ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ

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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘

67 サリヴァン家

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 ダーマットに連れられて着いた先はエンジュの支度室だった。ドアの前に兵士が二人立っている。ダーマットに気付くと敬礼した。

(あれ・・・そういえばダーマットって今どの階級にいるんだろう)

 警備の兵士が敬礼したという事は、階級を持っているという事だ。
 エンジュもダーマットも自分の事をあまり自発的に話さない。アリシアも聞くのをすっかり忘れていた。

(後で聞いておこう)

 アリシアは先を歩くダーマットの背中を眺めて頷いた。

 ダーマットはドアの前に着くと、ノックして声を張り上げた。

「兄さん!俺!入っていい!?」

 すぐに室内から「いいぞー」と返事があった。エンジュの声だ。ダーマットはドアを開けて中に入る。アリシアも後に続いた。

「凄い試合だった!ハルシュタイン将軍お疲れさまでした!」
「ああ、ありがとう」
「俺には労いの言葉はないのか」
「ないかな!」

 良い笑顔で遠慮なく言い切るダーマットに、クラウスは小さく笑った。

 アリシアはドアを閉めて室内を眺める。生前の父がこの部屋を使っていたので、何度か来たことがある。エンジュが大隊長になった事で、2年間そのままにされていた部屋を引き継いだのだろう。見覚えのある物がちらほらある。

 エンジュは既に鎧を外し、上着を脱いでいる。アリシアの目の前で白いシャツを脱いで上半身を晒した。
 見慣れた兄の裸を見たところで、また筋肉増えた?としか思わない。しかしその隣には既に上半身を晒した状態のクラウスが立っていた。アリシアは入り口で固まってしまう。彼の素肌は、ティナドランから帰る日の朝を最後に見ていない。思わずあの日の事を思い出し、アリシアは顔が熱くなった。

 ダーマットはやや呆れた顔をしてエンジュを見やる。

「そもそもハルシュタイン将軍は完全敵地だったんだよ?あのサリヴァンコールの中、兄さんと互角にやり合ったんだ。そりゃ労うよ。兄さんだって最後は花持たせてもらったんだから、お礼言わないと」
「ぐっ・・・!それは言ってくれるな・・・!」

 ダーマットの言葉が突き刺さったのか、エンジュは胸に拳を当てて前かがみになった。あれは相当悔しい思いをしている時の反応だ。
 兄弟のやり取りに小さく笑いながら、クラウスも口を開く。

「私もエンジュ殿ほどの腕を持つ相手と戦ったのは久しぶりだ。またやりたいな」
「お!本気にするぞ?帰国前にもう一度、機会を作って手合わせしたいな」
「是非頼みたい」
「そん時は俺も呼んで」
「兄に労いの一言もくれない弟を招待してもなぁ」
「もー分かったって。兄さんもお疲れ様」
「心が籠ってない」
「ええ?ちゃんと心を込めてたって。兄さんお願い。俺も呼んで」

 ワイワイと盛り上がる中、アリシアはクラウスの上半身から目を離せないまま、入り口に立ちすくんでいた。

「アリシア、どうした?」

 話が落ち着いたタイミングで、ずっと気になっていたのだろう。クラウスは不思議そうにアリシアを見て声を掛ける。

 室内はやや暗い。クラウスはアリシアの顔が赤くなっている事に気付かないのだろう。
 クラウスは男ばかりの軍に慣れ過ぎて、女性に裸を見せても何とも思っていないようだ。前にアリシアの前で突然着替え始めたこともあった。だからアリシアの動揺に気付いていないのだ。

「・・・ああ。ダーマット、ちょっとそこどいて」

 エンジュはアリシアの反応に気付くと、ダーマットに手で避けるように指示する。接触しないようにダーマットが脇に避けるのを待って、エンジュはクラウスの背中を押した。

「え。エンジュ殿、どうしたんだ」
「いいから」

 クラウスは押されるまま素直に足を動かしつつ、後ろへと視線を向ける。着替えの黒いTシャツに腕だけ通した状態で、戸惑いながら入り口へと移動する。
 エンジュはアリシアの少し手前、腕を伸ばしても届かない位置で止まると、ニヤニヤとアリシアを見た。

「アリシア。ハルシュタイン将軍って、格好良いな」
「兄さん!!」
「・・・ああ、なるほどね」

 エンジュに抗議の声を上げ、アリシアは両手で顔を覆った。クラウスと目が合って居た堪れない。
 ダーマットもエンジュの意図に気付き、クスクスと笑っている。 

「ほら、今のうちにハルシュタイン将軍をしっかり見ておいた方がいいんじゃないのか?」
「兄さんの馬鹿!変態!無神経!筋肉馬鹿!」
「あはは!そんなこと言っても全く効かないぞ」
「そんなんだから彼女が出来ないのよ!」
「うっ・・・!お前それは言うなよ!」
「うん、的を得てる。さすが姉さん」
「ダーマット!」

 揶揄って返り討ちされるエンジュと、素直に反応するアリシア、冷静に眺めるダーマットに、クラウスもクックックッと可笑しそうに笑った。



* * *



 アリシアはダーマットと共に実家、サリヴァン邸に夕刻に着いた。着替えはほとんど王宮に置いて、一泊分だけ持ってきている。荷物が少ないので徒歩で二人、歩いて帰って来た。後でクラウスとエンジュが共に来る事になっている。

 自室に戻って荷物を置き、応接室でダーマットと母カエデの3人で話していると、外から馬車の音が聞こえた。

「あ、もしかして来たんじゃない?」

 そう言ってダーマットは立ち上がり、応接室を急ぎ足で出て行った。アリシアはカエデと顔を見合わせる。

「ダーマット、嬉しそうね。ずっとソワソワしてたし」

 カエデがニコニコしながらそんな事を言うので、アリシアは苦笑した。

「クラウスの事、気に入ったらしいわよ」
「あら。ユウヤ様も気に入ってたわよね。アリシアも含めて、エルフを引き付ける何かがあるのかしら」
「何それ」

 カエデの発言にクスクスと笑いながら、アリシアも席を立つ。そこで確認に行ったダーマットが戻って来た。

「来たよ。俺荷下ろし手伝ってくる」
「分かったわ」

 カエデが頷くと、ダーマットはすぐに外へ向かった。アリシアはカエデと共に応接室を出る。玄関に着くと、既にエンジュとクラウスが玄関に立っていた。荷物を持ったダーマットも玄関から入ってくる。

「エンジュ、おかえりなさい。そして貴方がハルシュタイン将軍ですね。ようこそいらっしゃいました。母のカエデ=クロス=サリヴァンです。今日はゆっくりしていってくださいね」

 おっとりとした口調でニコニコしながら言うカエデに、クラウスは一瞬驚いた顔をした後、笑みを浮かべた。

「初めまして。クラウス=ハルシュタインです。今晩はお世話になります」
「いえいえ。こちらこそアリシアがお世話になっています」

 カエデはふふっと笑うと、ダーマットへ顔を向けた。

「ダーマット、先にお部屋へご案内して。エンジュから言われていた通り、2階の東側の客室よ」
「はーい」
「説明はアリシアがしてちょうだい」
「うん」

 ダーマットとアリシアが返事をすると、カエデはエンジュの方へ行き、今夜の事を確認している。

「じゃ、行こう」

 そう言って先頭をダーマットが歩き、その後ろをクラウス、最後尾をアリシアが続いた。

「さっきハルシュタイン将軍、母さん見て驚いてましたけど、姉弟だと思いました?」
「ああ。・・・ユウヤ殿を見て知っていたし、話にも聞いていたが・・・。若く見えるのもあって、アリシアと瓜二つだな」
「俺の友達連れてくると、大体皆同じ反応するんですよ」

 ダーマットとクラウスの他愛ない話を聞きながら、アリシアもついて行く。2階東側の客室に着くと、クラウスは荷物を置いた。

「クラウス、部屋の説明を。使い方はほぼティナドランと同じです。ただ少しだけ違っていて」

 客室は居間、寝室、風呂、トイレが付いている。アリシアは風呂とトイレの使い方だけ説明して、ダーマットと共に部屋を出ようとした。

「アリシア。ちょっと残ってくれ」
「・・・?はい」

 ダーマットを見送って、クラウスは部屋のドアを閉める。居間のソファを勧められたので、アリシアはクラウスの対面に座った。

「こうして距離を置いておかないと、どうにも触れそうでな」

 クラウスはそう言って苦笑すると、手を組んで肘を膝に置く。前かがみになった状態で口を開いた。

「アリシア、こんな事になってすまない。君には話せないという縛りがあったために、君を傷付けた」

 その話をするために引き留めたのだと気付き、アリシアは膝の上に置いた手に力を入れた。思い出して胸が痛んだのをクラウスに気付かれないように、胸の痛みの分だけ手を握り締めた。

「いいえ。・・・・・・どこまで私が言葉に出していいのか分からないので、ぼやかしながら言います。クラウスは何も悪くありません。旧都のアレのせいですよね。誰も予想することが出来なかったことなら、それを防ぐことは難しいです」
「・・・だが君を傷付けた事は変わりない」
「私もクラウスを傷付けました。バティスト殿下にはきちんとお断りしてきましたが、あの時は本当にごめんなさい」
「それは俺が君を・・・」
「クラウス、もうクラウスが良ければ水に流しましょう。昨日の事は、誰も悪くないんです」

 微笑んで言うと、クラウスは眉を寄せてアリシアを見つめた。ため息をつくと組んだ手に額を付ける。アリシアからはクラウスの顔が見えなくなった。

「・・・こんな事になっておきながら、俺は君を手放すことが出来ない。まだ解決策も見つけられない。君には残酷かもしれない。酷い男だと思われてもいい。でも、やはり君にはそばにいて欲しい」

 アリシアはその言葉が嬉しくて、笑みが浮かんだ。胸の内からじんわりと暖かい感情が浮かんでくる。

「もちろんです。私だって、もうあなたを諦める事は出来ないんです。酷い男だなんて思っていません。クラウス、顔を上げてください」

 アリシアの言葉に、クラウスは上体を起こして組んだ手を膝の上に置いた。やはり苦しそうな顔をしている。そんな彼に微笑んで言葉を続けた。

「クラウス。私もあなたを愛しています。一緒に解決策を見つけましょう。もし手掛かりがあれば、その場所まで一緒に行けばいいんです。もしこのまま一生触れ合えなくなっても・・・それでも傍にいたい」
「・・・」

 切なげに見つめてくるクラウスに、アリシアは笑みを深める。

「私とクラウスとの間には、これまで何度も奇跡的なことが起きてます。気付いていますか?」
「・・・全部じゃないかもしれないが」

 アリシアは頷く。

「私が魔国ティナドランの軍人のお屋敷に潜入する事になって、その後王宮に異動になりました。そしてクラウスに出会った。クラウスは私を好きになってくれて、私もあなたを好きになった。それだけでも凄い事だと思いませんか?」

 少し照れながら言うと、クラウスも表情を緩めた。

「でも私は神聖ルアンキリとエルフ、あなたは魔国。絶対に無理だと思いました。でも戦争が終わった。いろんな人が働きかけて、クラウスも調査に走り回って。そして魔王様のご厚意で再会できた。ユウヤ様のお気遣いのお陰で、ルアンキリにクラウスを招いて、こうしてまた会っています」

 そこで言葉を切って、アリシアは神に祈るように手を組んで、それを見つめる。

「でもその全ては奇跡ではなく、人が意志を持って行動した結果なんです。無理だと思った事も可能になった。なら、諦めなければ、また希望が見えるかもしれません」

 そこまで言うと、手からクラウスへ視線を移す。彼はハッとした顔をしている。

「だからクラウスがそんなに気を病まなくていいんです。きっと、いつか解決策が見つかります。私はそう信じる事にしました」
「アリシア・・・」
「幸い、私たちは長寿な方です。気長に行きましょう」

 アリシアがそう言うと、クラウスは苦笑した。

「やっぱり対面で座っていて良かった。近くにいたら抱きしめてキスしてた。そのまま押し倒したかもな」
「・・・・・・」

 ストレートに言われ、アリシアは顔を下に向ける。頬に手を当ててみると熱い。

 照れているアリシアを見て、いつものようにクククと笑うクラウスの声が聞こえた。



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挟みこむシーンが無かったのでここで補足。
ダーマットは分隊長です。一番下の隊長ですね。

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