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◇フィロメーナとセヴェリア2◆

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 フィロメーナはレイスルトの屋敷に居た。
 彼の部屋は必要最低限の物しかなく、やや殺風景であったが、自分もひとのことを言えないので気にはならない。
「で、英雄殿から逃げてここまで来たわけか」
 レイスルトはフィロメーナの反対側の椅子に座っていて、重い表情をしている。
「そうだなぁ……ディメリナなら喜んで引き受けるだろうし、それが一番おまえにとって厄介ごとがなくなる方法なんだろうが、同意を得られないんじゃ……」
 契約の破棄を一方的に行うというのはできない。
 セヴェリアが断固として頷かない以上、フィロメーナに取れる手段はほとんど何もないのだ。
 これがもっと、力量差のある精霊であれば話は別だが、フィロメーナと差があると言うとそもそも相手が上であって、結局セヴェリアの場合と何も変わらない。
 それに、問題は他にもあった。

「レイスルト、あなたは魔王という存在がどうやってここへ現れたのか知っていますか?」
「召喚されたんだろ? まぁ、召喚師は殺されたみたいだが」
 あっさりと告げられて、フィロメーナは翠の目を丸くした。
 やはり、上位の召喚師たちは知っているのかもしれない。
「ああ……そうなってくると、英雄殿を失うわけにいかなくて、そのことでも悩んでいるってところか」
 やはり彼は頭の回転が速いと思う。
「そもそも、あの英雄殿はどうしておまえにそんなに執着しているんだ? ただの幼馴染にしてはおかしいだろ」
「っ……それは……」
 フィロメーナが頬を赤く染めて視線を彷徨わせたことで察したのか、レイスルトは「ふーん」と呟いた。

「なるほど恋仲か。兄妹みたいなものかと思ってたが、そうかそうか、腹立たしいことこの上ないなあの野郎」
「いっ……今はもう違うのです」
「じゃあ、いっそ俺と結婚するか?」
 さらっと言われて、フィロメーナはきょとんと首を傾げた。
「いや、あいつがいくら未練がましい男だったとしても、おまえは生きていて、あいつは死んでいる。それだけは変わらない。そういう意味でも、おまえは悩んでいるんだろ? だったら、生きているおまえは生きている人間と結婚しちまえば、あの未練男も引き離せるんじゃないかと……」
「レイスルト、あなたは正気なのですか?」
 いっそ冷静なフィロメーナの言葉に、レイスルトは不満そうに眉を寄せた。

「正気だとも。おまえは嫌か?」
「あ、あなたのことを……そんなふうに見たことは……なくて」
「おまえ、たまにきっっっついことを平気で言うよな」
 彼は大袈裟に肩をすくめてみせたが、予想通りであったのだろう、驚いてはいない。
「まぁ、それはおいおい真面目に話すとして。あいつを呼びだした触媒はなんなんだ?」
「触媒……というか、指輪を……」
 フィロメーナが取りだした青い宝石のはまった指輪を見て、レイスルトは嫌々そうな顔をした。
「ほんっと、いちいち腹立つなあの男」
 そう言いながらも、フィロメーナの手から指輪を取りあげてレイスルトはまじまじとそれを観察する。

「そうだなぁ、これをディメリナに押しつけるのが唯一の手立てかもしれないな」
「え? それで契約を破棄にできるのですか?」
「破棄っていうか、権利の移行だよな。フィロじゃなく、ディメリナがあいつの主人になるってことだ」
 一縷の望みが見えた気がした。
 それならば、姉のことだ、喜んで指輪を受け取るだろう。
 セヴェリアから貰ったその指輪を手放すのは惜しいし、悲しい、けれど、そうも言っていられない。
 そんなときだった。

「嫌な入れ知恵をしてくれているね」
 セヴェリアの声がして、フィロメーナが大袈裟に震える。
 これにはレイスルトも驚いていた。
「フィロ、まさか、その指輪をディメリナに譲ろうなんて……思っていないよね? きみも、その指輪の意味が分からないほど鈍感ではないだろう?」
 にこりと微笑んだ彼の感情は相変わらず薄っすらとしているが、苛立っているのはよく分かる。
「セヴェリアさ……」
「きみがそのつもりなら、私にも考えがあるよ」
 いつのまにだろう、レイスルトの手にあった指輪がセヴェリアの手の中にある。
 そして彼は状況についていけないままのフィロメーナの左手を取ると、その薬指に指輪をはめた。
 ぱちっと、一瞬電流のようなものが走ったのに気づいて、嫌な予感がどっと押し寄せてくる。フィロメーナは慌ててそれを外そうと試みたが、ぴくりともしない。

「セヴェリアさん! なんてことを……!」
 これでは、ディメリナに指輪を譲ろうと思えば指を切り落とすしかないのか、あるいはそれさえ許されないのかもしれない。
 フィロメーナとセヴェリアでは、主従の立場が逆なのだから。
「あんた、どこまでフィロを苦しめるつもりなんだ? 死んじまったんだから、潔くあの世に逝って来世でも謳歌してりゃあいいものを」
「私は人々に語り継がれるかぎり存在し続ける。なかなか、転生ともいかないんだよ」
 レイスルトは苛立ちをあらわにして席を立つ、セヴェリアは涼しい顔でそれを見ていた。

「あんただって分からないわけじゃないんだろ、自分がどれほどフィロを苦しめているか! 本当にこいつが大切だったなら――」
「あいにくと、綺麗なことだけではこの世はまわらないものだよ」
 そう言って、セヴェリアはフィロメーナの手を取った。
「さあ、戻ろうか。フィロ?」
 優しく微笑んだその顔を見て、彼女はがっくりと俯いた。
 希望の光が見えた気がしたのに、油断していたばかりにそれさえ潰えてしまった。
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