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第1章 アリシアの諜報活動
07 報告
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ハルシュタイン将軍とリーネルト将軍が魔王ギルベルトに呼ばれて執務室へ向かったその後。アリシアは給仕用カートを片付けると急ぎロットナーの元に向かった。
オリヴィア=ロットナーはハウスキーパー。王宮の女性使用人、シェフ、食事の給仕担当者、食糧貯蔵庫の管理をしている。使用人を管理するには書類なども必要となる上、王宮ならその量も多く、ハウスキーパー宛ての来客もある。そんな訳で、ロットナーは王宮内に小さな執務室を持っている。
アリシアはハウスキーパーの執務室のドアをノックすると、大きめの声で名乗る。
「パーラー所属のアメリア=レッツェルです」
少ししてから「入りなさい」と聞こえたので、扉を開けて「失礼致します」と礼をしてから入室する。
「どうしましたか?」
パーラー長のエルゼ=ケルナーではなく、新人のアリシアが訪れたことに、何かあったと察したようだ。ペンを置いてアリシアへと視線を寄越している。
「お忙しい所申し訳ございません」
先に執務の邪魔をしたことを謝ってから、先程の事を簡潔に説明した。
「明言は避けましたが、あのお二方の事です。3日前、私が休暇だというのは嘘だとお気付きになったと思います。すぐにパーラー長のエルゼさんに報告しようと給仕準備室に戻ったのですが・・・ちょうどエレオノーラ様への給仕中でした。エルゼさんの帰りを待っている間に、ハルシュタイン将軍とリーネルト将軍がこちらにいらっしゃるか、魔王様からお呼び出しがあるかもしれません。その前にと、急ぎ参りました」
エレオノーラは魔王ギルベルトの妹で、この王宮に住んでいる。普段のお茶は彼女の侍女が用意するのだが、彼女の従姉妹が遊びに来る時は必ずパーラーを呼ぶ。その場合、3階で待機している経験豊富な先輩パーラーが対応する事になっている。が、たまにエレオノーラがエルゼを指名することもある。アリシアが給仕に出る前は1階にエルゼが居たので、恐らく呼ばれたのだろう。
エルゼが給仕中だと知った時、アリシアはパーラー内の誰かに相談することも考えた。しかし誰が犯人か分からないので、話を広めるべきではないと思い直した。ただ唯一、口が固くて正義感の強いリーゼなら相談しても問題ないと思ったが、生憎彼女は非番だった。
そんな訳でアリシアはロットナーの所まで来たのだった。
「戻り次第、エルゼさんにも報告致します」
アリシアがそこまで言うと、ロットナーは頷いた。
「正しい判断でしたね。前もって知っていれば対応にも差が出ますから。恐らく魔王様への用事がお済みになったら、お二方とも直接こちらにいらっしゃるでしょう」
「・・・ありがとうございます」
ロットナーの言葉に、アリシアはほっとした。直接の上司ではなく、その上の人物に報告したのだ。場合によっては、指揮系統が混乱するからと、お叱りを受ける事もあるだろう。ロットナーは気さくで道理を知る人だ。だからきっと大丈夫だと思い、来て良かった。
「それで、レッツェル。あなたも迷惑を受けた側です。あなた自身はどう感じていますか?」
「私・・・ですか」
問われたアリシアは戸惑う。
誰が犯人か分からないのだから、当たり障りなく言うべきか、正直に話すべきか、それとも将軍の顔を立てるべきか。そもそも何故そんな事を聞かれているのだろうか。
考えながら視線を漂わせていると、ロットナーは小さく苦笑した。
「言いにくいとは思いますが、あなたの本音が聞きたいのです。この後いらっしゃる将軍お二方からもお話を聞いて、嘘を付いた本人にも聞き取りをしてから処分を決めます。ですがそこにあなたの意見もあれば、今後を踏まえてより良い対応が出来ると思っています」
「・・・!」
アリシアは驚いた顔でロットナーへ視線を戻す。
遠回しな言い方だが、処分対象者が退職処分にならずに使用人として残る場合、アリシアが気まずい思いをしなくてすむように可能な限り配慮してくれる、ということだ。
(気さくな方だとは思っていたけど・・・)
アリシアは被害を受けた側ではあるが、同僚が処罰されたら、やはりその後しばらくは気まずい。それに相手が心の底でアリシアをどう思っているのかも分からないから、余計に気を遣う。
アリシアはロットナーの配慮を知って笑みを浮かべる。ここは遠慮せずに、ありのままの心情を伝える事にした。
「正直に申し上げますと、初めはお客様に対して何て失礼なことを、と頭にきました。ですが後になって考え直しました。そもそも新人である私が将軍お二人からご指名を頂くことは、光栄ではありますが荷が重いと感じています。代わっていただけてむしろ助かったと、今は思っております」
これは諜報員としてではなく、使用人としてのアリシアの考えだ。
王宮入りしてまだ2ヶ月も経っていない。使用人としての経験もまだ浅い。周りを見渡せば、経験豊富な先輩達。なのにこの国で高名な人物からの指名を、アリシアが独占している。目立ちたくないのに、興味、疑い、羨望、嫉妬など、様々な感情を乗せた目でアリシアは見られている。とてつもなく肩身が狭い。
しかしパーラー長エルゼからは「将軍二人に全く興味がないレッツェルだからこそ、安全と見なされて指名されているのね」と言われた。幸いにも上司は現状を正しく理解してくれているので、アリシアは安心だ。ちょっと・・・いや間違いなく、指名を嫌がっているアリシアを面白がっているが。
仲の良いパーラー達も、アリシアが指名を嫌がっていることを知っている。なので余計に将軍二人の噂話をアリシアに面白げに語る。リーネルト将軍の『もしかしたら好きな人でもいるんじゃない?』という恋話や、ハルシュタイン将軍の『女に全く興味がない』『男色の可能性』など。あまり憶測で話をしないアリシアも、指名される腹いせ混じりでついつい楽しく加わってしまう。パーラー達からは指名されて羨ましいとは言われるが、妬ましくは思われてなさそうだ。
そうして改めて考えたら、犯人はその仲の良いパーラーの誰かの可能性もあるということに気付いた。
「もし調査の結果、私に対する悪意のない行為だったのであれば・・・お咎め無しは難しいかもしれませんが、なるべく軽いもので済ませて欲しいと思います」
「・・・もし悪意があった場合はどうしたいですか?」
(悪意があれば・・・)
アリシアは視線を下に向けて考える。
もし悪意があったとしても、人であれば魔が差すこともある。間違える事もある。完璧な人なんていない。過ちを認めて反省出来る人物ならば、アリシアはその相手を赦せる人でありたい。人を認めない、赦さない心からも争いは産まれるのだから。
「・・・もし悪意があっても、思い直して反省してくれれば、それで充分です」
視線をロットナーに戻して伝える。
ロットナーは少しだけアリシアを見つめた後に微笑んだ。
「分かりました。私から聞きたい事は以上です。他になければ、将軍と鉢合わせしないように、早目に職務に戻りなさい」
「はい。それでは私はこれで失礼します」
「ええ、来てくれてありがとう。助かりました」
笑みを深めたロットナーに、アリシアも笑みを返してから礼をして退室した。
その日は給仕から戻ってきたエルゼにも事情を話すと、その後いつも通りに終業し、使用人宿舎へ帰った。
* * *
その翌日。
「ザーラ、ロットナーさんの執務室まで一緒に来てくれる?」
「・・・?はい、分かりました」
パーラー長エルゼが、朝からパーラー全員を一人ずつ順番にロットナーの執務室へ連れていく。名前を呼ばれたパーラーも不思議そうな顔でついて行き、戻ってくると皆チラリとアリシアを見やる。
(確実に昨日の件だろうとは思うけど・・・何故全員呼ばれてるのかしら)
アリシアは首を傾げる。戻ってきた仲の良いパーラーに聞いてみるが、「ロットナーさんから各自直接お話を聞くまでは、話してはいけないと言われたの。ごめんね」と言われた。
(口止めしないといけない程の事だっけ・・・?)
とますますアリシアは首を傾げる。そもそもパーラー全員と話をする必要も無いように思うのだが。それに人によって呼ばれてから戻ってくるまでの時間も違う。その違いは何だろうか。
状況が良く分からないまま、本日出勤しているパーラーの、最後の一人が戻ってきた。そしてやはりアリシアをチラリと見る。
(ああ~!気になる!何だろう)
諜報員だという事がバレた、なんてことはないだろう。もし少しでも疑いを持たれたのならば、近衛隊がアリシアを問答無用で捕まえるに違いない。しかし現状はそうではないので、ならばやはり昨日の件だろう。
モヤモヤしていると、最後の一人の後ろから、エルゼが顔をのぞかせてアリシアへ顔を向ける。
「最後にレッツェル。ロットナーさんの執務室へ」
「はい」
行けば何が起こっているのか分かるだろう。アリシアはパーラー待機室入り口に立つエルゼの元へ早歩きで近寄る。
「さ、行きましょ」
エルゼは他のパーラーを呼んだ時とは違い、アリシアへ笑顔を向けた。
皆が口止めされているのであれば、執務室までの王宮の廊下では話さない方が良さそうだ。訳が分からないながらも、アリシアは静かにエルゼについて行った。
オリヴィア=ロットナーはハウスキーパー。王宮の女性使用人、シェフ、食事の給仕担当者、食糧貯蔵庫の管理をしている。使用人を管理するには書類なども必要となる上、王宮ならその量も多く、ハウスキーパー宛ての来客もある。そんな訳で、ロットナーは王宮内に小さな執務室を持っている。
アリシアはハウスキーパーの執務室のドアをノックすると、大きめの声で名乗る。
「パーラー所属のアメリア=レッツェルです」
少ししてから「入りなさい」と聞こえたので、扉を開けて「失礼致します」と礼をしてから入室する。
「どうしましたか?」
パーラー長のエルゼ=ケルナーではなく、新人のアリシアが訪れたことに、何かあったと察したようだ。ペンを置いてアリシアへと視線を寄越している。
「お忙しい所申し訳ございません」
先に執務の邪魔をしたことを謝ってから、先程の事を簡潔に説明した。
「明言は避けましたが、あのお二方の事です。3日前、私が休暇だというのは嘘だとお気付きになったと思います。すぐにパーラー長のエルゼさんに報告しようと給仕準備室に戻ったのですが・・・ちょうどエレオノーラ様への給仕中でした。エルゼさんの帰りを待っている間に、ハルシュタイン将軍とリーネルト将軍がこちらにいらっしゃるか、魔王様からお呼び出しがあるかもしれません。その前にと、急ぎ参りました」
エレオノーラは魔王ギルベルトの妹で、この王宮に住んでいる。普段のお茶は彼女の侍女が用意するのだが、彼女の従姉妹が遊びに来る時は必ずパーラーを呼ぶ。その場合、3階で待機している経験豊富な先輩パーラーが対応する事になっている。が、たまにエレオノーラがエルゼを指名することもある。アリシアが給仕に出る前は1階にエルゼが居たので、恐らく呼ばれたのだろう。
エルゼが給仕中だと知った時、アリシアはパーラー内の誰かに相談することも考えた。しかし誰が犯人か分からないので、話を広めるべきではないと思い直した。ただ唯一、口が固くて正義感の強いリーゼなら相談しても問題ないと思ったが、生憎彼女は非番だった。
そんな訳でアリシアはロットナーの所まで来たのだった。
「戻り次第、エルゼさんにも報告致します」
アリシアがそこまで言うと、ロットナーは頷いた。
「正しい判断でしたね。前もって知っていれば対応にも差が出ますから。恐らく魔王様への用事がお済みになったら、お二方とも直接こちらにいらっしゃるでしょう」
「・・・ありがとうございます」
ロットナーの言葉に、アリシアはほっとした。直接の上司ではなく、その上の人物に報告したのだ。場合によっては、指揮系統が混乱するからと、お叱りを受ける事もあるだろう。ロットナーは気さくで道理を知る人だ。だからきっと大丈夫だと思い、来て良かった。
「それで、レッツェル。あなたも迷惑を受けた側です。あなた自身はどう感じていますか?」
「私・・・ですか」
問われたアリシアは戸惑う。
誰が犯人か分からないのだから、当たり障りなく言うべきか、正直に話すべきか、それとも将軍の顔を立てるべきか。そもそも何故そんな事を聞かれているのだろうか。
考えながら視線を漂わせていると、ロットナーは小さく苦笑した。
「言いにくいとは思いますが、あなたの本音が聞きたいのです。この後いらっしゃる将軍お二方からもお話を聞いて、嘘を付いた本人にも聞き取りをしてから処分を決めます。ですがそこにあなたの意見もあれば、今後を踏まえてより良い対応が出来ると思っています」
「・・・!」
アリシアは驚いた顔でロットナーへ視線を戻す。
遠回しな言い方だが、処分対象者が退職処分にならずに使用人として残る場合、アリシアが気まずい思いをしなくてすむように可能な限り配慮してくれる、ということだ。
(気さくな方だとは思っていたけど・・・)
アリシアは被害を受けた側ではあるが、同僚が処罰されたら、やはりその後しばらくは気まずい。それに相手が心の底でアリシアをどう思っているのかも分からないから、余計に気を遣う。
アリシアはロットナーの配慮を知って笑みを浮かべる。ここは遠慮せずに、ありのままの心情を伝える事にした。
「正直に申し上げますと、初めはお客様に対して何て失礼なことを、と頭にきました。ですが後になって考え直しました。そもそも新人である私が将軍お二人からご指名を頂くことは、光栄ではありますが荷が重いと感じています。代わっていただけてむしろ助かったと、今は思っております」
これは諜報員としてではなく、使用人としてのアリシアの考えだ。
王宮入りしてまだ2ヶ月も経っていない。使用人としての経験もまだ浅い。周りを見渡せば、経験豊富な先輩達。なのにこの国で高名な人物からの指名を、アリシアが独占している。目立ちたくないのに、興味、疑い、羨望、嫉妬など、様々な感情を乗せた目でアリシアは見られている。とてつもなく肩身が狭い。
しかしパーラー長エルゼからは「将軍二人に全く興味がないレッツェルだからこそ、安全と見なされて指名されているのね」と言われた。幸いにも上司は現状を正しく理解してくれているので、アリシアは安心だ。ちょっと・・・いや間違いなく、指名を嫌がっているアリシアを面白がっているが。
仲の良いパーラー達も、アリシアが指名を嫌がっていることを知っている。なので余計に将軍二人の噂話をアリシアに面白げに語る。リーネルト将軍の『もしかしたら好きな人でもいるんじゃない?』という恋話や、ハルシュタイン将軍の『女に全く興味がない』『男色の可能性』など。あまり憶測で話をしないアリシアも、指名される腹いせ混じりでついつい楽しく加わってしまう。パーラー達からは指名されて羨ましいとは言われるが、妬ましくは思われてなさそうだ。
そうして改めて考えたら、犯人はその仲の良いパーラーの誰かの可能性もあるということに気付いた。
「もし調査の結果、私に対する悪意のない行為だったのであれば・・・お咎め無しは難しいかもしれませんが、なるべく軽いもので済ませて欲しいと思います」
「・・・もし悪意があった場合はどうしたいですか?」
(悪意があれば・・・)
アリシアは視線を下に向けて考える。
もし悪意があったとしても、人であれば魔が差すこともある。間違える事もある。完璧な人なんていない。過ちを認めて反省出来る人物ならば、アリシアはその相手を赦せる人でありたい。人を認めない、赦さない心からも争いは産まれるのだから。
「・・・もし悪意があっても、思い直して反省してくれれば、それで充分です」
視線をロットナーに戻して伝える。
ロットナーは少しだけアリシアを見つめた後に微笑んだ。
「分かりました。私から聞きたい事は以上です。他になければ、将軍と鉢合わせしないように、早目に職務に戻りなさい」
「はい。それでは私はこれで失礼します」
「ええ、来てくれてありがとう。助かりました」
笑みを深めたロットナーに、アリシアも笑みを返してから礼をして退室した。
その日は給仕から戻ってきたエルゼにも事情を話すと、その後いつも通りに終業し、使用人宿舎へ帰った。
* * *
その翌日。
「ザーラ、ロットナーさんの執務室まで一緒に来てくれる?」
「・・・?はい、分かりました」
パーラー長エルゼが、朝からパーラー全員を一人ずつ順番にロットナーの執務室へ連れていく。名前を呼ばれたパーラーも不思議そうな顔でついて行き、戻ってくると皆チラリとアリシアを見やる。
(確実に昨日の件だろうとは思うけど・・・何故全員呼ばれてるのかしら)
アリシアは首を傾げる。戻ってきた仲の良いパーラーに聞いてみるが、「ロットナーさんから各自直接お話を聞くまでは、話してはいけないと言われたの。ごめんね」と言われた。
(口止めしないといけない程の事だっけ・・・?)
とますますアリシアは首を傾げる。そもそもパーラー全員と話をする必要も無いように思うのだが。それに人によって呼ばれてから戻ってくるまでの時間も違う。その違いは何だろうか。
状況が良く分からないまま、本日出勤しているパーラーの、最後の一人が戻ってきた。そしてやはりアリシアをチラリと見る。
(ああ~!気になる!何だろう)
諜報員だという事がバレた、なんてことはないだろう。もし少しでも疑いを持たれたのならば、近衛隊がアリシアを問答無用で捕まえるに違いない。しかし現状はそうではないので、ならばやはり昨日の件だろう。
モヤモヤしていると、最後の一人の後ろから、エルゼが顔をのぞかせてアリシアへ顔を向ける。
「最後にレッツェル。ロットナーさんの執務室へ」
「はい」
行けば何が起こっているのか分かるだろう。アリシアはパーラー待機室入り口に立つエルゼの元へ早歩きで近寄る。
「さ、行きましょ」
エルゼは他のパーラーを呼んだ時とは違い、アリシアへ笑顔を向けた。
皆が口止めされているのであれば、執務室までの王宮の廊下では話さない方が良さそうだ。訳が分からないながらも、アリシアは静かにエルゼについて行った。
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