ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ

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第1章 アリシアの諜報活動

08 処罰と脅し

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 その2日後。
 王宮には使用人向けの会議室がいくつか設けられている。そのうちの中規模の部屋の前でアリシアは止まった。
 今日も相変わらずリーネルト将軍から指名を受けて、先程給仕から戻ってきたところだ。予定より遅れてしまったが、こればかりは仕事なので仕方ない。

「アメリア=レッツェルです」

 廊下から扉をノックして名乗って少し待つと、内側から扉が開けられる。アリシアが顔を上げると、そこにはパーラー長エルゼが立っていた。

「丁度いいタイミングよ」

 エルゼは珍しく勝気な笑みを浮かべてアリシアに囁くと、すぐに扉を大きく開いて室内へと誘う。アリシアがエルゼに続いて室内に入ると、部屋の一方から「え?なんで・・・」「まさか」と声が聞こえてきた。
 気にはなるが、取りあえず真っすぐエルゼの後をついて行く。室内は4台の長机が四角になる形で置かれており、その外側に椅子が置いてある。アリシアは部屋の右側の席に、エルゼと隣り合って座った。

「さて。これで全員が揃いましたね」

 聞こえてきた声に視線を部屋の最奥の席へと向けると、ロットナーが感情を見いだせない真顔でアリシアを見ていた。

「遅くなりました。この度はお手間を取らせてしまい、誠に申し訳ございません」

 アリシアはその場で立ち上がり、詫びの言葉の後にロットナーに頭を下げる。

「これも私の大事な仕事です。あなたは被害者なのですから、気にしないように」
「はい」

 ロットナーからの言葉に頷くと、アリシアは席に座る。続いてロットナーの対面の席、アリシアの左側の方向へ顔を向ける。
 そこには二人のハウスメイドが座っていた。一人はハウスメイド長。アリシアが初出勤日に各部門のメイド長へ挨拶に行ったので、互いに面識はある。挨拶の時はにこやかに対応してくれたのだが、今は鋭くアリシアを睨んでいる。そしてその横に座っているのは、廊下でアリシアを付き飛ばしたメイドだ。アリシアを見て顔色を悪くしている。

(なるほど。この反応を見る限り、主犯はハウスメイド長か)

 ハウスメイド長が主犯であれば、仕事を免除してアリシアへ嫌がらせする時間を難なく作れるだろう。しかしそれは職務怠慢であり、長の権限を私物化していた事になる。

(長ともあろう人が、何をしているのだか・・・)

 アリシアは呆れて思わずため息をついた。
 この場はアリシアへの嫌がらせに対する処罰を行う場として、ロットナーが設けたものだ。

 この魔国ティナドランは実力主義で成り立っている。故に不正や賄賂には厳罰が下るし、周りからも「卑怯者」と評される。嫌がらせもその対象だ。

 この国は侵略国であるが故に、その体制を維持もしくはさらなる向上のため、至る所で人材を欲している。
 侵略は魔神エルトナの指示だ。故に軍と国の中枢である王宮では、魔神の指示に従うべく、常に有能な人物を喉から手が出る程欲している。そんな状況にも関わらず、本来の能力を発揮させない、意図的に邪魔をする、成果を隠すなどの行為は、内容によっては国家反逆罪、魔神背信罪が適用される。使用人同士の嫌がらせであっても、その後ろに大物が隠れているかもしれない。表面的には些細なことでも、何が作用して国家戦略の邪魔になるか分からない。内乱にでもなったら侵略どころではなくなってしまう。王宮では決して「単なる嫌がらせ」では終わらせられないのだ。

(嫌がらせでこんなに大事になるなんて思わなかったわ)

 母国である神聖ルアンキリでも、もちろん嫌がらせや虐めに対する処罰はある。しかし対処出来るなら自力で解決すべき、という面もあるし、訴えても無視されることもある。
 この国の王宮使用人の決まり事は知っていたが、それがどれほど強い効力を持つのかわからなかった。アリシア自身も誰かに庇われて安全圏で震えるような珠でもない。なのでアリシアは自力で解決しようと思い、パーラー仲間がロットナーへ報告しようとするのを止めていたのだが。

 原因は3日前に発覚した、ハルシュタイン将軍からアリシアへの指名を誰かが奪った件だ。ロットナーへ苦情を訴えに来たハルシュタイン将軍から出た名前は、パーラーのフリーデ=ヘンゼルトだった。
 ロットナーは直ぐにヘンゼルトを呼び出して聞き取りを行った後、処分を言い渡した。しかしヘンゼルトからは「確かにレッツェルの指名を奪いましたが、それはレッツェルに悪意を持っていたからではありません!悪意を持ってレッツェルに嫌がらせをしているあの二人には処罰がないなんて不平等です!」と訴えがあり、そこでアリシアが受けている嫌がらせが発覚した。
 その翌日にパーラー全員を個別に呼び出して聴取し、他の部署の者達にも裏付けを取った。ロットナーの予想を裏切り、あっという間に必要な情報が集まったので、今日この場に至ったというわけだ。

 ため息をついたアリシアに気付いたのか、ハウスメイド長は歯を食いしばり、更に鋭い視線をアリシアへと送っている。

(ハウスメイド長という立場に立っておきながら、ロットナーさんがいる前であの態度・・・呆れちゃうわね)

 うちのパーラー長は冷静な人で良かった。そう思い隣のエルゼへ顔を向けると、アリシアと同じように呆れた顔でハウスメイド長を眺めていた。
 アリシアの視線に気付いたエルゼは、自らもアリシアへと顔を向けて苦笑をした。そこで再びロットナーの声が室内に響く。

「ハウスメイド長カーヤ=アルムガルト、ハウスメイド所属テレーゼ=ヤンセン。先程も伝えた通り、ここにいるパーラーメイド所属のアメリア=レッツェルに嫌がらせをしていたと、多数の目撃とその裏付けも取ってあります」

 ロットナーはその目撃情報が正しいかアリシアへ確認しながら、一通りの嫌がらせを述べていく。

「これらは王宮使用人規則の業務妨害に当たり、罰則が発生する案件です」
「・・・その女がロットナーさんに言ったんですか」

 ハウスメイド長のアルムガルトは、ロットナーへ視線を向けていたが、再びアリシアを睨みながら、地を這うような声を出した。

「今あなたの発言は求めていません」

 ロットナーがピシャリと遮ると、アルムガルトはロットナーへ視線を戻し、悔しそうな顔をする。

「ですが誤解があってはいけないので、そこは訂正しましょう。レッツェルから聞いた訳ではありません。目撃者が私に伝えてきました。むしろレッツェルは私への報告を止めていました」

 ロットナーの言葉に、アルムガルトは驚いた顔で、音がしそうな程勢い良くアリシアへ顔を向けた。

「ロットナーさん。発言してもよろしいでしょうか?」

 アリシアは右手を顔の横辺りまで上げて許可を求める。直ぐにロットナーから「どうぞ」と返答があった。

「私はこの件について、自分で対処するつもりでした」

 言いながら手を下ろし、アルムガルトへと顔を向ける。

「嫌がらせを受けている理由は、ハルシュタイン将軍とリーネルト将軍から指名を受けているからだろうと推測はしておりました。現行犯で捕まえようと考えておりましたが、私に隠れてやっているせいか、なかなか現場を押さえられず、そのまま表沙汰になってしまって・・・とても残念でなりません」
「・・・?」

 アリシアの言葉に、アルムガルトとヤンセンは何故?と言いたげに首を傾げる。それを眺めながら、アリシアは淡々と続ける。

「犯人を見つけ次第、嫌がらせを止めるように説得する予定でした。もしそれで納得して頂けなければ、実力行使を考えていました」
「実力行使?」

 隣に座るエルゼが言葉を反芻してアリシアへ問う。アリシアはエルゼへ顔を向けてニッコリと笑みを浮かべると、そのままの顔でアルムガルトへと戻す。

「護身術を少々嗜んでおりまして。どうしても首を縦に振ってもらえなければ、まずは左肩の関節を抜いてみようかと。勿論、最後はきちんと戻しますし、後遺症が残らないように回復術も使います。ただ脱臼した際の痛みは男性でも悲鳴を上げます。脂汗がにじみ出る程の激痛なので、人によっては気を失うかもしれませんね」

 アリシアが笑顔のままさらっと言うと、アルムガルトとヤンセンはぎょっとした顔をした。

「それでもお約束してもらえなければ、つぎは右肩です。両方脱臼すれば痛みで動けなくなりますし、落ち着いてお話が出来て一石二鳥ですね。ですがさすがに両肩の痛みには、訓練していない方には耐えられないかなと。なのでそこまでいかずとも首を縦に振ってもらえると思っていましたが・・・このような場を設けられてはそれも実現出来ません。久々に人の関節を外せると思っていましたが、楽しみが無くなって、非常に残念ですね・・・」

 アリシアはさも残念と言いたげに、頬に手を当ててため息を付いた。
 初めはこちらを睨んでいたアルムガルトだったが、ぎょっとした後、隣に座るヤンセンと同様、どんどん顔から血の気が引いていく。ヤンセンに至っては両肩を手で押さえ、倒れてしまいそうな程に顔が蒼白になっている。

 二人の反応を見てアリシアは安心する。ちゃんと脅せたようだ。これなら今後彼女達からの嫌がらせは無くなるだろう。

 ただでさえ不足している王宮使用人だ。ハウスメイドといえども、その長が厳しい処分を受けては現場が混乱するのではないだろうか。それを心配したアリシアは、ロットナーにこの脅し文句と共に処罰の軽減を持ちかけたのだ。
 恋は盲目という言葉通り、時に人を狂わせる。アリシアがハルシュタイン将軍とリーネルト将軍から指名を受けるようになって、アルムガルトはそれを恋愛に起因するものだと勘違いして焦ったのだろう。
 元々このハウスメイドの二人は真面目で優秀だと評価があり、裏に有力者が付いている可能性もないそうだ。それならば一時の間違いで解雇はもったいない。ロットナーがどのような処罰を言い渡すかは分からないが、違反がこの一件だけに留まるのであれば、必ずしも解雇する必要はなくなる。

 アリシアも度重なる嫌がらせに辟易としていたが、怯えきっている二人の様子を見て、予想していたよりも随分と溜飲が下がったようだ。

(そもそも嫌がらせって、何の進歩もないのよね。相手を自分より下まで貶めて、その優越感に浸って自信を持てない自分を何とか奮い立たせて・・・くだらなくてそんな事に付き合えないわ)

 結局相手を貶めても同じ事の繰り返しだ。自分で自分を認められず、自信がないから誰かに認めて欲しい。もしくは誰かを貶める。前を向いて自分を磨けばそれが自信や誇りとなるのに、それをしない。ずっとその悪循環の中だ。
 しかし本来、人は必ず良い所が一つはあるものだし、経験を通じてそれに気付き、成長していく存在だ。今回の事で自分を見直して、この二人にも成長して欲しい、というのがアリシアの考えだ。

 こんな対応ばかりしているので、神聖ルアンキリでも友人から良い人だとか甘いなどと言われてきたが、そうではない。小さい頃からアリシアは母を始めとしたエルフ達に何かあるたびに諭されてきた。半神半人であるエルフは精神性が高い。神聖ルアンキリの学校で嫌なことがあり、家に帰って母に愚痴ると度々言われたものだ。『大人』が『子供』の相手を本気になってする必要はないのだと。大切なのは広い視野で物事を捉え、愛をもって接する事だと。

 相手がどんな人物かも理解せずに侮って攻撃するのは、とても危険なことだ。繰り返していけば、その視野の狭さから今後取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。その事を気付かせる為に脅したのだが。

(うーん・・・ちょっと、脅しすぎたかな)

 二人とも、もう一押しすればガタガタと震え出しそうな程に、怪物でも見るような顔でアリシアを見ている。アリシアが受けた嫌がらせの腹いせも兼ねての脅しだったが、ここまで怖がられると、逆に申し訳ない気分になってきた。

 眉が下がりそうなアリシアは、二人から顔を隠すためにロットナーへ向き直る。視線を向けた先のロットナーも、先程の無表情とは違い、苦笑がにじんでいた。

「楽しみが無くなって残念ではありますが、王宮使用人の決まり事に背くつもりはございません。どうかロットナーさんの裁量でお願いいたします」

 アリシアはその場で立ち、言い終えると頭を下げる。

「わかりました。二人には後ほど処分を言い渡します。エルゼ=ケルナー、アメリア=レッツェル、ご苦労様でした。他になければもう下がりなさい」
「はい。・・・あ!言い忘れていました。一つ、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」

 再度頭を軽く下げてから退室しようとしたアリシアは、エルゼの声に立ち止まる。エルゼも立ち上がった状態でアルムガルトとヤンセンへ身体を向けた。

「勘違いしているようだから言っておくけれど、ハルシュタイン将軍とリーネルト将軍がレッツェルを指名するのは、あなた達が考えてるのとは別の理由よ。真逆と言ってもいいかもね」
「・・・逆?」

 アルムガルトが反応したので、エルゼは頷いて続ける。

「レッツェルは一切、あのお二人に対して恋愛感情を出さないの。そういう興味は皆無みたい。指名を嫌がって、給仕中も嫌そうにしているのが逆に安心できると、お二人とも仰っていたわね」
「・・・私はそんな事を言われていたんですか。なんか複雑です・・・」

 アリシアは思わず半目でエルゼを見てしまう。そんなアリシアを見てエルゼはクスクスと笑った。
 視界の端にはロットナーが口許を押さえているのが見える。

(もう。ロットナーさんまで)

 ちょっとムッスリしていると、それに気付いたエルゼがアリシアの背中を押して「さ、行きましょ」と促してくる。

「では失礼します」

 アリシアはロットナーに頭を下げると、エルゼと共に足を進める。
 横を通りすぎる際にアルムガルトとヤンセンをチラリと見やれば、二人は顔を青くしながら、驚いた顔でアリシアを見つめていた。

(自分だけの価値観でモノを見ると見誤るって事、気付いてくれたかな)

 アリシアはやれやれと思いながら、エルゼと共に廊下へと出た。
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