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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘
56 人類連合代表
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アリシアが魔国ティナドランに大使として訪れてから半月後。予定通り人類連合の代表者達が到着すると先触れが届いた。
先に知らせを受けていた魔国側は迎賓館前に迎えに出ていた。魔王ギルベルト、王妹エレオノーラ、大使アリシア、護衛を受け持つクラウスと部下3人だ。
まだ身内しかいないためか、ギルベルトは真顔でクラウスに声を掛けた。
「2週間、人類連合の大使殿の接待ご苦労だった。もし疲れたのなら交代しても構わないぞ。ヤンカーあたりに交代させようか。それとも文官にするか」
「・・・お前、分かってて言ってるだろう」
「何が」
しれっとした顔でクラウスを見ているギルベルトに、アリシアはニヤけそうになって口元を抑えた。もしかしてギルベルトに遊ばれるクラウスが見れるのだろうか。
「また始まった。もー。いつ到着してもおかしくないのに」
呆れた顔をしてぼやくエレオノーラに、アリシアは苦笑した。
「ただ待つのは暇ですから」
「まあそうなんだけど・・・ケンカまで発展しそうなら止めないとね」
「大丈夫ですよ。お二人共分かってらっしゃいます」
ゲンナリしている様子のエレオノーラに、アリシアは宥めるように言葉を返す。
その間にもギルベルトとクラウスは言い合いを続けている。こちらの会話もそこで途切れたので、アリシアは再び二人の声に耳を傾けた。
「これから到着する代表者達の警護は嫌だと言っていただろう。大使だけ別の者をつけるわけにはいかん。何か企みがあると勘違いされる」
「確かに嫌だとは言ったが、なんでそこで俺が外されるんだ」
「なんでも何も、お前の希望を叶えるためだ」
「俺はアリシアとの時間を割かれるから嫌だと言っただけだ。仕事ならやる」
「外れた上で、それでもお前が望むなら、サリヴァン嬢に付きまとえばいいじゃないか」
「外れたらお前は別の仕事を持ってくるだろ。それこそ付きまとう暇すらない程に」
「当然だ。使える奴を使って何が悪い」
「・・・・・・殴っていいか」
「お前に殴れるならな」
次の瞬間本当にクラウスはギルベルトに向けて凄まじい速さで拳を打った。しかしギルベルトに届く前にドン!と大きな音がして止まる。
「遅い。いまだ魔術展開のスピードに負けるのか。本当にそれで将軍か?まだまだ未熟だな」
「・・・・・・本当に魔術で防ぎきれるのか、これから試してみてもいいんだぞ」
「はいはいストップ!!もー、お兄様。こんな時までクラウスを揶揄うのはやめてよ。クラウスもイチイチ乗らない」
呆れた顔でエレオノーラが止めに入った。ニヤニヤと楽しそうにしているギルベルトと、その少し手前で綺麗な右ストレートのフォームで魔術の防御壁に拳をぶつけたままギルベルトを睨みつけるクラウスとの間に、言葉通り割り込んだ。
(お二人共、全く分かってなかった・・・・・・)
アリシアは自分の発言を後悔した。いつもアリシアの前では紳士的なクラウスが、本当に殴りに行くと思っていなかったのだ。
(すみませんエレオノーラ様)
人類連合の代表者達が来る日なのだからと、エレオノーラが気を揉んでいた事に今更納得した。これは止めないといけない。
(クラウスもやっぱり根は軍人なのね・・・)
父オーウィンも兄エンジュも荒っぽかった。口も悪いし、何かあればすぐに勝負だと試合をしていたのを思い出した。
「アリシア、本当にこんなガキっぽい男で良いの?」
呆れた顔と声でエレオノーラに話を振られ、アリシアはドキリとする。しかしそれ以上にクラウスがビクリとした。パッと体勢を戻すと、珍しく焦った顔でアリシアへ顔を向ける。
「その反応、すっかりアリシアの前だって事を忘れてたでしょ。こんなんで私の2歳上なのよ?全く・・・」
はー、とエレオノーラはため息をついた。
「エレオノーラ様。男の人はそういうものですよ。軍人なら特に。うちの父と兄はもっと血気盛んでしたから」
「・・・サリヴァン将軍と、その息子のサリヴァン大隊長か。なんか凄そうね・・・」
「剣の話で盛り上がっては試合、筋肉のつき具合がどうこうで殴り合い、意見の食い違いでまた試合。うちでも日常茶飯事でした。傷だらけになっては、母に毎回治療されながらお説教されてましたね」
苦笑しながらエレオノーラに返すと、彼女は口に手を当てて笑った。その横でギルベルトもニヤリとしてアリシアの話を聞いている。
「サリヴァン将軍がお説教されているところ、見てみたいわね」
「ふふっ。大きい体を小さくして、『すまん、つい』って弱りきった声で毎回謝ってました」
アリシアの言葉に、クラウスとその部下3人が吹き出した。
「それは、俺も見たいな」
「あのサリヴァン将軍が・・・」
クラウスの言葉に続いて他の3人も言葉を漏らしながら体を震わせている。実際に戦場で対峙していたので、余計に想像出来るのだろう。
笑いながらクラウスがアリシアに近寄って軽く肩を抱いた。
「アリシア、悪い。ついムキになって格好悪い所を見せた」
アリシアとしては、クラウスの新たな一面を見れた。普段の慎重なクラウスからは考えられない、少年のような後先考えない短絡的な挑戦も、男性ならではの魅力の一部だと思っているし、ちょっと可愛いと思えてしまう。しかし彼はきちんと瀬戸際で引き返す理性も持ち合わせている。エレオノーラの言葉だけで止まったのが良い証拠だ。
そんな軍人らしい一面も、アリシアには好ましい。
「いえ、そんなことは」
アリシアも微笑みながらクラウスへと顔を向ける。『そんなことはありません』と言いかけたところで、馬が駆けてきた。
「人類連合代表一団、間もなく到着です!」
第1軍の軍服を着た兵士が馬から降りて敬礼すると、報告を上げた。クラウスが手を上げて「ご苦労」と声をかけている。
「ちょうど良い。サリヴァン嬢のお陰で和んだな」
「お兄様がそれを言う?」
もー、と怒った顔をするエレオノーラの黒髪に、ギルベルトは微笑んで手を乗せた。
「そう怒るな。もう来る」
ギルベルトの言葉通り、遠くの角を曲がってこちらに向かう馬車が見える。
アリシア達は迎えるためにそれぞれの立ち位置に戻り、到着を見守る。迎賓館の前に続々と馬車が停まると、最初の三台から一人ずつ降りてきた。
「ようこそ、魔国ティナドランへ。魔王ギルベルト=ファーベルクだ」
降りてきた3人にギルベルトが近寄りながら声を掛ける。すぐに一番目立つ容姿をしている金髪碧眼の、アリシアも見慣れた男が挨拶を返した。
「人類連合総司令コウキ=ヒノハラの代理として参った、ユウヤ=ヒノハラだ」
ユウヤはそこで間を置いてから、ギルベルトに笑いかけた。
「こうして実際に顔を合わせるのは初めてだな。親父がいつも世話になっている」
「貴殿がユウヤ殿か。こちらこそ父君のコウキ殿には助けてもらっている。もちろん、貴殿にもな」
「それはお互い様だ」
ギルベルトも笑みを返し、穏やかな雰囲気で挨拶を交わしている。
(正に『お互いお世話になってる仕事相手と初めて会った』って感じね)
ふむ、とアリシアは2人を観察する。
敵対していたとはいえ、エルフ達は魔人にも好感を持っている。コウキだけでなく、ユウヤとギルベルト間の手紙でも友好的なやり取りをしていたのだろう。
続いて前に出てきたのは、明るいグリーンの髪に新緑の瞳を煌かせる男だ。同じくアリシアには見慣れた彼はギルベルトへ声をかけた。
「神聖ルアンキリ国軍総帥、バティスト=ラグラン=ルアンキリだ。今回は人間国代表として参った」
「・・・ほう。よくぞ参られた。神聖ルアンキリ国の第三王子だったな」
「よくご存知で」
僅かに目を細めたギルベルトは、バティストに対しては好戦的な笑みへと変えた。
(・・・よく見てらっしゃる)
先程のユウヤと違い、魔国ティナドランにとってバティストは油断できない相手だ。
彼は若干20歳でありながら、ルアンキリ国軍トップに就いている。それは将来王弟となり王を支えるため、王子の中に適任者が居る場合、就任する伝統がある。
実際に戦場に出ることはないが、国軍全体を取り仕切り、また国内の警備を担当する騎士団への影響力も強い。それらの権力を持って、第二王子と共に王太子を支えている。そのため内政にも通じているのだ。一筋縄ではいかないだろう。
(神聖ルアンキリ国民からすれば頼もしい王子だけど、魔国ティナドランとしては注意しなければならないでしょうね)
互いにシニカルな笑みを浮かべて挨拶を済ませると、バティストはアリシアへ視線を寄越して僅かに微笑んだ。
(・・・?)
バティストの微笑みの理由が分からず、アリシアはきょとんとした。
その間にも最後の一人がギルベルトへ近寄る。この人物はアリシアも初対面だ。
「獣人の国代表で参った。フォスタレス国外務大臣を務めているカルロ=ファディーニだ。今回は世話になる」
彼は見る限りだが、羊の獣人だろうか。淡い黄土色の髪に、フサフサな白い毛に覆われた羊の小さい耳。その後ろからクルリと曲がる角を持っている。獣人の寿命は平均60歳と聞いているが、見た目年齢は人間と変らない。パッと見50歳代だろうか。キリッとした鋭い瞳には知的な色が見える。
「遠い所良く来られた。歓迎する。よろしく頼む」
フォスタレス国といえば、ミラディア大陸の東の国、つまり今回の代表の中で一番遠い国からから来た事になる。
ギルベルトはバティストの時よりは警戒を緩めているように見える。アリシアから見ても、ファディーニは切れ者ではあるが真直ぐな気性のように感じられた。そして何より耳と角が可愛い。
(神聖ルアンキリにはあまり獣人がいないから、つい見てしまう)
アリシアが一人ほっこりしていると、エレオノーラが前に出て挨拶を交わした。
「ギルベルト=ファーベルクの妹、エレオノーラ=ファーベルクと申します。私も皆様との協議に参加します。よろしくお願いします」
ニコリと優しい笑みを浮かべたエレオノーラに、ユウヤも友好的な笑みを返している。ファディーニも微笑みを返しているが、バティストは真顔だ。
(相変わらず表情変わらないわね)
その様子では、冷血王子の名はきっと今も現役だろう。
エレオノーラに続いてアリシアも前に出ると笑みを浮かべた。
「ユウヤ様。バティスト殿下。お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです。ファディーニ様とは初めましてですね。アリシア=クロス=サリヴァンと申します。皆様のお役に立てますよう尽力いたします。よろしくお願いします」
「おう、アリシア。2週間ぶり。変わりなさそうだな。後で話そうぜ」
「はい」
真っ先に声をかけてきたユウヤに、アリシアは苦笑しながら答えた。口調が常時と同じだが、今この場でそれはいいのだろうか。
「それから貴殿らの護衛責任者も紹介する。軍人の護衛は貴殿らも不安に感じるだろうが、コレは我が国で終戦を望み貢献した者だ。よって貴殿らへ危害を加える可能性はないし、何があっても貴殿らを護る。この魔王の名に賭けて誓おう。ハルシュタイン将軍」
呼ばれてクラウスも前に出て礼をした。
「皆様方の護衛を担当いたします。第1軍将軍、クラウス=ハルシュタインと申します。お一人に一名ずつ護衛を手配いたします。何かあればすぐこの者達に申し付け下さい」
クラウスはそう言うと、部下3人にそれぞれ自己紹介をさせ、それぞれの担当も伝えた。
「君があのハルシュタイン将軍か。元々人類連合で有名だったが、アリシアからも色々と聞いてるよ」
話が落ち着いてから、ユウヤがニコニコとクラウスに声をかけた。アリシアは慌てて「ユウヤ様!」と諌めた。ユウヤは諜報報告システム『データベース』を読んで知ったことを言っているのだ。アリシアが話したわけではない。
「んな慌てんなよ」
ククッと笑うとアリシアに近寄って頭に手を置いた。そしてアリシアとクラウスにだけ聞こえる音量で囁いた。
「二人共、バティスト王子には油断すんなよ」
先に知らせを受けていた魔国側は迎賓館前に迎えに出ていた。魔王ギルベルト、王妹エレオノーラ、大使アリシア、護衛を受け持つクラウスと部下3人だ。
まだ身内しかいないためか、ギルベルトは真顔でクラウスに声を掛けた。
「2週間、人類連合の大使殿の接待ご苦労だった。もし疲れたのなら交代しても構わないぞ。ヤンカーあたりに交代させようか。それとも文官にするか」
「・・・お前、分かってて言ってるだろう」
「何が」
しれっとした顔でクラウスを見ているギルベルトに、アリシアはニヤけそうになって口元を抑えた。もしかしてギルベルトに遊ばれるクラウスが見れるのだろうか。
「また始まった。もー。いつ到着してもおかしくないのに」
呆れた顔をしてぼやくエレオノーラに、アリシアは苦笑した。
「ただ待つのは暇ですから」
「まあそうなんだけど・・・ケンカまで発展しそうなら止めないとね」
「大丈夫ですよ。お二人共分かってらっしゃいます」
ゲンナリしている様子のエレオノーラに、アリシアは宥めるように言葉を返す。
その間にもギルベルトとクラウスは言い合いを続けている。こちらの会話もそこで途切れたので、アリシアは再び二人の声に耳を傾けた。
「これから到着する代表者達の警護は嫌だと言っていただろう。大使だけ別の者をつけるわけにはいかん。何か企みがあると勘違いされる」
「確かに嫌だとは言ったが、なんでそこで俺が外されるんだ」
「なんでも何も、お前の希望を叶えるためだ」
「俺はアリシアとの時間を割かれるから嫌だと言っただけだ。仕事ならやる」
「外れた上で、それでもお前が望むなら、サリヴァン嬢に付きまとえばいいじゃないか」
「外れたらお前は別の仕事を持ってくるだろ。それこそ付きまとう暇すらない程に」
「当然だ。使える奴を使って何が悪い」
「・・・・・・殴っていいか」
「お前に殴れるならな」
次の瞬間本当にクラウスはギルベルトに向けて凄まじい速さで拳を打った。しかしギルベルトに届く前にドン!と大きな音がして止まる。
「遅い。いまだ魔術展開のスピードに負けるのか。本当にそれで将軍か?まだまだ未熟だな」
「・・・・・・本当に魔術で防ぎきれるのか、これから試してみてもいいんだぞ」
「はいはいストップ!!もー、お兄様。こんな時までクラウスを揶揄うのはやめてよ。クラウスもイチイチ乗らない」
呆れた顔でエレオノーラが止めに入った。ニヤニヤと楽しそうにしているギルベルトと、その少し手前で綺麗な右ストレートのフォームで魔術の防御壁に拳をぶつけたままギルベルトを睨みつけるクラウスとの間に、言葉通り割り込んだ。
(お二人共、全く分かってなかった・・・・・・)
アリシアは自分の発言を後悔した。いつもアリシアの前では紳士的なクラウスが、本当に殴りに行くと思っていなかったのだ。
(すみませんエレオノーラ様)
人類連合の代表者達が来る日なのだからと、エレオノーラが気を揉んでいた事に今更納得した。これは止めないといけない。
(クラウスもやっぱり根は軍人なのね・・・)
父オーウィンも兄エンジュも荒っぽかった。口も悪いし、何かあればすぐに勝負だと試合をしていたのを思い出した。
「アリシア、本当にこんなガキっぽい男で良いの?」
呆れた顔と声でエレオノーラに話を振られ、アリシアはドキリとする。しかしそれ以上にクラウスがビクリとした。パッと体勢を戻すと、珍しく焦った顔でアリシアへ顔を向ける。
「その反応、すっかりアリシアの前だって事を忘れてたでしょ。こんなんで私の2歳上なのよ?全く・・・」
はー、とエレオノーラはため息をついた。
「エレオノーラ様。男の人はそういうものですよ。軍人なら特に。うちの父と兄はもっと血気盛んでしたから」
「・・・サリヴァン将軍と、その息子のサリヴァン大隊長か。なんか凄そうね・・・」
「剣の話で盛り上がっては試合、筋肉のつき具合がどうこうで殴り合い、意見の食い違いでまた試合。うちでも日常茶飯事でした。傷だらけになっては、母に毎回治療されながらお説教されてましたね」
苦笑しながらエレオノーラに返すと、彼女は口に手を当てて笑った。その横でギルベルトもニヤリとしてアリシアの話を聞いている。
「サリヴァン将軍がお説教されているところ、見てみたいわね」
「ふふっ。大きい体を小さくして、『すまん、つい』って弱りきった声で毎回謝ってました」
アリシアの言葉に、クラウスとその部下3人が吹き出した。
「それは、俺も見たいな」
「あのサリヴァン将軍が・・・」
クラウスの言葉に続いて他の3人も言葉を漏らしながら体を震わせている。実際に戦場で対峙していたので、余計に想像出来るのだろう。
笑いながらクラウスがアリシアに近寄って軽く肩を抱いた。
「アリシア、悪い。ついムキになって格好悪い所を見せた」
アリシアとしては、クラウスの新たな一面を見れた。普段の慎重なクラウスからは考えられない、少年のような後先考えない短絡的な挑戦も、男性ならではの魅力の一部だと思っているし、ちょっと可愛いと思えてしまう。しかし彼はきちんと瀬戸際で引き返す理性も持ち合わせている。エレオノーラの言葉だけで止まったのが良い証拠だ。
そんな軍人らしい一面も、アリシアには好ましい。
「いえ、そんなことは」
アリシアも微笑みながらクラウスへと顔を向ける。『そんなことはありません』と言いかけたところで、馬が駆けてきた。
「人類連合代表一団、間もなく到着です!」
第1軍の軍服を着た兵士が馬から降りて敬礼すると、報告を上げた。クラウスが手を上げて「ご苦労」と声をかけている。
「ちょうど良い。サリヴァン嬢のお陰で和んだな」
「お兄様がそれを言う?」
もー、と怒った顔をするエレオノーラの黒髪に、ギルベルトは微笑んで手を乗せた。
「そう怒るな。もう来る」
ギルベルトの言葉通り、遠くの角を曲がってこちらに向かう馬車が見える。
アリシア達は迎えるためにそれぞれの立ち位置に戻り、到着を見守る。迎賓館の前に続々と馬車が停まると、最初の三台から一人ずつ降りてきた。
「ようこそ、魔国ティナドランへ。魔王ギルベルト=ファーベルクだ」
降りてきた3人にギルベルトが近寄りながら声を掛ける。すぐに一番目立つ容姿をしている金髪碧眼の、アリシアも見慣れた男が挨拶を返した。
「人類連合総司令コウキ=ヒノハラの代理として参った、ユウヤ=ヒノハラだ」
ユウヤはそこで間を置いてから、ギルベルトに笑いかけた。
「こうして実際に顔を合わせるのは初めてだな。親父がいつも世話になっている」
「貴殿がユウヤ殿か。こちらこそ父君のコウキ殿には助けてもらっている。もちろん、貴殿にもな」
「それはお互い様だ」
ギルベルトも笑みを返し、穏やかな雰囲気で挨拶を交わしている。
(正に『お互いお世話になってる仕事相手と初めて会った』って感じね)
ふむ、とアリシアは2人を観察する。
敵対していたとはいえ、エルフ達は魔人にも好感を持っている。コウキだけでなく、ユウヤとギルベルト間の手紙でも友好的なやり取りをしていたのだろう。
続いて前に出てきたのは、明るいグリーンの髪に新緑の瞳を煌かせる男だ。同じくアリシアには見慣れた彼はギルベルトへ声をかけた。
「神聖ルアンキリ国軍総帥、バティスト=ラグラン=ルアンキリだ。今回は人間国代表として参った」
「・・・ほう。よくぞ参られた。神聖ルアンキリ国の第三王子だったな」
「よくご存知で」
僅かに目を細めたギルベルトは、バティストに対しては好戦的な笑みへと変えた。
(・・・よく見てらっしゃる)
先程のユウヤと違い、魔国ティナドランにとってバティストは油断できない相手だ。
彼は若干20歳でありながら、ルアンキリ国軍トップに就いている。それは将来王弟となり王を支えるため、王子の中に適任者が居る場合、就任する伝統がある。
実際に戦場に出ることはないが、国軍全体を取り仕切り、また国内の警備を担当する騎士団への影響力も強い。それらの権力を持って、第二王子と共に王太子を支えている。そのため内政にも通じているのだ。一筋縄ではいかないだろう。
(神聖ルアンキリ国民からすれば頼もしい王子だけど、魔国ティナドランとしては注意しなければならないでしょうね)
互いにシニカルな笑みを浮かべて挨拶を済ませると、バティストはアリシアへ視線を寄越して僅かに微笑んだ。
(・・・?)
バティストの微笑みの理由が分からず、アリシアはきょとんとした。
その間にも最後の一人がギルベルトへ近寄る。この人物はアリシアも初対面だ。
「獣人の国代表で参った。フォスタレス国外務大臣を務めているカルロ=ファディーニだ。今回は世話になる」
彼は見る限りだが、羊の獣人だろうか。淡い黄土色の髪に、フサフサな白い毛に覆われた羊の小さい耳。その後ろからクルリと曲がる角を持っている。獣人の寿命は平均60歳と聞いているが、見た目年齢は人間と変らない。パッと見50歳代だろうか。キリッとした鋭い瞳には知的な色が見える。
「遠い所良く来られた。歓迎する。よろしく頼む」
フォスタレス国といえば、ミラディア大陸の東の国、つまり今回の代表の中で一番遠い国からから来た事になる。
ギルベルトはバティストの時よりは警戒を緩めているように見える。アリシアから見ても、ファディーニは切れ者ではあるが真直ぐな気性のように感じられた。そして何より耳と角が可愛い。
(神聖ルアンキリにはあまり獣人がいないから、つい見てしまう)
アリシアが一人ほっこりしていると、エレオノーラが前に出て挨拶を交わした。
「ギルベルト=ファーベルクの妹、エレオノーラ=ファーベルクと申します。私も皆様との協議に参加します。よろしくお願いします」
ニコリと優しい笑みを浮かべたエレオノーラに、ユウヤも友好的な笑みを返している。ファディーニも微笑みを返しているが、バティストは真顔だ。
(相変わらず表情変わらないわね)
その様子では、冷血王子の名はきっと今も現役だろう。
エレオノーラに続いてアリシアも前に出ると笑みを浮かべた。
「ユウヤ様。バティスト殿下。お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです。ファディーニ様とは初めましてですね。アリシア=クロス=サリヴァンと申します。皆様のお役に立てますよう尽力いたします。よろしくお願いします」
「おう、アリシア。2週間ぶり。変わりなさそうだな。後で話そうぜ」
「はい」
真っ先に声をかけてきたユウヤに、アリシアは苦笑しながら答えた。口調が常時と同じだが、今この場でそれはいいのだろうか。
「それから貴殿らの護衛責任者も紹介する。軍人の護衛は貴殿らも不安に感じるだろうが、コレは我が国で終戦を望み貢献した者だ。よって貴殿らへ危害を加える可能性はないし、何があっても貴殿らを護る。この魔王の名に賭けて誓おう。ハルシュタイン将軍」
呼ばれてクラウスも前に出て礼をした。
「皆様方の護衛を担当いたします。第1軍将軍、クラウス=ハルシュタインと申します。お一人に一名ずつ護衛を手配いたします。何かあればすぐこの者達に申し付け下さい」
クラウスはそう言うと、部下3人にそれぞれ自己紹介をさせ、それぞれの担当も伝えた。
「君があのハルシュタイン将軍か。元々人類連合で有名だったが、アリシアからも色々と聞いてるよ」
話が落ち着いてから、ユウヤがニコニコとクラウスに声をかけた。アリシアは慌てて「ユウヤ様!」と諌めた。ユウヤは諜報報告システム『データベース』を読んで知ったことを言っているのだ。アリシアが話したわけではない。
「んな慌てんなよ」
ククッと笑うとアリシアに近寄って頭に手を置いた。そしてアリシアとクラウスにだけ聞こえる音量で囁いた。
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