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第2章 クラウスと国家動乱

47 遷都

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 翌朝。新しい街の建築に携わって不在のトラウトナーとヤンカーを除く将軍4人と文官長2人がハルシュタイン邸の応接室に集められた。ソファとローテーブルは撤去してある。謁見室のようにギルベルトだけが椅子に座り、他は全員ギルベルトの前に並んで立っている。

 ベルンシュタインとラングハイムは「何故ハルシュタイン邸なんだ!」と不満を言っていたが、ギルベルトは綺麗に無視していた。もちろんクラウスもだ。

 全員集まると、ギルベルトは昨日の出来事を語っていった。

「エステルと名乗った存在が、二柱の神から手に入れた力に馴染んだら、声は王宮の外まで広がるだろう。ヤツは戦争を欲しているが、素直に従う必要はない。何かおかしなことをされる前に王都を離れ、現在建築中の街に遷る。俺はそれまでここに居る。王宮はうるさくてかなわん」

 そこまで言うと、ギルベルトは揃ったメンバーの顔を順に見ていく。クラウスも様子を見ると、昨晩のうちにエレオノーラから聞き、クラウスからの手紙も読んでいたアレクシス=リーネルトは平静だ。しかし他の将軍と文官長は驚愕や唖然とした顔をしていた。

「信じられんなら、この後王宮に行ってみればいい。今朝王宮から届いた知らせでは、使用人達にも聞こえ始めたとあった。お前達、特に将軍は魔力が多いから、間違いなく聞こえるだろう」
「そんな・・・」
「エルトナ様が・・・」

 各々、衝撃が口をついて出ている。クラウスはその様子を見て、無理もないと思った。昨晩自分も同じように呆然としたのだから。それほど魔神エルトナの存在というものは魔人にとって大きなものだ。

「王宮に行く・・・」

 フラリとしながら、ラングハイムが執務室を出て行こうと扉へ向かう。ラングハイムがドアをバタンと閉めた音でフェルカーも正気に戻ったようだ。
 
「魔王様!王都を離れるとはどういうことです!魔神エルトナ様を見捨てるのですか!?」

 意外にもフェルカーがギルベルトに食って掛かった。ギルベルトは眉を寄せる。

「見捨てるも何も、こちらからはどうする事も出来ん」
「魔王様なら何か出来るのではないですか!?何故試しもせず諦めているのです!」

 フェルカーの言葉に、ギルベルトは大きく息を吐いた。

「お前の気持ちも分からんでもないが・・・・・・。魔王だとしても魔人である事に変わりは無い。魔力が強いだけで、神ではない。神を感知して会話する事は出来るが、逆を言えばそれしか出来ん」
「・・・そんな」

 フェルカーはその場でガクリと膝をついた。

 フェルカーの声で正気に戻ったのだろう。ヴァールブルクがギルベルトに口を開いた。

「ギルベルト様、遷都のお話了承いたしました。私もギルベルト様のご提案が一番の安全策と存じます。王宮にある物も含め、必要となる物があればこちらにお持ちしましょう。何でもお言い付けください」
「ああ、助かる。必要になれば連絡しよう。ヴァールブルク文官長も移動の準備を急げ」
「はっ!戻り次第準備を急がせます。では御前失礼いたします」

 ヴァールブルクは礼をすると、落ち着いた足取りで執務室を出ていった。

「私も・・・王宮に行く」

 それまで茫然自失状態でピクリとも動かなかったベルンシュタインが、ボソリと言ってスタスタと部屋を出ていった。

「・・・あれは大丈夫なのか?」
「知らん」

 さっきのラングハイムといい、あまりにも強く衝撃を受けている様子だった。あんな状態でちゃんと遷都の準備を進められるのか、少し心配になったクラウスはギルベルトに聞いてみる。しかし我関せずな反応が返ってきたことに、クラウスは眉間にシワを寄せてギルベルトへ顔を向ける。

「・・・いいのかそれで」
「あの二人は俺から言ったところで大して響かん。なら自分で納得するまで放っておくしかなかろう」
「・・・そりゃそうだが」

 そういう意味では、クラウスにも直接どうこうする事は出来ない。しかし周りの者に気を付けておくように伝えるなどは出来るのではないか。そう考えて、すぐに無理だと気付く。
 あの二人は自分に都合の良い者で周りを固めている。そういう者達にクラウス達が伝えたところで同じだ。きっと信じないだろう。逆にクラウス達の言う事を信じる者を、あの二人は遠ざけている。遠ざけている者からの言葉を素直に聞くようなタイプではない。

「いや、そうだな。お前の言う通りだ」

 はー、と呆れのため息をつくと、クラウスは下へ視線を向ける。そこにはまだフェルカーがうずくまっていた。アレクシスがいるので、三人で話し合いたい事がある。そろそろ立ち上がって退室してくれないだろうか。もしくは執務室へ移動すべきか。

 どうするかと考えていると、窓を叩く音と鳴き声が聞こえてきた。

「ギルベルト、アレクシス。来たぞ」

 声をかけながら窓を開け、ハンナから手紙を受け取ると、封を開けないままギルベルトへと渡す。
 黙って受け取ったギルベルトは、魔術で封を開けた。手紙を読んでいく間に、ギルベルトの眉間がどんどん寄っていく。

「エルフの長からだ。神聖ルアンキリから返事が来た。創造神と人類神からは、魔神と精霊神は邪神に襲われ力を奪われたと。二柱は創造神が保護しているから心配するな、しかし元に戻るまで相当な時間がかかる、と告げられたそうだ」
「・・・邪神?」

 クラウスは内心魔神エルトナの存在が消えていなかった事に安堵した。しかし邪神とは一体何者なのか。この世界には創造神、人類神、魔神、精霊神の四柱しか存在しないと聞いている。
 手紙をアレクシスへと渡すギルベルトに、クラウスは問い返した。

「前にエルトナから聞いた。が、エルトナとの約束で詳しくは話せん。簡単に言えば、大昔にエルトナは邪神に会ったことがある。その邪神は『神』の名はつくが、本来の神とは存在が根本的に異なる。神は経験を積んで高次元になった魂を指す。しかし邪神は悪感情から湧き出る思念、想念、恨み、呪いなどが集った存在だ」
「・・・それが、魔神エルトナ様と精霊神の力を奪ったと」

 手紙を読み終えたアレクシスが、最後にクラウスへ差し出しながらギルベルトに問い返す。クラウスも手紙に目を通す。ギルベルトの言う通り、手紙には『邪神』の文字が書かれている。

「ああ。神は人々に愛情を注ぎながら見守る。しかし邪神は人に特殊能力を授け、そこから混乱が生まれるのを好むらしい。元々悪感情が寄り集まって生まれた存在だ。人々が悪感情に呑まれる程に力を増す」
「・・・随分と厄介な存在が現れたな。遷都を急いだ方が良さそうだ」

 クラウスが手紙をギルベルトに返して言うと、アレクシスも頷いた。

「力に馴染んだ邪神が何をしてくるか分からないな。ギルベルト様、民が洗脳される前に公示を」

 アレクシスの言葉にギルベルトは頷いた。

「手紙が今来たのは都合が良い。こちらが動くのに良いタイミングだ。混乱は起こるだろうが、全て伝える。でなければ遷都を受け入れん者が出る。先に公示を行う。クラウス、執務室を借りるぞ」
「好きに使え。お前に見られて困るものは何もない」

 頷いて応接室を出ていくギルベルトの後に、アレクシスが続く。クラウスも共に執務室へと向かった。



 ハルシュタイン邸から行われた魔王ギルベルトの公示にて、魔国ティナドラン全国民へ説明が行われた。
 魔神エルトナと精霊神ハヤトが共に邪神エステルに力を奪われた事。邪神エステルが戦争や争いを好む神であること。人に直接干渉する可能性があり、非常に危険であること。よって、遷都を行う事。
 移動にはまず最初に影響が出るであろう王宮周りを優先する事。軍人も早くから移動をしなければ内戦がおこりかねない事。移動後はこの王都バルロスは立ち入り禁止とする事。新しい街を『新都フェルシュタット』とする事。

 魔王直々の声明とは言え、全魔人の信仰の対象である魔神が突然神域からいなくなってしまった事に各地で動揺が起きた。信じない者も多くいた。しかし王都の住民はそれどころではない。公示の翌日に王宮近くまで足を運んだ何人もの魔人が、声が聞こえたと言い出した。その話を聞いた王都住民達は、魔王ギルベルトの話は本当であり、自分達が危険な状況にあると理解した。彼らは大急ぎで荷物をまとめ、軍に付き添われて新しい街へと向かった。
 そして地方都市の住民も王都の状況を噂で聞き、本当の事だったのだと信じ始めたのだった。



* * *



 公示から一カ月後。王都を出発した最後の隊列を見送り、クラウスは安堵の息をついた。

 ギルベルトの予想通り、邪神エステルの声は公示の後から少しずつ外へと漏れだし、半月で王都全体まで広がった。声は日夜関係なく聞こえてくる。耐え切れない住民たちは、軍が用意した王都の外の簡易宿泊所で寝泊まりした。

 王都に残っていた第5軍はヤンカーの元に集い、新都フェルシュタットの建築工事に携わる事になった。そしてクラウスの第1軍とアレクシスの第3軍は住民の移動補助の為にこのひと月、休む暇もなく動いていた。それが今、ようやく終わったのだ。
 後は自分達が移動すれば、遷都の為の任務は完了となる。

「これでようやく終わりか・・・」

 クラウスの横で、共に最後の隊列を見送っていたアレクシスも安堵のため息をつくと、王都バルロスへ視線を向けた。

「ああ。・・・しかしまさか将軍からも魅了される者が出るとはな」
「・・・まあ、あのジジィ共には抗えなかったんだろう。戦争賛成派だったしな」

 クラウスはそう答えると、腕を組んで同じく王都バルロスへ視線を向ける。

 今も二人の耳には「望むなら力を与えよう」「戦いたいならここに留まるがいい」などと聞こえてくる。

 ベルンシュタインとラングハイム、そして文官長のフェルカーが魅了にかかってしまった。兵士や一般市民からも被害が出てしまい、全体の10分の1程が王都バルロスに残留することになった。

 一度魅了にかかると、王都バルロスを離れても声が聞こえると言う。そして気が付くと移動する隊列から消えている。探しに行くと王都バルロスへと帰っている。その後何度連れ出そうとしても必ず王都バルロスへと戻ってしまう。気絶させて連れ出しても、気付くと王都に戻っている有様だ。これではいつまでたっても移動が終わらない。置いて行くしかないと判断され、王都には今も魔人が残っている。

 一方、ベルンシュタインの第2軍、ラングハイムの第4軍は指示を待って各陣営に待機していた。しかし将軍からなんの指示もないので、不審に思った兵士から問い合わせがあり、そこで初めて将軍まで魅了されていた事が発覚したのだ。第2軍と第4軍は先に新都フェルシュタットへ向かわせ、今は建築工事の手伝いをしてもらっている。
 フェルカーの部下達は、同じ文官長の方が指示しやすいだろう、という事でヴァールブルクが担当した。不在のトラウトナーの分まで担当していたので、それはもう大変だった事だろう。

「邪神が何を考えてるか分からないから、当分警戒が必要だな」

 アレクシスはそう言うと、再びため息を付いた。クラウスは頷くと、改めて王都バルロスを眺める。

(以前はにぎやかで明るい場所だったんだが・・・邪神の声も相まって気味の悪い場所になってしまったな)

 クラウスは王都で育った。王都のそこかしこに思い出が残っている。もちろんアリシアとの思い出も。クラウスの思い出の半分以上を残していくような感覚だ。きっと王都を出た者は皆、同じ思いをしているだろう。
 今日ここを発てば、もう一生この場所には戻れないかもしれない。そう思うと何とも言えない寂しさに見舞われる。クラウスが小さくため息をつくと、見回りをしてきた兵士が戻ってきたのが見えた。

「リーネルト将軍。ハルシュタイン将軍。王都の確認が完了しました。正気を保つ者はもう残っていないようです」

 王都の入り口に佇むクラウスとアレクシスに、兵士が報告をする。

「分かった。全員揃い次第引き揚げる。これ以上ここに居る必要は無い」
「はっ」

 アレクシスの指示に兵士は返事をすると、すぐに元来た道を駆けて行った。しばしすると兵士達がぞろぞろと集まってくる。全員揃ったことを確認すると、最後の隊列を追って出発した。

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