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第二章 大罪人として
8.鷺の獣人との取引
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あの後リンゼロッテは本来の役目である、俺の身の回りの世話をして帰って行った。
俺の世話をするはずだった下女にお金を渡し、その娘に成りすましてこの『トリカゴ』に侵入してきたらしい。
縛られて手を使えない俺に、スープ粥を食べさせる。
身体を丁寧に拭いてくれる。
上半身裸だったのを、肩からブランケットをかけてくれる。
その間リンゼロッテは黙っていて、必要以上の会話はしなかった。
「もうすぐ両親の釈放が成される。成り次第直ちにキチクを助けに来る。それまでどうか、もう少しだけ待っていてくれ。」
それだけ、言葉を残してリンゼロッテは牢を出ていった。
その後ろ姿が、何とも言えない気持ちを纏って、ひどく印象的なものであったのは間違いない。
そして、メアリーとリンゼロッテと邂逅した、重苦しい夜が明ける―――
『お前はそのままでいいのか?』
ふと、声がした様な気がして、目を覚ます。
格子を張られたガラスの窓から眩しい朝日が俺の顔を照らしていた。
この『トリカゴ』はかなり高い位置にあるから、朝の日が昇るのが早い。
目を細めてガラス窓の先を見ると、街並みにはまだ影がかかっている。
「あれ、誰もいない・・・?」
部屋の中を見渡す。
殺風景のままの牢屋でしかない。たまに巡回に来る衛兵の姿でもない。
「気のせいか・・・。ふははは・・・。」
ついに気でもおかしくなり始めたかなんて自分で思う。
しかし、そもそもそんなまともな人間でない自覚があったから、なんとなく可笑しくなって笑ってしまう。
『牢に繋がれ、誰もいないのに笑っているなどとは、気持ち悪いな。狂っているな、死んでしまえ。』
「あれ?やっぱり聞こえる?しかもなんか最後は凄いひどい事言われた!?」
やっぱり聞こえた声に驚いて、俺は瞑っていた目を瞠目する。
しかし、声はすぐ近くから聞こえるのに、目の前には誰もいない。
『今は鳥音話で話しかけているのがわかっていないのか?お前も鳥音話で返してきているではないか。自分のやっていることもわからないくらい鈍感なのか?死んでしまえ。』
見えない声の主が事情を説明してくれる。
最後のけなしっぷりは意味が分からないが、Another Language acquisitionスキルで通常の会話以外の意思疎通も可能になっていることに気づいた。
「ああ、なんでそんなに貶されてるのかわからないけど、今こうして会話できているのは俺のスキルが自動的に発動してるからなんだ。俺の意思でその鳥音話とやらを使っているわけじゃない。」
『・・・・なるほど、そういうカラクリか。鳥音話は通常では聞き取れない音域での会話だ。そんなに広い範囲ではないが、遮蔽物などに遮られることなく会話ができる。』
「カラクリってなんか懐かしい言葉だね?」
鳥音話って超音波的なやつなのかなどと納得し、俺は子供好きだった忍者のカラクリ屋敷を思い出す。
『懐かしい?古い言葉を使うと馬鹿にしているのか?
やはり貴様はそういう人間なのだな。死んでしまえ。いや、むしろ今この手で殺す。』
「いや、ちょっ、待って!ごめんなさい!馬鹿にしてないです!!むしろ大好きですぅ!!」
『ふん・・・大好きとは・・・。』
「あれ??」
膨らんだ殺意が穏やかになったような気がしてちょっと警戒を解きつつ、声の主を想像する。
聞き覚えがあるような声だったからだ。
『・・・やはり今すぐ殺してしまいたい。そうしよう。』
「ああ、やっぱりまた物騒なことになってるよ!!殺されんの!?なんか助けてくれる的な雰囲気だったんじゃないの!?」
ついついツッコミを入れてしまった俺。
しかし、その後に相手からは反応がなかった。
代わりに、ガタッと天井の上の屋根の方から音がした後、俺の顔を照らして差し込んでいた朝日が急に翳る。
「あれ?朝日が・・・。」
俺はガラス窓の外を見やる。
その瞬間に身体中の血の気が引き、俺の全身にゾクリと悪寒が走る。
窓の外で日の光を遮った人の影があった。
まさか、こんなにフランクに話していた相手がこの人だとは思えなかったのだ。
いや、あり得るはずがないと可能性を完全に否定していたのだ。
なぜそんなに殺意を持たれるのか、それはその人を見れば自ずとわかってしまうことだった。
バサッ―――ガラス越しで聞こえるはずのない翼が翻る音。
身体よりも大きな純白の翼は、朝日を背に受けて神々しく輝いてその輪郭を滲ませる。
同じく輪郭が滲むショートカットの白金の髪は、俺にとっては青春の輝きを思い起こさせる。
日の陰になった顔でも、自らの輝く事ができるといわんばかりに光を湛える青緑の瞳。
童顔ではあるが、見る者を虜にする端正な顔立ち。
朝日に浮かぶ鮮烈な情景に良い印象を持つはずなのだが、俺は好意的にそれを受け止めることはできない。
もともと知っていたその顔と、その端正な顔立ちに浮かぶ表情が俺を戦慄させる。
嘲笑と愉悦。
悪意を隠しもせずに不敵に上がる口角。
囚われた俺と会話して俺の気を緩ませて、もしかしたらと浮いた心を恐怖へと落とし、その落差を痛快に楽しむしたり顔で俺を見下す。
その人は鷺の獣人の女性だ。
俺がお爺さんを殺してしまった、天使な女性だった。
「・・・・今までの会話は俺を油断させるためだったのか。そのあとの絶望に歪む顔を楽しむため・・・。」
鷺の獣人の女性が予想した通り、俺はうなだれ、見事に落胆している。流れ的に誰か助けに来てくれる感じでしょ、ここは。
『いつだって私がお前に対して持っているのは憎悪だ。
ただ、慌てふためく姿を想像したら、楽しくなってしまっただけのこと。』
「いい性格してるね・・・見た目天使なのに辛辣だ。」
『何とでも言え。お前が死ぬことには変わりない。』
目を伏してその人を見ていない俺でも、さらに陰湿な笑みを浮かべているのが想像できて、俺はため息しか出ない。
だがしかし、俺の心証は天使な女性の思うそれとは違う方向へ動いていく。
「はぁ・・・あなたの執念には本当に恐れ入ったよ。なんだか、嬉しいよ。」
『嬉しい?』
俺は顔を上げる。俺の言葉の真意が分からず、俺の眼に映る女性の表情にはピクリと眉が揺れて怪訝な色が浮かぶ。
「だってそうだろ。ここまで来るのは大変だったはずだ。
その翼の血はあなたのものだろう?傷ついてまで、ここまで来たんだよね?」
翼をはためかせて、宙に浮かぶ天使な女性。
その純白の翼の一部に血痕が付着している。
通常は人間と相いれない鷺の獣人が、危険を冒してまでここにいる。
今の王都は有事で、厳戒態勢な雰囲気がある。そんな簡単にたどり着けたとは思えない。
厳重な警備を躱し、地上から何十メートルもあるこの『トリカゴ』に飛んできたのだ。
かなりの矢を射かけられただろう。
純白に染まるシミがそれを物語っている。それにしてもよく射落とされなかったものだ。
「何を言うかと思えば。ここまで来たのは貴様に対する憎悪が強いからでしかない。」
「憎悪でも、さ。俺に執着してくれるのは嬉しい。」
憎悪という執着でしかないんだろうけど、ここまで俺に固執してくれるのは何とも嬉しい気持ちが芽生えてしまった。
なんたって今空に浮かぶ女性に似た俺の中学の初恋の女性は、告白するまで俺の事を知らなかったし、俺をフッたその後も目を向けてくれることも、会話することもなかったのだから。
本当に痛すぎる辛い思い出だ。
今、俺の事を憐れんでくれた人・・・・ありがとう。
そんな俺の過去と今の彼女の俺に対する執念を思うと、否が応でも勘違いし始めてしまう。
『お前は本当に気持ち悪いな。狙われている相手の執念を嬉しいなどとは。
死にたがりなのか?変態なのか?早く死んでしまえ。』
さらに増えていく侮蔑の言葉に俺は苦笑する。だが、軽蔑でもなんでもこうして興味を持ってもらえるとこ、存在を感じてもらえないことと比べるとやはり悪くない。
「じゃあ、とりあえず名前教えてくれる?あなたの事を知りたい。」
『はあ!?なんでそうなる!?』
流石に表情を崩した鷺の獣人の女性。
高揚して頬にほんのりと朱が入り、表情には怒りと恥じらいが入り乱れてる。
『うわあ、本当に似てるなあ。』
これは勘違いが止まらない俺の心の声。
殺されるかもという事より、思い出に美化されまくった初恋の女性にそっくりなその人にどんどん心が奪われていく。
「かわいいなあ・・・。」
『バッ、バカモノめ!何を戯言を言っている!?貴様は私の仇―――!』
「ちょっと羞恥がある感じは、やはりぐっとくるものがあるなあ・・・。」
『この痴れ者め!いやまさに痴れ者だな、貴様は!
痴れ者とはのめり込んで心を奪われている人のことだ!』
ウィキを参照したかのような説明をつけてくる女性。だいぶ自分を見失い始めてる。
「声もいいなあ。こう、ちょっとハスキーな感じがやはり好きだなあ・・・。」
『好きとか嫌いとかではない!そ、そうだ!私は貴様が死ぬのを見るために―――!』
「うれしいなあ。最期を看取ってくれるのかあ。ならさみしくないなあ・・・。」
『孤独死しそうな爺様なのか、お前は!』
「放置プレイしないで、ちゃんとツッコミ入れてくれるよ。やさしいなあ。」
『何なんだ貴様は!私と貴様は殺す殺されるの間柄でしかない!甘い感情など持てるはずもない!』
憎悪と殺意を持っていた雰囲気はどこへやら。
天使な女性はもはや威厳を保っておらず、羞恥を隠そうとする乙女の顔になっている。
殺意を抱いている人を前にして甘い事を言っている俺も大概だが、ちょーっと褒めただけで動揺している彼女も彼女だ。大丈夫か?チョロ過ぎる。
だけど、微かな疑念だったことがちょっと真実味を帯びてきた。
俺をしつこく追いかけてくること。
先のリンゼロッテの別荘で陰ながら助けてくれたこと。
そして今、初めてまともな会話を交わし、それが悪意以上の執着を持っていそうなこと。
以上を踏まえ、やはり確信へと至る。
もしかして50%の確率で異性を虜にするCaptivateスキルが効いてしまっているのか、と。
『ふん。だいぶ話を乱されたが、このままでいいのか?』
一拍置いて冷静さを取り戻したのか、天使な女性の声が考えを巡らせていた俺の意識を切る。
「どういう意味だ?」
『知れたこと。昨日の夜に女が来ていただろう?前に森の屋敷で貴様と一緒にいた、金髪の女だ。
私は人間の言葉がわからないから詳しく言えないが、貴様を助けるために何か策を練っているのだろう?』
いつの間にか、元のしたり顔に戻る天使な女性。
「ああ、そうだ。彼女がきっと俺を助け出してくれる。」
俺はリンゼロッテのことを誇りに思って、天使な女性にまっすぐな瞳を向ける。
だが、そんな俺を見た女性は堪えきれんとばかりに内から噴き出すように笑い声をあげた。
『あははははは!!本当におめでたいな、貴様は!常に頭の中はお花畑か!?もう、本当に死んでしまえ!』
「うぐっ・・・。」
今度の彼女の言葉は流石に俺の心に刺さった。しかし、どういう意味なのか問い質さなければならない。
「何か知っているのか?」
『そんなもの、空から見ていればわかる。
あの女が昨日ここを出た後、尾行がついた。何を企んでいるかは知らんが、アジトも協力者もすべて敵対勢力に筒抜けだ。きっと何か事を起こした瞬間にそれらがすべて灰塵と化すだろう。』
「なっ―――!!」
俺は女性の言に思わず声を上げてしまった。
もしかしたら会話の優位性を得るための嘘かもしれないが、嘘でない可能性が高すぎる。
昨日、リンゼロッテは下女に扮して侵入してきたが、厳戒態勢なのにそんなに簡単にうまくいくものなのか?
その疑念が頭の片隅に浮かんでいたのは間違いない。
王国騎士として顔はかなり知られているリンゼロッテ。泳がされた可能性は否定できない。
『貴様には何もできないだろうが、来ない助けを期待して殺されるというのもつまらない幕切れだと思ってな。』
「だから俺に教えて、俺のために命を散らすみんなのことを悔やみながら死ねと?」
『・・・・・・。』
「辛辣もここに極まってるな。」
俺は天使な女性の業腹な仕打ちに対して、怒りと悪意を込めて言葉を吐き捨てる。
当然だ。俺は普通の人間ではない自覚があるが、このやり方に怒りを覚えないような腐った人間ではない。
俺は腐ってはいない。ただのゴミなだけだ。
自分だけならまだしも、大事な人たちの命を軽んじられて、嘲笑されて怒らないはずがない。
さっきまでの腑抜けたやりとりは全く姿を隠し、今の俺は怒りを露わにした。
顔が強張り、歯を食いしばり、全身が震え、高揚し、体中が熱くなっている。
今まで何度か相対したが、向けられることがなかった初めての敵意に、天使な女性は言ってから後悔したのか、はっとした表情を浮かべて言葉を失っている。
「なんでそんな顔するんだ?
俺をこうやって憤慨させるのが、あんたの思い描いたシナリオだろ?」
続く俺の言葉も当然に刺々しいものがある。
だが、彼女は狼狽えたまま、その表情を変えることができずにいる。
彼女のその表情から察するには、俺が代弁した言葉ほどそこまで陰湿に考えていたとは考えにくい。と思いたい。
俺が意に介せぬことばかり言っていたから、当てつけで言ったしまった。そう思いたい。
だけど、例えそうであったとしても、一度高まってしまった怒りはそう易々とは収まらない。
『いや・・・私は・・・・私はただ、助けが来ないと貴様を落胆させたかっただけで・・・。』
俺の怒気に充てられて、弁明を始める女性。
「だから周りが不幸になるのを、嘲笑うつもりはなかったってか。」
俺は彼女の弁明を真摯に受け止められない。
『そ、そうだ・・・。』
「くそっ!だからって―――!!」
彼女は単純にそこまで深く考えて話していなかった。それだけのことだった。
だが、意図しなくても知ってしまったからにはもうどうしようもない。
何とかリンゼロッテを助けなければこの怒りは収まりそうにない。
半分以上は俺自身の不甲斐なさに向けられる内向きな怒りということに他ならないのだから。
だけど、時間が限られる。知ってしまったからには一刻も早く動き出さなければ。
「あんたがそこまでひどい人じゃないというのはわかった。
それでも俺はもうこのどうしようもない怒りを抑えることは出来ない。
そしてあんたはお爺さんの仇の俺を恨んでいる。俺に死んでほしいと思っている。
だけど俺はこの怒りを抑えてでも今ここから出て、リンゼロッテを助けに行かなきゃならない。」
怒りで頭が回らないとよくいうが、俺はそれは嘘だと思っている。
俺としては一つの方向性にのみ、高速で頭が回転する、それが怒っている時の頭だと思う。
『な・・・何を言っているんだ・・・?何を言おうとしている・・・・?』
天使な女性はなおも狼狽える。
俺が怒りを無理やり抑え込み、達観した顔をしているのを見て、だ。
「ふうぅぅぅ。」
俺は重くため息をつく。冷静に、だけど紡がなかければいけない言葉に熱量を込めるために。
「頼みがある。
俺をここから出してくれ。
対価は。
対価は俺の命。」
カオスゲージ
〔Law and Order +++[64]++++++ Chaos〕
俺の世話をするはずだった下女にお金を渡し、その娘に成りすましてこの『トリカゴ』に侵入してきたらしい。
縛られて手を使えない俺に、スープ粥を食べさせる。
身体を丁寧に拭いてくれる。
上半身裸だったのを、肩からブランケットをかけてくれる。
その間リンゼロッテは黙っていて、必要以上の会話はしなかった。
「もうすぐ両親の釈放が成される。成り次第直ちにキチクを助けに来る。それまでどうか、もう少しだけ待っていてくれ。」
それだけ、言葉を残してリンゼロッテは牢を出ていった。
その後ろ姿が、何とも言えない気持ちを纏って、ひどく印象的なものであったのは間違いない。
そして、メアリーとリンゼロッテと邂逅した、重苦しい夜が明ける―――
『お前はそのままでいいのか?』
ふと、声がした様な気がして、目を覚ます。
格子を張られたガラスの窓から眩しい朝日が俺の顔を照らしていた。
この『トリカゴ』はかなり高い位置にあるから、朝の日が昇るのが早い。
目を細めてガラス窓の先を見ると、街並みにはまだ影がかかっている。
「あれ、誰もいない・・・?」
部屋の中を見渡す。
殺風景のままの牢屋でしかない。たまに巡回に来る衛兵の姿でもない。
「気のせいか・・・。ふははは・・・。」
ついに気でもおかしくなり始めたかなんて自分で思う。
しかし、そもそもそんなまともな人間でない自覚があったから、なんとなく可笑しくなって笑ってしまう。
『牢に繋がれ、誰もいないのに笑っているなどとは、気持ち悪いな。狂っているな、死んでしまえ。』
「あれ?やっぱり聞こえる?しかもなんか最後は凄いひどい事言われた!?」
やっぱり聞こえた声に驚いて、俺は瞑っていた目を瞠目する。
しかし、声はすぐ近くから聞こえるのに、目の前には誰もいない。
『今は鳥音話で話しかけているのがわかっていないのか?お前も鳥音話で返してきているではないか。自分のやっていることもわからないくらい鈍感なのか?死んでしまえ。』
見えない声の主が事情を説明してくれる。
最後のけなしっぷりは意味が分からないが、Another Language acquisitionスキルで通常の会話以外の意思疎通も可能になっていることに気づいた。
「ああ、なんでそんなに貶されてるのかわからないけど、今こうして会話できているのは俺のスキルが自動的に発動してるからなんだ。俺の意思でその鳥音話とやらを使っているわけじゃない。」
『・・・・なるほど、そういうカラクリか。鳥音話は通常では聞き取れない音域での会話だ。そんなに広い範囲ではないが、遮蔽物などに遮られることなく会話ができる。』
「カラクリってなんか懐かしい言葉だね?」
鳥音話って超音波的なやつなのかなどと納得し、俺は子供好きだった忍者のカラクリ屋敷を思い出す。
『懐かしい?古い言葉を使うと馬鹿にしているのか?
やはり貴様はそういう人間なのだな。死んでしまえ。いや、むしろ今この手で殺す。』
「いや、ちょっ、待って!ごめんなさい!馬鹿にしてないです!!むしろ大好きですぅ!!」
『ふん・・・大好きとは・・・。』
「あれ??」
膨らんだ殺意が穏やかになったような気がしてちょっと警戒を解きつつ、声の主を想像する。
聞き覚えがあるような声だったからだ。
『・・・やはり今すぐ殺してしまいたい。そうしよう。』
「ああ、やっぱりまた物騒なことになってるよ!!殺されんの!?なんか助けてくれる的な雰囲気だったんじゃないの!?」
ついついツッコミを入れてしまった俺。
しかし、その後に相手からは反応がなかった。
代わりに、ガタッと天井の上の屋根の方から音がした後、俺の顔を照らして差し込んでいた朝日が急に翳る。
「あれ?朝日が・・・。」
俺はガラス窓の外を見やる。
その瞬間に身体中の血の気が引き、俺の全身にゾクリと悪寒が走る。
窓の外で日の光を遮った人の影があった。
まさか、こんなにフランクに話していた相手がこの人だとは思えなかったのだ。
いや、あり得るはずがないと可能性を完全に否定していたのだ。
なぜそんなに殺意を持たれるのか、それはその人を見れば自ずとわかってしまうことだった。
バサッ―――ガラス越しで聞こえるはずのない翼が翻る音。
身体よりも大きな純白の翼は、朝日を背に受けて神々しく輝いてその輪郭を滲ませる。
同じく輪郭が滲むショートカットの白金の髪は、俺にとっては青春の輝きを思い起こさせる。
日の陰になった顔でも、自らの輝く事ができるといわんばかりに光を湛える青緑の瞳。
童顔ではあるが、見る者を虜にする端正な顔立ち。
朝日に浮かぶ鮮烈な情景に良い印象を持つはずなのだが、俺は好意的にそれを受け止めることはできない。
もともと知っていたその顔と、その端正な顔立ちに浮かぶ表情が俺を戦慄させる。
嘲笑と愉悦。
悪意を隠しもせずに不敵に上がる口角。
囚われた俺と会話して俺の気を緩ませて、もしかしたらと浮いた心を恐怖へと落とし、その落差を痛快に楽しむしたり顔で俺を見下す。
その人は鷺の獣人の女性だ。
俺がお爺さんを殺してしまった、天使な女性だった。
「・・・・今までの会話は俺を油断させるためだったのか。そのあとの絶望に歪む顔を楽しむため・・・。」
鷺の獣人の女性が予想した通り、俺はうなだれ、見事に落胆している。流れ的に誰か助けに来てくれる感じでしょ、ここは。
『いつだって私がお前に対して持っているのは憎悪だ。
ただ、慌てふためく姿を想像したら、楽しくなってしまっただけのこと。』
「いい性格してるね・・・見た目天使なのに辛辣だ。」
『何とでも言え。お前が死ぬことには変わりない。』
目を伏してその人を見ていない俺でも、さらに陰湿な笑みを浮かべているのが想像できて、俺はため息しか出ない。
だがしかし、俺の心証は天使な女性の思うそれとは違う方向へ動いていく。
「はぁ・・・あなたの執念には本当に恐れ入ったよ。なんだか、嬉しいよ。」
『嬉しい?』
俺は顔を上げる。俺の言葉の真意が分からず、俺の眼に映る女性の表情にはピクリと眉が揺れて怪訝な色が浮かぶ。
「だってそうだろ。ここまで来るのは大変だったはずだ。
その翼の血はあなたのものだろう?傷ついてまで、ここまで来たんだよね?」
翼をはためかせて、宙に浮かぶ天使な女性。
その純白の翼の一部に血痕が付着している。
通常は人間と相いれない鷺の獣人が、危険を冒してまでここにいる。
今の王都は有事で、厳戒態勢な雰囲気がある。そんな簡単にたどり着けたとは思えない。
厳重な警備を躱し、地上から何十メートルもあるこの『トリカゴ』に飛んできたのだ。
かなりの矢を射かけられただろう。
純白に染まるシミがそれを物語っている。それにしてもよく射落とされなかったものだ。
「何を言うかと思えば。ここまで来たのは貴様に対する憎悪が強いからでしかない。」
「憎悪でも、さ。俺に執着してくれるのは嬉しい。」
憎悪という執着でしかないんだろうけど、ここまで俺に固執してくれるのは何とも嬉しい気持ちが芽生えてしまった。
なんたって今空に浮かぶ女性に似た俺の中学の初恋の女性は、告白するまで俺の事を知らなかったし、俺をフッたその後も目を向けてくれることも、会話することもなかったのだから。
本当に痛すぎる辛い思い出だ。
今、俺の事を憐れんでくれた人・・・・ありがとう。
そんな俺の過去と今の彼女の俺に対する執念を思うと、否が応でも勘違いし始めてしまう。
『お前は本当に気持ち悪いな。狙われている相手の執念を嬉しいなどとは。
死にたがりなのか?変態なのか?早く死んでしまえ。』
さらに増えていく侮蔑の言葉に俺は苦笑する。だが、軽蔑でもなんでもこうして興味を持ってもらえるとこ、存在を感じてもらえないことと比べるとやはり悪くない。
「じゃあ、とりあえず名前教えてくれる?あなたの事を知りたい。」
『はあ!?なんでそうなる!?』
流石に表情を崩した鷺の獣人の女性。
高揚して頬にほんのりと朱が入り、表情には怒りと恥じらいが入り乱れてる。
『うわあ、本当に似てるなあ。』
これは勘違いが止まらない俺の心の声。
殺されるかもという事より、思い出に美化されまくった初恋の女性にそっくりなその人にどんどん心が奪われていく。
「かわいいなあ・・・。」
『バッ、バカモノめ!何を戯言を言っている!?貴様は私の仇―――!』
「ちょっと羞恥がある感じは、やはりぐっとくるものがあるなあ・・・。」
『この痴れ者め!いやまさに痴れ者だな、貴様は!
痴れ者とはのめり込んで心を奪われている人のことだ!』
ウィキを参照したかのような説明をつけてくる女性。だいぶ自分を見失い始めてる。
「声もいいなあ。こう、ちょっとハスキーな感じがやはり好きだなあ・・・。」
『好きとか嫌いとかではない!そ、そうだ!私は貴様が死ぬのを見るために―――!』
「うれしいなあ。最期を看取ってくれるのかあ。ならさみしくないなあ・・・。」
『孤独死しそうな爺様なのか、お前は!』
「放置プレイしないで、ちゃんとツッコミ入れてくれるよ。やさしいなあ。」
『何なんだ貴様は!私と貴様は殺す殺されるの間柄でしかない!甘い感情など持てるはずもない!』
憎悪と殺意を持っていた雰囲気はどこへやら。
天使な女性はもはや威厳を保っておらず、羞恥を隠そうとする乙女の顔になっている。
殺意を抱いている人を前にして甘い事を言っている俺も大概だが、ちょーっと褒めただけで動揺している彼女も彼女だ。大丈夫か?チョロ過ぎる。
だけど、微かな疑念だったことがちょっと真実味を帯びてきた。
俺をしつこく追いかけてくること。
先のリンゼロッテの別荘で陰ながら助けてくれたこと。
そして今、初めてまともな会話を交わし、それが悪意以上の執着を持っていそうなこと。
以上を踏まえ、やはり確信へと至る。
もしかして50%の確率で異性を虜にするCaptivateスキルが効いてしまっているのか、と。
『ふん。だいぶ話を乱されたが、このままでいいのか?』
一拍置いて冷静さを取り戻したのか、天使な女性の声が考えを巡らせていた俺の意識を切る。
「どういう意味だ?」
『知れたこと。昨日の夜に女が来ていただろう?前に森の屋敷で貴様と一緒にいた、金髪の女だ。
私は人間の言葉がわからないから詳しく言えないが、貴様を助けるために何か策を練っているのだろう?』
いつの間にか、元のしたり顔に戻る天使な女性。
「ああ、そうだ。彼女がきっと俺を助け出してくれる。」
俺はリンゼロッテのことを誇りに思って、天使な女性にまっすぐな瞳を向ける。
だが、そんな俺を見た女性は堪えきれんとばかりに内から噴き出すように笑い声をあげた。
『あははははは!!本当におめでたいな、貴様は!常に頭の中はお花畑か!?もう、本当に死んでしまえ!』
「うぐっ・・・。」
今度の彼女の言葉は流石に俺の心に刺さった。しかし、どういう意味なのか問い質さなければならない。
「何か知っているのか?」
『そんなもの、空から見ていればわかる。
あの女が昨日ここを出た後、尾行がついた。何を企んでいるかは知らんが、アジトも協力者もすべて敵対勢力に筒抜けだ。きっと何か事を起こした瞬間にそれらがすべて灰塵と化すだろう。』
「なっ―――!!」
俺は女性の言に思わず声を上げてしまった。
もしかしたら会話の優位性を得るための嘘かもしれないが、嘘でない可能性が高すぎる。
昨日、リンゼロッテは下女に扮して侵入してきたが、厳戒態勢なのにそんなに簡単にうまくいくものなのか?
その疑念が頭の片隅に浮かんでいたのは間違いない。
王国騎士として顔はかなり知られているリンゼロッテ。泳がされた可能性は否定できない。
『貴様には何もできないだろうが、来ない助けを期待して殺されるというのもつまらない幕切れだと思ってな。』
「だから俺に教えて、俺のために命を散らすみんなのことを悔やみながら死ねと?」
『・・・・・・。』
「辛辣もここに極まってるな。」
俺は天使な女性の業腹な仕打ちに対して、怒りと悪意を込めて言葉を吐き捨てる。
当然だ。俺は普通の人間ではない自覚があるが、このやり方に怒りを覚えないような腐った人間ではない。
俺は腐ってはいない。ただのゴミなだけだ。
自分だけならまだしも、大事な人たちの命を軽んじられて、嘲笑されて怒らないはずがない。
さっきまでの腑抜けたやりとりは全く姿を隠し、今の俺は怒りを露わにした。
顔が強張り、歯を食いしばり、全身が震え、高揚し、体中が熱くなっている。
今まで何度か相対したが、向けられることがなかった初めての敵意に、天使な女性は言ってから後悔したのか、はっとした表情を浮かべて言葉を失っている。
「なんでそんな顔するんだ?
俺をこうやって憤慨させるのが、あんたの思い描いたシナリオだろ?」
続く俺の言葉も当然に刺々しいものがある。
だが、彼女は狼狽えたまま、その表情を変えることができずにいる。
彼女のその表情から察するには、俺が代弁した言葉ほどそこまで陰湿に考えていたとは考えにくい。と思いたい。
俺が意に介せぬことばかり言っていたから、当てつけで言ったしまった。そう思いたい。
だけど、例えそうであったとしても、一度高まってしまった怒りはそう易々とは収まらない。
『いや・・・私は・・・・私はただ、助けが来ないと貴様を落胆させたかっただけで・・・。』
俺の怒気に充てられて、弁明を始める女性。
「だから周りが不幸になるのを、嘲笑うつもりはなかったってか。」
俺は彼女の弁明を真摯に受け止められない。
『そ、そうだ・・・。』
「くそっ!だからって―――!!」
彼女は単純にそこまで深く考えて話していなかった。それだけのことだった。
だが、意図しなくても知ってしまったからにはもうどうしようもない。
何とかリンゼロッテを助けなければこの怒りは収まりそうにない。
半分以上は俺自身の不甲斐なさに向けられる内向きな怒りということに他ならないのだから。
だけど、時間が限られる。知ってしまったからには一刻も早く動き出さなければ。
「あんたがそこまでひどい人じゃないというのはわかった。
それでも俺はもうこのどうしようもない怒りを抑えることは出来ない。
そしてあんたはお爺さんの仇の俺を恨んでいる。俺に死んでほしいと思っている。
だけど俺はこの怒りを抑えてでも今ここから出て、リンゼロッテを助けに行かなきゃならない。」
怒りで頭が回らないとよくいうが、俺はそれは嘘だと思っている。
俺としては一つの方向性にのみ、高速で頭が回転する、それが怒っている時の頭だと思う。
『な・・・何を言っているんだ・・・?何を言おうとしている・・・・?』
天使な女性はなおも狼狽える。
俺が怒りを無理やり抑え込み、達観した顔をしているのを見て、だ。
「ふうぅぅぅ。」
俺は重くため息をつく。冷静に、だけど紡がなかければいけない言葉に熱量を込めるために。
「頼みがある。
俺をここから出してくれ。
対価は。
対価は俺の命。」
カオスゲージ
〔Law and Order +++[64]++++++ Chaos〕
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