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第二章 大罪人として
19.心に触れて
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片腕のエルフの長兄の勝手な一言で、妹のエフィルディスが俺に仕えることになった。
でも仕えるってなんだ?
従者ってことか?雇うってことか??
「そう、難しく考えることではない。
妹が一緒に居たそうなのだ。ただ傍に置いてくれればいい。
おっと、それでは恩に報いれないな。なんでも好きに使ってくれ。」
考え直した俺の微妙な表情を汲んで、長兄は逃げ道を作ってくれる。
「エフィルディスもそれでよいな?」
「はい、兄さま。ご恩に値する働きをして見せます。」
当事者のエフィルディスも乗る気で、表情に気合が十分だ。さらには惜しげもなく嬉しそうに微笑む。
エフィルディスは明らかにCaptivateスキルが効いているのだろう。
ここまであからさまに好意を見せてくれるというのも、何だか気恥ずかしいものだ。
「おいおい。勝手に話を進めるな。何の話をしている。
雰囲気的にその娘がどうの、という感じだが・・・・。まさか・・・。」
俺とエルフとで話をしていると、自動的にエルフの言葉になるらしく、エストには理解できないようだった。
それでも察しがいいもので、エフィルディスも一緒に行くことを会話の表情だけで読み取っている。
俺は「エルフのエフィルディスも一緒に行ってくれることになった。」と短く説明した。
エストが苦々しい顔になったのは、言うまでもない。
それはほっといて俺はエルフたちにかいつまんで、現在の状況と目的を伝える。
エルフたちには吸血鬼メアリーの復活など信じがたい話などだっだが、真摯に聞いてくれたのは嬉しい。
「しかし、サキュバスの国までどうやって行く?
エルフの女も抱えては飛べないぞ。」
程よいタイミングでエストが不満げに言葉を発する。
「そういったことなら心配無用です。一度里に戻り、支度をして馬で後を追います。
サキュバスの国の入り口で落ち合いましょう。
国への入り口は渓谷沿いの関門しかありません。その前でというのはいかがでしょうか。
無人になっている建物などがあったはずです。
数時間で追いつくと思いますので、そこで少し休憩なさってて下さい。」
見事なアテンドだ。エフィルディスはサキュバスの国にも行ったことがあるようだし、おおよその時間まで把握し、こちらの事にも配慮している。まさに秘書だな。
「うぐぐ。それなら仕方ないな。ついてくればいい。
だが、あまりに遅いようであれば、置いていくからな。」
偉そうに、エストが勝手に仕切ってる。
俺は適当にやんわりと通訳しておく。
エフィルディスは鼻で笑い、「ご心配なく、それでは先に。」とだけこぼす。
この辺はよくある冷静な感じのエルフっぽい雰囲気を纏う。
そして、そのままアッという間に木々を飛び跳ねるように、森の中に消えていった。
やはりエルフの身軽さは憧れるものである。
「それでは、我らは鷺の獣人のお仲間が来るまで、もう少し待つとしようか。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく鷺の獣人たちを待ち、やるべきことをすべて終えて、俺とエストはエルフの兄弟に別れを告げた。
エフィルディスを預かっている限り、また会うこともあるだろう。
再び、タフムーラスの鎖でエストにタンデム飛行をしてもらう。
快適な空の旅を楽しむ時間もなく、あっさりとエフィルディスが言っていた関門についてしまった。
関門は石材で作られた扉のない大きな門に、その上に簡単な城楼が立つだけの質素なものだった。
所々に劣化が見られ、近年あまり人の手が加わったようには見えず、さらには人影も見当たらない。
侵入者を阻む力がまるであるとは思えない雰囲気だ。
さながら廃墟とか、打ち捨てられた関所といった方が早いのかもしれない。
その関門の手前に、これまた廃墟のような屋根の落ちた石造りの茶屋風な建物がある。
ここがエフィルディスの指定した場所だと一目でわかった。
俺とエストはその茶屋の中で腰を据えてエフィルディスを待つことに。
ずっとエストの機嫌が悪そうだったから、同じ空間にいるが終始無言でばつが悪い。
どうしたものかと思っていると、
「・・・・なあ、キチク。
お前の好きってなんなのだ?」
エストの方が唐突に意味が含んだ言葉をぶつけてきた。
「なに?どうしたの?」
先手を取られたことも、言葉の内容にも驚いた俺は、背後にいたエストに振り向く。
見れば、エストは純白の翼の羽づくろいをしながら、顔を隠して眼だけでちらりと俺を見ている。
日が少し傾き、建物の陰が色濃くなっていた。
陰に柔らかく浮かぶエストの綺麗な碧眼が、光を湛えて心の表情を伝えてくる。
「あれ?何か不安なの?心配ごと?」
「ばっ、馬鹿な!そんな訳あるか!!
ただ・・・疑問に思っただけだ!
私は、貴様があれだけ私の事を好きと言っていたのに・・・・・。」
翼から顔を出し、いじらしく必死に弁解してくるエスト。
恥ずかしさに少し顔が赤らんでいるのがかわいい。
「・・・・私の事を好きと言っていたのに、すぐ他の女性を抱くし、目移りもする。
私のことは、その・・・・もう好きではなくなったのか?」
言葉が続くほど、エストの言葉に力がなくなっていく。
さらにそれに同調して、俺と絡んでいたエストの視線が逸らされて地に落ちていく。
「・・・俺に嫌われたと思って、不安になってたってこと?」
「ちがっ・・・、いや、そうかもしれない・・・。」
一瞬否定しようとしたエストだが、否定せずに逆に不安になっていたことを認めた。
いつもなら絶対ない、珍しく素直な返しだ。
「我の強いひねくれ者の暴力女など、嫌われて当然だからな・・・・。」
感慨深い気持ちで「エスト・・・」と俺は名前を呟くが、俺の視線から隠れたくなったのか、エストはその翼で全身を覆ってしまう。
「素直ではないし、すぐ文句が出てしまうし、他人を羨んでしまうし、よくないとわかってはいるのだが、こればかりは生まれ持った性格だからどうにもならない・・・。」
翼に隠れたまま、エストは懺悔をするかの様に呟く。
よくよく見ると翼が小刻みに震えていた。
弱みを他人に見せるという事は、プライドの高いこのエストにしてみれば、火を噴く思いだろう。
だが、それを見せることを躊躇わないくらい不安が勝っているという事だ。
「・・・エストは自分の事を嫌いなのか?」
不躾にも俺は核心をつく言葉を投げかけてみた。
このことをちゃんと聞かなければいけないと感じたからだ。
理由はとても単純。
前世の俺がまさにそうだったから。
エストは文句を口に出せるだけまだいい。
年を重ねて理不尽な世の中に迎合した俺は文句さえも言えずに諦念するのが当たり前で、不満もわだかまりも何もかもズルズル引きずっている気持ち悪い人間だった。
当然、自分の事なんて大嫌いだった。でも今は。
「・・・自分のことは、・・・・そうだな・・・、嫌いなんだな、私は。」
俺の言葉で改めて考えさせられて、ポツリポツリと少し悟ったように、いや諦めたようにエストは言葉を吐いた。
「ふはっ。」
「・・・・・?」
俺は思わず、声を漏らして笑ってしまった。
「何を笑う?」と思ったのか、エストはちらりと翼の隙間から俺を見た。
俺は隠す気もなく、さらに笑い続ける。
当然、笑われていると感じたエストには段々に怒りが宿っていく。
あからさまに翼がわなわなと震え始め、その揺れが大きくなっていく。
「人が貴様を頼って弱みを晒しているのに、貴様はそれを笑うのか!この痴れ者め!!」
言葉とともに、エストは今度は怒りに顔を赤らめ、翼から顔を出す。
「おおー出た出た」と俺はさらに笑い続ける。
「きっ、さっ、まぁ――――!!」
エストの眉間に皺が寄り、眉が吊り上がっていく。
そろそろ頃合いかとばかりに、俺はピタっと笑うのをやめた。
そして真っすぐな眼差しでエストを見る。
「俺にとっては、怒ってるエストも、落ち込んでるエストも、素直じゃないエストもみんなかわいいよ。全部好きだよ。」
「ふえっ?」
「怒ってたら、なんで怒ってるのか話してもらいたいし、落ち込んでたら励ましてあげたいし、素直じゃないのも子供っぽくてかわいいなと思っちゃうよ。
自分自身の事を嫌いなエストも、逆に俺が心の隙間に入り込めるから嫌いなままでいいよ。」
誰かが等身大の自分を無条件で認めてくれる。自分の事をちょっとでも好きになれるきっかけはきっとそんなことなのだろう。
俺が前世でそうしてもらいたかったように。
この世界で身体を重ねたみんなのおかげで、今の俺が少しだけ自分を好きになれたのように。
「エストは俺の事好きかは知らないけど、俺はエストが好きだよ。
そのままのエストが好きだよ。
いっぱい貶されても、死ね死ね言われても、殴られても、その後に見せてくれるはにかんだ笑顔を見たら俺は幸せ感じちゃうよ。」
「き、さ、ま・・・・。」
エストの顔が怒り狂っていた表情から憑き物が落ちたように熱気が冷め、逆に困惑した表情になっていく。
きっと多少なりともエストの心に響いてくれたのだろう。
俺はさらに畳みかけるように、
「エストの質問の最初の答え。
俺はこの世界で出会って縁を結んだ女性のみんなが大好き。
恋愛的な情だけでは収まらなくて、人としての思いやりの厚情や友愛もたくさん感じてる。
ただの恋人以上の、俺にとって大切な大切な人たち。
そのみんなを大切に、大事に思う気持ちが俺の好きっていうやつ。
だからみんなが許してくれてるからというのが前提だけど、俺はエストも含めてみんな一緒に生きていきたい。」
日本とかであれば、言っていることはちょっと変なことなのかもしれないが、この世界ではきっと大丈夫だろう。
そう、勝手に決めつけて俺は、思うがままに真摯にエストに言葉を伝えた。
眼差しも逃げることなく、真っすぐにエストを見る。
「愛情込みで人としてみんな大好きか・・・。」
俺の真剣な瞳に穿たれて、エストは目線を逃がした。
それでも俺の言葉を飲み込むように、要約する。
束の間の沈黙が流れ、そして、
「・・・・・、ふひっ。」
変な風に鼻を鳴らした。
その表情は微妙なような、すっきりしているような曖昧な表情だ。
様々な感情が渦巻いているのだろう。
そしてなぜだか、俺に近づいてくる。
瓦礫に座る俺の前までエストが近づき、腰を下ろした。
そして、俺の顔の前に自身の顔を近づけた。
さらにはその目を伏せる。
「えっ?これって・・・いいの?」
俺の目の前にはキスをせがむ、柔らかそうな桜色の唇。
一度はムリヤリというか、契約で触れた唇。
だが、あれはエストの中では契約のために必要な事とノーカンにされていることだろう。
俺の心臓が高鳴る。
ついに、ちゃんとエストの唇に触れられるのだ。
そろーりと俺は唇を近づけていく。
すると、
「やっぱりヤダ!この、スケコマシ!!」
言葉とともに刮目したエストは、握ったその右こぶしを振り抜く。
「ぐっはあああ!」
左頬を思いっきり殴られた俺は、たまらず後ろに吹き飛ぶ。
壁にピシャッと何か水分が撥ね飛んだ音がする。確実に俺の鼻血だろう。
「何を!?」
痛みに、頬を抑えて起き上がる俺。さすがにちょっとムッときた。
目を剥いてエストを見やる。
「まだ、だからな。こういうことはじっくりとな・・・・。」
俺が剥くのと同時に、エストは俺から顔を背けた。
俺の残った視界には、ゆでだこのような真っ赤な耳が映った。
「えっ?」と俺も一瞬分けがわからずに声を漏らす。
言われた言葉の意味を理解するにも時間がかかってしまう。
「うるさい!察しろ!」
怒鳴りながら、エストが再度俺を向く。
ああ、照れ隠しってやつだったのか。
さらに怒鳴られて、やっと先ほどの言葉の意味を理解する。
まったく、本当に素直じゃない。
しかも、照れ隠しに殴るって、どんだけ武闘派なのさ。
だけど。
だけど、俺がさっきエストに言った通り、照れの中にある彼女の本当の気持ちが出た笑顔。
まさに今、俺に見せてくれているはにかんだ笑顔は――――
ちょっと困ったように眉を寄せて。
輝かしい碧眼がまつ毛の影で隠れてしまいそうなくらい目を細めて。
その小さな口の口角を陰を作るように上げて、ぷっくりとした桜色の唇を輝かせて。
――――そんな笑顔が俺の心を掴んで離さない。
「そんな笑顔されたら、惚れてまうやろ。」
いつか言ってみたかったテンプレなセリフ。
それを口ずさみ、俺も素直に苦笑した。
カオスゲージ
〔Law and Order +++[65]++++++ Chaos〕
でも仕えるってなんだ?
従者ってことか?雇うってことか??
「そう、難しく考えることではない。
妹が一緒に居たそうなのだ。ただ傍に置いてくれればいい。
おっと、それでは恩に報いれないな。なんでも好きに使ってくれ。」
考え直した俺の微妙な表情を汲んで、長兄は逃げ道を作ってくれる。
「エフィルディスもそれでよいな?」
「はい、兄さま。ご恩に値する働きをして見せます。」
当事者のエフィルディスも乗る気で、表情に気合が十分だ。さらには惜しげもなく嬉しそうに微笑む。
エフィルディスは明らかにCaptivateスキルが効いているのだろう。
ここまであからさまに好意を見せてくれるというのも、何だか気恥ずかしいものだ。
「おいおい。勝手に話を進めるな。何の話をしている。
雰囲気的にその娘がどうの、という感じだが・・・・。まさか・・・。」
俺とエルフとで話をしていると、自動的にエルフの言葉になるらしく、エストには理解できないようだった。
それでも察しがいいもので、エフィルディスも一緒に行くことを会話の表情だけで読み取っている。
俺は「エルフのエフィルディスも一緒に行ってくれることになった。」と短く説明した。
エストが苦々しい顔になったのは、言うまでもない。
それはほっといて俺はエルフたちにかいつまんで、現在の状況と目的を伝える。
エルフたちには吸血鬼メアリーの復活など信じがたい話などだっだが、真摯に聞いてくれたのは嬉しい。
「しかし、サキュバスの国までどうやって行く?
エルフの女も抱えては飛べないぞ。」
程よいタイミングでエストが不満げに言葉を発する。
「そういったことなら心配無用です。一度里に戻り、支度をして馬で後を追います。
サキュバスの国の入り口で落ち合いましょう。
国への入り口は渓谷沿いの関門しかありません。その前でというのはいかがでしょうか。
無人になっている建物などがあったはずです。
数時間で追いつくと思いますので、そこで少し休憩なさってて下さい。」
見事なアテンドだ。エフィルディスはサキュバスの国にも行ったことがあるようだし、おおよその時間まで把握し、こちらの事にも配慮している。まさに秘書だな。
「うぐぐ。それなら仕方ないな。ついてくればいい。
だが、あまりに遅いようであれば、置いていくからな。」
偉そうに、エストが勝手に仕切ってる。
俺は適当にやんわりと通訳しておく。
エフィルディスは鼻で笑い、「ご心配なく、それでは先に。」とだけこぼす。
この辺はよくある冷静な感じのエルフっぽい雰囲気を纏う。
そして、そのままアッという間に木々を飛び跳ねるように、森の中に消えていった。
やはりエルフの身軽さは憧れるものである。
「それでは、我らは鷺の獣人のお仲間が来るまで、もう少し待つとしようか。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく鷺の獣人たちを待ち、やるべきことをすべて終えて、俺とエストはエルフの兄弟に別れを告げた。
エフィルディスを預かっている限り、また会うこともあるだろう。
再び、タフムーラスの鎖でエストにタンデム飛行をしてもらう。
快適な空の旅を楽しむ時間もなく、あっさりとエフィルディスが言っていた関門についてしまった。
関門は石材で作られた扉のない大きな門に、その上に簡単な城楼が立つだけの質素なものだった。
所々に劣化が見られ、近年あまり人の手が加わったようには見えず、さらには人影も見当たらない。
侵入者を阻む力がまるであるとは思えない雰囲気だ。
さながら廃墟とか、打ち捨てられた関所といった方が早いのかもしれない。
その関門の手前に、これまた廃墟のような屋根の落ちた石造りの茶屋風な建物がある。
ここがエフィルディスの指定した場所だと一目でわかった。
俺とエストはその茶屋の中で腰を据えてエフィルディスを待つことに。
ずっとエストの機嫌が悪そうだったから、同じ空間にいるが終始無言でばつが悪い。
どうしたものかと思っていると、
「・・・・なあ、キチク。
お前の好きってなんなのだ?」
エストの方が唐突に意味が含んだ言葉をぶつけてきた。
「なに?どうしたの?」
先手を取られたことも、言葉の内容にも驚いた俺は、背後にいたエストに振り向く。
見れば、エストは純白の翼の羽づくろいをしながら、顔を隠して眼だけでちらりと俺を見ている。
日が少し傾き、建物の陰が色濃くなっていた。
陰に柔らかく浮かぶエストの綺麗な碧眼が、光を湛えて心の表情を伝えてくる。
「あれ?何か不安なの?心配ごと?」
「ばっ、馬鹿な!そんな訳あるか!!
ただ・・・疑問に思っただけだ!
私は、貴様があれだけ私の事を好きと言っていたのに・・・・・。」
翼から顔を出し、いじらしく必死に弁解してくるエスト。
恥ずかしさに少し顔が赤らんでいるのがかわいい。
「・・・・私の事を好きと言っていたのに、すぐ他の女性を抱くし、目移りもする。
私のことは、その・・・・もう好きではなくなったのか?」
言葉が続くほど、エストの言葉に力がなくなっていく。
さらにそれに同調して、俺と絡んでいたエストの視線が逸らされて地に落ちていく。
「・・・俺に嫌われたと思って、不安になってたってこと?」
「ちがっ・・・、いや、そうかもしれない・・・。」
一瞬否定しようとしたエストだが、否定せずに逆に不安になっていたことを認めた。
いつもなら絶対ない、珍しく素直な返しだ。
「我の強いひねくれ者の暴力女など、嫌われて当然だからな・・・・。」
感慨深い気持ちで「エスト・・・」と俺は名前を呟くが、俺の視線から隠れたくなったのか、エストはその翼で全身を覆ってしまう。
「素直ではないし、すぐ文句が出てしまうし、他人を羨んでしまうし、よくないとわかってはいるのだが、こればかりは生まれ持った性格だからどうにもならない・・・。」
翼に隠れたまま、エストは懺悔をするかの様に呟く。
よくよく見ると翼が小刻みに震えていた。
弱みを他人に見せるという事は、プライドの高いこのエストにしてみれば、火を噴く思いだろう。
だが、それを見せることを躊躇わないくらい不安が勝っているという事だ。
「・・・エストは自分の事を嫌いなのか?」
不躾にも俺は核心をつく言葉を投げかけてみた。
このことをちゃんと聞かなければいけないと感じたからだ。
理由はとても単純。
前世の俺がまさにそうだったから。
エストは文句を口に出せるだけまだいい。
年を重ねて理不尽な世の中に迎合した俺は文句さえも言えずに諦念するのが当たり前で、不満もわだかまりも何もかもズルズル引きずっている気持ち悪い人間だった。
当然、自分の事なんて大嫌いだった。でも今は。
「・・・自分のことは、・・・・そうだな・・・、嫌いなんだな、私は。」
俺の言葉で改めて考えさせられて、ポツリポツリと少し悟ったように、いや諦めたようにエストは言葉を吐いた。
「ふはっ。」
「・・・・・?」
俺は思わず、声を漏らして笑ってしまった。
「何を笑う?」と思ったのか、エストはちらりと翼の隙間から俺を見た。
俺は隠す気もなく、さらに笑い続ける。
当然、笑われていると感じたエストには段々に怒りが宿っていく。
あからさまに翼がわなわなと震え始め、その揺れが大きくなっていく。
「人が貴様を頼って弱みを晒しているのに、貴様はそれを笑うのか!この痴れ者め!!」
言葉とともに、エストは今度は怒りに顔を赤らめ、翼から顔を出す。
「おおー出た出た」と俺はさらに笑い続ける。
「きっ、さっ、まぁ――――!!」
エストの眉間に皺が寄り、眉が吊り上がっていく。
そろそろ頃合いかとばかりに、俺はピタっと笑うのをやめた。
そして真っすぐな眼差しでエストを見る。
「俺にとっては、怒ってるエストも、落ち込んでるエストも、素直じゃないエストもみんなかわいいよ。全部好きだよ。」
「ふえっ?」
「怒ってたら、なんで怒ってるのか話してもらいたいし、落ち込んでたら励ましてあげたいし、素直じゃないのも子供っぽくてかわいいなと思っちゃうよ。
自分自身の事を嫌いなエストも、逆に俺が心の隙間に入り込めるから嫌いなままでいいよ。」
誰かが等身大の自分を無条件で認めてくれる。自分の事をちょっとでも好きになれるきっかけはきっとそんなことなのだろう。
俺が前世でそうしてもらいたかったように。
この世界で身体を重ねたみんなのおかげで、今の俺が少しだけ自分を好きになれたのように。
「エストは俺の事好きかは知らないけど、俺はエストが好きだよ。
そのままのエストが好きだよ。
いっぱい貶されても、死ね死ね言われても、殴られても、その後に見せてくれるはにかんだ笑顔を見たら俺は幸せ感じちゃうよ。」
「き、さ、ま・・・・。」
エストの顔が怒り狂っていた表情から憑き物が落ちたように熱気が冷め、逆に困惑した表情になっていく。
きっと多少なりともエストの心に響いてくれたのだろう。
俺はさらに畳みかけるように、
「エストの質問の最初の答え。
俺はこの世界で出会って縁を結んだ女性のみんなが大好き。
恋愛的な情だけでは収まらなくて、人としての思いやりの厚情や友愛もたくさん感じてる。
ただの恋人以上の、俺にとって大切な大切な人たち。
そのみんなを大切に、大事に思う気持ちが俺の好きっていうやつ。
だからみんなが許してくれてるからというのが前提だけど、俺はエストも含めてみんな一緒に生きていきたい。」
日本とかであれば、言っていることはちょっと変なことなのかもしれないが、この世界ではきっと大丈夫だろう。
そう、勝手に決めつけて俺は、思うがままに真摯にエストに言葉を伝えた。
眼差しも逃げることなく、真っすぐにエストを見る。
「愛情込みで人としてみんな大好きか・・・。」
俺の真剣な瞳に穿たれて、エストは目線を逃がした。
それでも俺の言葉を飲み込むように、要約する。
束の間の沈黙が流れ、そして、
「・・・・・、ふひっ。」
変な風に鼻を鳴らした。
その表情は微妙なような、すっきりしているような曖昧な表情だ。
様々な感情が渦巻いているのだろう。
そしてなぜだか、俺に近づいてくる。
瓦礫に座る俺の前までエストが近づき、腰を下ろした。
そして、俺の顔の前に自身の顔を近づけた。
さらにはその目を伏せる。
「えっ?これって・・・いいの?」
俺の目の前にはキスをせがむ、柔らかそうな桜色の唇。
一度はムリヤリというか、契約で触れた唇。
だが、あれはエストの中では契約のために必要な事とノーカンにされていることだろう。
俺の心臓が高鳴る。
ついに、ちゃんとエストの唇に触れられるのだ。
そろーりと俺は唇を近づけていく。
すると、
「やっぱりヤダ!この、スケコマシ!!」
言葉とともに刮目したエストは、握ったその右こぶしを振り抜く。
「ぐっはあああ!」
左頬を思いっきり殴られた俺は、たまらず後ろに吹き飛ぶ。
壁にピシャッと何か水分が撥ね飛んだ音がする。確実に俺の鼻血だろう。
「何を!?」
痛みに、頬を抑えて起き上がる俺。さすがにちょっとムッときた。
目を剥いてエストを見やる。
「まだ、だからな。こういうことはじっくりとな・・・・。」
俺が剥くのと同時に、エストは俺から顔を背けた。
俺の残った視界には、ゆでだこのような真っ赤な耳が映った。
「えっ?」と俺も一瞬分けがわからずに声を漏らす。
言われた言葉の意味を理解するにも時間がかかってしまう。
「うるさい!察しろ!」
怒鳴りながら、エストが再度俺を向く。
ああ、照れ隠しってやつだったのか。
さらに怒鳴られて、やっと先ほどの言葉の意味を理解する。
まったく、本当に素直じゃない。
しかも、照れ隠しに殴るって、どんだけ武闘派なのさ。
だけど。
だけど、俺がさっきエストに言った通り、照れの中にある彼女の本当の気持ちが出た笑顔。
まさに今、俺に見せてくれているはにかんだ笑顔は――――
ちょっと困ったように眉を寄せて。
輝かしい碧眼がまつ毛の影で隠れてしまいそうなくらい目を細めて。
その小さな口の口角を陰を作るように上げて、ぷっくりとした桜色の唇を輝かせて。
――――そんな笑顔が俺の心を掴んで離さない。
「そんな笑顔されたら、惚れてまうやろ。」
いつか言ってみたかったテンプレなセリフ。
それを口ずさみ、俺も素直に苦笑した。
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