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◇アーノルト姉弟◆(ソウシソウアイ?番外)
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※オデットやランヴァルドは登場しません、成長後の子供たちの物語です※
その日の日暮れ、少年は機嫌よく、軽い足取りで騎士団本部一階の廊下を歩いていた。
茶色の柔らかそうな髪は短く、母親譲りの紫の瞳は手元の紙袋を見て輝いている。
彼が歩くたびに魔術師らしい黒の長いローブが揺れ、廊下に影を作る。
「ふんふーん、母さんの手作りクッキーなんて何年ぶりでしょう。お忙しいのだから無理もないとはいえ……嬉しいなぁ」
心底嬉しそうに頬を緩ませる彼の耳に、すぐ近くの訓練場から木刀の弾け飛ぶ音と威勢のいい少女の声が聞こえた。
見れば金色の長い髪を払う少女の姿、父親譲りの青い瞳は見るからに気が強そうで、たった今、叩き伏せた相手を見おろして木刀の切っ先を向け微笑む。
「さぁ、勝負ありました。私の勝ちですよ」
姉の姿を見やって、少年、ディアンは手元の袋にもう一度視線を向けた。
「うーん……姉さんと半分こしなさいと言われましたけど、どう考えても姉さんに半分以上取られちゃいますよねえ、姉さん、母さん大好きですし」
よし、一人で食べよう。そして秘密にしておこう。と考えた矢先だった。
「聞こえていますよディアン、よくもまぁ私の前でお母さまのクッキーを独り占めしようなんて言えましたね」
「言ってないのに心の声を読まないでくださいよ」
暢気なディアンの言葉に、姉のステラは美しい顔を歪めてつかつかと近づいてきた。
「お母様がいらしたのですか? いつ?」
「ついさっきですよ、お仕事が忙しいようでしたけど、ぼくたちのことが心配だからって」
彼らの母オデットは今、王立魔道院で時折魔術の研究に力を貸している。
彼女の才能を見込んでどうしてもと頼み込まれたのだ。
父であるランヴァルドは現在遠征で留守のため、二人を心配してわざわざ忙しい中やって来た。
「むう……ディアンだけ会ったなんてずるいではありませんか。私もお母さまに抱きしめていただきたいのに」
「姉さんが訓練に没頭しているからですよー」
ディアンはふぁーとあくびをして、紙袋を抱えたまま歩き出す。
「じゃあ、夕食のときに一緒に食べましょう。ぼくも次の作戦について会議に呼ばれていますので……勝手に食べたら姉さんなんてカエルに変えてしまいますからね!」
「むむ……ひとをカエルにするなんてしてはいけないってお母様に何度も言い聞かせられたはずでしょう、だいたい、魔法の暴力はよくてどうして物理の暴力はいけないのです」
「そういう姉さんこそ父さんに力は守るためのものだって教わったはずでしょう」
「あなたがろくでもないことを言うからたとえとして言ったのです!」
ふと、にこりと微笑んだディアンが片手の人差し指を立てて言う。
「いいですか姉さん、これは簡単な話……一人で勝手に食べないでくださいね。という約束を守ってくださればそれでよいのです」
「……う」
控えめな胸元を押さえた姉に、ディアンはふうとため息を吐いた。
「ほら、食べちゃうつもりだったでしょう。お互い様というものです。ところで姉さん、今日は食事当番だったはずですけど、大丈夫なのですか?」
「――あぁっ!」
近くにあった時計を見て悲鳴をあげたステラは、そのまま駆け出して行った。
「まあ、姉さんが居ないほうが早く終わると思いますけどねえ」
ステラは剣を持たせれば恐ろしく強いが、包丁を持たせると謎の物体しか生み出さないため、騎士団ではその意味でも恐れられている。
一方弟のディアンはなんでもそつなくこなすので、いろいろな場面で重宝されている。
父も料理は騎士として当番でやっているので、姉のあのポイズンクッキングは誰に似たのか……。
「姉さん、ご武運をー」
ひらひらと手を振って、ディアンはちゃっかりとクッキーを一枚紙袋から取り出して齧ったのだった。やはり母の作る料理はとてもおいしい。
◇◇◇
翌朝、ステラは不機嫌そうに部屋から出てきた。
結局「夕食のときに一緒に食べましょう」などと言っていたディアンは三枚ほどクッキーをつまみ食いしていたのだ。
その上、調理場に居たステラはといえば、ジャガイモが消えたり(皮を剥いていたはずなのに)味付けが毒薬のようだと言われたり散々だった。
いつかは料理も上達するだろう、と緩く見守ってくれていた同僚たちも、いい加減、ステラに料理は無理なのだと騎士団長に懇願する始末だ。
とはいえ、これは父もやってきた騎士団の伝統である、自分だけはずされたくはない。最低限、誰も殺してはいないのだから。
「く……っ、戦いがあれば私だって……!」
けれどステラはいまだに父に勝ったことがない。父の強さは怪物のようだと娘ながら思う。
母は、剣だけなら随分昔に「ステラはとっても強くなりましたね」と言ってくれたのだが、当然魔術はいまだに教わる身だ。
「……私だって」
剣では父と張り合える、魔術は母に褒められる、そんな弟への劣等感が少しだけ顔を出す。
ディアンは料理だってうまくできる、おいしいと評判だ。
「……むう」
ステラは不満そうに唸ったが。以前、両親はステラはステラらしくあればいいのだと言って、ステラのいいところをたくさんあげて褒めてくれた。
そのことを思い出すと胸があたたかくなる。
「まあ、いいでしょう」
腕組みをして納得したように頷くステラに声がかかる。
「何をいつまでも突っ立って独り言をしているんです、姉さん」
「え、あっ……ディアン! いつからそこに居たんですっ」
「そんなふうにぼうっとしていると、朝食を食べ損ねますよ」
さっさと横切っていく弟の背を慌てて追いかける。
「む……ディアンはいいですね、なんでも上手にできて」
今日も今日とてマイペースにすごしている弟に、少しばかり八つ当たりをしてしまう。
どんなに背伸びをしても、ステラではディアンに敵わないことがたくさんあるのだ。
「……はあ、何を言い出すのかと思えば」
ディアンは立ち止まると、姉に振り返って言う。
「ぼくたちは支えあって一人前なんですよ、姉さん。魔術師は前衛が居なければ戦えませんし、ぼくは姉さんに剣で勝ったことなんてないはずです」
「……う」
罪悪感に少々胸が痛む。
こうして八つ当たりをしても、弟はいつも怒らない。
「すみません、私のほうがお姉さんなのに……大人げないことをしました」
「お姉さんと言っても、時間の違いではないですか。たいして変わりませんよ」
そう言って、ディアンは微笑んだ。
「姉さん、これからもよろしくお願いしますよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人で微笑みあって、食堂へ向かう。
そんな時間が、双子にとってはとても大切なものだった。
その日の日暮れ、少年は機嫌よく、軽い足取りで騎士団本部一階の廊下を歩いていた。
茶色の柔らかそうな髪は短く、母親譲りの紫の瞳は手元の紙袋を見て輝いている。
彼が歩くたびに魔術師らしい黒の長いローブが揺れ、廊下に影を作る。
「ふんふーん、母さんの手作りクッキーなんて何年ぶりでしょう。お忙しいのだから無理もないとはいえ……嬉しいなぁ」
心底嬉しそうに頬を緩ませる彼の耳に、すぐ近くの訓練場から木刀の弾け飛ぶ音と威勢のいい少女の声が聞こえた。
見れば金色の長い髪を払う少女の姿、父親譲りの青い瞳は見るからに気が強そうで、たった今、叩き伏せた相手を見おろして木刀の切っ先を向け微笑む。
「さぁ、勝負ありました。私の勝ちですよ」
姉の姿を見やって、少年、ディアンは手元の袋にもう一度視線を向けた。
「うーん……姉さんと半分こしなさいと言われましたけど、どう考えても姉さんに半分以上取られちゃいますよねえ、姉さん、母さん大好きですし」
よし、一人で食べよう。そして秘密にしておこう。と考えた矢先だった。
「聞こえていますよディアン、よくもまぁ私の前でお母さまのクッキーを独り占めしようなんて言えましたね」
「言ってないのに心の声を読まないでくださいよ」
暢気なディアンの言葉に、姉のステラは美しい顔を歪めてつかつかと近づいてきた。
「お母様がいらしたのですか? いつ?」
「ついさっきですよ、お仕事が忙しいようでしたけど、ぼくたちのことが心配だからって」
彼らの母オデットは今、王立魔道院で時折魔術の研究に力を貸している。
彼女の才能を見込んでどうしてもと頼み込まれたのだ。
父であるランヴァルドは現在遠征で留守のため、二人を心配してわざわざ忙しい中やって来た。
「むう……ディアンだけ会ったなんてずるいではありませんか。私もお母さまに抱きしめていただきたいのに」
「姉さんが訓練に没頭しているからですよー」
ディアンはふぁーとあくびをして、紙袋を抱えたまま歩き出す。
「じゃあ、夕食のときに一緒に食べましょう。ぼくも次の作戦について会議に呼ばれていますので……勝手に食べたら姉さんなんてカエルに変えてしまいますからね!」
「むむ……ひとをカエルにするなんてしてはいけないってお母様に何度も言い聞かせられたはずでしょう、だいたい、魔法の暴力はよくてどうして物理の暴力はいけないのです」
「そういう姉さんこそ父さんに力は守るためのものだって教わったはずでしょう」
「あなたがろくでもないことを言うからたとえとして言ったのです!」
ふと、にこりと微笑んだディアンが片手の人差し指を立てて言う。
「いいですか姉さん、これは簡単な話……一人で勝手に食べないでくださいね。という約束を守ってくださればそれでよいのです」
「……う」
控えめな胸元を押さえた姉に、ディアンはふうとため息を吐いた。
「ほら、食べちゃうつもりだったでしょう。お互い様というものです。ところで姉さん、今日は食事当番だったはずですけど、大丈夫なのですか?」
「――あぁっ!」
近くにあった時計を見て悲鳴をあげたステラは、そのまま駆け出して行った。
「まあ、姉さんが居ないほうが早く終わると思いますけどねえ」
ステラは剣を持たせれば恐ろしく強いが、包丁を持たせると謎の物体しか生み出さないため、騎士団ではその意味でも恐れられている。
一方弟のディアンはなんでもそつなくこなすので、いろいろな場面で重宝されている。
父も料理は騎士として当番でやっているので、姉のあのポイズンクッキングは誰に似たのか……。
「姉さん、ご武運をー」
ひらひらと手を振って、ディアンはちゃっかりとクッキーを一枚紙袋から取り出して齧ったのだった。やはり母の作る料理はとてもおいしい。
◇◇◇
翌朝、ステラは不機嫌そうに部屋から出てきた。
結局「夕食のときに一緒に食べましょう」などと言っていたディアンは三枚ほどクッキーをつまみ食いしていたのだ。
その上、調理場に居たステラはといえば、ジャガイモが消えたり(皮を剥いていたはずなのに)味付けが毒薬のようだと言われたり散々だった。
いつかは料理も上達するだろう、と緩く見守ってくれていた同僚たちも、いい加減、ステラに料理は無理なのだと騎士団長に懇願する始末だ。
とはいえ、これは父もやってきた騎士団の伝統である、自分だけはずされたくはない。最低限、誰も殺してはいないのだから。
「く……っ、戦いがあれば私だって……!」
けれどステラはいまだに父に勝ったことがない。父の強さは怪物のようだと娘ながら思う。
母は、剣だけなら随分昔に「ステラはとっても強くなりましたね」と言ってくれたのだが、当然魔術はいまだに教わる身だ。
「……私だって」
剣では父と張り合える、魔術は母に褒められる、そんな弟への劣等感が少しだけ顔を出す。
ディアンは料理だってうまくできる、おいしいと評判だ。
「……むう」
ステラは不満そうに唸ったが。以前、両親はステラはステラらしくあればいいのだと言って、ステラのいいところをたくさんあげて褒めてくれた。
そのことを思い出すと胸があたたかくなる。
「まあ、いいでしょう」
腕組みをして納得したように頷くステラに声がかかる。
「何をいつまでも突っ立って独り言をしているんです、姉さん」
「え、あっ……ディアン! いつからそこに居たんですっ」
「そんなふうにぼうっとしていると、朝食を食べ損ねますよ」
さっさと横切っていく弟の背を慌てて追いかける。
「む……ディアンはいいですね、なんでも上手にできて」
今日も今日とてマイペースにすごしている弟に、少しばかり八つ当たりをしてしまう。
どんなに背伸びをしても、ステラではディアンに敵わないことがたくさんあるのだ。
「……はあ、何を言い出すのかと思えば」
ディアンは立ち止まると、姉に振り返って言う。
「ぼくたちは支えあって一人前なんですよ、姉さん。魔術師は前衛が居なければ戦えませんし、ぼくは姉さんに剣で勝ったことなんてないはずです」
「……う」
罪悪感に少々胸が痛む。
こうして八つ当たりをしても、弟はいつも怒らない。
「すみません、私のほうがお姉さんなのに……大人げないことをしました」
「お姉さんと言っても、時間の違いではないですか。たいして変わりませんよ」
そう言って、ディアンは微笑んだ。
「姉さん、これからもよろしくお願いしますよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人で微笑みあって、食堂へ向かう。
そんな時間が、双子にとってはとても大切なものだった。
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