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◇死せる勇者と底辺の召喚師2◆

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 二度と軽はずみにあのような提案はしないと心に誓った。
 フィロメーナは翌朝、ふらふらと部屋を出た。身体はまだ多少疲労しているが、問題ないと言えばない。

「フィロ、もう起きて大丈夫なのかい?」
 あとから平然とついてくるセヴェリアに、フィロメーナは細めた翠の瞳を向ける。
「セヴェリアさんがこんなに非道なかただとは知りませんでした。あなたは私のしもべではなく、私が、あなたのしもべなのだと理解いたしました」
 身の丈に合わない英雄を召喚してしまった末路といえるだろう。

 実際、そういうことは多々あるのだ。
 召喚された者が、いつもいつも召喚者の言うことを聞くとはかぎらない、身の丈以上のものを喚んでしまえば、殺されることもある。そう思えば運はいい。
 フィロメーナという人間にとって、身の丈に合うものではラングテールの姓を名乗っていられない。であれば、セヴェリアを引き寄せたのは運がいいとしか言えないのだ。

「基本的にはきみの命令に忠実で居るとも、きみがあんまり酷いことを言うものだから、少し躾が……いや、分かってもらいたくてああしただけのことだよ」
「今、言い直した言葉をきっちりと覚えさせていただきました! というか、そんな可愛らしい言いかたですまそうとしてもそうはいきませんよ!」

 ひどい目にあった、本当に。
 そして自分の立場というものをきちんと理解した。
 フィロメーナがセヴェリアを使役するのではなく、基本的にはフィロメーナがセヴェリアに従うことになるのだろう。
 彼は魔術師としても天才だ、フィロメーナがあとどれほど勉強したとしても、セヴェリアに敵うことはないだろう。つまり、立場はあからさまに逆なのだ。

「セヴェリアさん、一つだけ言っておきますが……私とあなたは同じ人間ではありません。たとえあなたが生きていたとしても、あなたは英雄、一方私はただの凡俗なのだと覚えておいてください」
 今、セヴェリアはすでにこの世に居ないはずの人間だ。
 彼はある意味、霊のようなものであって、人間とは言いがたい。
 だが仮に彼が生還していたとしても――……フィロメーナはきっと、彼が旅立つ前と同じようにはしなかっただろう。それが道理というものだ。

 それは、王と民草によく似ている。彼は天才であり、英雄でもある。であれば、凡俗と共に居るのは相応しくない、姉のような……天才と居るべきなのだ。
 フィロメーナの言葉に、セヴェリアは瞳を細めた。
 昔から感情の希薄な青年だが、フィロメーナにはそれが不機嫌を示すものであると分かった。

「……きみは酷いことばかりを言う。私は、人々を守るために剣を取った。だが、その中にはきみも含まれている、私は……「あれ」が、きみに害をなすことが分かっていたから、きみのために命を捨てたとも言える。それでもきみは私を拒む。胸が焼けるようだ、こんなふうにきみとの関係が歪んでしまうなら、英雄などと呼ばれたくないと」
 あれ、とは何のことだろう?
 セヴェリアは確かに、人々のために命を捨てた。それは事実だ。
 栄誉ある死だった。フィロメーナもそう納得しようとしたし、そして同時に、彼と自分の違いというものを痛感した。

 だが、フィロメーナのために命を捨てた?
 それはどういう意味だったのだろう?
 怪訝そうな顔をして立ち止まったフィロメーナとの距離を詰め、セヴェリアはその頬に触れて耳元で囁いた。
「きみは……私がもしも生きて戻ったとしても、そうして私を突っぱねたのかな? だとしたら、私の未来は、いずれにせよ変わらないのだろう」
「セヴェリアさん?」
 彼の未来? なぜそんな話になるのだろう?
 なんのことを言っているのだろうと思って考えたが、フィロメーナには分からない。

「フィロ、私はきみと一緒に居たかった。英雄と呼ばれたかったわけではないんだ、好きでそうなったわけでもないことは、きみにも分かるだろう」
「ですが、あなたと私は違う世界の人間なのです」
 自分でも頑固だと思う、セヴェリアは以前のように接してほしいだけなのだ。
 それを頑なに拒むのは、それが彼のためにならないと分かっているからだ。
 フィロメーナ・ラングテールという少女は、召喚師の学校でも有名な劣等生だった。
 いつもいつも、先生にも、父親にも、姉にも、叱られてばかりだった。

 それでも、セヴェリアに追いつきたかった、いつか彼の隣に立てる人間になれたらと思った、だが、その役目は当然……姉にあった。
 そして、そんな自分の面倒をいつも見ていたセヴェリアが周囲にどういうふうに受け取られていたかも知っている、偽善者だとか、馬鹿だとか、愚かだとか、そういうふうに言う人間が居たことも知っているのだ。

「セヴェリアさん、あなたのおかげで私はまだラングテール家に居られます。でも、私とあなたはもう以前と同じ関係であるべきではないのです」
 きっぱりとそう告げると、セヴェリアは身体を離して視線を逸らした。
「……もっときついお仕置きが必要かな。私はきみに酷いことをしたいわけでも、言いたいわけでもないのだが、きみの言葉はさっきから、私の胸を痛ませる」
「それはお互い様というものです。どうか分かってください、私とあなたはもう、違う世界の住人なのですから」
 物理的にも、地位としても、才能としてもそう。
 セヴェリアは、フィロメーナにとってあまりに遠い人物なのだ。
 彼が死んだと聞いたとき、フィロメーナは少なくとも一度、彼を諦め、忘れようとしたのだ。
 そして、吟遊詩人や市井の人々が彼の名を謳うたびに、自分と彼の違いを痛感してきた。

「フィロ」
 名を呼ばれたが前を向いて、フィロメーナは歩きだした。
 彼とは一線を引いておくべきだ、最悪、セヴェリアを姉に譲り渡すのも考えている。
 それが一番彼のためだ、無能なあるじでは、彼は本領を発揮できないだろう。
 それでラングテールの姓を名乗れなくなったとしても、もともとフィロメーナには重く冷たいだけのものだ、悔いるようなこともない。
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