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発端

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伏せていた視線をそろりと上げた先には蜂蜜色の瞳をゆるりと細めながら笑みを浮かべる青年がいて。
面倒見の良い近所のお兄さん、といった優し気な風貌と周囲を取り囲むぴりついた空気との温度差にどうしてこうなったと頭を抱えた。
まぁどうしても何も自分の軽口が原因だったのは紛れもない事実なのだけれど。







この世界は大きく分けて人族と獣人族、そして竜人族で成り立っている。
人口比でいえば6:3:1といったところか。
これだけ差があればさぞ人族が大きな顔でふんぞり返ってるんだろうと思われるけど実際はその反対。
竜人族は数こそ少ないものの単騎で国の一つや二つ滅ぼせるくらいの力があるし、獣人族も人族の数十人程度なら無傷で叩きのめせるというフィジカルつよつよ種族。つまり人族なんて人数が多いだけの弱小種族なのだ。

まっさきに潰されて従属化されそうなものなのに、今もそれなりに対等な地位を保っていられるのには訳がある。
【番-つがい-】と呼ばれる存在のお陰だ。
人でいう夫婦みたいなものだけど彼らに言わせれば半身だの魂の一部だの自分の命よりも大切なものらしい。そんな番は人口比のせいもあるけど大半が人族から見つかる事が多い。そんな事を知らない混沌時代に人族の住む集落をばかすか灰にした後で、そこに自分の番が生活していたと知ればどうなるか。周りを巻き込んでの大暴れの後に衰弱死コースだ。粗暴なのか繊細なのかわからない。身内に甚大な被害があるからというよりも、まだ見つからない自分の番がいる可能性大ということで早々に不可侵条約が結ばれ人族に平和が訪れたというわけ。
まぁそれでもミジンコと象くらいの戦力差があるから表向きは対等といいつつ、顔色伺いつつの外交になるんだけど。


それでひとまず侵略される心配はなくなったんだけど、他種族との交流が始まった途端にあちらこちらで拉致事件が勃発。はい、言われなくてもわかるよね。番を見つけたことでの暴走。物心ついた頃からずっと自分の一部が欠けたような満たされない思いを抱えて生きてきたものだから、番を見つけた瞬間に理性が蒸発して白昼堂々誘拐行為に及ぶのだ。


獣人族や竜人族からすれば長年求めていた半身を見つけてハッピーかもしれないけど、人族からしてみればある日いきなり番だからという理由で拉致られ新居にて新生活をスタートさせられるわけよ。
初対面で連れ去られた挙句、今日から夫婦な!と言われても納得と理解も出来ないわけで。当然困惑するし話し合おうとするも相手はやっと見つけた番に脳内お花畑でまともに会話が成り立つわけもなく。で、どうなるかといえば番とされた人族の逃亡だ。そりゃそうだろう。当然の流れだわなと思うものの、当の獣人族や竜人族からすれば理解が出来ないらしい。「なんで?俺たち番でしょ?それなのに何で逃げるの?」と心底不思議そうな眼差しでわたわたと逃げ出す番を連れ戻しては逃げられるの繰り返し。最初はそんなやり取りも楽しいからと見逃されててもそのうち閉じ込められて、それからはずーっと二人きり。なんせ彼らはもれなく嫉妬深く執着心が強いから親兄弟とはいえ会わせてくれない。そんな状況に少しずつ順応する人もいれば壊れちゃう人もいるわけで。そうして番が壊れると今度は囲っていた竜人族や獣人族が発狂して周囲に甚大な被害を、と大昔と同じ流れ。彼らにとっては番かそれ以外、くらいの認識だから番を失えば人族だろうが巻き添えにすることに躊躇はない。なんせその中に自分の番は存在しないから。だから番を失くして発狂されると人族はもちろん、その中に番がいた可能性のある獣人族・竜人族にも被害が甚大なせいで、どうやって穏便に番関係を継続させられるかが3種族間の長年の議題だったりする。





「そもそも相手の生態をよく知らないのに手元に置こうとするのが間違いなんだよ」
「ペットみたいな言い方するなよ」
「寿命や力の差でいえばそんなもんだろ。か弱い俺らはハムスターみたいなもんよ」

俺のシリアンって名前と同じハムスターがいると知った時は親のネーミングセンスを疑ったけど、別名のほうが有名らしいので突っ込まれたことはない。
自分だけに分かる自虐ネタを口にしつつ会議に使われた部屋の清掃を進める。

置き忘れた資料には番の家族へ金銭的サポートだの、喜ばれる贈り物の一覧だの的外れな文言が並んでいる。命の危機に怯えている相手にすべき事はひとまず安心できる環境を用意することで、きらびやかな金銀財宝を貢ぐことではない。

「大体さぁ、事あるごとに番だから、番なのに、とか番!番!言われても俺らにその番とは何ぞやって知識は薄いし、何よりその自覚?みたいなのないだろ。片方だけで確信されても困るっていうか」
「まぁ番が誰なのかわかるのって獣人族と竜人族だけだもんな」
「そそ。向こうは確信もってるからグイグイくるんだろうけど、こっちにしたらどちら様?じゃん」
「たしかに」
「初対面でさ、こっちの何をわかってんの?って状態なのに好意マックスとか恐怖でしかないっていうか」
「たしかに」
「そんな相手に拉致されてここが新居だよ♡って言われて、嬉しいわダーリン♡って誰が喜ぶよ」
「わかる」
「顔面偏差値がめちゃくちゃ高いだけの変態じゃん」
「顔はいいんだよな顔は」
「その顔に惹かれてまぁいいかって受け入れたとして、俺らにしてみたら番って夫婦みたいなもんかな?って認識しかないからまさか一生ものだと思わないじゃん。喧嘩して勢いで離婚を突き付けようものなら、良くて監禁生活の再スタート、悪くて無理心中ってとこ?」
「愛が重い」
「番と目が合おうものなら胸倉を掴んで恫喝し、肩がぶつかろうものなら半殺し、口説こうものなら八つ裂き一択」
「愛が重すぎる」
「安心して外歩けないよな。わかりやすく番ですってタスキなり札をつけて歩いてくれたら目を合わせないし半径5m以内に近づかないよう自衛も出来るのに。まさか隣に死亡フラグがいると思わないじゃん」
「番になるのも番がそばにいるのも怖ぇな」
「まぁ外をふらつく番は滅多にいないんだけどねー」
「そういや拉致事件の頻度に比べたら番関連の事件少ないな」
「同伴とはいえ外に出るのって番関係を完全に受け入れて逃亡の恐れなしって判断されてるからだと思うな」
「夫婦間で逃亡の恐れなしってワードが出る時点でヤバい」
「順序すっ飛ばしていきなり拉致するんじゃなくて、こう、少しずつでも交友を深めていけば情も沸くし何なら好意をもつかもしれないのにね。顔はいいんだし」
「だよな、顔はいいのに行動が勿体ないよな」
「こちとら心身共によわよわ人族ぞ?真綿に包んでよちよちされなきゃつよつよ竜人族や獣人族に心開くわけないだろ」
「言ってる内容は限りなく情けないのにドヤ顔すんな」
「いや、マジで人族の扱い勉強してほしい。アイツら人に道聞くのに毎度肩を脱臼させてくるからな」
「あぁ、たまに腕をぶらぶらさせてんの脱臼してたのか」
「もうね、人族はおさわり厳禁にしよ。ちょっといいかな?って引き留める力が強すぎんだよ。何度人の肩脱臼させてんの。その度にでかい図体ぶるぶる震わせながら人族怖いって青い顔してるけど、怖い目にあってんのはこっちだから」
「たしかに痛い目も怖い目も遭ってんのはこっちだな」
「番に合うと理性が蒸発するのは仕方ないとしてさ、その前に人族の取り扱い方を勉強して?強く抱きしめた結果が全身骨折とか後々の関係性に響くから」
「触れられるたびに骨折の恐怖に震えるな」
「一度芽生えた恐怖心なんて早々消えないんだし。大事なのは事前の相互理解だと思うよ。とりあえず竜人族と獣人族には人族はか弱いハムスターと思って接してほしい」
「まぁこっちが必死で抵抗しようが小さい生き物がわちゃわちゃして可愛いね、くらいのもんだしな」
「そして人族には番とは何ぞや?ってことと諦めを周知徹底させてほしい」
「番云々とはともかく諦め??」
「こっちがお断りして引き下がると思う?嫉妬で国の一つや二つ滅ぼすわ、逃げようものならどこまでも追いかける執着心の塊だぞ。無駄に抵抗して関係が拗れるよりは早々に諦めて、今後の生活をより良くする方向に考えをシフトするのが一番平和かと」
「まぁ……それしかないよなぁ」
「とはいえ番とは何ぞって知識は人族だけで考えても意味ないし、せっかく当事者が集まって会議するならその機会に、」




ガチャ




「―――――失礼しました」

そんなとりとめのない話をしながら次の部屋の片づけを、と扉を開いた先にまさに会議の真っただ中な光景が広がってると思わないじゃないか。
頭が真っ白になりつつ何とかそれだけ口にして、状況が分かってない同僚を連れて逃げ出した。
一瞬だったし、俯き加減で顔も見られてないよな。
そんな淡い希望を抱いて数日過ごしていたものの名指しで呼び出された挙句、あの日ぺらぺら話した相互理解を重要視し、発案者だからという理由で竜人族のもとへ生贄、ではなく人族代表として送り出されることになるとは思わなかった。
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