破壊、略奪、支配、エロ。これが大人のファンタジー

一心腐乱

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第二章 大罪人として

4.コメディ要素が減少中です

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 まだくるぶしくらいまで残る真っ白な雪が蹄鉄の形に押しつぶされてゆく。
ドッドッドッドッという軍馬が奏でる規則正しい行軍音とともに真っ白だったはずの雪で覆われた街道は灰色に染まっていった。
 ルグザンガンド王国の国王が暗殺されてから約1月ほど。
すぐに暗殺者討伐で動き出していたが、マーカラには王国騎士団が既に一度敗北を喫しているということもある。しかもかなりの手痛い敗北だ。
ルグザンガンド王国の首脳陣はてつを踏まないよう、周到に準備を進めた。
なんとか行軍できるほどの雪解けを待ち、そして今満を持しての出兵となっている。
 ドンタナの町は王都からは馬で1日程で、そこまで遠い場所ではない。
しかし、ドンタナは北の山脈に近く、冬は大雪に見舞われる。
深い雪で外界と完全に隔離されていたドンタナの町は、王国騎士団の軍勢があと1時間ほどで到着というところまで来て、ようやくその事実に気づいたのだ。

「俺、やってないよ!」

 ネロの寝台から這い出して、いそいそと服を着る俺。
リンゼロッテから事情を説明してもらったが、まったく意味が分からない。
つい、声を荒げてしまった。

「・・・・。大丈夫だ。キチクがやっていないのは信じている。
誰かがキチクとマーカラに罪を被せたんだろう。」

 一瞬、間を開けてからリンゼロッテが弁護してくれる。だが、その顔は暗い。

「しかし、どうするんだい!?
濡れ衣でも、話し合いを持てる時間はあるのか?
聞く耳持たず、王国騎士団は武力で制圧しようとしている感じなのかい?」

 ネロも急ぎ服を着始めている。
キャミソールを着ようとしているが、大きな胸の膨らみに服が見事に引っかかっている。

「多分・・・後者だろう。
マーカラ相手に時間を与えるようなマネはしてこないと思う。夜にならないとマーカラは活動できないのだろう?
きっと日が暮れるまでに一気に急襲という考えのはずだ。その為の全軍を使っての強行軍だ。
雪でこのドンタナの町には情報が入らないことも考えての上だろう。」

 今はまだ、昼を少し過ぎたところだ。
夜になるまでは相当な時間がある。
リンゼロッテは王国騎士団全軍が向かっていると言った。
もし否応なしに蹂躙されたら、夜が来る前にドンタナの町は壊滅してしまうだろう。
それは容易に想像できる。

「時間が・・・足りないっ・・・か。」

 俺は狼狽え気味に唇を噛む。あまりに突然なことで頭が全然回らない。
しかし服を身に着けたネロは、そのまますぐに金属の具足のベルトを留め、具合を確かめながら調整する。それが完了したら愛用の両手剣を背中に担ぐ。
流石に切り替えが早い。あっという間に準備が整っている。

「町の警邏隊はこのことは知っているのかい?ほらっ!キチク!」

 もたもた着替えていた俺にネロが鞘に入った剣を投げて渡す。
落としそうになりながらも、俺はその剣を両手で抱えた。

「もちろんだ。急ぎ、村の入り口に馬防柵を準備していると思う。
しかし、人手が圧倒的に足りないそうだ。
去年のうちに、雪が本格的に降る前に町を出た者が多く、まだ戻ってきていないらしい。」

 確かにこのドンタナの町から人が減っている。
ネロの館のおかげで訪れる人が増え、その人相手に商売する人がまた増える。そうやって一気に大きくなったドンタナの町の住人の多くは冬に里帰りをする。
今いるのは町の人口の半分にも満たないだろう。
それは警邏隊の人たちも例外ではない。
今この町を守っていけるのは警邏隊の隊長以下、10数名しかいない。
戦力差は歴然だった。

「そもそも戦わない様になんとかできないのか?勝ち目なんかないじゃん。」

 認めたくはない事。その場の誰しもが思っていたが言えなかったことを、俺が不躾に言ってしまった。
ネロが鋭い視線をぶつけてくる。

「多分、王国騎士団は今回はかなり本腰で掛かってきているんだろう?
国王殺しの容疑者のキチクを差し出したって、王国騎士団が止まるとは思えない。
混乱に乗じてこの町を制圧するつもりだろうねえ。」

「じゃあ、みんなで逃げよう!!」

 俺はさらに軽はずみなことを言ってしまう。

「キチク・・・。町の人みんなで逃げるっていうのかい?
まだかなりの雪が残る中を、どこに逃げるっていうんだい。
あっという間に追いつかれるのは目に見えてるよ。」

「でも逃げている間に夜になれば、マーカラさんに助けてもらえるかも・・・。」

「それは得策とは言えない。まだまだ夜は寒さが厳しい。そのまま夜を迎えたら、凍死者が大勢出てしまうだろう。夜を越える準備をしてからの出立ではそれこそ間に合わない。」

 リンゼロッテも注釈を挟む。

「仕方ないねえ。
キチク!あんたはファラと一緒に逃げな!リンゼロッテならなんとか隠れ家を用意できるだろ?」

 軽くため息交じりの声を漏らした後、ネロは大きく目を見開いて俺に言った。

「ネロはどうするんだ!?ネロも一緒に!」

 俺は無理だとわかり切ったことを言ってしまう。

「うおぁは、わかってるだろ。俺にはこの町を見捨てていくことはできないからねえ。
王国騎士団との交渉に当たるとするよ。なんとか不利にならないように頭を使って頑張るよ。」

 ネロは薄っすらと笑みを浮かべる。
大丈夫だよ、心配ない。
そんな気持ちが込められたような笑顔は、いつも俺に安堵の気持ちを与えてくれる。本当に姉御肌だ。
今回もきっと大丈夫だと思えてしまう。

「ああ、でも最後に・・・・。人間のヤツ・・・。」

 ネロは俺の前に立ち、俺の頬にその両手を添える。
そして唇に隙間を残して、俺の唇にその唇を重ねた。

 ちゅ・・・くちゅり・・・。

 静寂の空間の中に、二人の舌が絡み合う水音が響く。
リンゼロッテに関しては、いたたまれなくて目を逸らしている。

「今生の別れのキスじゃないよ。ご褒美の前払いさっ。」

 舌を出したまま口を離したネロ。お互いの口に伸びた糸を絡めとりながら、口角を緩ませる。
なぜだか俺は唇を重ねている最中も目を閉じれないまま、ネロを凝視していた。
閉じた目を彩る長いまつげが醸し出す色気。不意に見開かれれば、潤いを讃えてキラキラと輝く力強い瞳。
両端が空に向く淡い桃色の唇とともに褐色の肌に映えるその表情は、とても鮮烈に俺の心に刻まれる。

「じゃあ、リンゼロッテ!頼むよ!」

「・・・。ああ、任せてくれ。行こう、キチク。」

 リンゼロッテはネロの顔を見ないまま返事をして、外套を翻して扉をくぐる。
俺は名残り惜しくて右手の指でネロの耳に少しだけ触れた。
その後にその自分の手を強く握りしめる。

「ネロ。気をつけて――――」

 その言葉だけ残して、俺は部屋を後にした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「あー・・・・眠いわ・・・・。」

 赤い色のゴシックドレスに身を包んだ女性が悪態をついている。
冷酷さを思わせるつり上がった目の美女。
ルグザンガンド国王を殺害した女性、メアリーだ。

「血塗られた魔女の異名を持つ、メアリー様でも流石に眠気には勝てませんか。」

 そう答えたのは、国王暗殺時も一緒にいた黒装束の男。
ただ今は顔は隠していない。
黒装束とは真逆に、明るい金色の髪を揺らした若い男性だ。
話し方はジジ臭いのだが、その実は若かったようだ。
 二人は今向かい合わせに座っていて、馬車に揺られている。
その馬車には窓がついているのだが、ピッチリと閉め切られている。
天井付近に付けられた小型のガラスのランプが室内を青白く照らす。
そのランプに火は灯っていなく、代わりに芯にある宝石が発光していた。
幻想的なその光は室内のアンティーク風で華美な装飾を幻想的に浮かび上がらせる。
内装からだけでも、相当に豪華な馬車だということが想像できる。

「ふぁぁ・・・。そりゃそうよ。こんな日中なんて普段は寝ているんだから。
睡眠打破を付加魔術エンチャントしていなければぐっすりよ、ぐっすり。殺されても起きないわ。」

「なるほど、それで千年ほど起きなかったと・・・。」

 端正な顔を歪ませてあくびをするメアリーの言葉尻を捉える黒装束の男。
メアリーはその言葉に意識を削がれて、男をギラリと睨みつける。

「なかなか冴えてるじゃない。
その通りよ。まあ、実際には仮死ね、仮死。
銀の杭で胸を刺せば死ぬだなんて、浅はかもいい所よね。
ただ、もともと少ない血なのにいっぱい出ちゃったから仮死状態になってたけど・・・。
あーーー、思い出したら腹が立ってきたわ!」

 メアリーは急激に感情をむき出しに怒り出し始めた。
冒頭の冷酷さを思わせる・・・というのは違ったらしい。

「どうしたのです?
そんなに人間に刺されたのが悔しいのですか?お心をお察しします。」

 メアリーの事を慮った男は目を伏せて軽く頭を下げた。

「違うわよ!そのことじゃないわ!
きっとあの時、あいつらは人間の分際で私の裸体を視姦したに違いないわ!
・・・見つけたら必ず惨たらしく殺してやるわ!」

 男は噤んでいた口を思わずプッと開く。

「メアリー様・・・。ご安心を。
その人間どもはとっくに死んでおりますゆえ。」

 男にキョトンとした丸い目を向けるメアリー。
「今気づいたわ」なんて言いたげなその目に男は苦笑い。
本当に何千年も生きた化け物なのか?
男の疑問はきっと誰しもが思うに違いない。

「それならいいわ。
それにしても早く着かないかしら・・・。」

 メアリーはさっさと気を取り直して視線を遠くに向ける。
実際は窓のない部屋なので壁を見ているだけなのだが。
 ゴトリゴトリと音を立てながら、馬車は進んでいく。
その場所はこのアルカトラズという世界の外れに位置するこの世のゆがみ。
よほどのことがない限り外界からは、いかなる物質も魔法さえも干渉することはできない場所だ。
昼と夜の概念がなく、本来なら夜の時間も、昼の時間も、見上げる空は水面のようにユラユラと青白く陰鬱に煌めく。
その怪しげな空の下、馬車は巨大な水晶の山を切り崩して作ったような長細い道を進む。

「早くお会いしたいわ、お姉さま。」

 まもなく、馬車は吸血鬼マーカラの居城『夜と闇の狭間の城』に到着する。




カオスゲージ
Law and Order法と秩序 +++[63]++++++ Chaos混沌

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