18 / 75
第1章 アリシアの諜報活動
17 成り行き
しおりを挟む「はぁー・・・」
アリシアは仕事を終え、使用人宿舎へと続く道を重い足取りで歩く。
(なんかもう・・・疲れた・・・)
もう一度大きくため息をついていると、後ろから軽快な足音が聞こえてきた。
「ミリィ!お疲れ様!」
「リズ・・・」
「わ・・・どうしたの?」
暗い顔をしているアリシアに、リーゼが驚いた顔をした後、気遣う声を出す。この反応だとまだ話を聞いてなさそうだ。
「今日から・・・ハルシュタイン将軍とブリフィタで文通をすることになって・・・」
「ええ!?・・・ブリフィタって、あのブリフィタよね?」
「そう。今朝ハルシュタイン将軍が使用許可を求めて、夕方に許可が下りたの。そしたらそれを聞きつけた人達からあれこれと聞かれて・・・」
「それでそんなにゲッソリしてるのね・・・」
「うん。リズ・・・私文通したくない・・・」
「・・・・・・うーん」
リーゼは困った顔でアリシアの顔を見つめる。
ブリフィタとは鳩よりやや大きい、鳥の魔獣だ。伝書鳩に特化した魔獣で、あらかじめ魔力を登録しておけば、その相手が何処にいようとも手紙を届けてくれる。
そもそも魔獣とは、魔神エルトナが創った動物たちの事を言う。魔人が使役する前提で創造された生き物たちで、魔力によって使役できる便利な生き物たちだ。
アリシアがハルシュタイン将軍の依頼を請け負ったのが昨日。情報のやり取りは手紙で行う事になった。
状況によってはすぐに連絡を取る必要も出てくるだろうと、ブリフィタを使う事にした。ただ王宮は機密が多い場所。使用人でも使用には許可がいる。しかし相手は魔王の信頼厚きハルシュタイン将軍。異例の速さで許可が下りてしまった。
「でもブリフィタで文通って、そういう事よね?嫌なら何で承諾したの?」
「うーん・・・・・・」
今度はアリシアが唸ってしまう。
依頼を受けたのは、多くの犠牲者が出るかもしれない未来を回避するため。アリシアはそこしか頭にないままに依頼を受けたので、その後のハルシュタイン将軍との打合せの段階になって後悔した。
リーゼにどう説明したらいいものか。アリシアは昨日のやり取りを頭の中で再生した。
* * *
「そうか。受けてくれてよかった。それなら今から私と君は恋人同士になる」
「え・・・え?」
物凄く良い笑顔で言い放つハルシュタイン将軍を、アリシアは凝視した。
「それが一番怪しまれない。君もそれは分かっているだろう?」
「う・・・・・・」
「はは!そんな嫌そうな顔をするな」
ハルシュタイン将軍は笑いながら、アリシアの反応を楽しそうに見ている。
(そうだった・・・ハルシュタイン将軍と恋人だなんて嫌すぎる・・・けど皆が死なない未来の為にも・・・)
「・・・わかりました」
ガックリと項垂れて了承すると、ハルシュタイン将軍は応接室の窓を開けてブリフィタを呼び寄せ、アリシアの魔力登録をした。
「ブリフィタを使った男女間の文通は恋人関係を意味する。君と私がそういう関係だという事にした方が、色々都合がいいんだ」
「・・・分かっています。分かっていますが、何故そんなに嬉しそうなのですか」
「さあな」
そう言いながら、ハルシュタイン将軍はとても楽しそうな笑みを浮かべていた。
* * *
「・・・成り行き・・・かな?」
「・・・ミリィ・・・成り行きって・・・それ、大丈夫なの?」
「うん。ハルシュタイン将軍はまあ・・・分かってくださってるから」
本当に成り行きだ。他に説明のしようもなくそのまま伝えたが、リーゼは心配になったようだ。ハルシュタイン将軍の理解を伝えると、ホッとした顔をした。
「ならいいけど・・・不誠実はだめよ?」
「そんな事はしないわ。でも・・・恋文って、何を書けばいいのかさっぱりで・・・」
「ああ・・・そうねぇ」
はぁ、とアリシアは再び大きなため息をついた。恋愛対象として見ていない相手に好きだと伝えるのはとても不誠実だし、嘘はアリシア自身が嫌だ。しかしそうなると何を書けばいいのか。
「ミリィはハルシュタイン将軍のプライベートを知らないでしょ?それはあっちも同じだと思うの。そういうところから書いてみれば?」
「・・・なるほど。確かにそうね」
「恋愛は些細なことでも相手を知って、仲を深めていくものでしょ?あなた皆から恋愛小説を勧められて結構読んでるじゃない」
「ああ・・・小説を参考にしてもいいわね」
「うんうん!もしミリィがハルシュタイン将軍に本気になったら、私応援するから!というか皆そのつもりよ!」
「・・・え?」
アリシアはぎこちなく隣を歩くリーゼへ顔を向ける。リーゼはニコニコと楽しそうに口を開いた。
「だって、あのハルシュタイン将軍よ?全く、まーーーーったく女の気配を感じられなかったあのイケメンに、ようやく春が来たって、噂が広まった時に皆騒いでいたの。相手はミリィだもの。皆納得してたわ」
「え?なんでそこで私だと納得するの?」
「もー!」
ほっぺを膨らませて可愛らしい怒り顔を見せるリーゼに、しかし意味が分からずアリシアは戸惑う。
リーゼは立ち止まってアリシアの頬に両側から手を当てた。ちょっと力が強くて口がタコになっているような気もする。
「王宮に勤めてる人は美人が多いけど、こんだけ可愛い子には太刀打ちできないわよ。自覚がないのはミリィの良い所でもあるけど。指名を受け始めた最初こそ皆ミリィに嫉妬してたみたいだけど、段々と皆、ミリィの鈍感さに気付いたみたいでね」
「どんかん」
そんなはずはない。アリシアは軽いショックを受けつつ考える。
アリシアは相手がその時に考えている事を言動と相手の性格から察する事は得意だ。昔からそうだったし、諜報訓練でもそのように評価をしてもらった。それなら恋愛だって同じく察することは出来るはずだ。
『もーアリシアったら!普段はキレッキレなのに、どうしてそこは鈍感なの?』
ふと神聖ルアンキリにいる友人シャルロットに言われた言葉を思い出した。
(あれって・・・)
「ハルシュタイン将軍が可哀想に思えて、応援したくなったみたい」
過去に言われた意味を考えていたアリシアは、リーゼの声ですぐさま現実に戻った。
話の流れを思い出してから、生じた疑問を口に出す。
「・・・でもリーネルト将軍も指名されるじゃない」
「リーネルト将軍は」
リーゼは辺りを見渡して、誰もいない事を確認してから声を小さくして続けた。
「これはエレオノーラ様の侍女から、給仕担当者全員が口止めされてるから、絶対内緒よ。あの方は、エレオノーラ様の事がお好きだから」
「え!?そうなの!?」
「しー!」
リーゼは慌ててアリシアの頬から手を離して、人差し指を口に当てた。そして再び辺りを見回して安堵する。
「リーネルト将軍は登城して魔王様との用事が済んだら、必ずエレオノーラ様の所へいらっしゃるわ。一緒に過ごしている間のリーネルト将軍、顔つきが全然違うもの」
「・・・・・・そうだったの」
「だからこそ、ミリィを指名なさるのよ。安全だから」
「・・・」
なるほど、と目から鱗が落ちた。アリシアはハルシュタイン将軍から気に入られているという自覚はあったが、リーネルト将軍はそういう訳でもなく、ただただアリシアだと安心だ、という雰囲気だった。
(誰か好きな人がいるかもっていう噂は、そういうことだったのね)
リーネルト将軍に好意を寄せる女性使用人に釘を刺しておきたいが、口止めされている。そのため苦肉の策で流された噂だったのだろう。
「なんだか・・・遠くから上手く行くように見守りたいわね」
「何言ってるのよ。あなたもよ」
「え」
「皆遠くからハルシュタイン将軍を応援してるの。だから噂が流れてても、私が言うまでミリィには届かなかったでしょ?」
「・・・・・・」
確かに、と納得してしまう。同時に激しくアリシアは動揺した。
まさか今感じた生暖かい感情がそのまま自分に返ってくるとは。周りからそんな目で見られているなんて思っていなかった。例の噂で嫌がらせが再発しないといいな、くらいにしか意識もしていなかった。
(嫌だ・・・。何か楽しくて身バレを気にしながら潜伏先の将軍と恋愛なんてしなきゃいけないのよ・・・。そんな応援はいらない)
そもそもハルシュタイン将軍はアリシアを好きだと言って、女避けも兼ねているのではなかろうか。
眉間にシワを寄せてそんな事を考えながら、アリシアは昨日の彼を思い出す。
(・・・うん。あの目は完全に面白がってた)
ニヤニヤしながら『私と君は恋人同士』と言っていた。あれはからかって楽しんでいる顔だろう。
目の前の楽しそうにニコニコしているリーゼの顔を見つめながら、アリシアは再び大きくため息をついた。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
メイドから母になりました
夕月 星夜
ファンタジー
第一部完結、現在は第二部を連載中
第一部は書籍化しております
第二部あらすじ
晴れて魔法使いレオナールと恋人になった王家のメイドのリリー。可愛い娘や優しく頼もしい精霊たちと穏やかな日々を過ごせるかと思いきや、今度は隣国から王女がやってくるのに合わせて城で働くことになる。
おまけにその王女はレオナールに片思い中で、外交問題まで絡んでくる。
はたしてやっと結ばれた二人はこの試練をどう乗り越えるのか?
(あらすじはおいおい変わる可能性があります、ご了承ください)
書籍は第5巻まで、コミカライズは第11巻まで発売中です。
合わせてお楽しみいただけると幸いです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる