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従兄が富裕層民になっていた。 〜攻略対象の難易度がSSランクまで上がっていたようです〜

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 朝ご飯は、梅とシラスを混ぜたおにぎりと、手毬麩とにんじんと絹豆腐のお味噌汁、それから、出し巻き卵とおからサラダ。ごく普通の料理なのに秀ちゃんは「美味しい」って口にしながら気持ちのいい食べっぷりを披露してくれて、くすぐったい気持ちになった。

「俺、今日不動産屋に行くんだけど」

「へえー」

「真白はどれくらいで出る準備できそう?」

「ん?」

「化粧したりとか色々あるだろ?」

 洗濯して、食器洗って、お化粧して。

「1時間あれば準備はできるけど」

「じゃあ余裕だな。食器とか洗濯とかは俺がやるから、10時前くらいに出ていこうな」

「うん……って、えっ、え?」

 ちょっと待って。どうして私も行く前提なの?
 ご馳走様、と手を合わせた秀ちゃんが食器を下げながら、自信満々の不敵な笑みを浮かべる。

「真白も来てくれるだろ?」

 そりゃ、もちろん、来いと言われれば行くけども。

「私に予定があるかも、とかは思わないの?」

 そこまで自信満々になられると、ちょっといじけたい気持ちになる。

「真白なら、今日は俺のために予定を空けておいてくれてるだろうなって」

「……」

 実際、秀ちゃんの言う通り、一緒に過ごせることを期待して予定はきっちりと空けていたけど。でも、だからって。

「何年の付き合いだと思ってんだよ」

 ふは、と笑った秀ちゃんに頭を大きな手でぽんぽんとされて、グウの音も出なくなる。

「真白の意見も聞きたいからついて来てよ」

 鋭さと甘さが程よく混ざり合った美形に爽やかに微笑まれてれて。両頬が熱を持つのを感じながら「うん」と頷くと、秀ちゃんはフッと笑って見せた。子供の頃から変わらない、ちょっとした悪巧みが成功したときのご機嫌な顔。――私、思いっきり秀ちゃんの掌の上で転がされてるなぁ。


 お言葉に甘えて準備してる間に、秀ちゃんは洗い物と洗濯物をしてくれた。秀ちゃんに自分の下着を見られて死にそうになったり、逆に秀ちゃんの下着を見て頬を染めたりしながらも、二人で家を出た。
 歩きながら将来はどの辺に住みたいとか、マンション派か戸建派かとかを二人で話し合ったりして。やっぱり従兄だからか考えも似てて。二人で「だよな」って盛り上がって。
無防備に自分の考えを話す秀ちゃんは、この情報をもとに私が秀ちゃんとの新婚生活や新居選びの妄想をするだなんて夢にも思ってないんだろうな。私は毎晩するよ?
 ――なんて。そんなバカなことを考えていたせいか、電車の揺れによろけてしまった。秀ちゃんが支えてくれたからよかったものの、そうでなかったら誰かの足を踏んでしまったかもしれない。

「ごめんね、ありがとう」

「ほら」

 目の前の美形が腕を少し差し出してきた。どうやら掴まれ、ということらしい。
 ドキドキしながら秀ちゃんの腕に掴まる。筋肉があって、血管が浮き出てて、がっしりしてて、カッコいい腕だ。手首にあるちょっとゴツめの腕時がよく似合ってる。身体が熱くなって、じんわり汗がにじむ。
 ドキドキと胸が騒ぎ続ける間に、目的の駅に電車が着いた。もっとずっとこうして居たかったな、なんて名残惜しみながら、秀ちゃんの腕から手を離す――その手が当然のように握られた。子供の頃と同じように、手を引くみたいにすっぽりと私の手を包むみたいにして。
 顔を上げても、車内の人を避けながら前を歩く秀ちゃんの顔は見えない。
 あの頃よりずっと大きくなって、ごつごつになった手。大きくなった背中。
 身長も体格もお互いに変わったのに、あの頃と同じまま、私だけが繋がれた手を意識して、私の心臓だけが忙しなく動いている。
 ずっと、私だけが恋をしている。
 秀ちゃんも、少しでも私にどきどきしてくれたらいいのに、そう願いながら握り返した。
 電車を降りたら秀ちゃんが手を離そうとしたけど、目的の建物に着くまでは私は手を離さなかった。なにか言いたげな視線を寄越されたけど、先に繋いできたのは秀ちゃんなので黙殺した。


「秀一、久しぶり」

 不動産屋さんに着くと、学生時代にアメフトとかラグビーとかやっていそうなガタイのいい男性が現れた。縦にも横にも大きいけれど、笑顔が人懐っこい少年みたいで可愛い。ちらっとその人と目が合うと、驚いたように目が見開かれた。

「おわー! 君が真白ちゃん!?」

 大砲みたいに大きな声だった。
 空気どころか来客スペースのテーブルまで振動していて、びっくり。

「声がでけぇ。アメフト用の声出すな」

「悪い、悪い。でも、ずっと見せてくれなかった従妹ちゃんでしょ!」

 先ほどよりも声は小さくなったけど、まだ十分大きい声だった。

「俺は秀一の大学のときの友人の小山京平こやまきょうへいです。なにかあったらここに書いてある携帯番号に連絡してね」

 スッと名刺を差し出されて受け取る。

「木之下真白です、今日はよろしくお願いします」

「ただの腐れ縁の連れだから。その名刺も後で捨てていいからな」

「酷い言い草だな! それにしても君が真白ちゃんかぁ」

「えっと……なにかありました?」

「学生の時の秀一がさぁ、真白ちゃんと会う日は喫煙者組に朝から『近づくな』って睨んでめちゃくちゃ怖かったんだよ。過保護過ぎだってバカにしたせいか、全然紹介してもくれないし、写真も見せてくれないからどんな子なんだろうってずっと話題になってたんだよね」

「え、本当?」

 小山さんをうざそうに見ていた秀ちゃんが私の方に目を向ける。

「忘れた」

「いやいや、お前なに照れてんだよ。お前の脳ミソがそんなことを忘れるわけないだろ」

 にやにやと笑う小山さんを秀ちゃんが睨むと小山さんが両手を上げて降参した。

「怖い、怖い。それで? ちゃんと候補は絞って来た?」

「これとこれとこれ」

「お―、いいじゃん。じゃ、俺さっそく車出してくるからちょっと待っててくれるー?」

 広い背中が奥へ消えていくのを見てから秀ちゃんをチラリと見上げると、秀ちゃんは少し疲れた顔をしていた。

「仲がいいんだね」と言ったら嫌そうな顔が返ってきた。照れなくてもいいのに。

「うわぁ、素敵! 高級ホテルみたい!」

 一件目は、洒落たレストランが沢山ある人気のエリアに立つ4階建の低層マンション。リビングが今の私の1Kのアパートがまるっと余裕で入る広さで、大きな窓から温かな光線が燦々と入り込んでいた。お洒落なアイランドキッチンもシューズクローゼットもお風呂も寝室も全部が大きくて、特にボタン一つでカーテンが開閉する仕様には大興奮してしまった。
 その後も駅近のタワマンに、オシャレで豪華なデザイナーズマンションを巡って、事務所に戻った。

「……って、もしかして秀ちゃん、今日見たマンションを買うつもりなの? 全部、億ションも億ションだよ!」

 ドラマに出てくるような格好いいマンションばかりだった。

「だ、大丈夫なの?」と顔を見ると「大丈夫、キャッシュで買えるから」と平然と口にした美形に私は恐れ慄いた。

 現 金キャッシュで!?

「はは、真白ちゃん、そんな顔しなくても大丈夫。こいつは今仕事を辞めても死ぬまで食べていけるくらい金を持ってるから、遠慮せずにたかっちゃって」

 ええええっ!? 年収って1千万あっても税金で結構引かれるからそこまで暮らしぶりは変わらないって聞いたんですけど!? なんでそんなにお金を持ってるの!? 宝くじでも当たった?

「高校の時から投資やってたし、社会人になってからも給料をほとんど投資にぶち込んでたからな」

「資本主義社会の勝ち組がここに……」

 ただでさえ実家が資産家で有能なイケメンなのに、その上『億り人』という称号まで得て……。勝ち組がここにきて更なる勝ち組へと覚醒進化を遂げていく様に私は震えが止まらない。一体どこまで私の恋のハードルを上げれば気が済むのか。

「アメリカ行って更に稼いだしな。海外の方が手数料も安いし、普通の保険商品とかでさえも海外の商品の方が利回りがかなりいいしな。ま、リスクはあるけど」

「へえそうなんだすごいね」

 もう棒読みになっちゃうくらいにすごい。

「で、どれがいいと思う?」

「投資物件じゃなくて実際に住む前提なんだよね?」

 真剣にマンションの情報に目を向ける。

「億ションだけあって全部オシャレだし、間取りも素敵だし、立地もいいよね。この辺とかはひょっとしたら再販時に購入時と同じくらいの価格でも売れちゃいそうだけど」

「で、真白は? 住むとしたらどれに住みたい?」

「ええ~、私には縁が無さすぎてちょっと考えられないかも」

「え、ちょっと待って。秀一、お前そんな感じなの?」

 ゲラゲラ笑いだした小山さんに秀ちゃんが「おい」と低い声を出した。

「話が進まないから、ちょっと黙ってろ」

 秀ちゃんの真顔に、ひゅっと笑いを飲み込んだ小山さんが「真白ちゃんはどれが1番好きだった?」と急に営業スマイルを向けてきた。
 分かりますよ、小山さん。あの秀ちゃんを無視すると、次に閻魔様のような秀ちゃんが現れる。美形が怒ると迫力があって怖いのだ。
 それにしても、二人ともそういう期待を持たせるようなことを軽率に口にしないでほしい。
 マンションを購入する秀ちゃんの立場になったつもりで考えてって意味なんだろうけど、二人みたいな言い方で聞かれると、一緒にこういう素敵なところに住まわせてくれる気があるのかなって期待しちゃうのが恋の病の恐ろしいところなんだから。

「うーん、私が好きなのは……やっぱり、これ、かな?」

 光溢れる大きなリビングはもちろん、エントランスへ続く緑あふれる木々や石畳の感じも、マンションの外観も品があって美しかった低層の高級マンションを指さす。

「じゃ、これにする」

「え、待って。秀ちゃん、一生の買い物だよ? 大丈夫?」

「これでもニューヨークにいた時からずっと探してたから大丈夫。この三つだったら、どれでも間違い無いと思うよ。――それよりも、できるだけ早く引っ越したいんだけど、最短でいつ?」

 え、と声にならない声が漏れた。
 できるだけ早く引っ越したいんだけど、という秀ちゃんの言葉に頭を殴られたようなショックが全身を貫く。
 そりゃ、そうだよね。キャッシュでマンション買えるような人が狭い1Kなんかに二人で住めるわけないよね。
 それに、最初から期間限定だって分かってたのに。あまりに昨日からが幸せすぎて、なんとなくもうちょっと長く一緒にいられる気になってしまっていた。まさか、一刻も早く出ていきたいと思っているだなんて思ってもみなかったから。

「……真白?」

 秀ちゃんが心配そうに眉を寄せて、私の顔を覗き込んで「どうした?」と声をかけてくれる。
 昔から秀ちゃんは私のほんのささやかな変化にも必ず気がついてくれた。それが嬉しかったはずなのに、今だけは気がつかれたくなかったな、と思う。

「ごめん、ちょっと考え事してた」

「疲れたよな、ごめん。今日はもう帰るか。京平、あとはメールか電話して」

「了解」

「えっ、そんな、私は大丈夫だよ?」

「ちょうど俺も腹減ったし。あ、そうだ。京平、登記は真白に任せたいんだけどできる?」

「えっ、真白ちゃん、司法書士なの?」

「実は。まだ新米なんですけどね」

「へえ、若いのにすごいね。よかったらこれから仕事振るよ? 名刺ある?」

「あっ、有ります! 嬉しいです!」

 ささっと名刺を取り出して渡す。いざという時のためにパスケースに何枚か入れておいてよかった。

「月に何件かお願いできると思うから、またメールするね」

「わぁ、ありがとうございます」

 社交辞令かもしれないけど、本当にお仕事が来たら嬉しいな。

「頭金は後で振り込んでおくから」

「日程は後でメールしておく。じゃあまたな」

「おー、色々ありがとな」

 私もお礼を言って、エレベーターに乗り込む。扉が閉まると、秀ちゃんが「本当に大丈夫か?」と尋ねてきた。
 なんのことだろうと首を傾げて、さっき凹んでいたのを誤解された件かと思い至った。

「うん、ちょっとボーっとしてただけ」

 過保護な心配がくすぐったい。やっぱり秀ちゃんは優しい。

「昼でも食べに行くか。どこか行きたいとこある?」

「特にないかな」

「さっきのマンションの近くにあったイタリアンでも行ってみる?」

 さっき不動産巡りしていた時に、二人で車窓から見つけた隠れ家っぽいイタリアンのことだ。建物自体がアンティークのような素敵な洋館で、そこだけまるで外国みたいでとても可愛いかったのだ。

「あの雰囲気がいい感じだったとこだよね? 行ってみたい」

 OKと笑った秀ちゃんがサッとスマホで検索してお店に電話して予約を済ませてくれる。看板を一瞬見ただけで店名を覚えられるとか、ほんと羨ましい頭脳だ。

「1組キャンセルがあって、空いてるって。よかったな」

 そして、スマートで本当ズルい。 
 お店に着くと、木でできた重厚なドアを秀ちゃんが開けて、私を先に中に通してくれた。店内に入ると、静かで落ち着いた空間が広がっていた。

「いらっしゃいませ」

 素敵なソムリエールが優しい笑みで迎えてくれて、キッチンの中のシェフも柔和な笑顔を向けてくれた。席に案内されてメニューを眺める。コースがメインのある無しで2種類あるけど、どちらのコースでも、前菜もパスタもドルチェもそれぞれ5種類から選べる。どれも美味しそうでメニューを見てるだけでもワクワクしてくる。

「Aコースで、石かれいのカルパッチョとピンクグレープフルーツのサラダと、仔羊とそら豆のパスタと、エスプレッソのティラミス、食後はホットコーヒー」

 即決タイプの私が呟くと、秀ちゃんがちょっとだけ嫌そうな顔をした。

「これだけあるのに全部被った」

「秀ちゃんはBコースのメイン付きにするかと思った」

「昨日から移動ばっかりであんま動いてないのに沢山食うのもな。ところで飲み物はどうする?」

「今日は、蒸し暑いから冷えたスパークリングはいかがでしょうか?」

「最高だな」

 メニューから顔を上げると、二人の視線がぴたりと噛みあって微笑みあう。
 どうしよう、幸せだ。
 今のこの泡沫うたかたの関係がずっと続けばいいのに。
 でも、そんなことはできない。
 このままぼんやりしていたら、秀ちゃんに特定の相手ができるだろうし、そうなる前に私がはっきりと告白して――だめだったら、きっと秀ちゃんは私とは連絡を取らなくなる。会うことも無くなって……親戚伝いに子供ができたこととかを聞いて。もう全く交わらない別々の人生を、きっと歩んでいくことになる。

 結局、どっちにしろ、この関係は長くは続かない。でも……私は、もう少しだけこの優しい関係に浸っていたい。
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