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第1章 アリシアの諜報活動
25 緊張の待機
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2日後。アリシアは王宮1階にある給仕準備室でスプーンを磨いていた。
王宮には各階に1つずつ給仕準備室がある。そのうち最も多く使用するのは応接室がある1階だ。次に謁見室と会議室、魔王の執務室がある2階。一番頻度が少ないのは、魔王ギルベルトとエレオノーラの居住がある3階だ。
今日出勤のパーラーは9人。そのうち2人は2階、もう2人は3階で待機している。アリシアを含めた残りの4人は、この1階の準備室で待機している。パーラー長であるエルゼはお菓子の打ち合わせでスティルルームメイドの所へ行って不在だ。
アリシアは手を動かしながら室内を見渡す。1人は今日出す予定のお菓子や紅茶をチェックしている。残りの2人は紅茶を淹れる練習をしていた。
その様子を少しの間だけ眺めると、アリシアは再び手元のスプーンへと視線を戻した。
(ああ・・・緊張する。まだ午前中だけど、来るなら早く来て欲しいわ)
落ち着かない心を宥めるように、アリシアは深呼吸を繰り返してスプーンに意識を向ける。今のアリシアにはシルバー磨きが丁度良い気晴らしになっていた。
今から緊張していても仕方ない、というよりも一日持たない。だから落ち着けと何度も自分に言い聞かせる。しかしアリシアの意志に反し、胸の鼓動はなかなか落ち着かない。
小さくため息をつきながら次のスプーンを手に取ったところで、準備室の扉が勢いよく開いた。何の前触れもなく、しかも凄い勢いで開いたので、室内にいたパーラー全員が扉へ視線を向けた。
来客を知らせに来た近衛兵なら、ノックしてから扉を開ける。そのノック音が無い場合はパーラーの誰かが戻ってきたという事だ。そう予想したアリシアの考え通り、扉を開けたのはパーラー長エルゼだった。しかしその後ろから2階と3階に待機していたパーラー4人も室内へと入ってくる。
紅茶を淹れていたパーラーが「え?どうしたの?」と声を上げるが、戻ってきた5人は誰も反応を返さない。
アリシアはまさかと思い、3階から戻ってきたリーゼに視線を向けると目が合った。緊張した面持ちで小さく頷いたので、アリシアも小さく頷き返した。
(来た・・・。早く来て欲しいとは思ったけど、案外早い時間に来たわね)
アリシアは緊張から激しく鳴る胸をそっと押さえる。そして昨日のハルシュタイン将軍からの手紙の一文を思い返す。
『今日ギルベルトがヴュンシュマン将軍に登城命令を出した。明日登城予定だ』
その一文を読んだ時、アリシアの中で浮かんだ一番の心配事は、もちろん魔王暗殺だ。しかしそれに続いてエレオノーラの事も心配であった。それ故リーゼには今回も朝一番で伝え、協力を仰いでおいたのだ。そのリーゼが先程緊張した顔で頷いて来たので、間違いなくヴュンシュマン将軍が登城したのだろう。
最後に入室したパーラーが扉を閉めたところで、エルゼが口を開いた。
「静かに聞いてちょうだい。先程ヴュンシュマン将軍が登城されたわ」
その言葉に、室内はシーンと静まり返る。衣擦れの音すらしない事から、その緊張の程が伝わってくる。アリシアも胸に当てた手を思わず握った。
「対応は私とレングナーの2人態勢で行うから、皆はここから出ないように。ヴュンシュマン将軍がお帰りになるまでは、城内は魔王様の命で厳戒態勢になるわ。その間私達も2階と3階で給仕に呼ばれることはないから、ここで全員待機。その間に別の来客があれば、年長者から2人態勢で対応するように。もし廊下でヴュンシュマン将軍とすれ違ったら、すぐに脇に避けて頭を下げて。あまり顔を見られないようにね。何かあれば片方が逃げて近くの近衛兵に助けを求めなさい」
室内を見渡すエルゼに、年長組パーラーは静かに頷き、「はい」「わかりました」などと同意の声を発する。
(何も起こらないといいけど・・・)
何も知らないパーラー達は、ヴュンシュマン将軍に対するこの厳戒態勢について、パトリツィア=リューベックへの無体な働きに対するものだと思っているだろう。もしかしたら魔王ギルベルトがそう示唆しているかもしれない。
しかし本当の所は魔王暗殺計画に対する厳戒態勢だということを、アリシアは知っている。事の重大さをよくよく理解している為、不安は他のパーラー達より大きいかもしれない。
アリシアは早くなる胸の鼓動と、それに呼応する呼吸を抑えこむ為に、大丈夫だと何度も己に言い聞かせ続ける。
暗殺がいつ実行されるかは分からない。それは今日かもしれないし、次回の登城時かもしれない。その時にアリシアが冷静に行動出来れば、暗殺計画の阻止に、そして王宮使用人達の危険回避に繋がるかもしれない。だから冷静であれと強く念じる。
「それからレッツェル」
ゆっくり深呼吸をしていたアリシアは、突然名前を呼ばれ、弾かれる様にエルゼへと顔を向けた。
「はい」
「貴女は絶対にヴュンシュマン将軍の目に触れないように」
「・・・え?私、ですか?」
今ヴュンシュマン将軍の標的になっているのは魔王ギルベルトとその妹のエレオノーラではないのか。真意が分からずエルゼを見つめる。
「他の皆は一度ヴュンシュマン将軍のお目にかかってるの。でも今のところ被害はないわ。だから新人のレッツェルが一番危険よ。万が一気に入られでもしたら大変なことになるから。皆も協力して」
エルゼの言葉に、周りから「はい!」「任せてください!」などと、承知の言葉が聞こえてくる。自分が標的になる可能性など想像していなかったアリシアは、困惑しながら先輩達を順に眺めていく。
そんなアリシアを少し見つめた後、エルゼは「じゃあ、急いで準備するわよ」と、レングナーと二人で支度を始めた。
「手伝います」
「私も」
先輩パーラーが二人名乗り出て、エルゼ達の準備を手伝う。それ以上の手伝いは不要、むしろ場所を取るだけで効率が下がるので、他のパーラー達は待機となった。
(良く分からないけど、ヴュンシュマン将軍が登城している間は動けなくなったわ・・・。どんな人物なのか、直に見たかったんだけどなぁ)
アリシアも他のパーラー達同様、準備を進める先輩達を眺めながら残念に思っていると、離れた場所にいたリーゼが近寄って来て「ミリィ」と声をかけて来た。
「何があったか、後でしっかり私が聞き取ってくるから安心して」
「リズ・・・ごめんね」
小さく囁くリーゼに、アリシアは眉を下げて顔を向ける。しかしリーゼは笑みを浮かべて顔を横に振ると、通常の音量で続けた。
「いいのよ。エルゼさんの言う通りだから。リューベックも凄く可愛い子だったの。ミリィも気に入られる可能性は高いと思うわ。だから気を付けて」
「そうよそうよー。今はエレオノーラ様にお熱みたいだけど、そもそもヴュンシュマン将軍って、ハルシュタイン将軍の事良く思ってないもの。もしハルシュタイン将軍とお付き合いしてるのがこのレッツェルだって認識されたら、本当に何されるか分からないわよ。だからー、遠慮せずお姉さんたちに任せなさいな」
横からザーラ=ロイヒリンが会話に加わり、言いながらアリシアのほっぺたを両側から指先で軽く押して何度もムニムニする。
「え・・・そうなの?」
初めて聞いた情報に、アリシアは軽く驚いてロイヒリンへ視線を向ける。思わず端的に聞き返してしまったが、意図は伝わったようだ。ロイヒリンはアリシアの頬から手を離し、人差し指を顎に当てて視線を上にやり、うーんと言いながら口を開いた。
「ヴュンシュマン将軍ってもうすぐ40歳で、将軍になったのはついこの前じゃない?40前後で将軍に就くのは、まあ普通なんだけど、あの方評判良くないのよねー。仕事を任されてもプライドが高すぎて、あちこちで問題起こしてるって。反対にハルシュタイン将軍は優秀なお方だからねー。リーネルト将軍もだけど、仕事は早いわ処理は的確だわ。先を読む力がおありだから、段取りもお上手で物凄くスムーズに進むって文官達からは評判よ。だからあのお二方に仕事が集中するのよね。特にハルシュタイン将軍の年間登城回数は歴代将軍イチだって。でもそうなるとー、ヴュンシュマン将軍がお仕事される時、どこに行っても必ずハルシュタイン将軍の名前が出てくるわけよ。ハルシュタイン将軍ってまだ29歳で若いのに、自分よりも評価が高いでしょー?だから面白くないみたいって、もっぱらの噂よ」
「・・・なるほど」
アリシアはロイヒリンの言葉に頷く。
ハルシュタイン将軍からの手紙に『その縁談を私が潰したと知ったら、ヴュンシュマン将軍は私の第一軍の陣営を攻撃してくる可能性がある』と書かれていたのを再び思い出したのだ。
(ハルシュタイン将軍はヴュンシュマン将軍から一方的なライバル意識を感じていた。・・・いえ、攻撃の可能性があるって明言してるから、過去にハッキリとした敵意を感じた事があったのかもしれない)
アリシアが納得して頷いていると、一緒に聞いていたリーゼも驚いた声を出した。
「私もそれは初めて聞いたわ」
驚いた顔をしているリーゼに、ロイヒリンは笑みを返した。
「ヒュフナーが王宮に来る5年前からパーラーやってるのよ?その分知ってる事も多いんだから、もっと頼ってよー」
「そうよ。こういう時は先輩に任せなさい」
「うんうん。それにリューベックの事はいまだに許してないんだから」
ロイヒリンの言葉の後に、部屋にいた別の先輩パーラー達が次々と後に続く。
「ヴュンシュマン将軍からレッツェルを隠すのは、私達流の復讐になるわね」
「今度は何かあっても守りきってみせるわ」
「そうそう。だからレッツェルは、むしろ私達に付き合ってもらうワケよ」
返事をする間もなく次々に声を掛けられ、その度にアリシアは発言者へと視線を向ける。困惑気味で先輩パーラーたちを眺めていると、フフッと笑う声が聞こえた。
アリシアが笑い声の元へ顔を向けると、給仕の支度を終えたエルゼが笑みを浮かべていた。
「皆やる気で安心したわ。行ってくるから、ここはよろしく頼むわよ」
「はい。お二人とも気をつけてー」
ロイヒリンがエルゼに応えて手を振る。カートを押しているレングナーも「お願いね」と笑みを浮かべて声をかけ、エルゼと共に準備室を出て行った。
エルゼ達を見送った後、先輩パーラー達はアリシアの近くに集まりながら相談を始める。
「そういえば・・・魔王様の執務室への案内は誰が行く事になるの?」
「それは魔王様の侍従か近衛兵が担当してくださるって。私達は他の来客がない限り、ここで待機でいいそうよ」
「あら!さすが魔王様ね。良かった」
「じゃあ、こちらはもしもの時に備えておかないとね」
「備えるって何を?」
「あのヴュンシュマン将軍のことだから、御用が済んだ後、ここに突撃してくるかもしれないわ。今からその対応を考えましょ」
「え!?」
先輩達の言葉を静かに聞いていたアリシアだったが、「突撃」という言葉に、アリシアは驚きの声を上げた。
「うわー確かに!」
「あー来そう」
驚いたのはアリシアだけで、他のパーラー達は嫌がりつつも同意している。そんな先輩達の顔を見渡していると、リーゼが隣で同意の声を上げた。
「あり得るわよ。リューベックにつきまとっていた時も、何度かここに来たもの」
「・・・」
もしここに客人が訪れたら拒否は出来ないし、使用人では将軍相手に太刀打ちできない。しかし給仕準備室は王宮の裏方に当たるので、そんな場所に押し入るのは、家主である魔王ギルベルトに対して非常に失礼な行いだ。しかし既に何度も押し入った過去があり、そして再度その可能性があると判断されるなんて、どれだけ傍若無人なのか。
アリシアは呆れ顔でリーゼを見つめてしまう。その視線の先のリーゼは少し考える素振りをした後、先輩達に向かって口を開いた。
「多分ミリィがターゲットになると思うけど、他の人の可能性もあるわよね。どこか隠れられる場所ないかしら」
「ああ、そうね。単純だけどそれがいいかも」
「いくつか隠れる場所用意しておこうか」
「そこのカーテンも引いておいて、もしもの時は皆その奥に居るといいわ。私はあの方の好みじゃないみたいだから、私が対応する。その間にターゲットが分かればすぐに隠れる。どう?」
アリシアは最後に発言した先輩へ目を向ける。ヴュンシュマン将軍の好みとは?と不思議に思い、先輩の顔をマジマジと眺めた。そんなアリシアの視線に気付いたその先輩は、苦笑しつつ口を開いた。
「ほら、私はキツイ系の顔じゃない?言い返してきそうな雰囲気の女はお嫌いらしいわよ」
「・・・先輩はキツイ系というよりは、キリっと美人よね。言う時は言うけど、それも優しさからの言葉だから・・・それがちゃんと分かる人には男女関係なく好かれるんじゃない?私も好きだし」
アリシアがそう答えると、その先輩は「あら」と驚いた顔をした後、笑みを浮かべてアリシアの頭を撫でた。
「もう可愛いんだから」
「ふふっレッツェルは皆の妹だものねー」
「ええ!?ミリィは私の妹よ!?」
最後のリーゼの反論まで聞いたところでアリシアは怪訝顔になる。いつからそんな立ち位置になっていたのだろうか。むしろ生意気に思われているだろうと思っていたアリシアは、照れるよりも先に疑問符が浮かぶ。怪訝な顔のまま首を傾げるアリシア達を少し離れた場所で見ていた別のパーラーが、笑いながら注目を集めるように小さく手を叩いた。
「ほら、隠れる場所作るんでしょ?皆で手分けしましょ」
「あ!そうね!」
「カーテンの奥・・・良い場所あったかな?」
「カート置き場の奥とかどう?」
部屋に残っていたパーラー全員が一斉に動き出したので、アリシアも怪訝な顔のままカート置き場の奥へと続いた。
王宮には各階に1つずつ給仕準備室がある。そのうち最も多く使用するのは応接室がある1階だ。次に謁見室と会議室、魔王の執務室がある2階。一番頻度が少ないのは、魔王ギルベルトとエレオノーラの居住がある3階だ。
今日出勤のパーラーは9人。そのうち2人は2階、もう2人は3階で待機している。アリシアを含めた残りの4人は、この1階の準備室で待機している。パーラー長であるエルゼはお菓子の打ち合わせでスティルルームメイドの所へ行って不在だ。
アリシアは手を動かしながら室内を見渡す。1人は今日出す予定のお菓子や紅茶をチェックしている。残りの2人は紅茶を淹れる練習をしていた。
その様子を少しの間だけ眺めると、アリシアは再び手元のスプーンへと視線を戻した。
(ああ・・・緊張する。まだ午前中だけど、来るなら早く来て欲しいわ)
落ち着かない心を宥めるように、アリシアは深呼吸を繰り返してスプーンに意識を向ける。今のアリシアにはシルバー磨きが丁度良い気晴らしになっていた。
今から緊張していても仕方ない、というよりも一日持たない。だから落ち着けと何度も自分に言い聞かせる。しかしアリシアの意志に反し、胸の鼓動はなかなか落ち着かない。
小さくため息をつきながら次のスプーンを手に取ったところで、準備室の扉が勢いよく開いた。何の前触れもなく、しかも凄い勢いで開いたので、室内にいたパーラー全員が扉へ視線を向けた。
来客を知らせに来た近衛兵なら、ノックしてから扉を開ける。そのノック音が無い場合はパーラーの誰かが戻ってきたという事だ。そう予想したアリシアの考え通り、扉を開けたのはパーラー長エルゼだった。しかしその後ろから2階と3階に待機していたパーラー4人も室内へと入ってくる。
紅茶を淹れていたパーラーが「え?どうしたの?」と声を上げるが、戻ってきた5人は誰も反応を返さない。
アリシアはまさかと思い、3階から戻ってきたリーゼに視線を向けると目が合った。緊張した面持ちで小さく頷いたので、アリシアも小さく頷き返した。
(来た・・・。早く来て欲しいとは思ったけど、案外早い時間に来たわね)
アリシアは緊張から激しく鳴る胸をそっと押さえる。そして昨日のハルシュタイン将軍からの手紙の一文を思い返す。
『今日ギルベルトがヴュンシュマン将軍に登城命令を出した。明日登城予定だ』
その一文を読んだ時、アリシアの中で浮かんだ一番の心配事は、もちろん魔王暗殺だ。しかしそれに続いてエレオノーラの事も心配であった。それ故リーゼには今回も朝一番で伝え、協力を仰いでおいたのだ。そのリーゼが先程緊張した顔で頷いて来たので、間違いなくヴュンシュマン将軍が登城したのだろう。
最後に入室したパーラーが扉を閉めたところで、エルゼが口を開いた。
「静かに聞いてちょうだい。先程ヴュンシュマン将軍が登城されたわ」
その言葉に、室内はシーンと静まり返る。衣擦れの音すらしない事から、その緊張の程が伝わってくる。アリシアも胸に当てた手を思わず握った。
「対応は私とレングナーの2人態勢で行うから、皆はここから出ないように。ヴュンシュマン将軍がお帰りになるまでは、城内は魔王様の命で厳戒態勢になるわ。その間私達も2階と3階で給仕に呼ばれることはないから、ここで全員待機。その間に別の来客があれば、年長者から2人態勢で対応するように。もし廊下でヴュンシュマン将軍とすれ違ったら、すぐに脇に避けて頭を下げて。あまり顔を見られないようにね。何かあれば片方が逃げて近くの近衛兵に助けを求めなさい」
室内を見渡すエルゼに、年長組パーラーは静かに頷き、「はい」「わかりました」などと同意の声を発する。
(何も起こらないといいけど・・・)
何も知らないパーラー達は、ヴュンシュマン将軍に対するこの厳戒態勢について、パトリツィア=リューベックへの無体な働きに対するものだと思っているだろう。もしかしたら魔王ギルベルトがそう示唆しているかもしれない。
しかし本当の所は魔王暗殺計画に対する厳戒態勢だということを、アリシアは知っている。事の重大さをよくよく理解している為、不安は他のパーラー達より大きいかもしれない。
アリシアは早くなる胸の鼓動と、それに呼応する呼吸を抑えこむ為に、大丈夫だと何度も己に言い聞かせ続ける。
暗殺がいつ実行されるかは分からない。それは今日かもしれないし、次回の登城時かもしれない。その時にアリシアが冷静に行動出来れば、暗殺計画の阻止に、そして王宮使用人達の危険回避に繋がるかもしれない。だから冷静であれと強く念じる。
「それからレッツェル」
ゆっくり深呼吸をしていたアリシアは、突然名前を呼ばれ、弾かれる様にエルゼへと顔を向けた。
「はい」
「貴女は絶対にヴュンシュマン将軍の目に触れないように」
「・・・え?私、ですか?」
今ヴュンシュマン将軍の標的になっているのは魔王ギルベルトとその妹のエレオノーラではないのか。真意が分からずエルゼを見つめる。
「他の皆は一度ヴュンシュマン将軍のお目にかかってるの。でも今のところ被害はないわ。だから新人のレッツェルが一番危険よ。万が一気に入られでもしたら大変なことになるから。皆も協力して」
エルゼの言葉に、周りから「はい!」「任せてください!」などと、承知の言葉が聞こえてくる。自分が標的になる可能性など想像していなかったアリシアは、困惑しながら先輩達を順に眺めていく。
そんなアリシアを少し見つめた後、エルゼは「じゃあ、急いで準備するわよ」と、レングナーと二人で支度を始めた。
「手伝います」
「私も」
先輩パーラーが二人名乗り出て、エルゼ達の準備を手伝う。それ以上の手伝いは不要、むしろ場所を取るだけで効率が下がるので、他のパーラー達は待機となった。
(良く分からないけど、ヴュンシュマン将軍が登城している間は動けなくなったわ・・・。どんな人物なのか、直に見たかったんだけどなぁ)
アリシアも他のパーラー達同様、準備を進める先輩達を眺めながら残念に思っていると、離れた場所にいたリーゼが近寄って来て「ミリィ」と声をかけて来た。
「何があったか、後でしっかり私が聞き取ってくるから安心して」
「リズ・・・ごめんね」
小さく囁くリーゼに、アリシアは眉を下げて顔を向ける。しかしリーゼは笑みを浮かべて顔を横に振ると、通常の音量で続けた。
「いいのよ。エルゼさんの言う通りだから。リューベックも凄く可愛い子だったの。ミリィも気に入られる可能性は高いと思うわ。だから気を付けて」
「そうよそうよー。今はエレオノーラ様にお熱みたいだけど、そもそもヴュンシュマン将軍って、ハルシュタイン将軍の事良く思ってないもの。もしハルシュタイン将軍とお付き合いしてるのがこのレッツェルだって認識されたら、本当に何されるか分からないわよ。だからー、遠慮せずお姉さんたちに任せなさいな」
横からザーラ=ロイヒリンが会話に加わり、言いながらアリシアのほっぺたを両側から指先で軽く押して何度もムニムニする。
「え・・・そうなの?」
初めて聞いた情報に、アリシアは軽く驚いてロイヒリンへ視線を向ける。思わず端的に聞き返してしまったが、意図は伝わったようだ。ロイヒリンはアリシアの頬から手を離し、人差し指を顎に当てて視線を上にやり、うーんと言いながら口を開いた。
「ヴュンシュマン将軍ってもうすぐ40歳で、将軍になったのはついこの前じゃない?40前後で将軍に就くのは、まあ普通なんだけど、あの方評判良くないのよねー。仕事を任されてもプライドが高すぎて、あちこちで問題起こしてるって。反対にハルシュタイン将軍は優秀なお方だからねー。リーネルト将軍もだけど、仕事は早いわ処理は的確だわ。先を読む力がおありだから、段取りもお上手で物凄くスムーズに進むって文官達からは評判よ。だからあのお二方に仕事が集中するのよね。特にハルシュタイン将軍の年間登城回数は歴代将軍イチだって。でもそうなるとー、ヴュンシュマン将軍がお仕事される時、どこに行っても必ずハルシュタイン将軍の名前が出てくるわけよ。ハルシュタイン将軍ってまだ29歳で若いのに、自分よりも評価が高いでしょー?だから面白くないみたいって、もっぱらの噂よ」
「・・・なるほど」
アリシアはロイヒリンの言葉に頷く。
ハルシュタイン将軍からの手紙に『その縁談を私が潰したと知ったら、ヴュンシュマン将軍は私の第一軍の陣営を攻撃してくる可能性がある』と書かれていたのを再び思い出したのだ。
(ハルシュタイン将軍はヴュンシュマン将軍から一方的なライバル意識を感じていた。・・・いえ、攻撃の可能性があるって明言してるから、過去にハッキリとした敵意を感じた事があったのかもしれない)
アリシアが納得して頷いていると、一緒に聞いていたリーゼも驚いた声を出した。
「私もそれは初めて聞いたわ」
驚いた顔をしているリーゼに、ロイヒリンは笑みを返した。
「ヒュフナーが王宮に来る5年前からパーラーやってるのよ?その分知ってる事も多いんだから、もっと頼ってよー」
「そうよ。こういう時は先輩に任せなさい」
「うんうん。それにリューベックの事はいまだに許してないんだから」
ロイヒリンの言葉の後に、部屋にいた別の先輩パーラー達が次々と後に続く。
「ヴュンシュマン将軍からレッツェルを隠すのは、私達流の復讐になるわね」
「今度は何かあっても守りきってみせるわ」
「そうそう。だからレッツェルは、むしろ私達に付き合ってもらうワケよ」
返事をする間もなく次々に声を掛けられ、その度にアリシアは発言者へと視線を向ける。困惑気味で先輩パーラーたちを眺めていると、フフッと笑う声が聞こえた。
アリシアが笑い声の元へ顔を向けると、給仕の支度を終えたエルゼが笑みを浮かべていた。
「皆やる気で安心したわ。行ってくるから、ここはよろしく頼むわよ」
「はい。お二人とも気をつけてー」
ロイヒリンがエルゼに応えて手を振る。カートを押しているレングナーも「お願いね」と笑みを浮かべて声をかけ、エルゼと共に準備室を出て行った。
エルゼ達を見送った後、先輩パーラー達はアリシアの近くに集まりながら相談を始める。
「そういえば・・・魔王様の執務室への案内は誰が行く事になるの?」
「それは魔王様の侍従か近衛兵が担当してくださるって。私達は他の来客がない限り、ここで待機でいいそうよ」
「あら!さすが魔王様ね。良かった」
「じゃあ、こちらはもしもの時に備えておかないとね」
「備えるって何を?」
「あのヴュンシュマン将軍のことだから、御用が済んだ後、ここに突撃してくるかもしれないわ。今からその対応を考えましょ」
「え!?」
先輩達の言葉を静かに聞いていたアリシアだったが、「突撃」という言葉に、アリシアは驚きの声を上げた。
「うわー確かに!」
「あー来そう」
驚いたのはアリシアだけで、他のパーラー達は嫌がりつつも同意している。そんな先輩達の顔を見渡していると、リーゼが隣で同意の声を上げた。
「あり得るわよ。リューベックにつきまとっていた時も、何度かここに来たもの」
「・・・」
もしここに客人が訪れたら拒否は出来ないし、使用人では将軍相手に太刀打ちできない。しかし給仕準備室は王宮の裏方に当たるので、そんな場所に押し入るのは、家主である魔王ギルベルトに対して非常に失礼な行いだ。しかし既に何度も押し入った過去があり、そして再度その可能性があると判断されるなんて、どれだけ傍若無人なのか。
アリシアは呆れ顔でリーゼを見つめてしまう。その視線の先のリーゼは少し考える素振りをした後、先輩達に向かって口を開いた。
「多分ミリィがターゲットになると思うけど、他の人の可能性もあるわよね。どこか隠れられる場所ないかしら」
「ああ、そうね。単純だけどそれがいいかも」
「いくつか隠れる場所用意しておこうか」
「そこのカーテンも引いておいて、もしもの時は皆その奥に居るといいわ。私はあの方の好みじゃないみたいだから、私が対応する。その間にターゲットが分かればすぐに隠れる。どう?」
アリシアは最後に発言した先輩へ目を向ける。ヴュンシュマン将軍の好みとは?と不思議に思い、先輩の顔をマジマジと眺めた。そんなアリシアの視線に気付いたその先輩は、苦笑しつつ口を開いた。
「ほら、私はキツイ系の顔じゃない?言い返してきそうな雰囲気の女はお嫌いらしいわよ」
「・・・先輩はキツイ系というよりは、キリっと美人よね。言う時は言うけど、それも優しさからの言葉だから・・・それがちゃんと分かる人には男女関係なく好かれるんじゃない?私も好きだし」
アリシアがそう答えると、その先輩は「あら」と驚いた顔をした後、笑みを浮かべてアリシアの頭を撫でた。
「もう可愛いんだから」
「ふふっレッツェルは皆の妹だものねー」
「ええ!?ミリィは私の妹よ!?」
最後のリーゼの反論まで聞いたところでアリシアは怪訝顔になる。いつからそんな立ち位置になっていたのだろうか。むしろ生意気に思われているだろうと思っていたアリシアは、照れるよりも先に疑問符が浮かぶ。怪訝な顔のまま首を傾げるアリシア達を少し離れた場所で見ていた別のパーラーが、笑いながら注目を集めるように小さく手を叩いた。
「ほら、隠れる場所作るんでしょ?皆で手分けしましょ」
「あ!そうね!」
「カーテンの奥・・・良い場所あったかな?」
「カート置き場の奥とかどう?」
部屋に残っていたパーラー全員が一斉に動き出したので、アリシアも怪訝な顔のままカート置き場の奥へと続いた。
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「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
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