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第1章 アリシアの諜報活動
29 非常事態
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アリシアが手紙を送ってから20分経った頃。聞き込みに回っていたリーゼも帰ってきてひと段落着いた頃合だった。
給仕準備室に待機していたエルゼが、突然立ち上がった。
「エルゼさん・・・?」
他のパーラーが声を掛けると、エルゼは何も言わないまま、口元に人差し指を持ってきて、静かにする様に伝える。
「・・・?」
珍しく険しい顔をしているエルゼに皆が戸惑っている中、アリシアは嫌な予感がした。
「すぐあなた達にも通達が来るわ」
「え?」
困惑しているパーラー達を眺めながら、アリシアの胸は嫌な鼓動が脈打つ。エルゼの言う通り、しばし待つと脳内にチリンチリンと警告音が響いた。
「!!」
全員ビクリと体を震わせるが、誰も声を発さず、静かに聞き入る。
(緊急通達・・・!まさか本当に?)
アリシアは口元を手で覆った。
これは王宮使用人と近衛兵のみに聞こえる伝達魔術だ。通常の伝達魔術はイメージした相手に伝えるものだが、ここは王宮。人数が多いため、使用人の所属を表すブローチが媒体になっている。ブローチは魔術行使の抑制を行うと同時に、緊急時の連絡受信も行うのだ。今回の様に不審者が入り込んだ場合の連絡方法として非常に適している。
先程のエルゼの言動を見る限り、伝達魔術は先に上長であるメイド長達に行われ、これから一般の使用人に向けた通達が行われるのだろう。
アリシアはこれから続く指示の為に耳を傾けるが、緊張と不安で胸がドクドクしているのも非常に気になる。めまいを感じた気がして、口元の手を胸元に置いて深呼吸をする。こんな時に倒れてはいられないのだ。数回の深呼吸でめまいが落ち着いたと感じた、その瞬間だった。
《第3軍将軍、アレクシス=リーネルトだ。緊急事態につき、魔王ギルベルト様の許可を得て緊急通達を行っている。先程王宮内に不審者が1名入り込んだ事が分かった。各自上長に従い、所定の場所で待機するように。現在近衛兵によって、王宮からネズミが抜け出さないように出入り口も建物の周りも全て抑えている。これから私の第3軍が王宮内の捜索に当たる。場合によっては第1軍も参加する可能性がある。近衛兵と第3軍、第1軍以外の指示には従わないように》
(嘘でしょ・・・!)
念の為に連絡したが、まさか本当に王宮に入り込んでるなんて。アリシアは頭から血が引いていくのを感じた。
(・・・大丈夫。大丈夫だから落ち着いて。リーネルト将軍は『魔王ギルベルト様の許可を得て』って言ってた。まだ30分も経ってないし・・・きっと魔王様はご無事だったんだわ)
そう考えて、アリシアは自分を安心させる。襲われて怪我をしている可能性もあるが、許可が出来るということは意識があるということ。魔王はこの国一番の魔力の持ち主なのだ。怪我をしても魔術ですぐに治してしまうだろう。
とにかく今は意識をしっかり持って、場を乱さない事が大事だ。アリシアは給仕準備室を見渡す。
(・・・さすが、リズは気付いたみたい。エルゼさんも気付いたかも)
先程のリーネルト将軍の通達で、皆顔色を変えている。その中でも特にリーゼとエルゼは緊迫した顔をしている。
二人は気付いたのだろう。リーネルト将軍が『近衛兵と第3軍、第1軍以外の指示には従わないように』と伝えたその真意を。
現在戦線に出てる第2軍と第4軍は王都にいない。今いるのは第1軍、第3軍、そして第5軍。つまり遠回しに第5軍に気を付けろと言われたのだ。そして第5軍はヴュンシュマン将軍の軍。ヴュンシュマン将軍はつい先程登城したばかり。つまり不審者はあのタイミングで入り込んだのだと。
(あれだけ王宮への軍の配備に慎重になっていたのに、ここに来て軍を動かす。そして気付く者は気付けと言わんばかりの通達。・・・動くんだわ)
ヴュンシュマン将軍とアードラー文官長を追求する材料も揃ったのだろう。無事に制圧出来ればいいのだが。
知らず手を握りしめていたアリシアは、再び脳内にチリンチリンという音が響いた事で思考を止めた。
《エルゼ=ケルナーよ。緊急通達で聞いた通りだけど、私達は各階の給仕準備室で待機。出ている子は作業が途中でも構わないから、今すぐに戻りなさい。人数を確認したら、すぐに鍵を閉めて。窓の鍵もよ。外に通じるものは全て閉じなさい。近衛兵と第3、第1軍はマスターキーを持って全館の捜索を行うから、誰か訪ねてきても鍵を開けては駄目よ。何かあった時にはぐれないように、出来るだけ固まって待ちなさい》
目の前でエルゼがブローチに手を当て、声を出している。それがほぼ同時に脳内からも聞こえる。変な感覚だ。
アリシアは窓の近くにいたので、急いで窓の鍵が全て閉まっているかチェックしていく。1階待機のパーラーは今全員室内にいる。廊下へのドアはリーゼが急いで鍵をかけた。
「窓の鍵、全て閉まってます」
「廊下側のドアも閉めました」
アリシアが報告すると、合わせてリーゼも声を上げる。それを聞いたエルゼは頷いた。
「なるべく部屋の中心に居ましょう。長丁場になるかもしれないから、皆座って」
「はい」
「椅子持っていきます」
そうして1階給仕準備室に待機しているパーラー4人とエルゼは、静かに椅子に座った。
「・・・エルゼさん。不審者ってさっきのヴュンシュマン将軍の・・・第5軍の軍人が入り込んだって事ですよね」
リーゼが顔色悪く言うと、一人の先輩パーラーが「えっ!?」と声を上げた。
「嘘・・・じゃあさっきレッツェルが言ってた、護衛が一人居なくなったって、そういう事・・・?」
「あ・・・近衛と第1と第3以外には従うなって、そういう意味・・・?」
残りの二人の先輩パーラーも事態に気付き、顔を青くさせた。
「恐らくね。でも大丈夫よ。今王宮にはリーネルト将軍がいらっしゃって、事態収拾の指揮を執られてる。リーネルト将軍がどのような方か、皆分かってるでしょ?」
エルゼが安心させようと、頷きつつも励ましながら笑顔を向ける。すると先輩パーラーもホッとした顔をした。
「・・・確かに。そうですよね。あのリーネルト将軍だもの。きっとすぐに終わるわ」
「第一軍ももしかしたら来るかもしれないんでしょ?ハルシュタイン将軍も協力してるなら、これほど心強い事はないわ」
そうね、そうよと自分を励ますように話し合う先輩達をアリシアが眺めていると、その先にいるリーゼと目が合った。瞬間、ニヤリと笑う。
「そうよね。ハルシュタイン将軍が動いているなら、きっと大丈夫よ。ね?ミリィ」
「・・・・・・何よ」
これはリーゼのいつもの揶揄いだと気付き、アリシアは素っ気なく応えた。
「何よってもー。分かってるくせにー。自慢の彼氏が頑張ってるなら、これほど安心感はないわよねー」
「ちょっとリズ、やめてよ。彼氏って・・・」
「あ・・・そうよね。確かに、ハルシュタイン将軍も事態の収拾に必死になるわよね。だって今一番危険な王宮に、彼女がいるんだから」
「か・・・かのじょ・・・」
ハルシュタイン将軍とは魔王暗殺計画阻止のための、表向きのお付き合いをしているだけで、『彼氏』『彼女』という意識をしたことがないアリシアは動揺する。実質そんな関係でもないので、その言葉が放つ違和感に、内心アワアワしてしまう。
「という事は、今ここに居る私達って、レッツェルのお陰で一番安全かもしれないわね」
「そう思うと、さっき感じてた怖さも吹っ飛んじゃった」
「ミリィさまさまよね」
「・・・・・・・・・一番安全なのはリーネルト将軍がいらっしゃる、魔王様の執務室でしょ」
アリシアはふざけ始めた先輩パーラーにもジト目で正論を返す。
暗殺計画があるのだから、一番警戒すべきは魔王ギルベルトの身辺だろう。次いでヴュンシュマン将軍に結婚を迫られているエレオノーラであり、使用人であるアリシアの優先順位は最下位だ。
ジト目で睨むが、リーゼも先輩二人も楽しそうにニヤニヤとアリシアを見ている。どうしたらその顔をやめてくれるのか、と考えていると、黙って聞いていたエルゼがクスクスと笑い出した。
「なんだか和んでしまうわね。貴方達のおかげで、私も絶対大丈夫って気持ちになれたわ。・・・休憩だと思って、紅茶でも飲みながらのんびりしましょうか」
「あ!じゃあ私淹れます。お菓子も昨日までの焼き菓子が残ってるので、一緒に食べましょうよ!」
エルゼの提案に、リーゼがはい!と手を上げて立ち上がった。
「ま、そうよね。私達がビクビクしたところで、何か変わる訳じゃないし」
「・・・そうね。その通りだわ。お菓子は私が運ぶわよー」
先輩達も笑みを浮かべ、一人は立ち上がってリーゼと準備を始めた。
その姿を眺めながら、緊張が解れたアリシアは冷静に今一度考える。
(王宮の制圧はリーネルト将軍が担当するのね。不審者が王宮内に入り込んだのをどうやって知ったのか、は魔王様達のみぞ知る・・・かな)
アリシアはただ、ヴュンシュマン将軍の護衛が一人見えないと報告しただけだ。恐らくこの20分間はその確認や捜索、近衛兵による王宮包囲と、リーネルト将軍が軍を引き連れて王宮に登城する時間だったのだろう。
(私が手紙を送ったのは魔王様とハルシュタイン将軍。という事は、ハルシュタイン将軍は別の動きをしているってことよね)
もしこれで一気にヴュンシュマン将軍とアードラー文官長を取り押さえるなら何をすべきか。
アードラー文官長はすぐ隣の行政館にいるはずだ。そちらは近衛かリーネルト将軍の第3軍が抑えるのが手っ取り早いだろう。行政館は文官達の職場だ。武術を嗜んでいる人は少ないだろうから、すぐに終わるだろう。
ではすぐに終わらない事は何か。
(・・・第5軍の制圧ね)
アリシアは僅かに緊張する。恐らくハルシュタイン将軍はそちらを担当しているのだろう。
(上手く制圧出来なければ、第1軍と第5軍の衝突が起こる。ヴュンシュマン将軍の拘束も大事だけど、一人の将軍を拘束するのと、何万といる軍を抑えるのは、必要な労力が全く違うもの)
もちろん将軍は個人の剣術、武術、魔術、策略などの能力があってこそ就ける職なので、本気で抵抗されては拘束も大変だろう。
(ヴュンシュマン将軍は王宮を出て、まだ30分くらいかな?屋敷か第5軍陣営か、それによってまた変わってくるわね)
ふむ、と考え込んでいると、アリシアの目の前に紅茶が差し出された。
「きっと大丈夫よ。あまり考え込まないで、ゆっくりしましょうよ」
アリシアが顔を上げると、先程リーゼを手伝うと席を立った先輩パーラーだった。アリシアに笑みを向けてティーカップを置くと、自身のティーカップも置いて座る。
アリシアが卓上を見ると、既にお菓子が置いてあった。
「そうね。紅茶ありがとう。ここは入口に近いから、すぐ来てくれると思うし」
アリシアは礼を伝えて早速紅茶を頂く。
「あら。どこからスタートするかは分からないわよ」
「あ・・・そうね。不審者を追い込むように、かつ魔王様とエレオノーラ様最優先だろうから・・・」
「最後、って可能性もあるわね」
先輩パーラーに指摘されて、アリシアはハッとする。リーゼも頷いて後に続いた。
「えー。やめてよー。まさか不審者が追い込まれてここに来るとかな」
もう一人の先輩パーラーが眉を寄せて抗議している途中。
コンコン
給仕準備室の廊下へ続くドアをノックする音が聞こえた。
給仕準備室に待機していたエルゼが、突然立ち上がった。
「エルゼさん・・・?」
他のパーラーが声を掛けると、エルゼは何も言わないまま、口元に人差し指を持ってきて、静かにする様に伝える。
「・・・?」
珍しく険しい顔をしているエルゼに皆が戸惑っている中、アリシアは嫌な予感がした。
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「え?」
困惑しているパーラー達を眺めながら、アリシアの胸は嫌な鼓動が脈打つ。エルゼの言う通り、しばし待つと脳内にチリンチリンと警告音が響いた。
「!!」
全員ビクリと体を震わせるが、誰も声を発さず、静かに聞き入る。
(緊急通達・・・!まさか本当に?)
アリシアは口元を手で覆った。
これは王宮使用人と近衛兵のみに聞こえる伝達魔術だ。通常の伝達魔術はイメージした相手に伝えるものだが、ここは王宮。人数が多いため、使用人の所属を表すブローチが媒体になっている。ブローチは魔術行使の抑制を行うと同時に、緊急時の連絡受信も行うのだ。今回の様に不審者が入り込んだ場合の連絡方法として非常に適している。
先程のエルゼの言動を見る限り、伝達魔術は先に上長であるメイド長達に行われ、これから一般の使用人に向けた通達が行われるのだろう。
アリシアはこれから続く指示の為に耳を傾けるが、緊張と不安で胸がドクドクしているのも非常に気になる。めまいを感じた気がして、口元の手を胸元に置いて深呼吸をする。こんな時に倒れてはいられないのだ。数回の深呼吸でめまいが落ち着いたと感じた、その瞬間だった。
《第3軍将軍、アレクシス=リーネルトだ。緊急事態につき、魔王ギルベルト様の許可を得て緊急通達を行っている。先程王宮内に不審者が1名入り込んだ事が分かった。各自上長に従い、所定の場所で待機するように。現在近衛兵によって、王宮からネズミが抜け出さないように出入り口も建物の周りも全て抑えている。これから私の第3軍が王宮内の捜索に当たる。場合によっては第1軍も参加する可能性がある。近衛兵と第3軍、第1軍以外の指示には従わないように》
(嘘でしょ・・・!)
念の為に連絡したが、まさか本当に王宮に入り込んでるなんて。アリシアは頭から血が引いていくのを感じた。
(・・・大丈夫。大丈夫だから落ち着いて。リーネルト将軍は『魔王ギルベルト様の許可を得て』って言ってた。まだ30分も経ってないし・・・きっと魔王様はご無事だったんだわ)
そう考えて、アリシアは自分を安心させる。襲われて怪我をしている可能性もあるが、許可が出来るということは意識があるということ。魔王はこの国一番の魔力の持ち主なのだ。怪我をしても魔術ですぐに治してしまうだろう。
とにかく今は意識をしっかり持って、場を乱さない事が大事だ。アリシアは給仕準備室を見渡す。
(・・・さすが、リズは気付いたみたい。エルゼさんも気付いたかも)
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二人は気付いたのだろう。リーネルト将軍が『近衛兵と第3軍、第1軍以外の指示には従わないように』と伝えたその真意を。
現在戦線に出てる第2軍と第4軍は王都にいない。今いるのは第1軍、第3軍、そして第5軍。つまり遠回しに第5軍に気を付けろと言われたのだ。そして第5軍はヴュンシュマン将軍の軍。ヴュンシュマン将軍はつい先程登城したばかり。つまり不審者はあのタイミングで入り込んだのだと。
(あれだけ王宮への軍の配備に慎重になっていたのに、ここに来て軍を動かす。そして気付く者は気付けと言わんばかりの通達。・・・動くんだわ)
ヴュンシュマン将軍とアードラー文官長を追求する材料も揃ったのだろう。無事に制圧出来ればいいのだが。
知らず手を握りしめていたアリシアは、再び脳内にチリンチリンという音が響いた事で思考を止めた。
《エルゼ=ケルナーよ。緊急通達で聞いた通りだけど、私達は各階の給仕準備室で待機。出ている子は作業が途中でも構わないから、今すぐに戻りなさい。人数を確認したら、すぐに鍵を閉めて。窓の鍵もよ。外に通じるものは全て閉じなさい。近衛兵と第3、第1軍はマスターキーを持って全館の捜索を行うから、誰か訪ねてきても鍵を開けては駄目よ。何かあった時にはぐれないように、出来るだけ固まって待ちなさい》
目の前でエルゼがブローチに手を当て、声を出している。それがほぼ同時に脳内からも聞こえる。変な感覚だ。
アリシアは窓の近くにいたので、急いで窓の鍵が全て閉まっているかチェックしていく。1階待機のパーラーは今全員室内にいる。廊下へのドアはリーゼが急いで鍵をかけた。
「窓の鍵、全て閉まってます」
「廊下側のドアも閉めました」
アリシアが報告すると、合わせてリーゼも声を上げる。それを聞いたエルゼは頷いた。
「なるべく部屋の中心に居ましょう。長丁場になるかもしれないから、皆座って」
「はい」
「椅子持っていきます」
そうして1階給仕準備室に待機しているパーラー4人とエルゼは、静かに椅子に座った。
「・・・エルゼさん。不審者ってさっきのヴュンシュマン将軍の・・・第5軍の軍人が入り込んだって事ですよね」
リーゼが顔色悪く言うと、一人の先輩パーラーが「えっ!?」と声を上げた。
「嘘・・・じゃあさっきレッツェルが言ってた、護衛が一人居なくなったって、そういう事・・・?」
「あ・・・近衛と第1と第3以外には従うなって、そういう意味・・・?」
残りの二人の先輩パーラーも事態に気付き、顔を青くさせた。
「恐らくね。でも大丈夫よ。今王宮にはリーネルト将軍がいらっしゃって、事態収拾の指揮を執られてる。リーネルト将軍がどのような方か、皆分かってるでしょ?」
エルゼが安心させようと、頷きつつも励ましながら笑顔を向ける。すると先輩パーラーもホッとした顔をした。
「・・・確かに。そうですよね。あのリーネルト将軍だもの。きっとすぐに終わるわ」
「第一軍ももしかしたら来るかもしれないんでしょ?ハルシュタイン将軍も協力してるなら、これほど心強い事はないわ」
そうね、そうよと自分を励ますように話し合う先輩達をアリシアが眺めていると、その先にいるリーゼと目が合った。瞬間、ニヤリと笑う。
「そうよね。ハルシュタイン将軍が動いているなら、きっと大丈夫よ。ね?ミリィ」
「・・・・・・何よ」
これはリーゼのいつもの揶揄いだと気付き、アリシアは素っ気なく応えた。
「何よってもー。分かってるくせにー。自慢の彼氏が頑張ってるなら、これほど安心感はないわよねー」
「ちょっとリズ、やめてよ。彼氏って・・・」
「あ・・・そうよね。確かに、ハルシュタイン将軍も事態の収拾に必死になるわよね。だって今一番危険な王宮に、彼女がいるんだから」
「か・・・かのじょ・・・」
ハルシュタイン将軍とは魔王暗殺計画阻止のための、表向きのお付き合いをしているだけで、『彼氏』『彼女』という意識をしたことがないアリシアは動揺する。実質そんな関係でもないので、その言葉が放つ違和感に、内心アワアワしてしまう。
「という事は、今ここに居る私達って、レッツェルのお陰で一番安全かもしれないわね」
「そう思うと、さっき感じてた怖さも吹っ飛んじゃった」
「ミリィさまさまよね」
「・・・・・・・・・一番安全なのはリーネルト将軍がいらっしゃる、魔王様の執務室でしょ」
アリシアはふざけ始めた先輩パーラーにもジト目で正論を返す。
暗殺計画があるのだから、一番警戒すべきは魔王ギルベルトの身辺だろう。次いでヴュンシュマン将軍に結婚を迫られているエレオノーラであり、使用人であるアリシアの優先順位は最下位だ。
ジト目で睨むが、リーゼも先輩二人も楽しそうにニヤニヤとアリシアを見ている。どうしたらその顔をやめてくれるのか、と考えていると、黙って聞いていたエルゼがクスクスと笑い出した。
「なんだか和んでしまうわね。貴方達のおかげで、私も絶対大丈夫って気持ちになれたわ。・・・休憩だと思って、紅茶でも飲みながらのんびりしましょうか」
「あ!じゃあ私淹れます。お菓子も昨日までの焼き菓子が残ってるので、一緒に食べましょうよ!」
エルゼの提案に、リーゼがはい!と手を上げて立ち上がった。
「ま、そうよね。私達がビクビクしたところで、何か変わる訳じゃないし」
「・・・そうね。その通りだわ。お菓子は私が運ぶわよー」
先輩達も笑みを浮かべ、一人は立ち上がってリーゼと準備を始めた。
その姿を眺めながら、緊張が解れたアリシアは冷静に今一度考える。
(王宮の制圧はリーネルト将軍が担当するのね。不審者が王宮内に入り込んだのをどうやって知ったのか、は魔王様達のみぞ知る・・・かな)
アリシアはただ、ヴュンシュマン将軍の護衛が一人見えないと報告しただけだ。恐らくこの20分間はその確認や捜索、近衛兵による王宮包囲と、リーネルト将軍が軍を引き連れて王宮に登城する時間だったのだろう。
(私が手紙を送ったのは魔王様とハルシュタイン将軍。という事は、ハルシュタイン将軍は別の動きをしているってことよね)
もしこれで一気にヴュンシュマン将軍とアードラー文官長を取り押さえるなら何をすべきか。
アードラー文官長はすぐ隣の行政館にいるはずだ。そちらは近衛かリーネルト将軍の第3軍が抑えるのが手っ取り早いだろう。行政館は文官達の職場だ。武術を嗜んでいる人は少ないだろうから、すぐに終わるだろう。
ではすぐに終わらない事は何か。
(・・・第5軍の制圧ね)
アリシアは僅かに緊張する。恐らくハルシュタイン将軍はそちらを担当しているのだろう。
(上手く制圧出来なければ、第1軍と第5軍の衝突が起こる。ヴュンシュマン将軍の拘束も大事だけど、一人の将軍を拘束するのと、何万といる軍を抑えるのは、必要な労力が全く違うもの)
もちろん将軍は個人の剣術、武術、魔術、策略などの能力があってこそ就ける職なので、本気で抵抗されては拘束も大変だろう。
(ヴュンシュマン将軍は王宮を出て、まだ30分くらいかな?屋敷か第5軍陣営か、それによってまた変わってくるわね)
ふむ、と考え込んでいると、アリシアの目の前に紅茶が差し出された。
「きっと大丈夫よ。あまり考え込まないで、ゆっくりしましょうよ」
アリシアが顔を上げると、先程リーゼを手伝うと席を立った先輩パーラーだった。アリシアに笑みを向けてティーカップを置くと、自身のティーカップも置いて座る。
アリシアが卓上を見ると、既にお菓子が置いてあった。
「そうね。紅茶ありがとう。ここは入口に近いから、すぐ来てくれると思うし」
アリシアは礼を伝えて早速紅茶を頂く。
「あら。どこからスタートするかは分からないわよ」
「あ・・・そうね。不審者を追い込むように、かつ魔王様とエレオノーラ様最優先だろうから・・・」
「最後、って可能性もあるわね」
先輩パーラーに指摘されて、アリシアはハッとする。リーゼも頷いて後に続いた。
「えー。やめてよー。まさか不審者が追い込まれてここに来るとかな」
もう一人の先輩パーラーが眉を寄せて抗議している途中。
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