3 / 23
なんでもいうことをきくけん ~黒歴史を添えて~
しおりを挟む
小さな紙に色鉛筆で書かれた拙い文字。
“なんでもいうことをきくけん”
この悪魔の券を私がこの世に生み落としたのは、小学校1年生の時だった。私は初恋相手の秀ちゃんに自分の作った『なんでもいうことをきくけん』を無理矢理に押しつけ、代わりに秀ちゃんにも無理矢理『なんでも言う事をきく券』を作らせた。そして、ちゅーを迫った。
ごねて、ごねて、ごねまくり、最終的に泣き脅して秀ちゃんに、無理矢理ちゅーをさせた。初恋のカッコいいお兄さんにしてもらって、すごくドキドキした幼き日々の1ページを飾る素敵な思い出は、同時にパワハラ、セクハラ、痴女行為の3コンボを決めた最悪の黒歴史でもある。
「……っ」
枕に顔を押し付けて悶絶する。
黒歴史というものはどうしてこんなにも的確に自分の心に深手を負わすのだろう。どうして人は後に自分を苦しめると気がつかずに黒歴史という大怪我を作り、自分で自分を痛めつけるのだろう。ジーザス。
『居候の件、よろしく』
完璧に整った顔にニヤニヤとドSな笑みを浮かべた従兄の姿がありありと目に浮かんで――格好良過ぎて死にそうになった。自分の記憶が作り出した幻影なのにどういうこと。ってそれよりも!
「こんな物騒なものをどうしていまだに持ってるのーっ!」
っていうか、まさかとは思うけど、こんな物騒なものをアメリカにまで持って行ってたの!? そんなにあの時の事を根に持っているの? だとしたらかなりヤバい……。
「でも、まだ持っててくれて嬉しいと思ってしまうおバカな恋心」
でも秀ちゃんは思い出とか恨みとかじゃなくて、『いつか使える』と思って今まで持っていたんだろうけどね。そういう人だから。でも、根はすごく温かくて面倒見がよくて優しいんだよね。
ゴロンと寝返りをうって、目を閉じて、ふぅ、と深くため息を吐き出す。
――私の両親はとても仲が良かった。
二人でよくデートや旅行に行ったり、私の学校行事にも二人で参加するオシドリ夫婦で、近所の人達も、家に遊びに来た友達も、家庭訪問に来た先生も、誰もがうちの家族を見て「素敵な家族だね」と異口同音に評していた。
でも、私は、お父さんとお母さんの旅行やお出かけに、一度も連れて行ってもらったことがない。
いつだって、私は祖父母の家でお留守番だった。
両親はお互いをすごく愛し合っていて、二人の世界が昔から確立していた。だから、私への愛情と関心は割と希薄だったのだ。
『お母さんたち旅行に行ってくるから、迎えに来るまでいい子で待ってるのよ』
いつも「おいていかないで」とも、「いっしょにいきたい」とも言わなかった。
私のその一言がおばあちゃんとお母さんの間で酷いケンカを招くことも、結局は両親が私を連れて行ってくれないこともよく分かっていたから。
『わがままを言って、おばあちゃんたちを困らせたらだめだからね』
うん、と頷く。
『真白はいい子だから、できるよね?』
うん、ともう一度頷く。
『じゃあ、行ってくるから』
『ましろ、いいこでまってるから』
――だから、ぜったいに、迎えにきてね。
遠ざかっていく両親の後ろ姿と、小さくなっていく車の姿をいつも涙を堪えてじっと見送っていた。
泣いたら、おばあちゃん達が私の為にお母さん達とケンカするから。両手を握りしめて、絶対に泣かないように堪えて笑顔で手を振っていた。
わがままを言わないように、手がかからないように、自分なりに一所懸命にいい子で待っていた。
でも、いい子で待っていても、結局、お母さんとお父さんは約束した日に帰ってこないことも多かった。そういう時はいつも本当に怖かった。
両親がお互いを想いあうようには自分が愛されていないことを幼いながらに分かっていた。もしかして、自分は二人にとって邪魔な存在なのかもしれないとさえ思う時も多々あった。だからこそ、両親が帰ってこないと、もう迎えに来てもらえないんじゃないか、ついに捨てられてしまったんじゃ無いかっていう考えが現実味を帯びてきて、ひとり恐怖に蹲って怯えていた。
今になって思えば、そんな私の思いをおじいちゃんとおばあちゃんも分かってくれていたから、私が懐いている従兄の秀ちゃんを家によく呼んでくれていたんだと思う。
ひとり隅っこで蹲る私を、秀ちゃんはいつも見つけだしてくれて、優しく頭を撫でてくれた。
心細くて不安で寂しくってしょうがない時に、超絶格好いいお兄ちゃんに甘やかしてもらって、優しくしてもらって……、私は当然のように恋に落ちた。
物心ついたときには好きだった。いつも優しく手を引いて歩いてくれて。親には言えないわがままも聞いてくれて。一緒に遊んでくれて。勉強を教えてくれて。格好いい秀ちゃんは子供の頃の私にとっては完璧な王子様だった。
秀ちゃんがいたから、私の子供の頃の思い出は色鮮やかなものになった。秀ちゃんが隣にいてくれたから、寂しいとは思わなくなった。笑っていられた。生きていられた。いい子になりたい、素敵な女性になりたいって思えて頑張れた。
「2年ぶりか……また格好良くなってるんだろうな」
同居なんてびっくりしたし、恥ずかしいけど、それ以上に嬉しいのも事実で。ベッドの上で顔をだらしくなく緩ませながら、ごろごろと幸せにのたうち回った。
“なんでもいうことをきくけん”
この悪魔の券を私がこの世に生み落としたのは、小学校1年生の時だった。私は初恋相手の秀ちゃんに自分の作った『なんでもいうことをきくけん』を無理矢理に押しつけ、代わりに秀ちゃんにも無理矢理『なんでも言う事をきく券』を作らせた。そして、ちゅーを迫った。
ごねて、ごねて、ごねまくり、最終的に泣き脅して秀ちゃんに、無理矢理ちゅーをさせた。初恋のカッコいいお兄さんにしてもらって、すごくドキドキした幼き日々の1ページを飾る素敵な思い出は、同時にパワハラ、セクハラ、痴女行為の3コンボを決めた最悪の黒歴史でもある。
「……っ」
枕に顔を押し付けて悶絶する。
黒歴史というものはどうしてこんなにも的確に自分の心に深手を負わすのだろう。どうして人は後に自分を苦しめると気がつかずに黒歴史という大怪我を作り、自分で自分を痛めつけるのだろう。ジーザス。
『居候の件、よろしく』
完璧に整った顔にニヤニヤとドSな笑みを浮かべた従兄の姿がありありと目に浮かんで――格好良過ぎて死にそうになった。自分の記憶が作り出した幻影なのにどういうこと。ってそれよりも!
「こんな物騒なものをどうしていまだに持ってるのーっ!」
っていうか、まさかとは思うけど、こんな物騒なものをアメリカにまで持って行ってたの!? そんなにあの時の事を根に持っているの? だとしたらかなりヤバい……。
「でも、まだ持っててくれて嬉しいと思ってしまうおバカな恋心」
でも秀ちゃんは思い出とか恨みとかじゃなくて、『いつか使える』と思って今まで持っていたんだろうけどね。そういう人だから。でも、根はすごく温かくて面倒見がよくて優しいんだよね。
ゴロンと寝返りをうって、目を閉じて、ふぅ、と深くため息を吐き出す。
――私の両親はとても仲が良かった。
二人でよくデートや旅行に行ったり、私の学校行事にも二人で参加するオシドリ夫婦で、近所の人達も、家に遊びに来た友達も、家庭訪問に来た先生も、誰もがうちの家族を見て「素敵な家族だね」と異口同音に評していた。
でも、私は、お父さんとお母さんの旅行やお出かけに、一度も連れて行ってもらったことがない。
いつだって、私は祖父母の家でお留守番だった。
両親はお互いをすごく愛し合っていて、二人の世界が昔から確立していた。だから、私への愛情と関心は割と希薄だったのだ。
『お母さんたち旅行に行ってくるから、迎えに来るまでいい子で待ってるのよ』
いつも「おいていかないで」とも、「いっしょにいきたい」とも言わなかった。
私のその一言がおばあちゃんとお母さんの間で酷いケンカを招くことも、結局は両親が私を連れて行ってくれないこともよく分かっていたから。
『わがままを言って、おばあちゃんたちを困らせたらだめだからね』
うん、と頷く。
『真白はいい子だから、できるよね?』
うん、ともう一度頷く。
『じゃあ、行ってくるから』
『ましろ、いいこでまってるから』
――だから、ぜったいに、迎えにきてね。
遠ざかっていく両親の後ろ姿と、小さくなっていく車の姿をいつも涙を堪えてじっと見送っていた。
泣いたら、おばあちゃん達が私の為にお母さん達とケンカするから。両手を握りしめて、絶対に泣かないように堪えて笑顔で手を振っていた。
わがままを言わないように、手がかからないように、自分なりに一所懸命にいい子で待っていた。
でも、いい子で待っていても、結局、お母さんとお父さんは約束した日に帰ってこないことも多かった。そういう時はいつも本当に怖かった。
両親がお互いを想いあうようには自分が愛されていないことを幼いながらに分かっていた。もしかして、自分は二人にとって邪魔な存在なのかもしれないとさえ思う時も多々あった。だからこそ、両親が帰ってこないと、もう迎えに来てもらえないんじゃないか、ついに捨てられてしまったんじゃ無いかっていう考えが現実味を帯びてきて、ひとり恐怖に蹲って怯えていた。
今になって思えば、そんな私の思いをおじいちゃんとおばあちゃんも分かってくれていたから、私が懐いている従兄の秀ちゃんを家によく呼んでくれていたんだと思う。
ひとり隅っこで蹲る私を、秀ちゃんはいつも見つけだしてくれて、優しく頭を撫でてくれた。
心細くて不安で寂しくってしょうがない時に、超絶格好いいお兄ちゃんに甘やかしてもらって、優しくしてもらって……、私は当然のように恋に落ちた。
物心ついたときには好きだった。いつも優しく手を引いて歩いてくれて。親には言えないわがままも聞いてくれて。一緒に遊んでくれて。勉強を教えてくれて。格好いい秀ちゃんは子供の頃の私にとっては完璧な王子様だった。
秀ちゃんがいたから、私の子供の頃の思い出は色鮮やかなものになった。秀ちゃんが隣にいてくれたから、寂しいとは思わなくなった。笑っていられた。生きていられた。いい子になりたい、素敵な女性になりたいって思えて頑張れた。
「2年ぶりか……また格好良くなってるんだろうな」
同居なんてびっくりしたし、恥ずかしいけど、それ以上に嬉しいのも事実で。ベッドの上で顔をだらしくなく緩ませながら、ごろごろと幸せにのたうち回った。
5
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
雨宮課長に甘えたい
コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。
簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――?
そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか?
※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。
http://misoko.net/
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる