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第1章 アリシアの諜報活動

17 成り行き

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「はぁー・・・」

 アリシアは仕事を終え、使用人宿舎へと続く道を重い足取りで歩く。

(なんかもう・・・疲れた・・・)

 もう一度大きくため息をついていると、後ろから軽快な足音が聞こえてきた。

「ミリィ!お疲れ様!」
「リズ・・・」
「わ・・・どうしたの?」

 暗い顔をしているアリシアに、リーゼが驚いた顔をした後、気遣う声を出す。この反応だとまだ話を聞いてなさそうだ。

「今日から・・・ハルシュタイン将軍とブリフィタで文通をすることになって・・・」
「ええ!?・・・ブリフィタって、あのブリフィタよね?」
「そう。今朝ハルシュタイン将軍が使用許可を求めて、夕方に許可が下りたの。そしたらそれを聞きつけた人達からあれこれと聞かれて・・・」
「それでそんなにゲッソリしてるのね・・・」
「うん。リズ・・・私文通したくない・・・」
「・・・・・・うーん」

 リーゼは困った顔でアリシアの顔を見つめる。

 ブリフィタとは鳩よりやや大きい、鳥の魔獣だ。伝書鳩に特化した魔獣で、あらかじめ魔力を登録しておけば、その相手が何処にいようとも手紙を届けてくれる。
 そもそも魔獣とは、魔神エルトナが創った動物たちの事を言う。魔人が使役する前提で創造された生き物たちで、魔力によって使役できる便利な生き物たちだ。

 アリシアがハルシュタイン将軍の依頼を請け負ったのが昨日。情報のやり取りは手紙で行う事になった。
 状況によってはすぐに連絡を取る必要も出てくるだろうと、ブリフィタを使う事にした。ただ王宮は機密が多い場所。使用人でも使用には許可がいる。しかし相手は魔王の信頼厚きハルシュタイン将軍。異例の速さで許可が下りてしまった。

「でもブリフィタで文通って、そういう事よね?嫌なら何で承諾したの?」
「うーん・・・・・・」

 今度はアリシアが唸ってしまう。

 依頼を受けたのは、多くの犠牲者が出るかもしれない未来を回避するため。アリシアはそこしか頭にないままに依頼を受けたので、その後のハルシュタイン将軍との打合せの段階になって後悔した。
 リーゼにどう説明したらいいものか。アリシアは昨日のやり取りを頭の中で再生した。

* * *

「そうか。受けてくれてよかった。それなら今から私と君は恋人同士になる」
「え・・・え?」

 物凄く良い笑顔で言い放つハルシュタイン将軍を、アリシアは凝視した。

「それが一番怪しまれない。君もそれは分かっているだろう?」
「う・・・・・・」
「はは!そんな嫌そうな顔をするな」

 ハルシュタイン将軍は笑いながら、アリシアの反応を楽しそうに見ている。

(そうだった・・・ハルシュタイン将軍と恋人だなんて嫌すぎる・・・けど皆が死なない未来の為にも・・・)

「・・・わかりました」

 ガックリと項垂れて了承すると、ハルシュタイン将軍は応接室の窓を開けてブリフィタを呼び寄せ、アリシアの魔力登録をした。

「ブリフィタを使った男女間の文通は恋人関係を意味する。君と私がそういう関係だという事にした方が、色々都合がいいんだ」
「・・・分かっています。分かっていますが、何故そんなに嬉しそうなのですか」
「さあな」

 そう言いながら、ハルシュタイン将軍はとても楽しそうな笑みを浮かべていた。

* * *

「・・・成り行き・・・かな?」
「・・・ミリィ・・・成り行きって・・・それ、大丈夫なの?」
「うん。ハルシュタイン将軍はまあ・・・分かってくださってるから」

 本当に成り行きだ。他に説明のしようもなくそのまま伝えたが、リーゼは心配になったようだ。ハルシュタイン将軍の理解を伝えると、ホッとした顔をした。

「ならいいけど・・・不誠実はだめよ?」
「そんな事はしないわ。でも・・・恋文って、何を書けばいいのかさっぱりで・・・」
「ああ・・・そうねぇ」

 はぁ、とアリシアは再び大きなため息をついた。恋愛対象として見ていない相手に好きだと伝えるのはとても不誠実だし、嘘はアリシア自身が嫌だ。しかしそうなると何を書けばいいのか。

「ミリィはハルシュタイン将軍のプライベートを知らないでしょ?それはあっちも同じだと思うの。そういうところから書いてみれば?」
「・・・なるほど。確かにそうね」
「恋愛は些細なことでも相手を知って、仲を深めていくものでしょ?あなた皆から恋愛小説を勧められて結構読んでるじゃない」
「ああ・・・小説を参考にしてもいいわね」
「うんうん!もしミリィがハルシュタイン将軍に本気になったら、私応援するから!というか皆そのつもりよ!」
「・・・え?」

 アリシアはぎこちなく隣を歩くリーゼへ顔を向ける。リーゼはニコニコと楽しそうに口を開いた。

「だって、あのハルシュタイン将軍よ?全く、まーーーーったく女の気配を感じられなかったあのイケメンに、ようやく春が来たって、噂が広まった時に皆騒いでいたの。相手はミリィだもの。皆納得してたわ」
「え?なんでそこで私だと納得するの?」
「もー!」

 ほっぺを膨らませて可愛らしい怒り顔を見せるリーゼに、しかし意味が分からずアリシアは戸惑う。
 リーゼは立ち止まってアリシアの頬に両側から手を当てた。ちょっと力が強くて口がタコになっているような気もする。

「王宮に勤めてる人は美人が多いけど、こんだけ可愛い子には太刀打ちできないわよ。自覚がないのはミリィの良い所でもあるけど。指名を受け始めた最初こそ皆ミリィに嫉妬してたみたいだけど、段々と皆、ミリィの鈍感さに気付いたみたいでね」
「どんかん」

 そんなはずはない。アリシアは軽いショックを受けつつ考える。
 アリシアは相手がその時に考えている事を言動と相手の性格から察する事は得意だ。昔からそうだったし、諜報訓練でもそのように評価をしてもらった。それなら恋愛だって同じく察することは出来るはずだ。

『もーアリシアったら!普段はキレッキレなのに、どうしてそこは鈍感なの?』

 ふと神聖ルアンキリにいる友人シャルロットに言われた言葉を思い出した。

(あれって・・・)

「ハルシュタイン将軍が可哀想に思えて、応援したくなったみたい」

 過去に言われた意味を考えていたアリシアは、リーゼの声ですぐさま現実に戻った。

 話の流れを思い出してから、生じた疑問を口に出す。

「・・・でもリーネルト将軍も指名されるじゃない」
「リーネルト将軍は」

 リーゼは辺りを見渡して、誰もいない事を確認してから声を小さくして続けた。

「これはエレオノーラ様の侍女から、給仕担当者全員が口止めされてるから、絶対内緒よ。あの方は、エレオノーラ様の事がお好きだから」
「え!?そうなの!?」
「しー!」

 リーゼは慌ててアリシアの頬から手を離して、人差し指を口に当てた。そして再び辺りを見回して安堵する。

「リーネルト将軍は登城して魔王様との用事が済んだら、必ずエレオノーラ様の所へいらっしゃるわ。一緒に過ごしている間のリーネルト将軍、顔つきが全然違うもの」
「・・・・・・そうだったの」
「だからこそ、ミリィを指名なさるのよ。安全だから」
「・・・」

 なるほど、と目から鱗が落ちた。アリシアはハルシュタイン将軍から気に入られているという自覚はあったが、リーネルト将軍はそういう訳でもなく、ただただアリシアだと安心だ、という雰囲気だった。

(誰か好きな人がいるかもっていう噂は、そういうことだったのね)

 リーネルト将軍に好意を寄せる女性使用人に釘を刺しておきたいが、口止めされている。そのため苦肉の策で流された噂だったのだろう。

「なんだか・・・遠くから上手く行くように見守りたいわね」
「何言ってるのよ。あなたもよ」
「え」
「皆遠くからハルシュタイン将軍を応援してるの。だから噂が流れてても、私が言うまでミリィには届かなかったでしょ?」
「・・・・・・」

 確かに、と納得してしまう。同時に激しくアリシアは動揺した。
 まさか今感じた生暖かい感情がそのまま自分に返ってくるとは。周りからそんな目で見られているなんて思っていなかった。例の噂で嫌がらせが再発しないといいな、くらいにしか意識もしていなかった。

(嫌だ・・・。何か楽しくて身バレを気にしながら潜伏先の将軍と恋愛なんてしなきゃいけないのよ・・・。そんな応援はいらない)

 そもそもハルシュタイン将軍はアリシアを好きだと言って、女避けも兼ねているのではなかろうか。
 眉間にシワを寄せてそんな事を考えながら、アリシアは昨日の彼を思い出す。

(・・・うん。あの目は完全に面白がってた)

 ニヤニヤしながら『私と君は恋人同士』と言っていた。あれはからかって楽しんでいる顔だろう。

 目の前の楽しそうにニコニコしているリーゼの顔を見つめながら、アリシアは再び大きくため息をついた。

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