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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘

63 異変と拒絶

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 アリシアはダーマットと護衛の3人で、それぞれの個室が居間で繋がっている造りの王宮の部屋を借りている。
 部屋に戻った3人で居間にて一息ついていると、来客のチャイムが鳴った。

「私が行きます」

 そう言って護衛が出て行くと、すぐにユウヤと共に戻ってきた。

「アリシア、ダーマットを借りてくぞ」
「え?俺ですか?」

 アリシアはダーマットと顔見合わせる。ダーマットもキョトンとしているので、何の用事か知らないのだろう。

「はい、どうぞ。ダーマット、行ってらっしゃい」
「うん」

 クラウス達が到着したのは夕方だったので、今日はもう予定もない。引き止める理由もないので、アリシアは送り出す。帰ったら何の用事だったのか、ダーマットなら教えてくれるだろう。

 そう思って送り出したのだが、それから全くダーマットが帰ってこない。

 仕方なく護衛と2人で夕食も先に済ませ、それぞれ割り当てられた個室で過ごす。
 ダーマットはユウヤと一緒に出て行ったので、危険なこともないだろうとアリシアはさほど心配していなかった。しかしそろそろ就寝かという時間になっても帰ってこない。さすがに遅すぎると、アリシアが心配し始めた頃になって、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 基本的に来客対応は危険回避のためにも護衛が担当すると言われたので、アリシアは自室で『ダーマットが戻ってきたのかな』と耳を済ませた。
 しかし隣の居間から「ダーマット殿!」と護衛の慌てた声が聞こえてきた。
 アリシアは読んでいた本に栞も挟まずに机に置くと、急いで部屋のドアを開ける。

「どうしました!?」

 アリシアが居間を見渡すと、ユウヤがダーマットを肩に担いでいた。精霊術で軽くしているのだろう。ダーマットは意識がないのか、グッタリしたまま動かない。

「ダーマット!?ユウヤ様!どうされたんですか!?」
「大丈夫だ。取り敢えずベッドに寝かせる。ダーマットの部屋は?」
「こちらです」

 護衛が速足でダーマットの部屋の扉を開けると、ユウヤは黙ってついて行き、ベッドに降ろした。アリシアも後を追ってダーマットの部屋に入る。

「教会で少し試したいことがあって、ダーマットに付き合ってもらったんだ。だけどダーマットの気がギリギリまで減っちまってな。気を失ってるだけだから安心しろ。そのうち起きると思ってたが、この時間まで起きねぇから連れてきた。アリシア、お前の気を少し分けてやってくれ」
「・・・」

 何を試したのか気にはなるが、ユウヤは話すつもりはなさそうだ。ジッと見つめるが、ユウヤは硬い表情のままアリシアを見つめ返している。

「わかりました」

 アリシアは頷くと、ベッドの端に近寄り、ダーマットへ手をかざす。

(本当だ。命の危険はないけど、結構持って行かれてる)

 状態を確認してから、アリシアはダーマットの手を取って気を流した。

 精霊術を扱うには体に流れる気を使う。魔術とは異なり、ベースとなる自身の気さえあれば外から取り込める。しかし今のダーマットのように、ギリギリまで減るとそれも出来ず、自己回復も遅くなる。『気』という名前通り、気力を使うのだ。気力が尽きれば、人は気を失う。それが過ぎれば死に至る場合もある。

 しばしの間アリシアが気を流すと、ユウヤが頷いた。

「そんくらいありゃ、明日普通に起きれるだろ。やっぱり姉弟の親和性は高ぇな」
「そうですね」

 ユウヤが言う通りこの程度になれば、一晩寝れば大抵は回復する。アリシアは手を離して立ち上がった。

「じゃ、俺は部屋に戻るわ。何かあれば声かけてくれ」

 ユウヤはそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
 アリシアは眠っているダーマットを見る。顔色は良くなったようだ。

(教会で何を試したのかしら)

 この辺で教会といえば、総本山のルアンキリ教会だろう。創造神ルアンと人類神アラナンがいる聖域で、どうしてこんな状態になってしまったのか。

(でもユウヤ様があの様子じゃ、きっとダーマットも教えてくれないでしょうね)

 アリシアは小さくため息をついた。


* * *



 翌日から会議が始まった。初日は前回の宿題について行い、その後は物流に関して事細かく話し合いをしていく。そうしてこの数日間、午前中は会議を続け、午後は神聖ルアンキリ国内の視察を行った。アリシアも視察について行き、魔国との文化の違いによる質問に答えたりしていた。

 そしてこの数日でアリシアは確信したことがある。

(クラウスに、避けられてる)

 アリシアは自室の机に座り、机に突っ伏してここ数日の事を思い返す。

 会議中も度々目は会うし、その度に微笑んでくる。こちらから話しかければ普通に会話もするし、クラウスから話しかけてくることも変わらない。
 しかし、全くアリシアに触れてこようとしないのだ。
 魔国ティナドランに居た時はアリシアが困惑するくらい、クラウスからくっついてきていたのに、だ。

(なんでだろう・・・何かやっちゃったかな)

 理由を考えてみるが、心当たりもない。神聖ルアンキリに来た初日からなので、手紙で失礼をしたのかと思い、クラウスからの手紙を実家から持ってきて読み返した。しかしおかしな反応もない。アリシアが書いて送った内容も些細なことだ。クラウスの性格を考えれば、それで気分を害するなんてこともないだろう。

(かといって、私から触れようとすると全部避けられてるし)

 誰もいない時なら、手くらい繋ぎたい。一カ月ぶりに会ったのだから、クラウスの体温を少しだけでいいから感じさせて欲しい。そう思って手を伸ばしても、クラウスは自然に体を離す。クラウスのその行動に、アリシアは静かに傷付いた。避けられた事がつらくて、無理に手を繋ぐことも出来なかった。

「・・・駄目ね」

 アリシアは大きく息を吸って、ゆっくり履いてから立ち上がった。

(考えても分からないなら、会いに行けばいいのよ)

 いつもクラウスから動いていたので、アリシアから行動することは少なかった。それに慣れすぎてしまっていたのだ。
 アリシアは部屋を出て、護衛の個室をノックする。

「あの、ハルシュタイン将軍の所に行ってきます」

 そう言うと途中までついてきてくれた。しかし恋人に会っている所を見られるのは恥ずかしいからと、迎賓館のエントランスで待ってもらうことにした。

(ここね)

 アリシアは深呼吸してからチャイムを鳴らす。少し待つとドアが開いた。

「っ!アリシア・・・」

 クラウスが出てきて、来客がアリシアだと気付いたほんの一瞬、動揺したのをアリシアは見逃さなかった。胸がズキリと傷んだが、それを隠して笑みを浮かべて口を開く。

「突然来てごめんなさい。聞きたいことがあって。護衛さんは迎賓館のエントランスで待ってもらっています」
「・・・すまない。中に通すことは出来ないんだ」
「あ。来客中でしたか?」
「いや、そういう訳じゃない」
「・・・」

 他の客がいるわけでもないのなら、何故応接室にも入れてもらえないのだろうか。胸がズキズキする。それでもアリシアは気力で微笑み続けた。

「悪いがここでいいか?」
「はい。・・・ここ最近、クラウスは私を避けているようですから、私が何かしてしまったのかと思って。もしそうなら謝罪と改善をしたいので、教えてもらいたいんです」
「・・・」

 クラウスはアリシアの言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「君は何もしていない。気にしないでくれ」
「・・・」

 何もしていないのに、避けていることは否定しない。その上で気にするな、なんて本気で言っているのだろうか。
 アリシアは笑みを保てなくなり、下を向いた。眉を寄せて胸の痛みに耐える。

「理由は教えてもらえないんでしょうか」
「・・・言えない」

 アリシアは手を握りしめる。これだけは言いたくない言葉だった。どう返されるかなんて考えたくもない。怖い。しかしこれは確認しないといけない事だ。

「・・・私を、お嫌いになりましたか」
「それはない!」

 クラウスはアリシアの言葉に被せるように、強い口調で否定した。

「それだけは、絶対にない」

 もう一度、今度はいつもの口調に戻って言うクラウスに、アリシアは顔を上げた。苦しそうな顔をしているクラウスと目が合う。

(なんで、そんなに苦しそうなの・・・?)

 その理由が少しでも分からないだろうかと、アリシアはクラウスを見つめる。しばし見つめ合うと、クラウスはアリシアへ手を伸ばした。しかしその途中でクラウスはハッとした顔をして、手を素早く引っ込める。

「・・・」

 クラウスの言動に、どうしようもなく違和感を覚える。先程から彼の言動に統一感がないのだ。歯車の一部が外れて上手く回っていないとでも言おうか。しかしどの歯車が外れてしまったのか、アリシアにはそれも分からない。
 どうすればいいのだろう。そう考えているうちに、自然とクラウスへ手を伸ばしていた。もう少しで手が届きそうになって、クラウスがアリシアの手に気付いた。

「触るな!!」

 クラウスは驚いた顔でサッと後ろに引いて、アリシアの手を避ける。そしてすぐにハッとした顔をしてアリシアへ顔を向けた。

(嫌いじゃないって言っておいて、そんなに拒絶するの・・・ね)

 ポロポロと涙が溢れる。今のは本気でアリシアを避けたからこそ出た言葉だ。表面では取り繕えても、咄嗟の時に本心は出るものだろう。そう頭の冷静な部分が分析する。そしてその分析が自分の心をズタズタに切り裂いた。悲しくて苦しくて、涙が止まらない。

「アリシア・・・」

 不安そうに、何か言いたげにアリシアを見つめた後、クラウスは手を握りしめて顔を逸らした。

「・・・しばらく、俺には近寄るな」
「・・・」

 クラウスはそう言うと部屋に戻って扉を閉めた。

 アリシアはその場を動くことも出来ず、ただ立ち尽くした。胸が潰れてしまいそうに痛い。頭の中も真っ白で何も考えられない。涙の勢いは増し、ボロボロと涙は頬を伝って落ちていくが、拭う気力も湧かない。

(なんで・・・クラウス)

 ただ、ドアを閉める直前に見えたクラウスの顔が頭から離れない。

 何分経ったか分からない。呆然とクラウスの部屋のドアを見つめていると、後ろから声を掛けられた。

「アリシア、どうした」

 声が聞こえた方へ顔を向けると、バティストが護衛2人と歩いていた。バティストも護衛も、アリシアの顔を見てギョッとしている。
 ボンヤリと(バティスト殿下もそんな顔出来るのね)と思いながら眺めていると、バティストが近寄ってきた。チラリとドアへ視線を向けた後、アリシアに優しい声音で伝えてくる。

「ここで立っていても仕方ない。廊下ではなく、落ち着ける場所に行こう」

 音は聞こえるが、アリシアの脳内で意味を成さない。泣きながらただぼんやりと眺めていると、バティストはアリシアの肩を抱いた。

「迎賓館内に談話室があるだろう。一緒においで」

 バティストは再び優しく言うと、肩を抱いた腕に力を入れてアリシアに促しつつ、ゆっくりと歩き出した。

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