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第二章 大罪人として
16.一方その頃あちらでは
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見事なまでに髪の柔らかさを表現した美しい石像がある。
髪が風になびく様を彫刻で再現した女性の偶像だ。
石像だということを一瞬疑ってしまうくらいの柔らかな慈愛の表情を浮かべ、手にもった錫杖を天に掲げた姿をしていた。
天井付近の明かり取りの窓には幾何学模様の色付きのガラスが嵌め込められていて、そこからカラフルなスポットライトの様に満月の光が鮮やかに降り注ぐ。
その光を浴びている偶像は、湛えた光を反射してぼんやりと輝き続けている。
神秘が宿っているかのようなその情景に、それを見た者の心を掴んで離さない。
それがルグザンガンド王国で広く奉られている女神ファラ像だ。
この女神像が置かれた礼拝堂はしばらくの間、静寂に包まれていた。
締め切られたこの部屋の中で女性が一人、時間を忘れたかのように祈りを捧げている。
すでに一般人に開かれた礼拝の時間は終わり、今は教会に仕える者の祈りのための時間だ。
だがルグザンガンド王の暗殺事件以降、情勢の不安定さもあり、遅くまで祈りを捧げる者は他にはいない。
両膝を跪き、胸の前で両手の指を折り畳んで交互に組み、黙祷をしている。
真摯に祈るその顔は少女と大人の女性の間を思わせる風貌で、燃えるような赤い髪を持つ。
そして、その身には女神教会の法衣を纏っている。
女神教会の若き神官ペルペトゥアである。
ファラ山での修験の後、本格的にルグザンガンド王都のこの女神教会に仕えていた。
日々の奉仕の後、女神教会内の礼拝堂で祈りを捧げていたのだ。
「これだけ祈ればそろそろいいオトコに出会えるはずね。」
瞑目していた目を開き、思っていた事そのままをポソリと呟く。
誰がどう見ても、世のため、人のために真摯に祈っているようにしか見えないのだが、どうやらそれは間違っている見方のようだ。
さすがはまだ自分中心でしかものを考えれない若さゆえなのだろう。
ペルペトゥアが立ち上がろうとした丁度その時、重厚で重い木の扉が開く音が部屋に響いた。
その後、踵から歩く、コツコツコツと鳴り響くいやらしい足音がペルペトゥアの耳に届く。
「おや?これはペルペトゥアさん。
こんな時間まで祈りを捧げていたのですか。敬虔なことですねえ。」
その声を聴いたペルペトゥアの顔が一瞬だけ曇る。
だが次の瞬間には笑顔になり、その声の主の方を向いた。
「はい、大神官様。
不安に駆られている王都の人々の事を考えると、祈らずにはいられません。
一刻も早く犯人が罰せられ、王国にまた平和が訪れるようにと女神様に祈っておりました。」
ペルペトゥアは無理やり笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
だが、その目は目の前の男を捉えてはいない。
印象的な黒縁眼鏡の奥の目は目尻を下げてにっこりと笑っているように見えるが、ただ目を閉じているだけだ。あえて見ないようにしている。見たくないのだ。
大神官と呼ばれた男は中肉中背の中年で白地に金縁で仰々しく彩られた大神官の法衣を纏っている。
そして足元もエナメルを塗ったような白の革靴、しかも先の尖った、を履き無駄に意匠を凝らしている。
ペルペトゥアに向ける柔和な笑顔はまさに聖職者らしいといえるが、その作られたようないつも変わらない笑顔を見ると、見方によっては腐敗した権力の亡者とも見えなくもない。
これが、このルグザンガンド王都の女神教会の最高権力者の大神官なのだ。
女神教会に保管されている、魔法を使えるようになるための境界の起請文を得るための儀式―――ペルペトゥアが経験した純潔の禊という儀式―――で、彼女の処女を奪った張本人でもある。
何も知らない少女だったペルペトゥアを言葉巧みに納得させ、姦通したのだ。
その時からは少し大人になったペルペトゥアはそれが本当は必要のない儀式だったことくらいは理解している。
だが、教会の最高権力者たる大神官の意に背いては境界の起請文を得ることは叶わなかったということも事実だ。
『ほんとサイアク。
なんでコイツがこんな時間にここに来るのよ。大して信仰心もないくせに・・・・。
コイツを見るとあの時の事を思い出してイライラするわ・・・。』
ペルペトゥアの胸中にて、ドロドロと渦巻く黒い感情。
ペルペトゥアにとってのやり場のない不満は、大神官を生理的に受け付けなくしていた。
本来の妹キャラどこ行ったと言われそうなほどの破壊力を持つほどの嫌悪感だ。
「大神官様こそ、お祈りに来られたのですか?」
ペルペトゥアは大神官のことなどまるで興味がないが、そつなく躱すために会話を振った。
「ええ。そうですね。
私も人々のために祈ろうかと思いまして。」
「左様でございますか。
それでは私はお邪魔になるかもしれませんので失礼いたします。」
大神官が話し終わるか否かというタイミングで、一礼してペルペトゥアは扉に向かって歩きだし始めていた。人によっては失礼な奴だ、と思われてしまうようなタイミングだ。
しかしペルペトゥアにとっては意に介す気もない。
『ふん。なに言ってるのよ。
あなたが人目を忍んで祈るわけなんてないじゃない。
それにわざわざこんな時間に正装のまま祈りに来るなんて、どうせ誰かと密会でしょ!』
夜分の静まり返った礼拝堂は人気もなく、教会外部からも入りやすい場所にあるというのもあり、密会するにはうってつけの場所だ。
頭の回転の速いペルペトゥアはタイミングと場所、そして本人の雰囲気から大神官の目的を的確に掴んでいた。
それならば弱みでも握ってやろうかしら、と思ってしまうのは仕方のない事だったかもしれない。
ほんの出来心のつもりでペルペトゥアは閃きを実行に移す。
礼拝堂の扉を潜ったペルペトゥアは扉を締め切らずに隙間を開け、そして立ち去ったかのように足音を偽造し、闇に潜み、息を殺した。
「・・・・嫌われるのは仕方のないことですが、いいオンナでしたねえ・・・・。」
ペルペトゥアが立ち去ったのを確認した後、大神官は記憶に気をやり、独り言を呟く。
そして束の間の時間が立った後、指先の魔力を集中させて空中に文字を書くように動かす。
実際に指の跡が一瞬だけ青白く光り、魔法言語が浮かび上がる。
それから程なくして礼拝堂の壁の一部に深淵な黒の瘴気の渦が出来始めた。
次第に広がるそれは、人が一人通れるほどの楕円形にまで広がり、ユラユラと揺らぐ。
高位の魔法使いもしくはそれに準じる者しか使うことのできない、他の場所とを繋ぐ魔法で作られた扉だ。
「ずいぶんとゆっくりな登場ですねえ。」
半ば嫌味のようなセリフを吐き、大神官はその黒い揺らぎを見つめる。
その揺らぎから赤いドレスの裾が見え隠れする。
「あら、心外な言葉ね。これでも早く来た方よ。」
言葉とともに、揺らぎの闇から人影がヌウっと飛び出てきた。
黒い瘴気のモヤを突き抜けて現れた人影は女性の姿をしている。
白すぎる肌を大胆に露出し、クラシックな赤いゴシックドレスを身に纏う。
コツコツコツと、大神官の歩く音とはまた違う、上品な足音が礼拝堂に響く。
「まあ、気分屋であらせられるメアリー殿がしっかりと呼び出しに応じていただけただけでもよいとしましょうか。」
大神官の言葉を受けて、返事の代わりに女性の桃色の髪が楽しそうに揺れる。
「そういう殊勝な心掛けは生きてく上で大事なことよ。」
軽い返しの言葉なのだが、その言葉にはただならぬ重みが孕む。
「お分かりでしょうが、私を脅そうとしても無駄ですよ。」
「あら?余計な重圧を与えてしまったかしら。
言葉以上の意味はなくてよ。」
大神官は人を食ったように鼻で笑い、女性は赤い瞳を持つ目を細めて笑顔を浮かべた。
「いろいろな意味で怖いお方ですねえ。
手短に要件をお伝えするとしましょう。」
傍まで寄ってきた女性を見据えて、大神官は主題に入ろうとする。
「大体の予想はついていますわ。
『トリカゴ』から逃げだしたムシケラのことでしょう?
ムシケラのくせに余計な手間をかけさせるものね。」
「知っていましたか。
その通りです。数日後に審問にかけて王都民の前で罪を認めさせて処刑しようと思っていたのですが、逃げられてしまいました。
ですが、これはこれでまた簡単にシナリオが描けます。
メアリー殿にはぜひ、その男を捕まえてきていただきたい。
女神教会の者が脱走した反逆者を捕まえたとなれば、より中央も御しやすくなるというもの。」
大神官はすべてうまくいくのが当然とばかりに、いやらしくほくそ笑む。
「私にあなたの国の王を殺させて、その罪を被せた男を王を殺した私に捕まえて来いというのね。
あなたは本当に悪党だわ。我々混沌の世界の住人が霞んでしまうくらいね。」
「それが人間というものです。」
「クスッ。確かに人間らしいわ。
詰めが甘いところなどもね。
まあいいわ。ちょうどいい使い魔も手に入ったことだし。」
女性は指を弾いて音を立てる。
「むう?どういう意味です?」
思惑を外され、疑問符を頭に浮かべる大神官。
そこに急に礼拝堂の扉が勢いよく開く。
「なんと!?」
大神官は思わず声を上げた。
扉の向こうから見えない力によって首を掴まれて、ペルペトゥアが無理やり引っ張ってこられてくる。
「う、うくぅ・・・・。」
苦しそうにうめき声をあげるペルペトゥア。首を絞めつける見えない力を剥がそうと爪を立てるが効果を見いだせない。
「どちらにせよ、あなたの思い通りになるわ。あの男は今はどこに逃げたかわからないけど、必ずお姉さまを取り返しに私のもとに来るわ。時間の問題よ。」
赤いドレスの女性は大神官にそう告げる。
そして暴れるペルペトゥアを舐めるように見据える。
その瞳は赤く、恍惚に染まっていく。
「いいわあ。美しい娘。おいしそう。」
灰色に近い手をペルペトゥアの首元にもっていく。
「食事はこういうものでないと。」
淡いピンク色の唇から、野獣のような牙が剥く。
「ひッ!きゅ、吸血鬼、メアリー!あなたたちが王様殺しの、黒幕―――!」
ペルペトゥアが感じたおぞましく纏わりつく恐怖が、一瞬だけ喉を回復させる。
最後の抵抗ともいえる一言だけ、恐怖に駆られながらの一言だけがこの時の。
いや、人としてのペルペトゥア最後の記憶となった。
カオスゲージ
〔Law and Order +++[63]++++++ Chaos〕
髪が風になびく様を彫刻で再現した女性の偶像だ。
石像だということを一瞬疑ってしまうくらいの柔らかな慈愛の表情を浮かべ、手にもった錫杖を天に掲げた姿をしていた。
天井付近の明かり取りの窓には幾何学模様の色付きのガラスが嵌め込められていて、そこからカラフルなスポットライトの様に満月の光が鮮やかに降り注ぐ。
その光を浴びている偶像は、湛えた光を反射してぼんやりと輝き続けている。
神秘が宿っているかのようなその情景に、それを見た者の心を掴んで離さない。
それがルグザンガンド王国で広く奉られている女神ファラ像だ。
この女神像が置かれた礼拝堂はしばらくの間、静寂に包まれていた。
締め切られたこの部屋の中で女性が一人、時間を忘れたかのように祈りを捧げている。
すでに一般人に開かれた礼拝の時間は終わり、今は教会に仕える者の祈りのための時間だ。
だがルグザンガンド王の暗殺事件以降、情勢の不安定さもあり、遅くまで祈りを捧げる者は他にはいない。
両膝を跪き、胸の前で両手の指を折り畳んで交互に組み、黙祷をしている。
真摯に祈るその顔は少女と大人の女性の間を思わせる風貌で、燃えるような赤い髪を持つ。
そして、その身には女神教会の法衣を纏っている。
女神教会の若き神官ペルペトゥアである。
ファラ山での修験の後、本格的にルグザンガンド王都のこの女神教会に仕えていた。
日々の奉仕の後、女神教会内の礼拝堂で祈りを捧げていたのだ。
「これだけ祈ればそろそろいいオトコに出会えるはずね。」
瞑目していた目を開き、思っていた事そのままをポソリと呟く。
誰がどう見ても、世のため、人のために真摯に祈っているようにしか見えないのだが、どうやらそれは間違っている見方のようだ。
さすがはまだ自分中心でしかものを考えれない若さゆえなのだろう。
ペルペトゥアが立ち上がろうとした丁度その時、重厚で重い木の扉が開く音が部屋に響いた。
その後、踵から歩く、コツコツコツと鳴り響くいやらしい足音がペルペトゥアの耳に届く。
「おや?これはペルペトゥアさん。
こんな時間まで祈りを捧げていたのですか。敬虔なことですねえ。」
その声を聴いたペルペトゥアの顔が一瞬だけ曇る。
だが次の瞬間には笑顔になり、その声の主の方を向いた。
「はい、大神官様。
不安に駆られている王都の人々の事を考えると、祈らずにはいられません。
一刻も早く犯人が罰せられ、王国にまた平和が訪れるようにと女神様に祈っておりました。」
ペルペトゥアは無理やり笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
だが、その目は目の前の男を捉えてはいない。
印象的な黒縁眼鏡の奥の目は目尻を下げてにっこりと笑っているように見えるが、ただ目を閉じているだけだ。あえて見ないようにしている。見たくないのだ。
大神官と呼ばれた男は中肉中背の中年で白地に金縁で仰々しく彩られた大神官の法衣を纏っている。
そして足元もエナメルを塗ったような白の革靴、しかも先の尖った、を履き無駄に意匠を凝らしている。
ペルペトゥアに向ける柔和な笑顔はまさに聖職者らしいといえるが、その作られたようないつも変わらない笑顔を見ると、見方によっては腐敗した権力の亡者とも見えなくもない。
これが、このルグザンガンド王都の女神教会の最高権力者の大神官なのだ。
女神教会に保管されている、魔法を使えるようになるための境界の起請文を得るための儀式―――ペルペトゥアが経験した純潔の禊という儀式―――で、彼女の処女を奪った張本人でもある。
何も知らない少女だったペルペトゥアを言葉巧みに納得させ、姦通したのだ。
その時からは少し大人になったペルペトゥアはそれが本当は必要のない儀式だったことくらいは理解している。
だが、教会の最高権力者たる大神官の意に背いては境界の起請文を得ることは叶わなかったということも事実だ。
『ほんとサイアク。
なんでコイツがこんな時間にここに来るのよ。大して信仰心もないくせに・・・・。
コイツを見るとあの時の事を思い出してイライラするわ・・・。』
ペルペトゥアの胸中にて、ドロドロと渦巻く黒い感情。
ペルペトゥアにとってのやり場のない不満は、大神官を生理的に受け付けなくしていた。
本来の妹キャラどこ行ったと言われそうなほどの破壊力を持つほどの嫌悪感だ。
「大神官様こそ、お祈りに来られたのですか?」
ペルペトゥアは大神官のことなどまるで興味がないが、そつなく躱すために会話を振った。
「ええ。そうですね。
私も人々のために祈ろうかと思いまして。」
「左様でございますか。
それでは私はお邪魔になるかもしれませんので失礼いたします。」
大神官が話し終わるか否かというタイミングで、一礼してペルペトゥアは扉に向かって歩きだし始めていた。人によっては失礼な奴だ、と思われてしまうようなタイミングだ。
しかしペルペトゥアにとっては意に介す気もない。
『ふん。なに言ってるのよ。
あなたが人目を忍んで祈るわけなんてないじゃない。
それにわざわざこんな時間に正装のまま祈りに来るなんて、どうせ誰かと密会でしょ!』
夜分の静まり返った礼拝堂は人気もなく、教会外部からも入りやすい場所にあるというのもあり、密会するにはうってつけの場所だ。
頭の回転の速いペルペトゥアはタイミングと場所、そして本人の雰囲気から大神官の目的を的確に掴んでいた。
それならば弱みでも握ってやろうかしら、と思ってしまうのは仕方のない事だったかもしれない。
ほんの出来心のつもりでペルペトゥアは閃きを実行に移す。
礼拝堂の扉を潜ったペルペトゥアは扉を締め切らずに隙間を開け、そして立ち去ったかのように足音を偽造し、闇に潜み、息を殺した。
「・・・・嫌われるのは仕方のないことですが、いいオンナでしたねえ・・・・。」
ペルペトゥアが立ち去ったのを確認した後、大神官は記憶に気をやり、独り言を呟く。
そして束の間の時間が立った後、指先の魔力を集中させて空中に文字を書くように動かす。
実際に指の跡が一瞬だけ青白く光り、魔法言語が浮かび上がる。
それから程なくして礼拝堂の壁の一部に深淵な黒の瘴気の渦が出来始めた。
次第に広がるそれは、人が一人通れるほどの楕円形にまで広がり、ユラユラと揺らぐ。
高位の魔法使いもしくはそれに準じる者しか使うことのできない、他の場所とを繋ぐ魔法で作られた扉だ。
「ずいぶんとゆっくりな登場ですねえ。」
半ば嫌味のようなセリフを吐き、大神官はその黒い揺らぎを見つめる。
その揺らぎから赤いドレスの裾が見え隠れする。
「あら、心外な言葉ね。これでも早く来た方よ。」
言葉とともに、揺らぎの闇から人影がヌウっと飛び出てきた。
黒い瘴気のモヤを突き抜けて現れた人影は女性の姿をしている。
白すぎる肌を大胆に露出し、クラシックな赤いゴシックドレスを身に纏う。
コツコツコツと、大神官の歩く音とはまた違う、上品な足音が礼拝堂に響く。
「まあ、気分屋であらせられるメアリー殿がしっかりと呼び出しに応じていただけただけでもよいとしましょうか。」
大神官の言葉を受けて、返事の代わりに女性の桃色の髪が楽しそうに揺れる。
「そういう殊勝な心掛けは生きてく上で大事なことよ。」
軽い返しの言葉なのだが、その言葉にはただならぬ重みが孕む。
「お分かりでしょうが、私を脅そうとしても無駄ですよ。」
「あら?余計な重圧を与えてしまったかしら。
言葉以上の意味はなくてよ。」
大神官は人を食ったように鼻で笑い、女性は赤い瞳を持つ目を細めて笑顔を浮かべた。
「いろいろな意味で怖いお方ですねえ。
手短に要件をお伝えするとしましょう。」
傍まで寄ってきた女性を見据えて、大神官は主題に入ろうとする。
「大体の予想はついていますわ。
『トリカゴ』から逃げだしたムシケラのことでしょう?
ムシケラのくせに余計な手間をかけさせるものね。」
「知っていましたか。
その通りです。数日後に審問にかけて王都民の前で罪を認めさせて処刑しようと思っていたのですが、逃げられてしまいました。
ですが、これはこれでまた簡単にシナリオが描けます。
メアリー殿にはぜひ、その男を捕まえてきていただきたい。
女神教会の者が脱走した反逆者を捕まえたとなれば、より中央も御しやすくなるというもの。」
大神官はすべてうまくいくのが当然とばかりに、いやらしくほくそ笑む。
「私にあなたの国の王を殺させて、その罪を被せた男を王を殺した私に捕まえて来いというのね。
あなたは本当に悪党だわ。我々混沌の世界の住人が霞んでしまうくらいね。」
「それが人間というものです。」
「クスッ。確かに人間らしいわ。
詰めが甘いところなどもね。
まあいいわ。ちょうどいい使い魔も手に入ったことだし。」
女性は指を弾いて音を立てる。
「むう?どういう意味です?」
思惑を外され、疑問符を頭に浮かべる大神官。
そこに急に礼拝堂の扉が勢いよく開く。
「なんと!?」
大神官は思わず声を上げた。
扉の向こうから見えない力によって首を掴まれて、ペルペトゥアが無理やり引っ張ってこられてくる。
「う、うくぅ・・・・。」
苦しそうにうめき声をあげるペルペトゥア。首を絞めつける見えない力を剥がそうと爪を立てるが効果を見いだせない。
「どちらにせよ、あなたの思い通りになるわ。あの男は今はどこに逃げたかわからないけど、必ずお姉さまを取り返しに私のもとに来るわ。時間の問題よ。」
赤いドレスの女性は大神官にそう告げる。
そして暴れるペルペトゥアを舐めるように見据える。
その瞳は赤く、恍惚に染まっていく。
「いいわあ。美しい娘。おいしそう。」
灰色に近い手をペルペトゥアの首元にもっていく。
「食事はこういうものでないと。」
淡いピンク色の唇から、野獣のような牙が剥く。
「ひッ!きゅ、吸血鬼、メアリー!あなたたちが王様殺しの、黒幕―――!」
ペルペトゥアが感じたおぞましく纏わりつく恐怖が、一瞬だけ喉を回復させる。
最後の抵抗ともいえる一言だけ、恐怖に駆られながらの一言だけがこの時の。
いや、人としてのペルペトゥア最後の記憶となった。
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