そうだな」
フィレンツェンも微笑んでアリシアに頷く。
「君には人類連合について、教えて欲しい事が山ほどある。その時は是非協力を願いたい」
「・・・えーと、その・・・はい」
二人はクラウスへの嫁入りを歓迎しているようだ。アリシアは少し気恥ずかしい気持ちになって言葉を濁す。
そんなアリシアにふふっと笑ったクラウスは、あろう事かアリシアを抱きしめた。
「えっクラウス!?あの・・・!」
慌てるアリシアに、クラウスは再び笑う。
「いいんだ。ユウヤ殿から、俺達の仲が良い事を最後にアピールしておいてくれって頼まれた。俺も役得だしな。それにこれでまた、しばらく会えなくなる」
アリシアの耳元で囁くと、クラウスはアリシアをギュッと抱きしめた。
「ほら、アリシアも」
「・・・」
クラウスの言うように、また会えなくなることにアリシアも寂しさを感じていた。恥ずかしいがユウヤからの頼みなら応えようと、アリシアもクラウスの背中に腕を回した。
「クラウス…また会える時までお元気で」
「アリシアもな」
しばし抱き合うと、クラウスが腕の力を緩めた。アリシアはクラウスの背中から腕を降ろして顔を上げると、その瞬間クラウスが触れるだけのキスをした。
「・・・!?」
すぐに離された口元に、アリシアは手を当てる。すぐ近くにはエディンガーとフィレンツェン、その後ろにはルアンキリ王族、もう少し離れた場所にはエンジュとダーマットが居る。慌てて辺りを見渡すと、全員こちらを見ていた。しかも魔国とルアンキリの兵士達もだ。
注目の中キスをされた事に気付き、アリシアは全身が熱くなった。顔を手で覆って俯く。
「クラウス…やりすぎです・・・」
「いいんだ。アリシアが俺の女って事をこの場で主張しておかないとな」
ニコニコと機嫌良さそうに言うクラウスの言葉に、余計に羞恥が沸いてくる。どうしていいか分からずにいると、少し離れた場所で笑い声が聞こえた。
「ハルシュタイン将軍は本当にブレねぇな」
クククという笑いが近寄ってくる。アリシアは顔を上げて指の隙間から目を向けると、ユウヤがすぐ近くに立っていた。
「ま、こんだけルアンキリの兵士がいる前なら、すぐに噂も広がるだろ。エンジュには噂を抑え込まない様にって伝えてあるしな。そうすりゃ婚約発表の時に変な憶測も少なくなる」
「ユウヤ様・・・」
「ユウヤ殿。この後の事をよろしく頼む。アリシアにも危険が無いように」
「もちろん。エルフに任せときな」
「私も全面的に協力する。エルフの里と我らルアンキリ王家が守ろう」
ルアンキリ王もニコニコと笑みを浮かべ、しかしその言葉には厳粛さを含ませてクラウスへ言う。クラウスはアリシアから離れると、手を胸に当てて礼をする。
「よろしくお願いいたします」
「私からもお願いいたします。魔国ティナドランにサリヴァン嬢が来てくれれば、神聖ルアンキリ国とエルフの里とのかけがえのない絆になるでしょう」
「私からもよろしくお願いいたします。サリヴァン嬢から人類連合の事を教えていただき、魔国ティナドランをより良い国にしたいと思っております」
クラウスの言葉に、エディンガーとフィレンツェンが続く。ルアンキリ王は三人に頷いた。
「もちろんだ。・・・ではそろそろ出発なされよ。魔王ギルベルト=ファーベルク殿にもよろしく伝えてくれ」
「はい」
代表のエディンガーが応えると、フィレンツェンと共に馬車へと向かう。アリシアは顔から手を離してクラウスを見つめた。
「クラウス、くれぐれも道中気を付けて」
「分かってる。大丈夫だ。あの程度なら問題ない。また手紙を出す」
「はい。お待ちしてます」
護衛として戦線まで付いてくる予定のルアンキリ兵士の中から、一瞬クラウスへ殺気が飛んだ。すぐに抑えたが、アリシアもクラウスも気付いた。
自国の王族が居る場で殺気を飛ばすなど言語道断だ。処罰は免れない。
本来なら護衛担当者を入れ替えるべきなのだが、出発直前でそれも慌ただしい。なのでクラウスはエンジュに向かって顔を横に振った。エンジュもそれに頷いていたので、このまま向かうのだ。殺気を飛ばした兵士が道中にクラウスに襲い掛かる可能性があるが、己を律する事が出来ない者にクラウスは討てない。それが分かっているので、エンジュも何も言わないのだ。
最後にもう一度クラウスはアリシアを抱きしめると、「じゃあな」と言って自分の馬へ歩いていく。アリシアはその背中をじっと見つめた。
* * *
それから4日後。クラウス達が無事戦線を越えたと連絡を受けてから、ルアンキリ国王によってアリシアとクラウスの婚約が発表された。同時に魔国ティナドランでもギルベルトから公示で発表されているはずだ。
ユウヤが予想していた通り、物凄い数の抗議が人類連合の各国から、ルアンキリ王家とサリヴァン邸へと殺到した。中には『アリシアを攫う』という脅しもあった。
「馬鹿だねー。精霊王が付いてる姉さんを攫えるわけがないじゃん。ま、軍で調査させるから安心して」
とダーマットは呆れた顔をして脅迫状を見ていた。
「軍も今は微妙だな。人選を誤るなよ」
エンジュがダーマットに言うと「もちろん」と頷いていた。
アリシアはというと、カエデが家に強固な結界を張った事で、外出は出来ないが安全に過ごせている。時折カエデが「あらあらー」と楽し気に外に出て行き、結界に引っ掛かった侵入者を捕まえていた。近辺を守っている信頼できる兵士たちに引き渡しては「これで5人目ねー」とニコニコ笑っている。毎日一人は引っ掛かるので「結界を張った甲斐があったわー」と言っている。ちょっと楽しいらしい。
そんな日々を2週間耐えると、必要としていたものが全て出揃った。それらを元に予定通りエルフの里の長、コウキ=ヒノハラから人類連合各国に向けて声明が発された。
『我らエルフが人間もしくは獣人と婚姻を結ぶ際、エルフの里は婚姻相手が籍を置く国と契約を交わしている。我らエルフとその血に連なる者に対し、強制、脅迫など身の危険や自由意思が脅かされる状態に置かれた場合、その者とエルフの長が同意した場合に限り、その者の本籍をエルフの里へと移動する、という契約だ。これによってどの国からの強制も抗議も無効となる。今回のアリシア=クロス=サリヴァンの婚約に対する抗議がこれに値すると見做した。契約を履行し、アリシア=クロス=サリヴァンをエルフの里へと本籍を移動する。そしてエルフの里の長、コウキ=ヒノハラはアリシア=クロス=サリヴァンと魔国ティナドランのクラウス=ハルシュタインとの婚姻を認める。また神聖ルアンキリ王家は早くから彼らの婚姻とエルフの里との契約履行を認めていた。これにより神聖ルアンキリは人類連合に先駆け、魔国ティナドランとの友好を結んでいる』
大半の国がこの声明で大人しくなった。各国のトップは自分達が己の感情や都合で非難抗議を行った結果、完全に国益を逃したと気付いたのだ。今回どの国が非難抗議を行ったか、エルフの里に全て把握されている。そしてそれはエルフの里を通して神聖ルアンキリと魔国ティナドランにも知らされた。
これまで国交が無かった国であり、広大な南大陸アリオカル全てを領土とする魔国ティナドラン。この国がもたらす経済効果は計り知れない。その利益を現状神聖ルアンキリが独占する事となる。
今回非難抗議を行わなかった国や、国内の非難抗議を抑え込んだ国もある。神聖ルアンキリはそういった国から取引を行うだろう。その事に気付いた国々はすぐに非難抗議を取り下げ、国内の不満を抑え込んだ。
神聖ルアンキリ国内も同様だ。ルアンキリ王家の抑え込みに反発してまで非難抗議を行った有力者達も、これから手に入るはずの莫大な利益を棒に振った事に気付いた。静観していた有力者や王家に従った者達にはルアンキリ王家から便宜が図られると発表があったのだ。
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