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宝探しは君の手で
第三十七話
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円錐型の巨大なテント周辺には、宝を探し終えたのであろう生徒たちがわらわらと群れを成していた。
天勝を抱えている手前、他の生徒に見つかりたくないという気持ちは勿論ある。けれどそれ以前に、人が密着し過ぎているあの場所は着地するには不向きなのだ。
言うなれば車と歩行者の関係性のようなもので「過失割合」だけを見た場合、飛行者側が問答無用で不利になる。家同士の問題にされることもあるし、話が拗れてしまえば尚のこと、菓子折りを持って謝りに行く程度じゃ済まないだろう。
いくら学園所有の治外法権的な島とはいえど、そんなデメリットだらけの場所に行くほど馬鹿ではない。
「あ~~、やっと着いた」
ひとまず近くにあった木々の隙間に降り立って、自由になった両腕をぐぐっと伸ばす。
重たいもの──例えるなら大型の猫くらいの重さだろうか──を抱え続けていたせいか、多少の痺れは残っているものの動かせない程ではない。
ならば、やることはひとつ。
「天勝、じゃんけんだ」
力いっぱい握った拳を前に振り返れば、無言のまま空色の瞳が見開かれた。今日は不思議とこいつの驚く顔をよく見るな、なんて夕焼けに染まり始めた蜂蜜色にふと思う。だからといって、別に何と言うこともないけれど。
「あの、光、じゃんけんって……?」
「どっちが宝を持っていくか。お前だって資格あるんだから当然だろ」
「あ……あぁ、そっか、なるほどね……うん」
「理解したならさっさと手出せ」
非常に不本意ではあるが、こうして宝を持ち帰ることができたのもこいつの働きが一枚噛んでいる。
それなのに手柄を独り占めするような真似、兄さんなら絶対しないだろうし、俺だって借りをつくるのは御免である。ならば公平にじゃんけんするしかない。
「いくぞ、最初は────」
「待って。言ってなかったけど俺もう宝見つけてるよ」
言葉を遮って、聞き捨てならない意味をもつ音が聞こえた気がした。
「光たちと会う前にね。……あ、今は持ってないよ? 他の二人に預けておいたから、今ごろはもう登録されてるんじゃないかな」
ふわりと笑う男、移り変わる空、振り上げたまま固まった拳。時間が止まったような気がして、瞬きもできずに呼吸を止めた。嘘だろ、だってお前
「か、鎌矢が先走って仕掛けたって」
「そうだよ。光だって見たよね、あの切れ味の鋭さは鎌矢くんにしか出せない」
「違う、そうだけど、違う……──あれ独断じゃないだろ。宝箱を持ってるのに他チームを攻撃するような真似、いくら何でもあり得ない」
そうだ。いくら好戦的とはいえ、宝箱をもった状態でわざわざ攻撃を仕掛けにいくメリットが見当たらない。俺たちが既に宝を持っている、もしくは同じ宝を狙っていたなら話は別だが、あの時はその両方に当てはまっていなかった。
そもそも、あんなに目立つ範囲攻撃をしておいて、一番最初に走ってきたのが天勝だった時点でおかしいのだ。鎌鼬の子孫である鎌矢なら、もっと静かに、確実に近づいてから仕留めることだってできたはずなのに。
理解が追いついた途端、ぶわりと全身総毛立つ。ああやっぱり。被害者みたいな顔して結局こいつが全部糸を引いていたんじゃないか。
「やっぱお前無理だわ」
無理、本当に無理。同じ空間にいたくない。
粟だった肌の感覚に一度身震いをし、さっさと回れ右をして歩き出す。
こいつが余計なことをしなければ、今だって薫や夜重咲さんと共に行動できていたはずだ。それに、あんな危険な洞窟にまで宝を探しに行く必要もなかったかもしれない。
何より二人と、友達……とまでは望まなくても、ほんの少し仲良くなれる可能性だってあったのに。
「あ、ちょっと置いていかないで。折角なら一緒に行こうよ」
「はあ? どの口が言ってんだ大嘘吐き野郎。寄るな触るな近づくな」
一瞬でも信じかけた俺が馬鹿だったと、そう自覚するのはあまりに辛い。
あんなに安心して、泣いて、縋りつきたくなった気持ちも。びしょ濡れなのに何故か温かく感じた腕の中も。全部作り物だったのだと、そう思ってしまうから。
後ろから聞こえる声は全部無視して、足早にテントの方へと歩き出す。風に煽られ、擦れた木々や落ち葉たちが囁くように小さな音を立てていた。
『──ねぇ、ゆーかいしてあげようか』
子どもの頃、一度だけ口にした言葉。名前も知らない蜂蜜みたいなテディベア。
……いや、まさかそんなはずないよな。
不思議と胸の奥がざわついて妙に居心地が悪くなる。椅子や机の片方だけ高さが少しズレていて、じっと座っていられなくなるような、そんな感覚。
「お~~い! 朔魔くん、こっち!」
「あぁ、よかった。無事でしたのね」
けれど遠くの方から聞こえる声に意識はたちまちそちらを向いて、いつの間にやら消えてしまった。ハプニングだらけの宝探し、これにて終幕、といきたいところだけれど。
「おや、この宝箱。随分昔に設置されたもののようですね。魔力反応もかなり薄い。……朔魔さん、貴方これどうやって見つけたんですか?」
宝箱にまつわるこのお話はまたいつか。とりあえず、ハラハラさせる協議の末に宝として認められ、リーダーとしての面子を保てたことだけ伝えておこう。
天勝を抱えている手前、他の生徒に見つかりたくないという気持ちは勿論ある。けれどそれ以前に、人が密着し過ぎているあの場所は着地するには不向きなのだ。
言うなれば車と歩行者の関係性のようなもので「過失割合」だけを見た場合、飛行者側が問答無用で不利になる。家同士の問題にされることもあるし、話が拗れてしまえば尚のこと、菓子折りを持って謝りに行く程度じゃ済まないだろう。
いくら学園所有の治外法権的な島とはいえど、そんなデメリットだらけの場所に行くほど馬鹿ではない。
「あ~~、やっと着いた」
ひとまず近くにあった木々の隙間に降り立って、自由になった両腕をぐぐっと伸ばす。
重たいもの──例えるなら大型の猫くらいの重さだろうか──を抱え続けていたせいか、多少の痺れは残っているものの動かせない程ではない。
ならば、やることはひとつ。
「天勝、じゃんけんだ」
力いっぱい握った拳を前に振り返れば、無言のまま空色の瞳が見開かれた。今日は不思議とこいつの驚く顔をよく見るな、なんて夕焼けに染まり始めた蜂蜜色にふと思う。だからといって、別に何と言うこともないけれど。
「あの、光、じゃんけんって……?」
「どっちが宝を持っていくか。お前だって資格あるんだから当然だろ」
「あ……あぁ、そっか、なるほどね……うん」
「理解したならさっさと手出せ」
非常に不本意ではあるが、こうして宝を持ち帰ることができたのもこいつの働きが一枚噛んでいる。
それなのに手柄を独り占めするような真似、兄さんなら絶対しないだろうし、俺だって借りをつくるのは御免である。ならば公平にじゃんけんするしかない。
「いくぞ、最初は────」
「待って。言ってなかったけど俺もう宝見つけてるよ」
言葉を遮って、聞き捨てならない意味をもつ音が聞こえた気がした。
「光たちと会う前にね。……あ、今は持ってないよ? 他の二人に預けておいたから、今ごろはもう登録されてるんじゃないかな」
ふわりと笑う男、移り変わる空、振り上げたまま固まった拳。時間が止まったような気がして、瞬きもできずに呼吸を止めた。嘘だろ、だってお前
「か、鎌矢が先走って仕掛けたって」
「そうだよ。光だって見たよね、あの切れ味の鋭さは鎌矢くんにしか出せない」
「違う、そうだけど、違う……──あれ独断じゃないだろ。宝箱を持ってるのに他チームを攻撃するような真似、いくら何でもあり得ない」
そうだ。いくら好戦的とはいえ、宝箱をもった状態でわざわざ攻撃を仕掛けにいくメリットが見当たらない。俺たちが既に宝を持っている、もしくは同じ宝を狙っていたなら話は別だが、あの時はその両方に当てはまっていなかった。
そもそも、あんなに目立つ範囲攻撃をしておいて、一番最初に走ってきたのが天勝だった時点でおかしいのだ。鎌鼬の子孫である鎌矢なら、もっと静かに、確実に近づいてから仕留めることだってできたはずなのに。
理解が追いついた途端、ぶわりと全身総毛立つ。ああやっぱり。被害者みたいな顔して結局こいつが全部糸を引いていたんじゃないか。
「やっぱお前無理だわ」
無理、本当に無理。同じ空間にいたくない。
粟だった肌の感覚に一度身震いをし、さっさと回れ右をして歩き出す。
こいつが余計なことをしなければ、今だって薫や夜重咲さんと共に行動できていたはずだ。それに、あんな危険な洞窟にまで宝を探しに行く必要もなかったかもしれない。
何より二人と、友達……とまでは望まなくても、ほんの少し仲良くなれる可能性だってあったのに。
「あ、ちょっと置いていかないで。折角なら一緒に行こうよ」
「はあ? どの口が言ってんだ大嘘吐き野郎。寄るな触るな近づくな」
一瞬でも信じかけた俺が馬鹿だったと、そう自覚するのはあまりに辛い。
あんなに安心して、泣いて、縋りつきたくなった気持ちも。びしょ濡れなのに何故か温かく感じた腕の中も。全部作り物だったのだと、そう思ってしまうから。
後ろから聞こえる声は全部無視して、足早にテントの方へと歩き出す。風に煽られ、擦れた木々や落ち葉たちが囁くように小さな音を立てていた。
『──ねぇ、ゆーかいしてあげようか』
子どもの頃、一度だけ口にした言葉。名前も知らない蜂蜜みたいなテディベア。
……いや、まさかそんなはずないよな。
不思議と胸の奥がざわついて妙に居心地が悪くなる。椅子や机の片方だけ高さが少しズレていて、じっと座っていられなくなるような、そんな感覚。
「お~~い! 朔魔くん、こっち!」
「あぁ、よかった。無事でしたのね」
けれど遠くの方から聞こえる声に意識はたちまちそちらを向いて、いつの間にやら消えてしまった。ハプニングだらけの宝探し、これにて終幕、といきたいところだけれど。
「おや、この宝箱。随分昔に設置されたもののようですね。魔力反応もかなり薄い。……朔魔さん、貴方これどうやって見つけたんですか?」
宝箱にまつわるこのお話はまたいつか。とりあえず、ハラハラさせる協議の末に宝として認められ、リーダーとしての面子を保てたことだけ伝えておこう。
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