ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ

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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘

57 訪問客

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 挨拶を終えると、代表達は迎賓館へと案内されて行く。クラウスの部下達も各護衛担当と共に歩いていった。
 クラウスはそれをアリシアと見送ると、時間差で迎賓館に戻った。

 代表が到着したのは午後を過ぎた時刻だったので、夜の晩餐までの数時間、長旅で疲れた代表達が休む時間として当てられている。その間にユウヤが訪ねてくるかもしれないので、アリシアも部屋で待機することにしたようだ。

 クラウスも晩餐には護衛として立ち会う予定だ。それまではアリシアの部屋の居間で共に過ごす事にした。というより、いつも通りクラウスがアリシアについて来た、が正しい。最近はアリシアも慣れたようで、クラウスがついて行っても当然のように受け入れてくれる。いい傾向だ。

 ソファに隣り合って座るのはいつも通り。しかし今日はアリシアの腰に腕を回してピッタリとくっついて座る。そうしてクラウスは先程の代表達の言動について考えていた。

 アリシアの知り合いが二人。しかも男だ。彼らはクラウスの知らないアリシアを知っている。そう考えるとクラウスの中の嫉妬が膨れ上がっていく。アリシアに触れていないと、変な言動をしそうな自覚があった。

(相変わらず余裕が無いな)

 そんな自分に呆れてしまう。小さく息をついていると、隣にいるアリシアはモゾモゾと居心地悪そうに身動ぎし、腰に回しているクラウスの腕を見た後、口を開いた。

「あの・・・クラウス。どうかしました?」

 クラウスはアリシアの言葉に視線を向けた。
 今日はずっと腰を抱いているからだろう。いつもと違う状況に、アリシアは恥ずかしそうに、しかしクラウスを窺うように見ている。

(可愛い)

 今この瞬間、クラウスがアリシアを独占している。そしてそれをアリシアは許してくれている。アリシアが今こうして照れている理由もクラウスにある。他の男に同じ事をされても、このような可愛い反応はしないだろう。
 そう考えて、クラウスはようやく心に余裕が出来た。そんな自分に今一度呆れながら、もう一度冷静に代表達の言動を思い浮かる。そしてアリシアから聞いていた話を思い出してから口を開いた。

「ユウヤ殿の事は前もって聞いてたから分かるが、あの王子とはどういう関係なんだ」
「王子というと、バティスト殿下ですか?」
「ああ」

 アリシアはどう説明しようかと視線を上げて考えている。バティストとの関係について気にしたことがなかった、という様子だ。

「そうですね・・・知り合いよりは近いし、かといって友達というわけでもなく・・・。そもそも私の2歳上ですし。神聖ルアンキリでは一般学校は16歳までで、その後専門的な学問を希望する場合、2年制の学校に行きます。そちらは18歳で卒業ですね。剣術や軍略に明るい王族が居る場合、ルアンキリでは軍の総帥に就任する伝統があります。バティスト殿下も総帥になるために、2年間軍学校に通っていました。その間総帥見習いとして仕事も行われていたので、父をよく訪ねて来ていました。それで私ともよく顔を合わせてはいましたし、多少話をすることもありましたが・・・」

 アリシアはうーんと唸ってから続ける。

「あの方は王族です。気軽に話せる関係でもありませんでした。表情もあまり動かないので、何を考えてるかよく分かりませんし・・・」
「なるほど」

(つまり、全く気にしてなかったんだな)

 安定のアリシアに、クラウスは安堵した。

「先程のユウヤ殿の言葉、どういう意味かアリシアは分かるか?」
「『バティスト王子には油断するな』でしたね。なんでしょう?」
「・・・」

 サラッと『なんでしょう?』と言える程、アリシアはバティストに対して、何の意識もしていなかったようだ。

 クラウスから見ても、バティストは容姿が整っていた。切れるような新緑の鋭い眼差しに、目が覚めるようなライトグリーンの髪。軍の総帥なら剣術も嗜んでいるだろう。背も高く、体格も悪くない。そして王族という出自。ルアンキリで年頃の女達が群がりそうだと思った。

 しかしアリシアのこの様子では、先程バティストが微笑んだ意味にも気付いていないだろう。
 同類相憐れむ、というものだろうか。ここまで何も気付かれていない事に、バティストには同情を禁じえない。
 クラウスも始めは全く相手にされなかった。その時の事を思い出して、胸の中に焦燥感が広がる。クラウスは僅かに腰に回した腕に力を入れた。

 アリシアは「ルアンキリと言えば・・・」と零して、クラウスを見上げてきた。

「私がエルフの里に帰った時、精霊神様から『今ルアンキリの家に帰れば王家から呼び出しがあるかもしれないから、しばらく里にいろ』と言われました。何か関係があるんでしょうか・・・」
「・・・・・・」

 これは考えるまでもない。縁談だ。

(エルフの里に帰ってしばらくは、よく泣いていたと言ってたな。精霊神はそんな状態のアリシアに、別の男との縁談話を聞かせたく無かったんだろう)

 クラウスは目を細めて考える。

 アリシアがエルフの里に帰った途端に縁談話が来たのなら、それはもっと前から王族内で話が上がっていたはずだ。バティストは前からアリシアを好きだったのだ。

 戦争捕虜から他国の王族は横暴な振る舞いをしても許されると聞いたことがある。バティストはそのような事をするタイプには見えなかったが、彼の周りの人間まで同じかは分からない。

「アリシア。バティスト殿とは二人きりになるな。ルアンキリに帰ってからもな」
「え?」

 キョトンとするアリシアに、詳しく説明した方が良いだろうかと考えていると、来客を知らせる魔道具が鳴った。

「ユウヤ殿か」
「恐らく。・・・・・・あの、クラウス。腕を離していただけないと出れません」

 クラウスはアリシアを眺める。廊下には二人分の気配がある。もしそこにバティストがいるのなら、正直行かせたくない。

「出なくていい。・・・来客を居間まで案内してくれ。・・・ユウヤ殿、今案内させるので少しお待ちを」

 クラウスは侍女デュカーと廊下にいるであろうユウヤへ伝達魔術を飛ばした。

「・・・クラウス。このままで迎えるんですか」
「廊下に2人分の気配がある。もしもう一人がバティスト殿なら、少し確認したい事がある。このままで迎える」
「・・・確認したい事?」

 バティストがアリシアに好意をもっているのか。アリシアが言う様に、ユウヤにとってアリシアは親戚の子供の様なものなのか。二人がどのような人物なのか。

 確かにこの状態で出迎えるのは、少々失礼に当たる。しかしユウヤがアリシアから聞いた通りならば、全く気にしないだろう。そしてバティストがクラウスの予想通りアリシアへ好意を持っているのなら、何かしら反応をするはずだ。

(今は私的にアリシアを訪ねて来た訳だし、礼は他の所で取ればいい。まずは反応を見て今後を考える)

 クラウスはそう決めてソファに座ったまま待つ。すぐに居間のドアがノックされた。応接室には3人の気配がある。アリシアが声をかける前に「入れ」と伝えるとドアが開く。予想通りデュカーが顔を見せた。

「人類連合代表、ユウヤ=ヒノハラ様とバティスト=ラグラン=ルアンキリ様がお越しです」
「こちらへ」

 予想通りバティストだった。というより、ユウヤと共にアリシアを訪ねる人物はバティスト以外いない。

 クラウスが向かいのソファへ勧めるように指示すると、デュカーは後ろを向いて「どうぞ、ソファにおかけください」と言って下がっていった。

「よっ!アリシア来たぞ!廊下で伝達魔術を受け取ったが」

 そう言いながらユウヤが居間に入ってくる。クラウスと目が合うと、ユウヤはニヤニヤとした。

「やっぱりな。思ってたより仲良いじゃねぇか」

 冷やかしながら向かいのソファに腰掛ける。アリシアの腰を抱いている事は気にしていないようだ。むしろ楽しそうに眺めている。

(・・・アリシアの言ってた通りだな)

 すぐにバティストも居間に入ってくる。クラウスに気付くと、僅かに顔を顰めた。彼は何も言わずユウヤの隣に腰掛ける。

(なるほど?)

 顔色は変えず、クラウスは内心シニカルな笑みを浮かべた。

 バティストがソファに座ると、ユウヤが口を開いた。変わらず楽しそうにニヤニヤとこちらを見ている。

「親父と心配してたんだが、その様子じゃ大丈夫そうだな」
おさとユウヤ様が、ですか?」
「お前の親父がな。ハルシュタイン将軍は何度もオーウィンと対峙してきただろうから、変にこじれてないかってよ」

 ユウヤの言葉にクラウスは微笑んだ。彼は本気でアリシアを心配していたようだ。

「ユウヤ殿。サリヴァン将軍とアリシアは親子ですが別人です。私が惚れたのはアリシアという個人です。それに軍人の家系出身のお陰で理解もある。私にはこれ以上の相手はいないと思っております」
「そうか。・・・本当に捕虜の話通りの男だな」

 うーむ、とユウヤは腕を組んで唸りながらクラウスを眺めた。

 今のクラウスの言葉だけで『話通りの男』と言われても、捕虜となった兵士達から何を聞いたのか想像がつかない。困惑してユウヤを眺めていると、クラウスの視線に気付いたユウヤが「あ」と声を漏らした。

「悪い話じゃないぞ?思慮深く慎重。視野が広い。相手の表面に惑わされず、裏まで見通す彗眼。本当に実力だけであっという間に将軍まで駆け上がった男、とかな。ハルシュタイン将軍と会ったことのある捕虜は皆そう口を揃えて言っていた。まあ、あのオーウィンが褒めてた相手だ。若くても実力は確かだろうとは思ってたが。なるほどな」

 納得するように頷くと、ユウヤは面白いと言いたげにニヤリとした。
 やはり今のクラウスの言葉だけで『話通りの男』と断じるのは難しいように思える。エルフである彼は、クラウスには見えない何かが見えているのだろうか。

(まあ、それは今は置いておいて・・・)

「・・・サリヴァン将軍が私を褒めていた、ですか」

 クラウスは兵士達から思っていたよりも高い評価を受けていたようだ。しかしそれ以上にその後に続いた言葉に驚いた。あのサリヴァン将軍がクラウスを褒めていたなど初耳だ。一体クラウスの何を評価していたのだろうか。手を口元に当てて当時を思い出す。
 するとユウヤが追加情報をくれた。

「簡単に言うと、君とリーネルト将軍はなかなか隙を見せない。その上兵士を見捨てず最善を尽くす。敵将ながら尊敬に値する、とよく言っていたんだ」
「・・・」

 確かにそういう戦い方はしていた。感情抜きで考えても、兵は軍を構成する大事な要素だ。クラウス一人で大軍を相手にする事は出来ない。兵を簡単に見捨てては下からの信用も失う。上に立つ者としてやってはならない事だ。

 本当にあのサリヴァン将軍からそんな評価を受けていたのだろうか。クラウスはアリシアへ視線を向ける。しかし何故かアリシアは顔を赤くして両手で覆っていた。

「・・・なんで照れてるんだ」

 アリシアがここまで赤くなるような話をしただろうか。心底不思議そうに言うクラウスに、ユウヤがクククと笑った。

「ハルシュタイン将軍が『私が惚れたのは』って話した時からその状態だ」

 一度ユウヤを見た後、再びアリシアへ視線を向ける。

「この2週間で慣れたんじゃなかったのか」
「今はまた状況が違います・・・」
「何が。私が君を好きだと言っただけだ。いつも通りだろ」
「違います。ユウヤ様は私が小さい頃からお世話になっている、いわば身内です。身内にそんな話をされたら・・・恥ずかしいというか・・・」
「・・・・・・そうか?」

 女心はよく分からない。そんなものだろうかと、眉を寄せる。そんなクラウスに、ユウヤは再び笑った。

 そこでドアがノックされ「お茶をお持ちしました」と声が聞こえたので、すぐに「入れ」と指示を出す。

 ドアを開けてデュカーが紅茶とお菓子を運んできた。アリシアの腰にクラウスの腕があることに気付いて一瞬だけニヤリとしたのに、クラウスは気付いた。アリシアも気付いたようで、さらに顔を赤くしている。
 デュカーはそのまま支度を済ませると、部屋を静かに出て行った。あれは後でアリシアが揶揄われるんだろうなとドアを眺めていると、ユウヤが口を開いた。

「ところでハルシュタイン将軍、敬語じゃなくていいぜ。俺はこんなだし、君も礼儀を弁えてる。なら公式の場以外で気にする必要はない」
「・・・」

 ユウヤは半神半人のエルフ、しかもその長の子息だ。そんな相手に普通に話して本当にいいのだろうかと、クラウスは意見を求めて再び隣のアリシアへ顔を向ける。しかしアリシアは顔を両手で覆っているため、クラウスの視線に気付いていない。

「アリシア。照れたままでいいから、お前からもハルシュタイン将軍に言ってくれよ」

 ユウヤはそんな二人を見て、笑ってしまう口元に手を当ててアリシアに言った。
 アリシアは自分の指をずらし、その隙間からユウヤを見た後、そのままクラウスへ顔を向けた。見てはいけないものをコッソリ見ているようなポーズだ。赤くなった頬を隠すアリシアの青い瞳と目が合う。可愛い。

「エルフ達は敬意を持っておさ家族に接しています。私も同じ理由でユウヤ様に敬語でお話しします。でもユウヤ様からそう言われた時は遠慮しなくて大丈夫です。元々エルフは堅苦しい事を嫌いますし、エルフの里に来るお客様もほとんど敬語を使いませんから」
「そうか」

 それならば問題はなさそうだ。とクラウスはユウヤに顔を戻した。

「ならそうさせてもらおう」
「そうしてくれ」

 笑いをおさめて頷くユウヤを改めて眺める。フランクに接してくるユウヤは、余計にクラウスと同年代にしか見えない。

「アリシアから聞いてはいたが、ユウヤ殿は20代にしか見えないな。こう聞いては失礼になるかもしれないが、本当に124歳なのか?」
「ああ。エルフの寿命は500歳だから、その分老けるのもゆっくりなんだよ。魔人だって寿命は150歳だろ?人間よりゆっくりなはずだ。現にギルベルト殿も人間でいうと20後半か30前半にしか見えねぇ。ハルシュタイン将軍もまだ20前半ってとこだな」
「という事は、人類連合で私とアリシアが並んでも、見た目での違和感はないってことか」
「そうだな。・・・もしかして、歳が離れてるのを気にしてんのか?」
「いや、全く」

 魔人なら10歳差の夫婦は珍しくない。ただ何となく思った事を口にしただけだ。
 クラウスが即答すると、ユウヤはフハッと笑った。

「・・・それにしても500歳か。長くて我々魔人には想像もつかないな」

 クラウスはユウヤを眺めた後、アリシアへ顔を向ける。顔を覆っていた手は頬まで下がっていた。

「アリシアも500まで生きるのか?」
「いや、ハーフエルフはそこまでは。個人差があるってハヤトが言ってた。ま、大体200位らしいぜ」
「200・・・どうやっても私が先に死ぬな」

 クラウスが眉を寄せて言うと、クッとユウヤが笑う。

「愛されてんな、アリシア」
「・・・ユウヤ様。からかわないでください」
「ハルシュタイン将軍が思ってた以上に面白いから仕方ねぇだろ。あ、良い意味でな。それに種族間の寿命の話は大事だ」

 クラウスはただどちらが先に寿命が来るのか、という話をしただけだったが、ユウヤはそう受け取らなかったようだ。もしくはワザとかもしれない。アリシアに『後で話そうぜ』と言っていたのに、クラウスとばかり話をしている。そして先刻の『バティスト王子には油断するな』だ。

(・・・バティスト殿を牽制してるのか・・・?)

 ユウヤは隣に座るバティストが、全く会話に入ってきていないにも関わらず、気に掛けていない。クラウスは試しにユウヤの言葉の流れに乗る事にした。

「そうだ。それを見越して物事を考えないと、何か問題が出た時に困るのは私達だ」

 結婚前提のような話し方に、アリシアはまた頬を赤くしている。一方この言葉にユウヤとバティストはどう反応するのか。クラウスはさりげなく視線を向けるが、ユウヤは楽しそうにニヤニヤしている。続けてバティストへ視線を向けようとして、先にあちらから声が上がった。

「貴殿とアリシアは婚約しているのか?」

 どことなく非難が混じっている声音に、全員がバティストへ顔を向ける。

(・・・思っていたよりも真っすぐな気性のようだ)

 そう判じてクラウスは更に挑発する。

「まだですが、それは私とアリシアの間の問題です」

 クラウスがそう応えると、バティストは目を合わせたまま黙り込む。無表情だが、その目には嫉妬と焦りが見え隠れしていた。

「・・・ここで睨み合うなよ」

 バティストの反応を眺めていると、ユウヤが呆れた声でいさめてきた。クラウスとしては様子を見ていただけなので、先にバティストから視線を外してユウヤへと戻す。目が合うとユウヤは再びニヤリと笑った。

「ま、俺は賛成だぞ。ハヤトとエルトナも2人の仲を認めてたしな」

(・・・なるほど)

 場の雰囲気が悪くなれば、大抵違う話題を振るだろう。しかしユウヤは続けた。つまりワザとなのだ。
 これはユウヤに乗っておいた方が良いだろう。そのためにも、クラウスはふと思い出した事を敢えて口に出す。

「・・・そういえばギルベルト経由で、魔神エルトナから『頑張れ』と言われたな」
「え?」

 こちらを見上げてくるアリシアに、クラウスも顔を向けて詳細を語る。

「アリシアがエルフの里に帰った後、君が諜報員だったとギルベルトに話した。君を連れ戻した後にギルベルトが拘束しないように説得しようと思ってたんだ。そしたらギルベルトが魔神エルトナに確認した。魔神エルトナの回答は、アリシアを拘束しなくて良い、君を気に入っている、とても可愛い、だと。その最後に私に頑張れ、とな」
「ええええ」

 アリシアは再び顔を両手で覆った。

「嘘でしょ・・・」

 アリシアの反応を見て、あっはっは!とユウヤが大声で笑う。

「良かったじゃねぇか」
「良くないです・・・」
「なんで」

 クラウスが問うと、アリシアが顔を覆ったまま下を向いた。

「だって・・・魔神エルトナ様は私が王宮使用人だった間、よく見てたと精霊神様からお聞きして・・・。見られている時に変なことをしてなかったか心配になります。それだけでも恥ずかしいのに・・・『頑張れ』ってなんですか」

 アリシアの言葉に、クラウスは「う」と小さく声を上げた。そこを突っ込まれるとは考えていなかった。クラウスは決まりが悪そうにアリシアとは反対方向を向いて口を開く。

「・・・私が君を逃がしたから、君を気に入っていた魔神エルトナはガッカリしたらしい。その時には魔神エルトナは終戦を決めていたから、ハッパをかけたんだ。私に」
「・・・」
「・・・魔神エルトナは案外お茶目だな。もしかしてハヤトと同類か?」

 うーむ、と顎に手を当ててユウヤが呟く。その言葉にアリシアはフフッと笑った。

「確かに精霊神様はお茶目でしたね」
「うーん・・・ふざけて面白がってたって方があってるかな」
「そこも精霊神様の素敵なところです」

 ようやく頬から手を離しアリシアはニコニコしながら言った。ユウヤはそこで思い出したように「ああ」と声を上げる。

「そういやハヤトも似たようなことを言ってたぞ。アリシアの将来を心配してたアイツが、相手がハルシュタイン将軍なら大丈夫だろうって」

(・・・精霊神が?)

 クラウスは意外に思いユウヤを見た。

 クラウスは魔人、アリシアはハーフエルフだ。普通に考えれば、アリシアには人類連合の誰かを、と思うだろう。いくらクラウスとアリシアの気持ちが通じているとはいえ、国同士で長らく敵対していたのだ。それにも関わらず、『ハルシュタイン将軍なら大丈夫』と言う程、精霊神はクラウス個人を高く評価してくれていたのだろうか。

 クラウスは微笑んだ。

「それは光栄だ。精霊神ハヤトの話はアリシアからも聞いていたが・・・一度でいいから精霊神ハヤトに会ってみたかった。残念だ」
「そうだな・・・魔人とエルフはおやを失くした。いつかは戻って来るとは思うが・・・俺らが生きてる間は難しいかもしれねぇ」
「そうだな・・・」
「ま、そんなしんみりした話は置いといて、アリシア」
「・・・はい?」

 アリシアはユウヤを見る。

「まだ先の話だが、今回の和平協議が終わったら人類連合に帰るだろう。エルフの里とルアンキリ、どっちに帰るんだ?」
「ルアンキリの実家に帰ります。ここに来る前に寄りましたが、本当にちょっとだけで。実質1年以上帰ってないので、母ともゆっくり話したいですし。イッキ君とミヤちゃんには話してきました」
「そうか。じゃあそう親父に連絡しとく」

(この話の流れで、アリシアにどちらに帰るかを確認、か。ルアンキリではアリシアの周りで面倒ごとが起こると踏んでるな。だから早めにコウキ殿に知らせるんだろう)

 ユウヤは表面上軽そうに振舞っているが、なかなかに思慮深いようだ。しかし策略家ではない。その性根は真っすぐだ。

(だからギルベルトが素直に好意を向けてるのか。俺も好感が持てるな)

 クラウスは小さく笑みを浮かべる。しかしアリシアは困ったような顔をしてユウヤに話しかける。

「ユウヤ様。今ブリフィタを登録しているユウヤ様と私が魔国にいますが・・・。どうやって魔国内から連絡を取るんですか?」
「ああ」

 ユウヤも思い出したように声を上げた。親指と小指だけ立て、それを耳と口元にそれぞれ持ってくる。

「音声通話の術式道具を持ってきた。今は俺が持ってるが、帰る前にギルベルト殿に渡す予定だ」
「あ、なるほど」

 納得しているアリシアを眺めていると、再びユウヤから声を掛けられる。

「そうだ。ハルシュタイン将軍。ブリフィタをつがいで譲ってもらう事はできねぇか?」
「ブリフィタを?」
「人類連合では音声通話は術式道具で簡単に出来るんだが、書類のやり取りがな・・・。各国の神殿にはエルフがいるから、ブリフィタが居たら便利だろうって話になってるんだ。難しいか?」
「そうだな・・・。ブリフィタには覚えさせることが多いから、育てるのは難しいとされている。うちでも専門のブリーダーが担当している。だが譲るだけなら不可能でもないだろう。ギルベルトに聞いてみてくれ」
「そうか・・・育成が難しいなら番は厳しいか。だけど後で聞いてみよう。ハルシュタイン将軍、感謝する」

 そう言うと、ユウヤはニコリと笑った。
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