破壊、略奪、支配、エロ。これが大人のファンタジー

一心腐乱

文字の大きさ
上 下
59 / 92
間章 俺もmerryしたい

一人だけのクリスマス

しおりを挟む
 シャンシャンシャン。

 どこからか鈴の音が聞こえてくる。
単体で鳴っているのではなくて、楽曲を盛り上げる合いの手で鳴っている。
その楽曲は生音ではなく、オーディオから流れる調整された機械的な音だ。
耳障りのいいメロディに乗せて、歌姫らしき人が喉を響かせたり、子供が楽しそうに歌ったり、ハモったり。

 そう。その楽曲は、クリスマスソングだ。

 冬になった途端、町はクリスマスソングで溢れかえっている。煌びやかなクリスマスツリーが自己主張をして、飾り付けられたオーナメントはイルミネーションを反射してより一層輝く。
俺には眩しすぎるその光を見ないように、俺は俯いて歩くしかない。
 町を歩く恋人たちが、何気なく一瞬だけ俺を見る。
「今年もお前は一人なのか?」
そう言って侮蔑の目を向けているような気さえする。
ただでさえ肌寒く人恋しい季節。
実際はそんなことはなくて勝手な俺の被害妄想なんだろう。そう、思いたい。
 こうやって定時に仕事を終えて帰り道を行く。俺はこの時期のこの瞬間が嫌いだ。
しかし、これがあとひと月近くも続くのだ。拷問以外の何物でもない。
何も見ないように、何も感じないように俺は俯いて歩く。

「ん?」

 ふと、俺の頬に冷たいモノが触れた。
雨でも降って来たのかと、顔を上げて空を見る。
12月もまだ中旬というのに落ちてきたのは、雪。
薄目で見上げた俺の目に、降り注ぐ雪の結晶がぼんやりと映る。

「まじかよ・・・。」

 他の誰にでもなく、お天道様にツッコミを入れる。
きっと恋人たちは「綺麗・・・」とかなんか言っちゃって喜ぶところだろう。
しかし、俺にとってこれは迷惑でしかない。
どうやらお天道様は、まだこれ以上に俺を蔑むつもりらしい。
 俺は指で頬を拭って、ダウンジャケットのフードを被る。
そして必要以上に足早に、歩みを進めた。

「あれ?」

 異変に気付く。
頬はもう濡れていないはずなのに、なぜかまだ頬が冷たい。
それどころか、どんどん冷たくなっていくような気がする。

「やっぱり冷てええええ!!」

 俺は目を開けて叫ぶ。同時に上体も起こす。

 あれ?目が開いた?
上体が起き上がった?

 頭が混乱していた俺の視界に、女神ファラの驚いた顔が映る。
手には雪の塊を持っていた。
周囲を見渡し、俺は少しずつ状況を理解し始める。
 どうやら夢の中にいたらしい。
先ほどのクリスマスの風景は夢だったらしい。
過去の、前世の、なんとも苦い思い出の夢を見たものだ。

「はははは・・・。」

 俺は呆れて乾いた笑いを漏らしてしまう。

「すみません。あまりに冷たかったので出来心でつい・・・。キチクさんがおかしくなってしまうなんて思いませんでした・・・。」

 察するに、寝ている俺の頬に雪の塊を押し付けて驚かせようとしていたのだろう。
とても神妙な顔をして謝る女神。雪の塊が溶けて、指の隙間から水滴がぼたぼた垂れてる。
床が大惨事だ。

「いやいや、大丈夫。鬼畜で変態だけどおかしい人間じゃないから。それよりも床!」

 わけのわからない返しをしつつ、慌てて何か器を探す。
たまたま近くにあった深さのあるお皿に女神の手の雪を入れさせる。

「ええと・・・雪って冷たいんですね。」

「あほか!素手でそんなにずっと持ってたら、凍傷になるわ!」

 雪を知らない女神にツッコミを入れながらも床をタオルで拭く。
ここはネロの酒場の二階。
下は酒場だ。雨漏りみたいに下に流れてしまったら、きっとロドルフおねえにどやされる。
そんなことを思って、寝起きなのにイソイソと床を拭く俺はバカみたいだ。

「あれ・・・?でも、なんで雪・・・?」

 ようやく平静を取り戻した俺。床はここの部屋を借りた時よりもピカピカになった気がする。

「そうなんです!見てください!」

 女神が、バァーッ!と勢いよくカーテンを開ける。あれ?いつの間にカーテン付いていたんだ?
そんな無粋なツッコミは窓ガラスの外のそれによって、どうでも良くなった。

「マジで!?積り過ぎ!銀世界じゃん!!」

 窓の外に広がる世界はとにかく真っ白。いつの間にか雪が降っていて、屋根も、木々も、道も全て白銀に覆われている。
普段なら、窓を閉めた部屋の中でも多少は外の音が聞こえる。
だが、今は自分の耳がおかしくなったのかと思うくらい無音だ。
雪が全ての音を吸収しているんだ。

「昨日の深夜から降り始めたみたいです。でも今は止んでいるんですけどね。」

 なぜか偉そうに胸を張る女神を一瞥。
俺は先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 ああ、この世界でもお天道様は俺を蔑むのか・・・・。

 漏れていく溜め息に交じり、生気も逃げてしまうような感覚。
焦燥感が俺を襲う。

「なんでそんな辛そうな顔をしているんですか?」

 俺の顔を見た女神が、あっけらかんと聞いてきた。

「そりゃだって、冬がやって来ちゃって雪降ってるし、世の中はクリスマスだろ?
独り身をこじらせた人間には堪えるんだよ。」

「クリスマスってなんですか?
なんで独り身だと堪えるんですか??」

 憂鬱な顔をしていた俺に、女神は無垢な表情で真っすぐに質問してきた。
俺とは違い、憂鬱のカケラもない朗らかな表情。
その女神の顔を見て、俺はようやく気づく。

 あ、俺今・・・ひとりじゃないんだ・・・。
恋人っていうのか微妙だけど、女神もいるし、他のみんなもいる。
いつの間にか自分が独りじゃなくなってる。
今更ながらに気づいたよ・・・。

「ありがとう、ファラ。」

「??。何ですか?冷たい雪がそんなに良かったんですか?」

「・・・・違うけど、もうそれでいいです。」

「じゃあ、キチクさんも一緒に外に行きましょう?」

 心は決まった。
女神からの外に行こうなんて誘いはシカトだ。
俺にはやらなければいけないことができた。
ついに俺にもできる日が来たのだ!!

 それはクリスマスをmerryすることだ!!!!
 あの、リア充のように!!

 寝台から起き上がって、明後日を見ながらガッツポーズを決める俺を唖然と見る女神・・・。

「なんだかキチクさん、私に似てきましたねえ。」

「――――!!・・・似てねえし!!!そんな妄想癖ないし!!一緒にすんな!」

 俺はハッとなり、妄想に飛んでいたことに恥ずかしさを覚える。本当に恥ずかしい。
とりあえず、女神をけなしておこう。
 とにかく、俺の最大のミッションをコンプリートさせるには、とても大きな障害がある。
ここは異世界。
当たり前なのだが、クリスマスというものがないのだ。
だが俺はあきらめない。
クリスマスという概念がないなら、むりやりその概念を作ってしまえばいい!

 俺はこれから起こるであろう心躍るイベントに、ニヤリと笑わずにはいられなかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「何だって!?町を守ったマーカラに感謝するお祭りをやりたいってのかい!?」

 座っていた椅子から飛び上がるほど、狼狽えて声を上げるのは熊の獣人ネロ。
ネロの酒場で昼食を取っていた俺は、頃合いを見計らってネロに企画を話した。
周りの他のテーブルのみんなも目を丸くして驚いている。

「そう。王都の騎士団との戦いではみんなの力もあったけど、最終的にはマーカラさんの蹂躙があったからうまく終われたでしょ。
だから、マーカラさんに感謝の気持ちを示してもいいと思うんだ。
それにマーカラさんを讃えるお祭りが定期的に開催されるとなれば、王都のお偉いさんもドンタナの町はずっとマーカラさんの加護にあると思うから、牽制するという意味でもよいことなんじゃないかな。」

「うぐぐぐ・・・。キチクのいうことも一理あるな・・・。」

 本当に珍しく饒舌に語る俺。なんだかとてもよく頭が回る。
ネロを説得できない理由が思い浮かばない。

「マーカラさんはこの、ドンタナの町は襲わないと約束してくれているんだ。
それに彼女は意外と人間っぽいところもあるよ。
必要以上に怖がるよりも、素直に感謝を込めて讃えた方がお互いにいいんじゃないのかな。
 あと、ドンタナの町の一番のウリはネロの娼館だろう?
最強の吸血鬼に守られた町の娼館。
そんなキャッチコピーがついたらよくない?何がでてくるのか、怖いもの見たさでゾクゾクしちゃうよ。」

「・・・わかった。警邏隊に相談してみるよ。
それにしても、キチク。
その感じは、もうどういう風な祭りにするのか、考えてあるみたいだねえ。」

 少し諦め顔だったネロだが、俺の熱意に絆されて少しずつ笑顔が浮かび始める。
お酒好きというものあるし、みんなでワイワイするのはもともと好きなんだろう。

「そうだね。
マーカラさんを讃えるのに、ミサをして礼拝するんだ。
それで日常ではない特別感を出す。あと、みんなが楽しめるようにするのも重要。
特別な日だから、子供たちにはプレゼントをあげて、家族は鶏の丸焼きとかで食卓を囲んで一家団欒。大人の恋人たちは聖なる夜を二人で過ごす。
あとはみんなで仮装してワイワイ騒ぐ!」

 きっと俺は今、目を輝かせて言ってしまっていただろう。言っている内容も支離滅裂な気もする。
だけど、俺が前世で諦めてしまっていた、クリスマスの楽しい過ごし方を考えたらこうなった。

「「「「「いいねえ!!」いいじゃねえか!!」」」」

 突然降って沸いた横からの声に俺は驚く。
ビクリとなって周りを見ると、いつの間にか館のみんなが俺のテーブルの周りに集まっている。
俺の話にみんな聞き入ってくれていたのだ。

「こ、これはすでにOKな感じ??」

 俺の出したアイデアに触発されて、あっという間に皆それぞれに意見を出し合い始める。
やっぱりネロが一番盛り上がってるよ・・・。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「というわけで、マーカラ様のお祭り、クリスマスをやることに決まったからねえ。」

「おお!早い!でもそれ相談って言わないよ!押しつけだよ!」

 昼食後、俺とネロは警邏隊の詰め所に来ていた。
ネロは警邏隊の隊長たちに俺が伝えた理由をうまく説明して、四の五の言わさず押し切った。

「ははは。まあ、でも面白そうじゃないですか。日にちは一週間後くらいにしておきますか?
いつも今時期に雪が降るので、雪が降って来たら、お祭りの時期だと想像しやすいと思いますが。」

 警邏隊の隊長は大人だ。なんだかんだ快く承諾してくれた。そしてナイス提案。

「いいねえ、一週間後だね。12月25日にしようかねえ。」

「・・・・あったんだ暦・・・。しかもまんまクリスマスじゃないか・・・。」

幸か不幸か、ただテキトーなのか、奇しくも前世と同じ12月25日がクリスマスになるのか。
出来なかったことを叶えるのだから、日取りも全く一緒というのはうれしい。

「それで、ミサなんだけど、この警邏隊の詰め所のすぐ裏手に女神教会の礼拝堂があるんだけどねえ。
この町に結構前からあるんだけど、王都と違ってあんまり信者がいないからねえ。
教会の神官に相談して、場所を使わせてもらおうよ。」

 あ、しまったな。そうか女神という信仰があったんだ。
そのまま女神を讃える祭りにすればよかったか。しかし、もう遅いか・・・。

「後はキチクが言っていた仮装の事だけど・・・。
仮装した女性が町を練り歩いて子供たちにプレゼントをあげるんだったよねえ?」

「そうそう。
基本的には赤い色のかわいいコスチュームを着て歩いて、プレゼントを配って子供たちを喜ばせるんだ。
それで大人やその子供たちに人気投票とかしてもらって、コスプレ女王を決めよう!」

 えっと・・・、普通のクリスマスと趣旨がだいぶズレて来てますが、好きにさせてください。
ほら。人気投票とか萌えるじゃないですか。
女性も人気取りたいから燃えるでしょうし。

「キチク!!いいねえ!
しかし、人気投票なんて俺の為の企画みたいだねえ!」

 はい、負けフラグ。どーもー。
さあ、準備は早いこと片づけて、俺のお楽しみの方へGOだ!



しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...