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第2章 クラウスと国家動乱
48 緊急の手紙と思わぬ手紙(アリシアside)
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精霊神の終戦宣言から、エルフの里は慌ただしくなった。終戦に伴う会議に合わせ、エルフの里の長を訪ねてくる人類連合の国々のお客が増えたのだ。
アリシアも来客対応のお手伝いをしながら、いまだにクラウスへ手紙を返していない事を気にしていた。
しかし時間はあっという間に過ぎ、終戦から3週間後。
今日もクラウスから手紙が届くのだろう。今日こそ返事を出してみようか、いやでも・・・とアリシアは部屋で葛藤していた。
戦争が終わったからといってすぐに返信するのはどうかと思い、しばらく返信が出来なかった。しかし段々と返信してもいいのでは、と思えるようになり、今までに何度か書いてみたのだ。しかし改めて読み返したら恥ずかしい内容だと気付いて心が折れたり、なんか違うそうじゃないという内容になってしまって・・・と結局全て引き出しの中に溜め込んでいる。
出さない期間が長くなる程、出しにくくなるのは分かっている。しかし、クラウスの甘い言葉ばかりの手紙にいつも全身が熱くなり、どのように返せばいいのか分からなくなってしまう。
(でも、返事をしたらきっと喜んでくれると思う)
アリシアの返信が届いたら、クラウスはどんな顔をするだろう。また柔らかい笑みを浮かべるのだろうか。機嫌良さげに笑うだろうか。
そんな風に思える程、クラウスから毎日届く手紙はアリシアに自信を持たせた。今はもうクラウスの気持ちを疑う事はない。しかしそれと返事を書くのはまた別の話だ。クラウスへ返す最初の手紙。一体どう書けばいいのだろうか。
ふぅ、とため息をつくと、いつもより早い時間に窓を叩く音がした。その上鳴き声まで聞こえる。
(え・・・まさか)
慌てて窓を開けると、いつも通りハンナが窓枠に留まった。しかしその胸元にはいつもとは違う赤い封蝋がついている。
「緊急・・・!」
思わず声に出して驚く。
魔王暗殺阻止に協力していた時に決めていた赤い封蝋。それが何故今になって、しかもエルフの里にいるアリシア宛てに届いたのか。
(考えるより先に、早く!)
浮かんだ疑問は投げ捨て、アリシアは手紙を受け取ると、その場に立ったまま開封して急いで目を通す。全て読み終えた時には、アリシアの足は震えていた。
「うそ・・・・・・精霊神様が・・・?」
アリシアの頭から血の気が引いて、世界がグルグルと回っているような錯覚を覚える。その中で、優しく穏やかな精霊神ハヤトの顔がアリシアの脳裏に浮かぶ。
呆然として、無意識に机に手をついた。その堅く冷たい感触がアリシアを現実に引き戻した。
(しっかりしろ!アリシア!)
ここで呆然としている場合ではない。頭を振って自分を強く叱咤し、大きく息を吸う。息を全て吐き出した時には、もう足は震えていなかった。
「イッキ君!ミヤちゃん!私今から長の家に行ってくる!」
大声で居間にいる2人に声を掛ける。その尋常ならざるアリシアの様子に、イツキが飛び出てきた。
「アリシア・・・!?どうしたんだ!?」
玄関で靴を履いているアリシアに、イツキは慌てる。外はもう暗い。安全なエルフの里といえども、一人では心配だ。
「イッキ君!大変なことになったかもしれないの!それを確認するためにも、この手紙を今すぐに長に見てもらわないと!」
「ええ・・・!?ちょっと待て!俺もついてくから!」
イツキも急いで靴を履く。ミヤビも驚いた顔で玄関まで出てきて、2人に声をかけた。
「アリシア、暗いからイツキと一緒に行って。イツキ、よろしく頼むわよ」
「おう!行くぞアリシア」
「ミヤちゃんありがとう!」
早口で言うミヤビに、アリシアとイツキは頷いて家を出ると、駆け足で長コウキの家へと向かった。
コウキの家のチャイムを鳴らすと同時に、アリシアは小さい声で話しかける。
「長、ユウヤ様、アリシアです。魔国ティナドランのハルシュタイン将軍から緊急の手紙が届きました。精霊神様に関わる非常事態とのことです。まずは手紙を読んでいただきたく、お持ちしました」
魔国ティナドランに居る時にクラウスから習った伝達魔法を使って、家の中にいるであろうコウキとユウヤに向けて語りかけた。
すぐにドタドタと音が聞こえ、勢い良く玄関が開いた。
「アリシア・・・!すぐ入ってくれ」
顔色の悪いユウヤが出てきて、小さい声でアリシアへ伝える。ユウヤ達も何か異変に気付いているのかもしれない。そう思い、アリシアはただ頷いて家に上がらせてもらう。
後ろから続くイツキが玄関を閉めると、ユウヤが廊下を歩きながら口を開いた。
「今のは魔術だな。手紙は?」
「こちらです」
歩きながらユウヤに差し出すと、封筒から中を取り出し、歩きながら読んでいる。
「クソ!そういう事か・・・!」
頭をかきむしる様にぐしゃぐしゃとかき混ぜている。ユウヤの反応に、やはりコウキとユウヤも異変に気付いていたのだ、とアリシアは思った。
「親父!」
ユウヤはいつもの応接室ではなく、家の奥のドアを開ける。だだっ広い部屋に一人コウキが座っていた。その前、部屋の上座には大きな楕円形の分厚い木の板がある。そこにはエルフ語で精霊神を奉る言葉が書かれていた。その周りを花や木の枝で美しく装飾されている。
ユウヤは胡坐をかいて座るコウキに手紙を渡すと、アリシア達を手招きして、その部屋へ入るように指示する。
「おふくろにはまだ話してない。応接室だと聞こえる。なんもない部屋で悪いが、ここで」
「ユウヤ様・・・ここは何もない部屋ではなく、至聖所では・・・」
この非常事態の中、相変わらずなユウヤにアリシアも少しだけ呆れた声で突っ込んでしまう。
エルフの里には精霊神が設けた神域がある。その神域の中心にはエルフの里の長、コウキ=ヒノハラの家と精霊神ハヤトの家が建っている。更にコウキの家の中には、神界にいる精霊神と交信するための場所がある。それがこの部屋だ。
「合点がいった。だからハヤトの気配が無くなったか」
はぁ、と大きく息を吐いたコウキは、体の向きをアリシア達へ向け、手紙を持つ手を力なく膝の上に置いた。
「アリシア、よく持ってきた。少し前から急にハヤトの気配を感じられなくなった。神界ならどこにいようともハヤトの気配は感じるはずなんだ。なのに何度呼び掛けても全く応答がない。この手紙を読んで納得いった」
アリシアは頷くと、コウキの前に正座した。
「・・・信じたくはありませんが、本当なのですね」
「恐らくな」
「まさかハヤトが・・・」
アリシアの言葉に応じる長に、ユウヤが一人ごちる。そのまましばし沈黙が流れた。
「・・・長。試してみたいことがあります」
「なんだ?」
「精霊王ヴァルター様、いらっしゃいますか?」
アリシアが言い終えると同時に、目の前にふわりと精霊王ヴァルターが姿を現した。
「うお!?」
「ええっ!?」
精霊王ヴァルターが姿を現し、コウキとイツキが驚く声が聞こえた。コウキに至っては本当に目と鼻の先に出現したので、驚くのも無理はない。しかしアリシアは気にせず真っすぐにヴァルターを見上げた。
「精霊神様が何らかの存在に襲われたようです。ヴァルター様は何かご存じありませんか?」
アリシアが問うと、ヴァルターはふむ、と腕を組んで、精霊神を奉る言葉が書かれた板を眺める。
『先程急にハヤトの気配が消えた。力は感じるが、何か異質さを感じる。あれはハヤトではない』
「・・・魔国ティナドランで魔神エルトナと共に襲われたようだ、と連絡がありました。ヴァルター様が感じているのは、その襲ってきた存在の事でしょうか」
『確かにそういう気配ではある』
ヴァルターは腕を解くと、アリシアへ視線を戻した。
『少し見てこよう』
そういって再びふわりと消えた。
「・・・」
「・・・」
『あいつ俺の目の前に出てきやがってワザとだろ』と言いたげなコウキと、純粋に精霊王が現れて驚いているイツキが沈黙する中、ヴァルターがいた空間を見つめながら、ユウヤが顎に手を当てて思い出したように口にした。
「そういやアリシアが魔国ティナドランに潜入する時、ハヤトからヴァルターを一度だけ使役出来る術をもらってたな。しかし今のは術じゃない。契約もしてないだろう。呼んだだけで来るなんて・・・友達にでもなったのか?」
「ともだち」
アリシアは思わず復唱した。精霊王ヴァルターとお友達とは恐れ多い。目をまん丸くしてユウヤを見つめる。
「・・・その反応は違うようだな」
「違います。・・・その、精霊神様の術で繋がりができて以降、ヴァルター様が私を・・・気に入られたと聞きました」
「アリシア、お前・・・今度はヴァルターまで誑し込んだのか」
ユウヤは少し呆れたような顔でアリシアに言った。そんなユウヤに長がケッと言ってから口を開く。
「テメェは全く・・・人聞き悪い事を言うんじゃねぇ。あの魔神エルトナにも気に入られる程だ。ヴァルターもアリシアの魂に惹かれたんだろ」
「んな怒んなよ。言葉のアヤだ。確かにアリシアの魂はエルフでもあまり見ない程に、こう・・・虹彩を放って、煌めいてるしな」
コウキの言葉に頷いて、ユウヤはアリシアを眺めて言った。
「え?・・・そうなんですか?」
コウキは本来神に近い存在であり、精霊神の頼みでエルフの長として生まれてきたと聞いた。通常のエルフでは見えないものまで見えているのだ。その子息であるユウヤにも見えているのだろう。しかし初めて聞いた話だ。アリシアは驚いた。
「ああ。アリシアの元々の輝きだろうな。純粋であればあるほど、輝きが増すんだ」
「・・・私、そこまで純粋では・・・欲もありますよ?」
「欲は誰にでもある。俺にもな。それは生きるために必要なもんだ」
そこで言葉を切ると、コウキは口元に当てて考えているようだ。アリシアを見ると再び口を開いた。
「そうだな。そこんとこ話とくか。純粋ってぇのは、自分の感情に素直に向き合えるって意味だ。分かりやすい例えは悲しい時だな。何故悲しみを感じたのか。自分の心や経験のどこからその悲しみが湧いてきたのか。何に対して悲しんでいるのか。その根本に向き合って気付けねぇと、それは怒りに変わる。自分の弱さに気付けねぇ奴、認められねぇ奴は、誰かのせいだと攻撃する。アリシアはそういうことをしねぇだろ」
確かにアリシアはそんな事をしないが、それはエルフ皆そうなのではないか。腑に落ちず首を傾げるアリシアに、コウキは続ける。
「自分に向き合って、誰よりも自分を知る。自分自身を分かった上で愛情を持って相手と接する。そうすりゃ相手の状態にも気付きやすい。1度は自分も経験して向き合ったことのある状態だからな。そんな困ってる奴に本心で、愛情をもって向き合う。エルフも基本皆そうだが、アリシアはよりそれが強い。だから周りはアリシアに惹かれんだ。アリシアの魂は深い輝き方をしてんだよ。お前をハーフだからと馬鹿にする人間もいるが、大事なのはそこじゃねぇ。魂の色なんざ見えなくても、相手の本質を見れるやつが見ればすぐに分かる。だからハヤトもお前を可愛がってたんだ。恐らく魔神エルトナもな」
「・・・・・・」
「ハヤトが神としての力を奪われたのが本当なら、今までのようには会えねぇ。ハヤトの魂がどうなったのかも分かんねぇしな。だからアリシア、これだけは覚えておけ。神はお前を愛してた。今後何があっても、それを忘れんなよ」
コウキの言葉に、アリシアの瞳から涙が零れる。
「はい・・・!絶対に」
コウキが珍しく説教臭い事を言うと思ったら、精霊神の事を伝えたかったのだ。
確かにハーフということだけで、アリシアは今までにも嫌な目にあってきた。理不尽な事も言われた。精霊神の事を公表すれば、これまで神の威光で抑え込まれていたものが出てくる。きっとアリシアにも襲い掛かってくるだろう。その時に今の言葉を思い出せば、何があっても心を強く保てる。
コウキも先を見越し、今ちょうどいい機会だからと話をしてくれたのだろう。
思い出すのは、エルフの里に帰った翌日。泣きながらクラウスとの事を話した時に、慈悲深い目と声でアリシアを慰めてくれた。そんな優しい精霊神にもう会えない。そう思うと涙が止まらなかった。
『戻った・・・おいコウキ。アリシアに何をした』
「威嚇すんな!なんもしてねぇよ!離れろ!」
戻ってきた精霊王ヴァルターは、泣いているアリシアに気付き、そして周りを見て、コウキが泣かせたと判断したようだ。コウキの顔にくっつきそうな程顔を近寄せて威圧している。コウキは少し後ろ下がるとシッシッと手でヴァルターを追い払う仕草をした。
「ヴァルター様!違います!長から精霊神様の事を聞いて、もう会えないと思ったら寂しくて、泣いてしまっただけです」
勘違いしているヴァルターに、アリシアは慌てた。涙も引っ込んでしまった。アリシアが慌てて説明する様を、ヴァルターはジッと見てから頷いた。
『ならばいい』
ホッとするアリシアの後ろで、それまで静かに聞いていたイツキが爆笑している。何処にいてもいつも通りの笑い上戸な祖父に、それまでの現実離れして宙を浮いていた気分が、急に現実に戻ってきたような感覚になった。
「おう、イツキ。そこで聞いてたからもう分かってると思うが、お前も読んどけ」
「あはは!はい!・・・くっくっく」
コウキから手紙を渡され、受取はしたが手に持ったままだ。笑いがおさまってから読むつもりだろう。
『して、アリシア。見てきたぞ』
「!ありがとうございます。ヴァルター様はどう感じられましたか?」
アリシアは黒く艶めく瞳を見つめる。ヴァルターはアリシアに頷いて続けた。
『あれはハヤトの力だ。もう一つ、エルトナの力も感じる。しかしその根源はひとつ。そこから醜悪なる気配が漏れておった。あれは邪神か』
「邪神・・・?」
『醜悪な念から生まれた者のことだ。ハヤトとエルトナの根源は見当たらなかった。どうやらルアンの元にいるようだな。たが我は神ではない。許可されてないものはルアンとアラナンの神域には行けぬ』
「なるほど。神聖ルアンキリか」
コウキが腕を組んで頷いた。
「ヴァルターから視てもそうなら、邪神に二柱が襲われたのは本当だろう。だが創造神の元にいるなら安全だ」
そのまま少し考え込むと、コウキは立ち上がった。
「俺がその手紙の返事を書く。ユウヤ、お前はルアンキリに連絡して、創造神にハヤトとエルトナの状況を聞くように伝えろ。だが他言無用で、だ」
「分かってる。こっちが公表する前に漏れたら、策略陰謀のオンパレードだ。最悪人類連合が崩れる。折角終戦したのに、今度はこっちで戦争なんて冗談でも笑えねぇ」
「分かってんじゃねぇか。アリシア、手紙を書いたらブリフィタで届けてくれ」
長の言葉に、アリシアも立ち上がった。
「分かりました。赤の封蝋が緊急の合図です。スタンプも私の物の方が、あちらも信用しやすいと思います。長が手紙を書かれている間に、家から持ってきます」
「そうだな、頼む」
アリシアは頷くと、イツキと共に部屋を出て急いだ。
* * *
エルフの長コウキによって、精霊神ハヤトと魔神エルトナが邪神に襲われて力を失い、創造神ルアンの元に身を寄せていると人類連合全体へと公表された。
やはり人類連合の国々では動揺と混乱が起こった。至る場所で折り合いの悪い国に攻め込むか、内側から崩して内乱を起こさせようか、あの豊かな土地を奪い取ろうかなど、様々な話し合いや策略が横行した。しかし各国の神殿にいるエルフから報告が届き、不穏なものは全てエルフの長コウキによって抑え込まれた。
アリシアも里に留まり、得意の情報を扱う手伝いをしているうちに、気付けば一ヶ月経とうとしていた。
緊急の手紙のやり取りが落ち着いた後、クラウスから届いた手紙には『魔国ティナドランは遷都もあって非常に混乱している。俺は住民の移動の付き添いと護衛の指揮を行う事になった』と書かれていた。
アリシアもさすがにこれには返信しようと思い、ペンを取った。緊急の手紙のやり取りで、何度もこちらから長の手紙を送った。アリシアの身元を完全に知られている事も分かった。そういった諸々のお陰で、アリシアの中のハードルが下がったのだ。
手紙に長らく返信しなかった事を謝罪して、『お体はもちろん、身の回りにもお気を付けください』と書いて送ったら、その日のうちに喜びに溢れかえった手紙が返ってきた。「忙しいんじゃなかったの」と口に出して突っ込んでしまったが、あの飄々としたクラウスがこんなに喜ぶなんて、と笑ってしまった。
アリシアはこの最初の返信をハンナに託す時、何度も躊躇った。本当にこんな手紙を送って良いものかと悩んだ。クラウスが不快に思わないだろうか、今更何の用だと思われないだろうかと、不安を感じた。しかしクラウスの嬉しいを連発する返信を読んで、それも全て吹っ飛んでしまった。
それ以降、返せそうな内容の時だけ返すようになった。しかしクラウスに対する好きという気持ちは恥ずかしくて文字に書けず、いまだに伝える事が出来ていない。
時折『手持ちの便箋が尽きた。新都に戻るまで手紙が書けない。すまない』と非常に心苦しそうな手紙が届き、その後数日届かない事が何度かあった。
(そもそも私は毎回返信してるわけじゃないから、それをとやかく言える立場じゃないもの)
そう思うものの、手紙が届かない日はやっぱり寂しい。過去に貰った手紙を読み返しては、平和の為にお手伝いを頑張ろうと、己を鼓舞した。
昨日もクラウスから手紙は来なかった。今日はくるだろうか。今頃何をしているのだろう。そんな事を考えていると、アリシアの部屋の窓がコツコツと叩かれた。
(まだ日が暮れてないけど、ハンナかな?)
窓を開けると、いつもの灰色の羽毛のブリフィタではなく、真っ白なブリフィタ、カミルがいた。胸元には封蝋がついている。
カミルは長コウキが魔王ギルベルトと緊急のやり取りをしている間にも何度か飛んできた。エルフの里の結界には既に登録してある。
アリシアは手紙を受け取り、カミルに声を掛ける。
「カミル、ありがとう。オヤツ食べてく?」
「クー!」
アリシアの言葉に返事をして頭を上下させる。早くくれ!と言っているようだ。そんなカミルに笑いながらオヤツをあげ、見送った後。
「・・・魔王様から私に?」
はて?と首を傾げる。これまでにもコウキ宛ての手紙をカミルが持ってくることがあった。しかし今回の手紙の宛名には、コウキではなくアリシアの名前が書かれている。しかも『アリシア=クロス=サリヴァン』とフルネームだ。
「・・・うーん」
アリシアは一切フルネームを伝えていない。クラウスからの手紙も毎回『アリシア』とだけ書かれている。そうなると、やはり魔神エルトナから聞いていたのだろう。
(私個人宛て、だよね)
つい何度も宛先を見てしまう。魔王ギルベルトから個別に手紙をもらう心当たりがない。
(開けてみよう)
封を開けて、少しドキドキしながら手紙を広げる。そして読んでいき、その途中でアリシアは笑ってしまった。
「ふふっ!魔王様ってお茶目なのね」
このお話は是非お受けしよう。そう決めて、アリシアはコウキの家へと向かった。
アリシアも来客対応のお手伝いをしながら、いまだにクラウスへ手紙を返していない事を気にしていた。
しかし時間はあっという間に過ぎ、終戦から3週間後。
今日もクラウスから手紙が届くのだろう。今日こそ返事を出してみようか、いやでも・・・とアリシアは部屋で葛藤していた。
戦争が終わったからといってすぐに返信するのはどうかと思い、しばらく返信が出来なかった。しかし段々と返信してもいいのでは、と思えるようになり、今までに何度か書いてみたのだ。しかし改めて読み返したら恥ずかしい内容だと気付いて心が折れたり、なんか違うそうじゃないという内容になってしまって・・・と結局全て引き出しの中に溜め込んでいる。
出さない期間が長くなる程、出しにくくなるのは分かっている。しかし、クラウスの甘い言葉ばかりの手紙にいつも全身が熱くなり、どのように返せばいいのか分からなくなってしまう。
(でも、返事をしたらきっと喜んでくれると思う)
アリシアの返信が届いたら、クラウスはどんな顔をするだろう。また柔らかい笑みを浮かべるのだろうか。機嫌良さげに笑うだろうか。
そんな風に思える程、クラウスから毎日届く手紙はアリシアに自信を持たせた。今はもうクラウスの気持ちを疑う事はない。しかしそれと返事を書くのはまた別の話だ。クラウスへ返す最初の手紙。一体どう書けばいいのだろうか。
ふぅ、とため息をつくと、いつもより早い時間に窓を叩く音がした。その上鳴き声まで聞こえる。
(え・・・まさか)
慌てて窓を開けると、いつも通りハンナが窓枠に留まった。しかしその胸元にはいつもとは違う赤い封蝋がついている。
「緊急・・・!」
思わず声に出して驚く。
魔王暗殺阻止に協力していた時に決めていた赤い封蝋。それが何故今になって、しかもエルフの里にいるアリシア宛てに届いたのか。
(考えるより先に、早く!)
浮かんだ疑問は投げ捨て、アリシアは手紙を受け取ると、その場に立ったまま開封して急いで目を通す。全て読み終えた時には、アリシアの足は震えていた。
「うそ・・・・・・精霊神様が・・・?」
アリシアの頭から血の気が引いて、世界がグルグルと回っているような錯覚を覚える。その中で、優しく穏やかな精霊神ハヤトの顔がアリシアの脳裏に浮かぶ。
呆然として、無意識に机に手をついた。その堅く冷たい感触がアリシアを現実に引き戻した。
(しっかりしろ!アリシア!)
ここで呆然としている場合ではない。頭を振って自分を強く叱咤し、大きく息を吸う。息を全て吐き出した時には、もう足は震えていなかった。
「イッキ君!ミヤちゃん!私今から長の家に行ってくる!」
大声で居間にいる2人に声を掛ける。その尋常ならざるアリシアの様子に、イツキが飛び出てきた。
「アリシア・・・!?どうしたんだ!?」
玄関で靴を履いているアリシアに、イツキは慌てる。外はもう暗い。安全なエルフの里といえども、一人では心配だ。
「イッキ君!大変なことになったかもしれないの!それを確認するためにも、この手紙を今すぐに長に見てもらわないと!」
「ええ・・・!?ちょっと待て!俺もついてくから!」
イツキも急いで靴を履く。ミヤビも驚いた顔で玄関まで出てきて、2人に声をかけた。
「アリシア、暗いからイツキと一緒に行って。イツキ、よろしく頼むわよ」
「おう!行くぞアリシア」
「ミヤちゃんありがとう!」
早口で言うミヤビに、アリシアとイツキは頷いて家を出ると、駆け足で長コウキの家へと向かった。
コウキの家のチャイムを鳴らすと同時に、アリシアは小さい声で話しかける。
「長、ユウヤ様、アリシアです。魔国ティナドランのハルシュタイン将軍から緊急の手紙が届きました。精霊神様に関わる非常事態とのことです。まずは手紙を読んでいただきたく、お持ちしました」
魔国ティナドランに居る時にクラウスから習った伝達魔法を使って、家の中にいるであろうコウキとユウヤに向けて語りかけた。
すぐにドタドタと音が聞こえ、勢い良く玄関が開いた。
「アリシア・・・!すぐ入ってくれ」
顔色の悪いユウヤが出てきて、小さい声でアリシアへ伝える。ユウヤ達も何か異変に気付いているのかもしれない。そう思い、アリシアはただ頷いて家に上がらせてもらう。
後ろから続くイツキが玄関を閉めると、ユウヤが廊下を歩きながら口を開いた。
「今のは魔術だな。手紙は?」
「こちらです」
歩きながらユウヤに差し出すと、封筒から中を取り出し、歩きながら読んでいる。
「クソ!そういう事か・・・!」
頭をかきむしる様にぐしゃぐしゃとかき混ぜている。ユウヤの反応に、やはりコウキとユウヤも異変に気付いていたのだ、とアリシアは思った。
「親父!」
ユウヤはいつもの応接室ではなく、家の奥のドアを開ける。だだっ広い部屋に一人コウキが座っていた。その前、部屋の上座には大きな楕円形の分厚い木の板がある。そこにはエルフ語で精霊神を奉る言葉が書かれていた。その周りを花や木の枝で美しく装飾されている。
ユウヤは胡坐をかいて座るコウキに手紙を渡すと、アリシア達を手招きして、その部屋へ入るように指示する。
「おふくろにはまだ話してない。応接室だと聞こえる。なんもない部屋で悪いが、ここで」
「ユウヤ様・・・ここは何もない部屋ではなく、至聖所では・・・」
この非常事態の中、相変わらずなユウヤにアリシアも少しだけ呆れた声で突っ込んでしまう。
エルフの里には精霊神が設けた神域がある。その神域の中心にはエルフの里の長、コウキ=ヒノハラの家と精霊神ハヤトの家が建っている。更にコウキの家の中には、神界にいる精霊神と交信するための場所がある。それがこの部屋だ。
「合点がいった。だからハヤトの気配が無くなったか」
はぁ、と大きく息を吐いたコウキは、体の向きをアリシア達へ向け、手紙を持つ手を力なく膝の上に置いた。
「アリシア、よく持ってきた。少し前から急にハヤトの気配を感じられなくなった。神界ならどこにいようともハヤトの気配は感じるはずなんだ。なのに何度呼び掛けても全く応答がない。この手紙を読んで納得いった」
アリシアは頷くと、コウキの前に正座した。
「・・・信じたくはありませんが、本当なのですね」
「恐らくな」
「まさかハヤトが・・・」
アリシアの言葉に応じる長に、ユウヤが一人ごちる。そのまましばし沈黙が流れた。
「・・・長。試してみたいことがあります」
「なんだ?」
「精霊王ヴァルター様、いらっしゃいますか?」
アリシアが言い終えると同時に、目の前にふわりと精霊王ヴァルターが姿を現した。
「うお!?」
「ええっ!?」
精霊王ヴァルターが姿を現し、コウキとイツキが驚く声が聞こえた。コウキに至っては本当に目と鼻の先に出現したので、驚くのも無理はない。しかしアリシアは気にせず真っすぐにヴァルターを見上げた。
「精霊神様が何らかの存在に襲われたようです。ヴァルター様は何かご存じありませんか?」
アリシアが問うと、ヴァルターはふむ、と腕を組んで、精霊神を奉る言葉が書かれた板を眺める。
『先程急にハヤトの気配が消えた。力は感じるが、何か異質さを感じる。あれはハヤトではない』
「・・・魔国ティナドランで魔神エルトナと共に襲われたようだ、と連絡がありました。ヴァルター様が感じているのは、その襲ってきた存在の事でしょうか」
『確かにそういう気配ではある』
ヴァルターは腕を解くと、アリシアへ視線を戻した。
『少し見てこよう』
そういって再びふわりと消えた。
「・・・」
「・・・」
『あいつ俺の目の前に出てきやがってワザとだろ』と言いたげなコウキと、純粋に精霊王が現れて驚いているイツキが沈黙する中、ヴァルターがいた空間を見つめながら、ユウヤが顎に手を当てて思い出したように口にした。
「そういやアリシアが魔国ティナドランに潜入する時、ハヤトからヴァルターを一度だけ使役出来る術をもらってたな。しかし今のは術じゃない。契約もしてないだろう。呼んだだけで来るなんて・・・友達にでもなったのか?」
「ともだち」
アリシアは思わず復唱した。精霊王ヴァルターとお友達とは恐れ多い。目をまん丸くしてユウヤを見つめる。
「・・・その反応は違うようだな」
「違います。・・・その、精霊神様の術で繋がりができて以降、ヴァルター様が私を・・・気に入られたと聞きました」
「アリシア、お前・・・今度はヴァルターまで誑し込んだのか」
ユウヤは少し呆れたような顔でアリシアに言った。そんなユウヤに長がケッと言ってから口を開く。
「テメェは全く・・・人聞き悪い事を言うんじゃねぇ。あの魔神エルトナにも気に入られる程だ。ヴァルターもアリシアの魂に惹かれたんだろ」
「んな怒んなよ。言葉のアヤだ。確かにアリシアの魂はエルフでもあまり見ない程に、こう・・・虹彩を放って、煌めいてるしな」
コウキの言葉に頷いて、ユウヤはアリシアを眺めて言った。
「え?・・・そうなんですか?」
コウキは本来神に近い存在であり、精霊神の頼みでエルフの長として生まれてきたと聞いた。通常のエルフでは見えないものまで見えているのだ。その子息であるユウヤにも見えているのだろう。しかし初めて聞いた話だ。アリシアは驚いた。
「ああ。アリシアの元々の輝きだろうな。純粋であればあるほど、輝きが増すんだ」
「・・・私、そこまで純粋では・・・欲もありますよ?」
「欲は誰にでもある。俺にもな。それは生きるために必要なもんだ」
そこで言葉を切ると、コウキは口元に当てて考えているようだ。アリシアを見ると再び口を開いた。
「そうだな。そこんとこ話とくか。純粋ってぇのは、自分の感情に素直に向き合えるって意味だ。分かりやすい例えは悲しい時だな。何故悲しみを感じたのか。自分の心や経験のどこからその悲しみが湧いてきたのか。何に対して悲しんでいるのか。その根本に向き合って気付けねぇと、それは怒りに変わる。自分の弱さに気付けねぇ奴、認められねぇ奴は、誰かのせいだと攻撃する。アリシアはそういうことをしねぇだろ」
確かにアリシアはそんな事をしないが、それはエルフ皆そうなのではないか。腑に落ちず首を傾げるアリシアに、コウキは続ける。
「自分に向き合って、誰よりも自分を知る。自分自身を分かった上で愛情を持って相手と接する。そうすりゃ相手の状態にも気付きやすい。1度は自分も経験して向き合ったことのある状態だからな。そんな困ってる奴に本心で、愛情をもって向き合う。エルフも基本皆そうだが、アリシアはよりそれが強い。だから周りはアリシアに惹かれんだ。アリシアの魂は深い輝き方をしてんだよ。お前をハーフだからと馬鹿にする人間もいるが、大事なのはそこじゃねぇ。魂の色なんざ見えなくても、相手の本質を見れるやつが見ればすぐに分かる。だからハヤトもお前を可愛がってたんだ。恐らく魔神エルトナもな」
「・・・・・・」
「ハヤトが神としての力を奪われたのが本当なら、今までのようには会えねぇ。ハヤトの魂がどうなったのかも分かんねぇしな。だからアリシア、これだけは覚えておけ。神はお前を愛してた。今後何があっても、それを忘れんなよ」
コウキの言葉に、アリシアの瞳から涙が零れる。
「はい・・・!絶対に」
コウキが珍しく説教臭い事を言うと思ったら、精霊神の事を伝えたかったのだ。
確かにハーフということだけで、アリシアは今までにも嫌な目にあってきた。理不尽な事も言われた。精霊神の事を公表すれば、これまで神の威光で抑え込まれていたものが出てくる。きっとアリシアにも襲い掛かってくるだろう。その時に今の言葉を思い出せば、何があっても心を強く保てる。
コウキも先を見越し、今ちょうどいい機会だからと話をしてくれたのだろう。
思い出すのは、エルフの里に帰った翌日。泣きながらクラウスとの事を話した時に、慈悲深い目と声でアリシアを慰めてくれた。そんな優しい精霊神にもう会えない。そう思うと涙が止まらなかった。
『戻った・・・おいコウキ。アリシアに何をした』
「威嚇すんな!なんもしてねぇよ!離れろ!」
戻ってきた精霊王ヴァルターは、泣いているアリシアに気付き、そして周りを見て、コウキが泣かせたと判断したようだ。コウキの顔にくっつきそうな程顔を近寄せて威圧している。コウキは少し後ろ下がるとシッシッと手でヴァルターを追い払う仕草をした。
「ヴァルター様!違います!長から精霊神様の事を聞いて、もう会えないと思ったら寂しくて、泣いてしまっただけです」
勘違いしているヴァルターに、アリシアは慌てた。涙も引っ込んでしまった。アリシアが慌てて説明する様を、ヴァルターはジッと見てから頷いた。
『ならばいい』
ホッとするアリシアの後ろで、それまで静かに聞いていたイツキが爆笑している。何処にいてもいつも通りの笑い上戸な祖父に、それまでの現実離れして宙を浮いていた気分が、急に現実に戻ってきたような感覚になった。
「おう、イツキ。そこで聞いてたからもう分かってると思うが、お前も読んどけ」
「あはは!はい!・・・くっくっく」
コウキから手紙を渡され、受取はしたが手に持ったままだ。笑いがおさまってから読むつもりだろう。
『して、アリシア。見てきたぞ』
「!ありがとうございます。ヴァルター様はどう感じられましたか?」
アリシアは黒く艶めく瞳を見つめる。ヴァルターはアリシアに頷いて続けた。
『あれはハヤトの力だ。もう一つ、エルトナの力も感じる。しかしその根源はひとつ。そこから醜悪なる気配が漏れておった。あれは邪神か』
「邪神・・・?」
『醜悪な念から生まれた者のことだ。ハヤトとエルトナの根源は見当たらなかった。どうやらルアンの元にいるようだな。たが我は神ではない。許可されてないものはルアンとアラナンの神域には行けぬ』
「なるほど。神聖ルアンキリか」
コウキが腕を組んで頷いた。
「ヴァルターから視てもそうなら、邪神に二柱が襲われたのは本当だろう。だが創造神の元にいるなら安全だ」
そのまま少し考え込むと、コウキは立ち上がった。
「俺がその手紙の返事を書く。ユウヤ、お前はルアンキリに連絡して、創造神にハヤトとエルトナの状況を聞くように伝えろ。だが他言無用で、だ」
「分かってる。こっちが公表する前に漏れたら、策略陰謀のオンパレードだ。最悪人類連合が崩れる。折角終戦したのに、今度はこっちで戦争なんて冗談でも笑えねぇ」
「分かってんじゃねぇか。アリシア、手紙を書いたらブリフィタで届けてくれ」
長の言葉に、アリシアも立ち上がった。
「分かりました。赤の封蝋が緊急の合図です。スタンプも私の物の方が、あちらも信用しやすいと思います。長が手紙を書かれている間に、家から持ってきます」
「そうだな、頼む」
アリシアは頷くと、イツキと共に部屋を出て急いだ。
* * *
エルフの長コウキによって、精霊神ハヤトと魔神エルトナが邪神に襲われて力を失い、創造神ルアンの元に身を寄せていると人類連合全体へと公表された。
やはり人類連合の国々では動揺と混乱が起こった。至る場所で折り合いの悪い国に攻め込むか、内側から崩して内乱を起こさせようか、あの豊かな土地を奪い取ろうかなど、様々な話し合いや策略が横行した。しかし各国の神殿にいるエルフから報告が届き、不穏なものは全てエルフの長コウキによって抑え込まれた。
アリシアも里に留まり、得意の情報を扱う手伝いをしているうちに、気付けば一ヶ月経とうとしていた。
緊急の手紙のやり取りが落ち着いた後、クラウスから届いた手紙には『魔国ティナドランは遷都もあって非常に混乱している。俺は住民の移動の付き添いと護衛の指揮を行う事になった』と書かれていた。
アリシアもさすがにこれには返信しようと思い、ペンを取った。緊急の手紙のやり取りで、何度もこちらから長の手紙を送った。アリシアの身元を完全に知られている事も分かった。そういった諸々のお陰で、アリシアの中のハードルが下がったのだ。
手紙に長らく返信しなかった事を謝罪して、『お体はもちろん、身の回りにもお気を付けください』と書いて送ったら、その日のうちに喜びに溢れかえった手紙が返ってきた。「忙しいんじゃなかったの」と口に出して突っ込んでしまったが、あの飄々としたクラウスがこんなに喜ぶなんて、と笑ってしまった。
アリシアはこの最初の返信をハンナに託す時、何度も躊躇った。本当にこんな手紙を送って良いものかと悩んだ。クラウスが不快に思わないだろうか、今更何の用だと思われないだろうかと、不安を感じた。しかしクラウスの嬉しいを連発する返信を読んで、それも全て吹っ飛んでしまった。
それ以降、返せそうな内容の時だけ返すようになった。しかしクラウスに対する好きという気持ちは恥ずかしくて文字に書けず、いまだに伝える事が出来ていない。
時折『手持ちの便箋が尽きた。新都に戻るまで手紙が書けない。すまない』と非常に心苦しそうな手紙が届き、その後数日届かない事が何度かあった。
(そもそも私は毎回返信してるわけじゃないから、それをとやかく言える立場じゃないもの)
そう思うものの、手紙が届かない日はやっぱり寂しい。過去に貰った手紙を読み返しては、平和の為にお手伝いを頑張ろうと、己を鼓舞した。
昨日もクラウスから手紙は来なかった。今日はくるだろうか。今頃何をしているのだろう。そんな事を考えていると、アリシアの部屋の窓がコツコツと叩かれた。
(まだ日が暮れてないけど、ハンナかな?)
窓を開けると、いつもの灰色の羽毛のブリフィタではなく、真っ白なブリフィタ、カミルがいた。胸元には封蝋がついている。
カミルは長コウキが魔王ギルベルトと緊急のやり取りをしている間にも何度か飛んできた。エルフの里の結界には既に登録してある。
アリシアは手紙を受け取り、カミルに声を掛ける。
「カミル、ありがとう。オヤツ食べてく?」
「クー!」
アリシアの言葉に返事をして頭を上下させる。早くくれ!と言っているようだ。そんなカミルに笑いながらオヤツをあげ、見送った後。
「・・・魔王様から私に?」
はて?と首を傾げる。これまでにもコウキ宛ての手紙をカミルが持ってくることがあった。しかし今回の手紙の宛名には、コウキではなくアリシアの名前が書かれている。しかも『アリシア=クロス=サリヴァン』とフルネームだ。
「・・・うーん」
アリシアは一切フルネームを伝えていない。クラウスからの手紙も毎回『アリシア』とだけ書かれている。そうなると、やはり魔神エルトナから聞いていたのだろう。
(私個人宛て、だよね)
つい何度も宛先を見てしまう。魔王ギルベルトから個別に手紙をもらう心当たりがない。
(開けてみよう)
封を開けて、少しドキドキしながら手紙を広げる。そして読んでいき、その途中でアリシアは笑ってしまった。
「ふふっ!魔王様ってお茶目なのね」
このお話は是非お受けしよう。そう決めて、アリシアはコウキの家へと向かった。
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