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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘
68 転換の一夜
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夕飯の時刻になり、母カエデがエルフの里の料理を振る舞ってくれた。
「ルアンキリの料理は王宮で出てるでしょ?折角だし、和食にしたの。ハルシュタイン将軍のお口に合うと良いけれど」
そう言ってカエデが出した料理を、クラウスは全てペロリと食べていた。
「初めて食べる味でしたが、どれも美味しかったです。また食べたいですね」
そう言うクラウスに、カエデはふふっと笑った。
「あら。アリシアも作れるわよ。ね?」
「うん。母さんとミヤちゃんから教えてもらってるから。でも急に作るってことになっても、材料はエルフの里に行かないと手に入らないものもあるじゃない」
「そんなのどうとでもなるわよ。必要なら私が送るから」
「・・・・・・え?送る?」
どこに?と言う前に、クラウスが小さく笑った。
「ちょうど良かった。そのお話をしたかったんです」
どの話?とアリシアはクラウスへ顔を向ける。そんなアリシアに気付いて、またクラウスは笑った。しかしアリシアには何も言わず、クラウスはカエデとエンジュの顔を順に見てから視線を下げた。
「今私はこんな状態です。ですが、どれだけ考えてもアリシアを諦められません。解決策も見つけられず、ずっとこのままかもしれません。それでも私はアリシアと共にいたい。アリシアも私のこの気持ちに応えてくれました。ですので、結婚のお許しを頂きたい」
クラウスは視線を上げると、真剣な顔で再びカエデとエンジュの顔を見やる。
(ええ!?その話だった!)
カーッと顔に熱が集まる。もしかしたら結婚の話をクラウスがするかもしれないとは思っていたが、それが今だと思っていなかった。心の準備が全くできていない。家族の前でその話題は恥ずかしい、というか照れ臭い。
カエデは口元に手を当てて、「あら、素敵ね」と呟いた。
「確かに例のアレの件はあるけど・・・ユウヤ様は解決策を見つけるつもりでいるし、恐らくそんなに心配しなくても大丈夫よ。そんな気がするから」
アリシアはパッとカエデの顔を見る。エンジュとダーマットもだ。カエデがこう言う時はほぼその通りになる。エルフはそれぞれ何かしら優れた能力を持っている。カエデは直観力が優れているのだ。
「母さん、それって・・・」
期待を込めて見つめるアリシアに、カエデは微笑んで、そしてクラウスへと視線を戻す。
「そもそもあなた達は結婚するっていう方向でユウヤ様は動いてるのよ?私達もそのつもりだったけれど」
「こういった事はきちんとしておきたい性分ですので。それにアリシアには魔国に来てもらうことになります。母君とエンジュ殿、ダーマットはすぐに会える距離ではなくなりますから」
「そうねぇ。確かにアリシアに会えなくなるのは寂しいけど、アリシアの人生だからね。だからあなた達がそれでいいのなら、私は賛成よ」
「母さん・・・」
アリシアの意思を尊重してくれるカエデに、アリシアはジーンとした。触れ合えない夫婦なんてだめよ、と言われる可能性も少しだけ考えていたのだ。
「でも母さん、もう会えなくなるわけじゃないわよ」
「そうね。たまには遊びに来てね。これからは行き来もしやすくなるだろうから。そうなったら是非ハルシュタイン将軍も来てちょうだい」
「はい」
ニコニコしているカエデに、クラウスも笑みを向ける。続けてエンジュへ視線を向けた。
年長者は母であるカエデだが、家長はエンジュなのだ。
「俺も良いと思うぜ。例の件も二人がそれで良いなら、俺がとやかく言う事じゃないし、母さんがそう言うならきっと解決する。ま、相手があのハルシュタイン将軍だって聞いた時は驚いたし、何度も対峙したことある相手だから複雑だったけどさ。ユウヤ様も認められてるし、その理由も実際に会って分かった。年上相手に偉そうかもしれないけど、ハルシュタイン将軍ならアリシアを安心して魔国に送り出せる」
「兄さん、年上の義弟が出来るって騒いでたくせに」
「お前!そういう事を言うな!それとこれとは別なんだよ!」
アタフタしながらダーマットに文句を言うエンジュに、クラウスは吹き出した。
「エンジュ殿もやっぱりアリシアの兄妹だな。慌て方が同じだ」
「嘘!?やめてくださいクラウス!」
初めて言われた言葉に、アリシアは本気で嫌がった。こんな筋肉馬鹿と同じなんて不名誉も良い所だ。
しかしそんなアリシアを見て、更にクラウスはクククと笑う。カエデも「確かにね」と同意していた。
「諦めろアリシア。お前も結局俺と同じ穴の貉なんだよ・・・」
「サリヴァンっていう穴のね。というか、ただ単に父さんに似ただけでしょ」
ニヤリとして言うエンジュに、呆れ顔でダーマットが突っ込んだ。
* * *
深夜。サリヴァン邸に突如響いた大きな音に、アリシアは目を覚ました。
すぐに体を起こして上着を羽織ると、いつも身に着けているグリーンガーネットを手に取る。
その間にもガラスが割れるような音がしたかと思えば、物が倒れる音も聞こえてくる。
(本当に来たんだ・・・!)
アリシアは部屋を出て廊下を進む。クラウスの東側客室近くまで行くと、部屋の前には剣を抜いたダーマットが立っていた。今夜は警戒すると言っていたので、ちゃんと軍服を身に着けている。
アリシアに気付いたダーマットは、口元に指をあてる。そして少し離れて待つように、とジェスチャーで伝えてきた。頷いてアリシアは後ろに下がり、グリーンガーネットを両手で握り締めた。
そうしている間にも、客室からは物が壊れる音が聞こえてくる。
(兄さんも客室に潜んでるって話だったから、大丈夫だと思うけど・・・)
ハラハラしながら客室の扉を見つめる。するとカエデも部屋から出てきてアリシアの隣に立った。
「母さん。コレ持ってるから、近くにいて」
グリーンガーネットを見せると、クラウスによって防御術が付与されている話を思い出したのだろう。カエデは緊張した顔で頷いた。
そのまま数分待つと、急に音がしなくなった。アリシア達が緊張して扉を見つめていると、室内から「ダーマット、終わったぞ」というエンジュの声が聞こえ、同時に扉が開く。
アリシア達はダーマットが室内へ入って行くのを見守っていると、エンジュがアリシアを呼ぶ声が聞こえた。
「アリシア、いるならちょっと来てくれ」
「どうしたの?」
アリシアは慌てて扉へと駆け寄る。室内に入ろうとしたら、剣を鞘に収めたダーマットが出てきた。
「俺は外に知らせてくる」
アリシアにそう言うと、ダーマットは玄関へ走って行った。外に待機している兵士達に連絡しに行ったのだろう。
走っていくダーマットを数秒だけ見送ると、アリシアは開かれたドアの内側へと目を向ける。
「うわ・・・」
室内は惨状の一言に尽きた。まともな状態の家具が無い。全て倒れたり壁にめり込んだりしている。引き出しも本体から離れ、あちこちへと散乱していた。カーテンもズタズタに切り裂かれ、壁も切り傷まみれだ。窓ガラスも割れ、家具のガラスも全て粉々になっていた。
そして床に顔を隠した男が3人倒れていた。クラウスは剣を片手に、3人を眺めて部屋の中央に立っている。
「いつもは交代で一人ずつ来てたのに、今日は一気に3人来たな」
クラウスが剣を収めて言うと、エンジュが頷いた。
「昼間の試合を見てたんだろ。あれで適う訳が無いと気付いたんだ。だから全員で来た。ま、こっちは手っ取り早く済んで良かったけどな」
部屋の惨状に言葉もなく、入口で立ち尽くしているアリシアにエンジュが顔を向けた。
「人の家の家具を遠慮なく投げつけてきたんだ。風の精霊術でかまいたちも連発してきて、避け切れずにハルシュタイン将軍が食らった。治してくれ」
「怪我したんですか・・・!?」
慌ててアリシアはクラウスに近寄ろうとすると、入り口付近に立つエンジュから腕を取られて引き留められる。
「近寄り過ぎるなよ」
アリシアが頷くと、エンジュはすぐに腕を離した。アリシアは少し離れた場所からクラウスの体を目で確認していく。
白いシャツと黒のスラックス姿のクラウスは、左の上腕を赤く染めていた。よく見るとその部分の服も切れている。出血量からそこまで深い傷ではなさそうだが、他にも怪我があるかもしれない。
「アリシア。この部屋が使えない状態になる事も考えて、南の客室も用意してある。そっちで治療してくれ。ダーマットが連絡しに行ったから、もう少ししたらバティスト殿下が来る。事後処理は俺たちの仕事だ。ハルシュタイン将軍はそのまま南の客室で休んでくれ」
「・・・悪いな」
「それはこっちの言葉だ。ずっとうちの国の馬鹿が客人に迷惑かけてたんだ。気にしないで、治療が終わったらそのまま寝てくれ」
「ああ」
クラウスは頷くと、アリシアを目で促す。アリシアはクラウスに頷いて、南側の客室へ移動した。
部屋に入ると、クラウスは右手に持っていた剣を居間のソファに立てかけて置いた。
「静かに終わらせるつもりだったんだが、起こしてしまったな」
「良いんです。それよりも怪我は?服を脱げますか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
そう言うと、クラウスは右手だけでシャツのボタンを外していく。アリシアはクラウスが左腕を全く使っていない事に気付いた。
(もしかして左腕の傷は思ってたより深いのかしら)
クラウスはスラックスからシャツを引き抜くと、右腕で左の袖を持ち、シャツから引き抜いた。シャツの下にはいつも通り黒のTシャツを着ている。
「術ですぐに止血したが、元々俺はあまり回復が得意じゃない。・・・結構いったな」
言いながら腕を見るクラウスに、アリシアも近寄る。少し離れた場所からクラウスへ手をかざし、精霊に呼び掛けて状態確認の術を使う。
(本当だ。深く切られてる。腕を上げられないはずだわ)
クラウスが痛そうな素振りを全くしないので油断していた。しかし少し考えれば分かる事だった。彼は将軍なのだから、部下を動揺させないためにも、普段からあまり感情を表に出さない。怪我の痛みは、その最たるものだろう。
「クラウス、ソファに座って楽にしていてください」
「・・・ああ」
立ちっぱなしのアリシアを気にした様だが、クラウスは頷いて腰掛けた。
アリシアは手をかざしたまま、回復の呪文を唱える。他にも軽い打撲が見られるので、全てに回復をかけていく。
「精霊術の回復は初めて受けるな。やはり魔術とは回復のし方が少し違うようだが・・・」
クラウスはうーんと唸って回復を掛けている個所をマジマジと見ている。
打撲は全て治ったので、アリシアは腕に集中する。そして眉を寄せた。
(これ・・・何かしら)
腕に集中した途端、何か違う術式が見えた。これはクラウスに掛けられているものだ。アリシアが気付けたという事は、魔術ではなく精霊術だろう。もしかしてエンジュかダーマットが防御術でもかけていたのだろうか。
(違う。これは精霊術じゃない。どちらかというと・・・)
「どうかしたか?」
眉を顰めるアリシアに気付いたクラウスが問いかけてくる。少し考えてからアリシアは口を開いた。
「怪我の治療の事ではないです」
「・・・ああ、アリシアにも分かるのか」
クラウスは少し驚いた顔をしてアリシアを見る。その反応を見て、アリシアは確信した。この術は邪神から押し付けられた特殊能力だ。
ひとまずアリシアは怪我の治療に専念し、完治してから口を開いた。
「怪我はこれで大丈夫です。違和感ありませんか?」
「大丈夫そうだ。完全に治ってる。後遺症もないのか」
「魔術は想像力で治しますが、精霊術は自然の力です。クラウスの治癒能力を促すので、綺麗に治ります」
「・・・なるほど」
クラウスは左腕を上げたり回したりして確認した後、最後に「凄いな」と呟いた。
「少し、詳しく視てもいいですか?」
「もしかして何か分かるのか?」
「どこまで分かるかは正直なんとも。先にユウヤ様が視てるんですよね?ならそれ以上は分からないと思います。ただ、私が見てみたいだけですね」
「気になるなら見てくれ。ユウヤ殿とはまた違う見解が出るかもしれないしな」
アリシアは頷くと、再びクラウスへ手をかざす。今度は詳細に視るため、両手をかざして集中する。
(・・・やっぱり。精霊術のようで違う。これは精霊神様が使ってた方の術だわ)
複雑な仕組みの中から、いくつか見たことのある文様が目に入る。
(データベース・・・違う。帰還の術?・・・少し違う。・・・・・・ああ、色素変化に系統が似ているのかも)
詳しくは分からないが、恐らく付与する内容が違うだけなのだ。入口の術式が近いように思える。
(精霊神様の力を使ったのね。・・・腹立たしいわ)
あの優しい神の力をこんな事に使うなんてと、アリシアは眉を寄せた。
そしてアリシアは誰も解呪出来ない事にも納得した。
(精霊神様はオリジナルの術式を好んで使っていたから、創造神様や人類神様は効果はわかっても、解除が出来なかったのかも)
神の創造力だけではなく、精霊神が前にいた世界の知識と技術を取り入れている術なので、その世界を知らなければ理解出来ないかも、と前に精霊神が話していた。という事は、例の邪神も同じか似た世界を見てきたのかもしれない。
アリシアは解析術を解いて腕を下ろす。アリシアの集中を邪魔をしないようにと、正面を向いていたクラウスはアリシアへ視線を向ける。
「クラウス。術の詳細は分かりませんが、系統は分かりました。ひとつ、試したいことがあります。してみてもいいですか?」
「何を試すんだ」
「精霊王をお呼びして、術式を見てもらいましょう。何かヒントをいただけるかもしれません」
「精霊王・・・!?」
驚くクラウスに、苦笑して説明する。
「ご存じかもしれませんが、精霊は各属性ごとに下級、中級、上級と別れていて、その属性のトップである特級、更にその上に全属性を司る王がいます。私が魔国に潜入する時に、精霊神様が心配されて、精霊王を一度だけ使役できる術を頂いたんです。結局使わず仕舞いでしたが、その御縁でちょっと、知り合い、というか・・・」
「・・・そうか。やれる事は全部やろう。頼めるか?」
アリシアは頷いて口を開いた。
「精霊王ヴァルター様、お越し願えますか?」
アリシアの言葉に呼応して、フワリとヴァルターが姿を現した。
『ようやく呼んだか、アリシア。久しいな。もっと呼んでくれても良いのだぞ』
「お久しぶりです。用事もないのに精霊王様を呼び出すなんて、そんな恐れ多い事は出来ません」
相変わらずな様子のヴァルターに、アリシアは苦笑した。
『して、どうした。何か用事が・・・ああ、コレか』
ヴァルターは己を凝視しているクラウスに気付くと、じっと見つめた。
『全く・・・ハヤトの力をこんな事に使いおって・・・』
(さすが精霊王様。すぐに気付かれたわ)
『この男はアリシアの・・・。ふむ、それで我を呼んだか』
「はい。精霊王様はこの術を解除することは出来ますか?もしくは解除の方法をご存知でしたら教えて頂きたいのですが・・・」
『詳しく視よう』
アリシアの言葉に、ヴァルターは腕を組んで再びクラウスの鳩尾辺りを見つめる。
『これは神が操る力。解除は我でも出来ぬ。その上ハヤトはややこしい術式を好む。解除可能なのはこの世で邪神か精霊神ハヤトだけであろう』
そこで言葉を止めると、ヴァルターはアリシアへ視線を向けて微笑んだ。
『だが発動しない様に封じる事は可能だ。その為には、お主との契約が必要になる』
その言葉にクラウスはソファを立ち上がった。信じられないと顔に書いてヴァルターを見た後、アリシアへ顔を向ける。
「分かりました。ではお願いします」
即答で頷くアリシアに、ヴァルターはクククと可笑しそうに笑った。
『その潔さも、我は気に入っておるのだ。普段は目立つことを嫌うお主が、必要とあらば臆さぬ。その心意気がな』
上機嫌にそう言うと、嬉しそうな笑みを浮かべた。
『ならば、契約を』
「はい」
アリシアは頷くと、ヴァルターと向かい合う。そしてヴァルターが右手をアリシアに向けて口を開いた。
『我、汝との契約を許可する。我が名は精霊王ヴァルター。アリシア=クロス=サリヴァンよ。我の言葉に答えよ』
アリシアもヴァルターの言葉を受け、右手をヴァルターへ伸ばす。そしてヴァルターの手に触れる。
「私、アリシア=クロス=サリヴァンは精霊王ヴァルターとの契約を欲します。今日この時を持って、精霊王ヴァルターとの契約履行を」
アリシアがヴァルターに続いて契約の言葉を述べると、アリシアとヴァルターの間を繋ぐように柔らかい光が幾重にも交差する。
ふっと光が消えると、アリシアはヴァルターとの繋がりを感じるようになった。自分をしばし見て、目の前に立つヴァルターを見る。上級精霊とは違う、不思議な感覚だ。
『ようやくお主と契約が出来た。これからはお主の美しい輝きを特等席で見れる』
「とくとうせき・・・」
嬉しそうに言うヴァルターに、アリシアは固まった。
「・・・アリシアと契約したといっても、彼女は俺のものだからな」
ややジト目でヴァルターを見ているクラウスに、ヴァルターはフフフと笑った。
『アリシア、お主この男に随分愛されておるな。執着も強いようだが、大丈夫か』
「余計なお世話だ」
遠慮なく言い放つクラウスに、ヴァルターは愉快そうに笑う。
アリシアも恥ずかしい。というより照れ臭い。これ以上は言わないで欲しいと、アリシアは口を挟む。
「精霊王様、クラウスを揶揄うのはおやめ下さい」
『いやなに、コウキやユウヤはこのような反応をせぬのでな。それに比べてお主の男は愉快よの』
ヴァルターはまたフフフと笑うとクラウスへ言う。
『心配するでない。分かりやすく例えるならば、可愛い子を愛でる親のような気持ち、と言えばと良いか?』
その言葉にクラウスはジト目をやめ、ヴァルターの言葉を吟味しているようだ。今の何をそんなに考える必要があるのだろうか。アリシアには全く分からない。というより照れ臭いのでやめて欲しい。
『して、アリシアよ。神の術式を封印するためには多くの気を必要とする。お主の気の量はエルフ一人と同等だ。しかしそれでも足りぬ』
「・・・どうすればいいのでしょう」
契約すれば封印は可能だとヴァルターは言った。それならちゃんと方法があるはずだ。
『カエデを呼んで、お主のサポートをさせる。血の繋がりは気の親和性を高くする。カエデと二人なら事足りる』
「なら、俺が伝達魔術で呼ぼう」
クラウスはそう言うと「カエデ殿、クラウス=ハルシュタインです。私の部屋までお越し願えますか」と小さく口にした。
「あ。純粋なエルフだから魔力が・・・あちらから返事が出来ないな」
「大丈夫です。そんなに時間は経ってないから、まだ起きてると思います」
クラウスはルアンキリに来て以降、アリシア達三兄弟とは伝達魔術でよくやりとりするので、うっかりしていたのだろう。
少し待つと、ドアをノックする音がした。アリシアがドアを開けるとカエデが立っていた。カエデを室内へと招くと、ヴァルターに気付いたカエデが「ああ」と声を上げた。
「ヴァルター様でしたか。先程から強い気配を感じていたので、何事かと・・・」
そう言ってアリシアを見る。
「あら、ヴァルター様と契約したのね?恐れ多いって言ってたのに、どういう心境の変化?しかもこんな時間に」
「母さん、それについてお願いしたいことがあるの。これから少し時間もらっても大丈夫?」
「ええ。部屋の惨状を見たら寝付けなくて。大丈夫よ」
確かにあれは色んな意味で寝付けなさそうだ。アリシアは苦笑してカエデに説明した。
「ルアンキリの料理は王宮で出てるでしょ?折角だし、和食にしたの。ハルシュタイン将軍のお口に合うと良いけれど」
そう言ってカエデが出した料理を、クラウスは全てペロリと食べていた。
「初めて食べる味でしたが、どれも美味しかったです。また食べたいですね」
そう言うクラウスに、カエデはふふっと笑った。
「あら。アリシアも作れるわよ。ね?」
「うん。母さんとミヤちゃんから教えてもらってるから。でも急に作るってことになっても、材料はエルフの里に行かないと手に入らないものもあるじゃない」
「そんなのどうとでもなるわよ。必要なら私が送るから」
「・・・・・・え?送る?」
どこに?と言う前に、クラウスが小さく笑った。
「ちょうど良かった。そのお話をしたかったんです」
どの話?とアリシアはクラウスへ顔を向ける。そんなアリシアに気付いて、またクラウスは笑った。しかしアリシアには何も言わず、クラウスはカエデとエンジュの顔を順に見てから視線を下げた。
「今私はこんな状態です。ですが、どれだけ考えてもアリシアを諦められません。解決策も見つけられず、ずっとこのままかもしれません。それでも私はアリシアと共にいたい。アリシアも私のこの気持ちに応えてくれました。ですので、結婚のお許しを頂きたい」
クラウスは視線を上げると、真剣な顔で再びカエデとエンジュの顔を見やる。
(ええ!?その話だった!)
カーッと顔に熱が集まる。もしかしたら結婚の話をクラウスがするかもしれないとは思っていたが、それが今だと思っていなかった。心の準備が全くできていない。家族の前でその話題は恥ずかしい、というか照れ臭い。
カエデは口元に手を当てて、「あら、素敵ね」と呟いた。
「確かに例のアレの件はあるけど・・・ユウヤ様は解決策を見つけるつもりでいるし、恐らくそんなに心配しなくても大丈夫よ。そんな気がするから」
アリシアはパッとカエデの顔を見る。エンジュとダーマットもだ。カエデがこう言う時はほぼその通りになる。エルフはそれぞれ何かしら優れた能力を持っている。カエデは直観力が優れているのだ。
「母さん、それって・・・」
期待を込めて見つめるアリシアに、カエデは微笑んで、そしてクラウスへと視線を戻す。
「そもそもあなた達は結婚するっていう方向でユウヤ様は動いてるのよ?私達もそのつもりだったけれど」
「こういった事はきちんとしておきたい性分ですので。それにアリシアには魔国に来てもらうことになります。母君とエンジュ殿、ダーマットはすぐに会える距離ではなくなりますから」
「そうねぇ。確かにアリシアに会えなくなるのは寂しいけど、アリシアの人生だからね。だからあなた達がそれでいいのなら、私は賛成よ」
「母さん・・・」
アリシアの意思を尊重してくれるカエデに、アリシアはジーンとした。触れ合えない夫婦なんてだめよ、と言われる可能性も少しだけ考えていたのだ。
「でも母さん、もう会えなくなるわけじゃないわよ」
「そうね。たまには遊びに来てね。これからは行き来もしやすくなるだろうから。そうなったら是非ハルシュタイン将軍も来てちょうだい」
「はい」
ニコニコしているカエデに、クラウスも笑みを向ける。続けてエンジュへ視線を向けた。
年長者は母であるカエデだが、家長はエンジュなのだ。
「俺も良いと思うぜ。例の件も二人がそれで良いなら、俺がとやかく言う事じゃないし、母さんがそう言うならきっと解決する。ま、相手があのハルシュタイン将軍だって聞いた時は驚いたし、何度も対峙したことある相手だから複雑だったけどさ。ユウヤ様も認められてるし、その理由も実際に会って分かった。年上相手に偉そうかもしれないけど、ハルシュタイン将軍ならアリシアを安心して魔国に送り出せる」
「兄さん、年上の義弟が出来るって騒いでたくせに」
「お前!そういう事を言うな!それとこれとは別なんだよ!」
アタフタしながらダーマットに文句を言うエンジュに、クラウスは吹き出した。
「エンジュ殿もやっぱりアリシアの兄妹だな。慌て方が同じだ」
「嘘!?やめてくださいクラウス!」
初めて言われた言葉に、アリシアは本気で嫌がった。こんな筋肉馬鹿と同じなんて不名誉も良い所だ。
しかしそんなアリシアを見て、更にクラウスはクククと笑う。カエデも「確かにね」と同意していた。
「諦めろアリシア。お前も結局俺と同じ穴の貉なんだよ・・・」
「サリヴァンっていう穴のね。というか、ただ単に父さんに似ただけでしょ」
ニヤリとして言うエンジュに、呆れ顔でダーマットが突っ込んだ。
* * *
深夜。サリヴァン邸に突如響いた大きな音に、アリシアは目を覚ました。
すぐに体を起こして上着を羽織ると、いつも身に着けているグリーンガーネットを手に取る。
その間にもガラスが割れるような音がしたかと思えば、物が倒れる音も聞こえてくる。
(本当に来たんだ・・・!)
アリシアは部屋を出て廊下を進む。クラウスの東側客室近くまで行くと、部屋の前には剣を抜いたダーマットが立っていた。今夜は警戒すると言っていたので、ちゃんと軍服を身に着けている。
アリシアに気付いたダーマットは、口元に指をあてる。そして少し離れて待つように、とジェスチャーで伝えてきた。頷いてアリシアは後ろに下がり、グリーンガーネットを両手で握り締めた。
そうしている間にも、客室からは物が壊れる音が聞こえてくる。
(兄さんも客室に潜んでるって話だったから、大丈夫だと思うけど・・・)
ハラハラしながら客室の扉を見つめる。するとカエデも部屋から出てきてアリシアの隣に立った。
「母さん。コレ持ってるから、近くにいて」
グリーンガーネットを見せると、クラウスによって防御術が付与されている話を思い出したのだろう。カエデは緊張した顔で頷いた。
そのまま数分待つと、急に音がしなくなった。アリシア達が緊張して扉を見つめていると、室内から「ダーマット、終わったぞ」というエンジュの声が聞こえ、同時に扉が開く。
アリシア達はダーマットが室内へ入って行くのを見守っていると、エンジュがアリシアを呼ぶ声が聞こえた。
「アリシア、いるならちょっと来てくれ」
「どうしたの?」
アリシアは慌てて扉へと駆け寄る。室内に入ろうとしたら、剣を鞘に収めたダーマットが出てきた。
「俺は外に知らせてくる」
アリシアにそう言うと、ダーマットは玄関へ走って行った。外に待機している兵士達に連絡しに行ったのだろう。
走っていくダーマットを数秒だけ見送ると、アリシアは開かれたドアの内側へと目を向ける。
「うわ・・・」
室内は惨状の一言に尽きた。まともな状態の家具が無い。全て倒れたり壁にめり込んだりしている。引き出しも本体から離れ、あちこちへと散乱していた。カーテンもズタズタに切り裂かれ、壁も切り傷まみれだ。窓ガラスも割れ、家具のガラスも全て粉々になっていた。
そして床に顔を隠した男が3人倒れていた。クラウスは剣を片手に、3人を眺めて部屋の中央に立っている。
「いつもは交代で一人ずつ来てたのに、今日は一気に3人来たな」
クラウスが剣を収めて言うと、エンジュが頷いた。
「昼間の試合を見てたんだろ。あれで適う訳が無いと気付いたんだ。だから全員で来た。ま、こっちは手っ取り早く済んで良かったけどな」
部屋の惨状に言葉もなく、入口で立ち尽くしているアリシアにエンジュが顔を向けた。
「人の家の家具を遠慮なく投げつけてきたんだ。風の精霊術でかまいたちも連発してきて、避け切れずにハルシュタイン将軍が食らった。治してくれ」
「怪我したんですか・・・!?」
慌ててアリシアはクラウスに近寄ろうとすると、入り口付近に立つエンジュから腕を取られて引き留められる。
「近寄り過ぎるなよ」
アリシアが頷くと、エンジュはすぐに腕を離した。アリシアは少し離れた場所からクラウスの体を目で確認していく。
白いシャツと黒のスラックス姿のクラウスは、左の上腕を赤く染めていた。よく見るとその部分の服も切れている。出血量からそこまで深い傷ではなさそうだが、他にも怪我があるかもしれない。
「アリシア。この部屋が使えない状態になる事も考えて、南の客室も用意してある。そっちで治療してくれ。ダーマットが連絡しに行ったから、もう少ししたらバティスト殿下が来る。事後処理は俺たちの仕事だ。ハルシュタイン将軍はそのまま南の客室で休んでくれ」
「・・・悪いな」
「それはこっちの言葉だ。ずっとうちの国の馬鹿が客人に迷惑かけてたんだ。気にしないで、治療が終わったらそのまま寝てくれ」
「ああ」
クラウスは頷くと、アリシアを目で促す。アリシアはクラウスに頷いて、南側の客室へ移動した。
部屋に入ると、クラウスは右手に持っていた剣を居間のソファに立てかけて置いた。
「静かに終わらせるつもりだったんだが、起こしてしまったな」
「良いんです。それよりも怪我は?服を脱げますか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
そう言うと、クラウスは右手だけでシャツのボタンを外していく。アリシアはクラウスが左腕を全く使っていない事に気付いた。
(もしかして左腕の傷は思ってたより深いのかしら)
クラウスはスラックスからシャツを引き抜くと、右腕で左の袖を持ち、シャツから引き抜いた。シャツの下にはいつも通り黒のTシャツを着ている。
「術ですぐに止血したが、元々俺はあまり回復が得意じゃない。・・・結構いったな」
言いながら腕を見るクラウスに、アリシアも近寄る。少し離れた場所からクラウスへ手をかざし、精霊に呼び掛けて状態確認の術を使う。
(本当だ。深く切られてる。腕を上げられないはずだわ)
クラウスが痛そうな素振りを全くしないので油断していた。しかし少し考えれば分かる事だった。彼は将軍なのだから、部下を動揺させないためにも、普段からあまり感情を表に出さない。怪我の痛みは、その最たるものだろう。
「クラウス、ソファに座って楽にしていてください」
「・・・ああ」
立ちっぱなしのアリシアを気にした様だが、クラウスは頷いて腰掛けた。
アリシアは手をかざしたまま、回復の呪文を唱える。他にも軽い打撲が見られるので、全てに回復をかけていく。
「精霊術の回復は初めて受けるな。やはり魔術とは回復のし方が少し違うようだが・・・」
クラウスはうーんと唸って回復を掛けている個所をマジマジと見ている。
打撲は全て治ったので、アリシアは腕に集中する。そして眉を寄せた。
(これ・・・何かしら)
腕に集中した途端、何か違う術式が見えた。これはクラウスに掛けられているものだ。アリシアが気付けたという事は、魔術ではなく精霊術だろう。もしかしてエンジュかダーマットが防御術でもかけていたのだろうか。
(違う。これは精霊術じゃない。どちらかというと・・・)
「どうかしたか?」
眉を顰めるアリシアに気付いたクラウスが問いかけてくる。少し考えてからアリシアは口を開いた。
「怪我の治療の事ではないです」
「・・・ああ、アリシアにも分かるのか」
クラウスは少し驚いた顔をしてアリシアを見る。その反応を見て、アリシアは確信した。この術は邪神から押し付けられた特殊能力だ。
ひとまずアリシアは怪我の治療に専念し、完治してから口を開いた。
「怪我はこれで大丈夫です。違和感ありませんか?」
「大丈夫そうだ。完全に治ってる。後遺症もないのか」
「魔術は想像力で治しますが、精霊術は自然の力です。クラウスの治癒能力を促すので、綺麗に治ります」
「・・・なるほど」
クラウスは左腕を上げたり回したりして確認した後、最後に「凄いな」と呟いた。
「少し、詳しく視てもいいですか?」
「もしかして何か分かるのか?」
「どこまで分かるかは正直なんとも。先にユウヤ様が視てるんですよね?ならそれ以上は分からないと思います。ただ、私が見てみたいだけですね」
「気になるなら見てくれ。ユウヤ殿とはまた違う見解が出るかもしれないしな」
アリシアは頷くと、再びクラウスへ手をかざす。今度は詳細に視るため、両手をかざして集中する。
(・・・やっぱり。精霊術のようで違う。これは精霊神様が使ってた方の術だわ)
複雑な仕組みの中から、いくつか見たことのある文様が目に入る。
(データベース・・・違う。帰還の術?・・・少し違う。・・・・・・ああ、色素変化に系統が似ているのかも)
詳しくは分からないが、恐らく付与する内容が違うだけなのだ。入口の術式が近いように思える。
(精霊神様の力を使ったのね。・・・腹立たしいわ)
あの優しい神の力をこんな事に使うなんてと、アリシアは眉を寄せた。
そしてアリシアは誰も解呪出来ない事にも納得した。
(精霊神様はオリジナルの術式を好んで使っていたから、創造神様や人類神様は効果はわかっても、解除が出来なかったのかも)
神の創造力だけではなく、精霊神が前にいた世界の知識と技術を取り入れている術なので、その世界を知らなければ理解出来ないかも、と前に精霊神が話していた。という事は、例の邪神も同じか似た世界を見てきたのかもしれない。
アリシアは解析術を解いて腕を下ろす。アリシアの集中を邪魔をしないようにと、正面を向いていたクラウスはアリシアへ視線を向ける。
「クラウス。術の詳細は分かりませんが、系統は分かりました。ひとつ、試したいことがあります。してみてもいいですか?」
「何を試すんだ」
「精霊王をお呼びして、術式を見てもらいましょう。何かヒントをいただけるかもしれません」
「精霊王・・・!?」
驚くクラウスに、苦笑して説明する。
「ご存じかもしれませんが、精霊は各属性ごとに下級、中級、上級と別れていて、その属性のトップである特級、更にその上に全属性を司る王がいます。私が魔国に潜入する時に、精霊神様が心配されて、精霊王を一度だけ使役できる術を頂いたんです。結局使わず仕舞いでしたが、その御縁でちょっと、知り合い、というか・・・」
「・・・そうか。やれる事は全部やろう。頼めるか?」
アリシアは頷いて口を開いた。
「精霊王ヴァルター様、お越し願えますか?」
アリシアの言葉に呼応して、フワリとヴァルターが姿を現した。
『ようやく呼んだか、アリシア。久しいな。もっと呼んでくれても良いのだぞ』
「お久しぶりです。用事もないのに精霊王様を呼び出すなんて、そんな恐れ多い事は出来ません」
相変わらずな様子のヴァルターに、アリシアは苦笑した。
『して、どうした。何か用事が・・・ああ、コレか』
ヴァルターは己を凝視しているクラウスに気付くと、じっと見つめた。
『全く・・・ハヤトの力をこんな事に使いおって・・・』
(さすが精霊王様。すぐに気付かれたわ)
『この男はアリシアの・・・。ふむ、それで我を呼んだか』
「はい。精霊王様はこの術を解除することは出来ますか?もしくは解除の方法をご存知でしたら教えて頂きたいのですが・・・」
『詳しく視よう』
アリシアの言葉に、ヴァルターは腕を組んで再びクラウスの鳩尾辺りを見つめる。
『これは神が操る力。解除は我でも出来ぬ。その上ハヤトはややこしい術式を好む。解除可能なのはこの世で邪神か精霊神ハヤトだけであろう』
そこで言葉を止めると、ヴァルターはアリシアへ視線を向けて微笑んだ。
『だが発動しない様に封じる事は可能だ。その為には、お主との契約が必要になる』
その言葉にクラウスはソファを立ち上がった。信じられないと顔に書いてヴァルターを見た後、アリシアへ顔を向ける。
「分かりました。ではお願いします」
即答で頷くアリシアに、ヴァルターはクククと可笑しそうに笑った。
『その潔さも、我は気に入っておるのだ。普段は目立つことを嫌うお主が、必要とあらば臆さぬ。その心意気がな』
上機嫌にそう言うと、嬉しそうな笑みを浮かべた。
『ならば、契約を』
「はい」
アリシアは頷くと、ヴァルターと向かい合う。そしてヴァルターが右手をアリシアに向けて口を開いた。
『我、汝との契約を許可する。我が名は精霊王ヴァルター。アリシア=クロス=サリヴァンよ。我の言葉に答えよ』
アリシアもヴァルターの言葉を受け、右手をヴァルターへ伸ばす。そしてヴァルターの手に触れる。
「私、アリシア=クロス=サリヴァンは精霊王ヴァルターとの契約を欲します。今日この時を持って、精霊王ヴァルターとの契約履行を」
アリシアがヴァルターに続いて契約の言葉を述べると、アリシアとヴァルターの間を繋ぐように柔らかい光が幾重にも交差する。
ふっと光が消えると、アリシアはヴァルターとの繋がりを感じるようになった。自分をしばし見て、目の前に立つヴァルターを見る。上級精霊とは違う、不思議な感覚だ。
『ようやくお主と契約が出来た。これからはお主の美しい輝きを特等席で見れる』
「とくとうせき・・・」
嬉しそうに言うヴァルターに、アリシアは固まった。
「・・・アリシアと契約したといっても、彼女は俺のものだからな」
ややジト目でヴァルターを見ているクラウスに、ヴァルターはフフフと笑った。
『アリシア、お主この男に随分愛されておるな。執着も強いようだが、大丈夫か』
「余計なお世話だ」
遠慮なく言い放つクラウスに、ヴァルターは愉快そうに笑う。
アリシアも恥ずかしい。というより照れ臭い。これ以上は言わないで欲しいと、アリシアは口を挟む。
「精霊王様、クラウスを揶揄うのはおやめ下さい」
『いやなに、コウキやユウヤはこのような反応をせぬのでな。それに比べてお主の男は愉快よの』
ヴァルターはまたフフフと笑うとクラウスへ言う。
『心配するでない。分かりやすく例えるならば、可愛い子を愛でる親のような気持ち、と言えばと良いか?』
その言葉にクラウスはジト目をやめ、ヴァルターの言葉を吟味しているようだ。今の何をそんなに考える必要があるのだろうか。アリシアには全く分からない。というより照れ臭いのでやめて欲しい。
『して、アリシアよ。神の術式を封印するためには多くの気を必要とする。お主の気の量はエルフ一人と同等だ。しかしそれでも足りぬ』
「・・・どうすればいいのでしょう」
契約すれば封印は可能だとヴァルターは言った。それならちゃんと方法があるはずだ。
『カエデを呼んで、お主のサポートをさせる。血の繋がりは気の親和性を高くする。カエデと二人なら事足りる』
「なら、俺が伝達魔術で呼ぼう」
クラウスはそう言うと「カエデ殿、クラウス=ハルシュタインです。私の部屋までお越し願えますか」と小さく口にした。
「あ。純粋なエルフだから魔力が・・・あちらから返事が出来ないな」
「大丈夫です。そんなに時間は経ってないから、まだ起きてると思います」
クラウスはルアンキリに来て以降、アリシア達三兄弟とは伝達魔術でよくやりとりするので、うっかりしていたのだろう。
少し待つと、ドアをノックする音がした。アリシアがドアを開けるとカエデが立っていた。カエデを室内へと招くと、ヴァルターに気付いたカエデが「ああ」と声を上げた。
「ヴァルター様でしたか。先程から強い気配を感じていたので、何事かと・・・」
そう言ってアリシアを見る。
「あら、ヴァルター様と契約したのね?恐れ多いって言ってたのに、どういう心境の変化?しかもこんな時間に」
「母さん、それについてお願いしたいことがあるの。これから少し時間もらっても大丈夫?」
「ええ。部屋の惨状を見たら寝付けなくて。大丈夫よ」
確かにあれは色んな意味で寝付けなさそうだ。アリシアは苦笑してカエデに説明した。
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