ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ

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第1章 アリシアの諜報活動

20 2回目の手紙

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 アリシアが『この後手紙を書く』と言っていた事を覚えていたのだろう。リーゼはコーヒーを飲み終わると、話題もそこそこで切り上げ、「明日も時間合うわよね。よろしくね!」と元気に帰って行った。

「さて・・・今日は何を書こうかな」

 机に着いたアリシアは、今日の来客に関する報告を書き終え、今はカモフラージュの方に取り掛かっている。
 アードラー文官長とエレオノーラの話は報告の方に書いたので、昨日と同様、何を書くかで悩んでいた。

 結局返信は翌日に返すことにした。1日に頭を悩ます回数を増やすことはないだろう。ハルシュタイン将軍から何か言われた場合は適当に流そうと心に決めた。

 アリシアは昨日の手紙を引き出しから取り出して広げた。何度も読み返して、どう返事を書こうか、うんうんと唸りながら考える。

(順番に書いていくかな。まずは返事を書いて・・・)

 冒頭の挨拶を書くと、友人感覚で良いと言ってくれた事についてお礼を述べる。続いてハルシュタイン将軍が買ってくれたこのペンとインクが使いやすい事も書いておく。

(あと何書こう・・・ああ、そうだ)

 出来れば共通の話題がいいだろうと、ハンナの話を書いた。
 ブリフィタの能力を初めて目の当たりにした事。目が愛らしい事。話しかけると返事をしてくれる事。雑穀を嬉しそうに食べていた事。

(うん。いいわね。自然な話題)

 それらを書き終わると、アリシアはため息をついた。

(コレについても返事しなきゃね・・・)

 右上に置いている、昨日のハルシュタイン将軍からの手紙の後半部分に目を向ける。

(偽装するにしても、気持ちの嘘は嫌だしなぁ。・・・・・・正直に返す・・・?)

 少し考えてからアリシアはペンを進める。

 ハルシュタイン将軍はいつも私で面白がってるように感じる事。そんな相手に恋愛対象として意識する事は一般的にないと思われる事。そもそも、その『意識する』は恋愛としてなのかもわからない事。お出かけするのは構わない事。

(もしかしたらカモフラージュのためのお出かけかもしれないし、やっぱりこれに関しては断らない方がいいわね)

 書き上げてから読み返す。少々正直に書きすぎた気もするが、忖度した結果、取り返しがつかない妙な状況になってはアリシアが困る。

(ハルシュタイン将軍はこの程度で怒るような方じゃないと思うし、いいかな・・・)

 少し不安になりつつも、相手には誠実であるべきだろうと、頷きながら便箋を折って封筒へと入れる。封蝋をするとすぐにハンナを呼び、運んでもらった。

 アリシアはハンナを見送った後、そのまま窓を閉めずに外を眺める。

(恋愛か・・・)

 小さい頃、10歳になる前だったと思うが、近所の同世代の男の子に憧れていた。彼は将来騎士になると言って剣術を習っていた、活発な男の子だった。
 10代半ば頃になると父オーウィンの部下の若い男の人に憧れた。軍の所用で時々父を訪ねて家に来ていた。アリシアには優しく接してくれたので、軍の事や剣術の事などの話をしてもらっていた。

(結局憧れてただけで、恋ってしたことないのよね)

 恋愛小説を読んで憧れはあるが、あんな一世一代の大恋愛なんて、そうあるわけがない。
 物語の王子様や騎士様のような人もいるわけがない。
 いや、祖国の神聖ルアンキリの第三王子とは知り合いだが、それも父を訪ねて家に来ていただけだし、物語のような優しい紳士タイプではない。

(冷徹王子なんて言われてたけど、そこまで冷たくはなかったわよね)

 普段はあまり笑わないし、目つきが鋭い。うっかり触れでもしたら、スパッと切れそうな雰囲気だ。そんな容姿で、ダメなものはダメだとハッキリ言うからだろうか。

(バティスト王子も、何を考えてるか分かりにくい方だったなぁ)

 そういう意味ではハルシュタイン将軍と同類なのかもしれない。

(まあ、私は大恋愛なんて求めてないし、この国で恋愛するつもりもないしね)

 父と母は大恋愛だったらしい。人類の希望と言われた父オーウィンと、教会で精霊術を授けていたエルフである母カエデ。
 父は軍人として認められて以降、国内外問わずあちこちの女性からひっきりなしに告白され、お見合いの申し込みも後を絶たず。
 母は人間と結婚するなら自分でもいいだろう、という訳の分からない理由で求婚してくる人間と獣人の男性達に迫られて。
 結婚するまでが大変だったと、よくアリシア達兄弟に語っていた。

 そんな大変な思いはしたくないので、アリシアは平凡な恋愛を望んでいる。平凡が一番幸せだ。

(この国で恋愛なんてしたら、それこそ波乱万丈・・・ううん、辛い思いしかしない)

 では、いつ恋愛できる状況になるというのだろうか。そもそもいつまでこの国にいるのかもわからない。この国を出ない限り、アリシアのプライベートは変化しないだろう。

(・・・考えても仕方ない事で考え込んでしまったわ)

 戦争を止めるべく、この国に潜入しているのだ。生半可な覚悟で挑んだわけではない。恋愛は二の次だ。

 秋の夜のしっとりとした空気を肺一杯に吸い込むと、アリシアは窓を閉め、いつもの報告をする為に机に着いた。



 報告を終え、他の諜報員の報告を読み終わり、紅茶を淹れて小説を読んでいると、窓を叩く音が聞こえた。

(今日は遅かったわね)

 窓を開けると、ハンナが窓枠に留まる。手紙を受け取りハンナに雑穀の差し入れをすると、早速机に戻って手紙の封を切った。
 昨日と同様、カモフラージュの文章をコピーして隠蔽術を解くと、先に報告を読む。

(良かった。対応してくれるのね)

 今日の訪問客にはヴュンシュマン将軍関連の人物はいなかったらしい。そしてアードラー文官長の持ってきた縁談の件は、やはり魔王ギルベルトは知らなかった。伝えておいたので、あちらで対応すると書かれている。
 アリシアがリーゼに口止めしたことにも礼が書かれていた。ヴュンシュマン将軍に知られたら黙っていないだろう事と、突然ハルシュタイン将軍の陣営を攻撃してくる可能性まであると書かれている。

(自国の陣営を攻撃・・・)

 将軍としては少々・・・いや、かなり思慮に欠けるのではないだろうか。本当にこの実力主義の国の将軍職に就いている人物なのかと疑ってしまう。しかしあのハルシュタイン将軍がヴュンシュマン将軍をそう判じたのだ。きっとそういう人物なのであろう。
 ハルシュタイン将軍は父オーウィンと対等に渡り合ってきた智将なのだ。当然人を見る目がなければ軍をまとめることは出来ない。優れた作戦をいくら立てても、適材適所が出来なければ失敗する。普段はふざけたり、訳の分からない事を言ったりするが、将軍としての能力は間違いないとアリシアは考えている。

(ヴュンシュマン将軍は特例で将軍になった・・・ってロットナーさんが話されてたっけ。特例でもこんな人物を将軍にしちゃだめでしょ)

アリシアは額に手を当ててため息をついた。

 各将軍の兵士達は王都郊外に拠点を構えている。そんな場所で突然武力衝突が発生したら、と想像してヒヤリとしたが、相手はハルシュタイン将軍だ。彼に任せておけばそんな事にはならないだろう。

(返信が遅かったのは魔王様とやり取りしてたからね)

 恐らくそうだろうとは思っていたが、分かっていても不安だった。気付かず緊張もしていたようで、アリシアは安心して力が抜け、そのまま机に突っ伏した。
 待ちながら小説を読んではいたが、全然頭に入ってこなかった。同じ場所を繰り返し読んで次の文章に移動し、また何度も繰り返し読んで、をずっとしていたのだ。
 
 アリシアは少しの間そのままうつ伏せ、疲労感が薄れたところで顔を上げる。

「あ・・・そうだったわ」

 まだ終わっていなかった事に気付く。ガックリしつつ視界に入ったカモフラージュの手紙を手に取った。アリシアは体を起こして内容を読む。

 冒頭はやはり挨拶からで、次にペンが使いやすいようで良かったとある。
 また、ハンナを気に入ったようで、そちらも良かったと書かれている。ブリフィタの他にも、シュヴィートという馬の魔獣がいる。ハルシュタイン将軍の愛馬もシュヴィートであり、機会があれば会わせたいとあった。

(馬の魔獣・・・!見てみたい!)

 鳩の魔獣であるブリフィタもとても可愛く賢かった。馬なら更に賢いだろう。魔国の軍馬にも興味はある。

(普通の馬に乗れれば、シュヴィートにも乗れるかな?乗ってみたいわ)

 アリシアは乗馬が好きで、神聖ルアンキリにいた頃はよく遠乗りをしていた。魔国ティナドランに来てからは当然馬に乗る機会が無かったので、ワクワクしながら想像する。通常の馬より早く駆けると書いてあるので、とても楽しそうだ。

 楽しい気分のまま手紙の続きへ目を滑らせていくが、徐々にアリシアの眉間に皺が寄っていった。

(うん・・・・・・どうしよう)

 読み終えると額に手を当てて机に肘をついた。

『君への言動は決して揶揄うような意図ではない。これまでの私の態度がそう感じさせていたのなら、それは私の落ち度だ。気分を害するような事があったのなら謝りたい。ただ分かってほしいのは、単純に君が可愛いと感じての事だった。私は君に女性としての魅力を感じている。もちろん恋愛としての意味だ。歳は少々離れているが、許容範囲内だろう。君も私をそういう対象として見てもらえないだろうか』

(どんな顔してこれを書いたのかしら・・・全然想像がつかない・・・)

 前半はいいが、後半は本当にハルシュタイン将軍が書いたものなのか疑いたくなる。普段の彼の姿を思い出すが・・・楽しそうに書いている姿しか頭に浮かばない。

(でも揶揄うつもりでこんな内容を書くような不誠実な方でもないし・・・やっぱりカモフラージュだと見ていいのかな)

 アリシアがあんまりにも乗り気ではないので、どうにかして恋人同士の手紙としての体裁を保ちたい、と思えば自然にも思える。

(であれば、私もこのまま乗り気ではない状態で行った方がいいかも)

 文通を始めてはみたものの、片方は乗り気ではない。結局上手く行かずに文通も止めることになり、関係も元に戻る。
 ヴュンシュマン将軍の件が落ち着いた後を考えれば、それが一番不自然に思われない流れではないだろうか。もし誰かにどんなやり取りをしていたのか問われれば、カモフラージュの手紙を見せれば納得してもらえるだろう。

 得心が行ったアリシアは、額から手を離して手紙の最後に目を向ける。

『外出は次の君の休みに合わせよう。私の記憶が間違っていないのなら、5日後だったな。仕事を調整しておく。行きたいところがあれば教えて欲しい』

(行きたいところ・・・王都は人工物が多いから、自然が少ないのよね)

 元来エルフとは自然と共にある存在だ。だからこそ精霊とも意志疎通が出来る。
 アリシアも半分エルフの血が入っているからか、自然がとても好きだ。整備された森林公園でも良いし、手付かずの自然でも良い。広い空が見える場所も良い。

(明日の手紙には近くに森林公園があれば行きたいって書いてみよう)

 5日後が楽しみだと、アリシアは笑みを浮かべた。

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