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誘拐は合意の上で
第二十八話
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「──ついたよ。ほら、綺麗な場所でしょう」
「う……わ、ぁ……」
降ろされた場所は、森の中にある開けた場所。
伸び伸びと自由に生えた緑たちが、湖の水面に映り込んで、光を反射しながら輝いていた。
御伽学園も山の中にはあるけれど、人の気配がない分、こちらの方がより神秘的に感じてしまう。
車の音も、人の話し声もしない。聞こえるのは本当に、鳥の声と風に木々たちが揺れる音だけだ。
「気に入った?」
「うん。すごく綺麗な場所だね」
「ふふっ、よかった。……じゃあ、歩きながら話そうか」
その言葉にどきりとして唾を飲む。
忘れかけていたけれど、確かに兄さんは"話をしよう"と言っていた。内容なんて一つしかない。恐らく、婚約についての話だろう。
「みつはさ、昔に言ったこと覚えてる?」
「昔?」
けれど、唐突に投げかけられた質問は予想外のものだった。
「ふふっ。昔はね、何かある度に言っていたんだよ。『俺は兄さんと結婚するんだ』って」
「ちょっ、それは……! いや、確かに……言っては……いた、けど…………」
昔から優しい兄さんが大好きで大好きで、将来は結婚するのだと、よく周りに言いふらしていた。
当時はその言葉がどんな意味を持つのかなんて知らなくて、ただ「ずっと一緒にいられる魔法」なんだと思い込んでいた記憶がある。
俺が結婚すると言うたび兄さんは嬉しそうな顔をしてくれたから、その笑顔が見たいという気持ちも多少なりともあったのかもしれない。
「みつは昔から本当に可愛くてね。私の言ったことを一から十まで信じ込んで、雛鳥みたいに懐いてきた」
穏やかな声が静かな森の中にこだまする。
いつもと同じように聞こえるけど、それはどこか──不思議と逃げ出したくなるような重たいなにかを孕んでいた。
「わかるでしょう? 純粋で汚れを知らなかったんだ。私が大切に守り育てて、何も近づけないようにしてきたのに、…………はぁ」
「に、にいさ……」
「やっぱり、あの会合に連れて行ったのが失敗だったな」
重たいため息を吐いたあと、兄さんは一度足を止め、前髪を乱雑に掴んで何やら呟いたようだった。
「兄さん、大丈夫? 体調が悪いんじゃ……」
「────ねぇ、みつ。一度発した言葉には責任が伴うと思わない?」
「え、」
「私たちの能力は『言霊魔術』言葉に制約を生んで、あらゆるものを支配する力。みつにもそう教えたよね」
顔を覗き込もうとした途端、とんっと柔らかく肩を押され、よろめきながら、後ろにあった木にもたれ掛かる。
「……っ、」
いきなりどうしたんだろう。
そう思って顔を上げれば、鼻筋が触れるほどの近い距離で兄さんがこちらを覗き込んでいた。あまりの驚きに呼吸すらもわすれてしまう。
「報告を聞いたよ。この前の夜会、レヴィアタンと随分楽しそうに踊っていたんだってね。しかも二人っきりで」
「あ……うん。琉架が気をつかってくれて」
「そう」
兄さんはそれきり黙り込んでしまったけど、無理やり抜け出すのも気が引けて、そのまま身動きが取れなくなってしまった。
……これ、どうしよう。
というか発言には責任を、的な話じゃなかったのか? 選ぶって言ったならさっさと決めろってこと? いやいや兄さんは絶対そんなこと言わない。
ひとりで百面相をしていれば、兄さんは伏せていたまぶたを開け、深紫の瞳をゆるりと一度瞬かせた。
「わかってる。みつはきっと、どちらを選んでも幸せになれるよ。あんなに牽制しても引かなかったのはあの二人だけだもの」
「にいさ……」
「でもね。幸せならばそれでいい、なんて言う気はないんだ。他の誰かに任せたくない。……私がみつを幸せにしたい」
ね、この意味がわかる?
すぐには理解できなくて、一拍置いた思考のあと、じわじわと頬に熱が集まってくる。
ああどうしよう。言葉が出ない。口が回らない。餌を求める魚みたいに口をぱくぱく動かしていれば、兄さんは小さく笑ってその薄い唇を近づけた。
「まっ……!」
ちゅっ
軽いリップ音が響いて、額に柔らかいものが触れる。思わず閉じていた目を開ければ、兄さんは──次代の魔王はひどく美しい顔で微笑んだ。
「うん、これで少しは意識してもらえたかな」
「…………っ、やりすぎだと思います!!」
静かな森の、湖のほとりで起こった事件。
小鳥たちだけがその全貌を知っている……のかもしれない。
「う……わ、ぁ……」
降ろされた場所は、森の中にある開けた場所。
伸び伸びと自由に生えた緑たちが、湖の水面に映り込んで、光を反射しながら輝いていた。
御伽学園も山の中にはあるけれど、人の気配がない分、こちらの方がより神秘的に感じてしまう。
車の音も、人の話し声もしない。聞こえるのは本当に、鳥の声と風に木々たちが揺れる音だけだ。
「気に入った?」
「うん。すごく綺麗な場所だね」
「ふふっ、よかった。……じゃあ、歩きながら話そうか」
その言葉にどきりとして唾を飲む。
忘れかけていたけれど、確かに兄さんは"話をしよう"と言っていた。内容なんて一つしかない。恐らく、婚約についての話だろう。
「みつはさ、昔に言ったこと覚えてる?」
「昔?」
けれど、唐突に投げかけられた質問は予想外のものだった。
「ふふっ。昔はね、何かある度に言っていたんだよ。『俺は兄さんと結婚するんだ』って」
「ちょっ、それは……! いや、確かに……言っては……いた、けど…………」
昔から優しい兄さんが大好きで大好きで、将来は結婚するのだと、よく周りに言いふらしていた。
当時はその言葉がどんな意味を持つのかなんて知らなくて、ただ「ずっと一緒にいられる魔法」なんだと思い込んでいた記憶がある。
俺が結婚すると言うたび兄さんは嬉しそうな顔をしてくれたから、その笑顔が見たいという気持ちも多少なりともあったのかもしれない。
「みつは昔から本当に可愛くてね。私の言ったことを一から十まで信じ込んで、雛鳥みたいに懐いてきた」
穏やかな声が静かな森の中にこだまする。
いつもと同じように聞こえるけど、それはどこか──不思議と逃げ出したくなるような重たいなにかを孕んでいた。
「わかるでしょう? 純粋で汚れを知らなかったんだ。私が大切に守り育てて、何も近づけないようにしてきたのに、…………はぁ」
「に、にいさ……」
「やっぱり、あの会合に連れて行ったのが失敗だったな」
重たいため息を吐いたあと、兄さんは一度足を止め、前髪を乱雑に掴んで何やら呟いたようだった。
「兄さん、大丈夫? 体調が悪いんじゃ……」
「────ねぇ、みつ。一度発した言葉には責任が伴うと思わない?」
「え、」
「私たちの能力は『言霊魔術』言葉に制約を生んで、あらゆるものを支配する力。みつにもそう教えたよね」
顔を覗き込もうとした途端、とんっと柔らかく肩を押され、よろめきながら、後ろにあった木にもたれ掛かる。
「……っ、」
いきなりどうしたんだろう。
そう思って顔を上げれば、鼻筋が触れるほどの近い距離で兄さんがこちらを覗き込んでいた。あまりの驚きに呼吸すらもわすれてしまう。
「報告を聞いたよ。この前の夜会、レヴィアタンと随分楽しそうに踊っていたんだってね。しかも二人っきりで」
「あ……うん。琉架が気をつかってくれて」
「そう」
兄さんはそれきり黙り込んでしまったけど、無理やり抜け出すのも気が引けて、そのまま身動きが取れなくなってしまった。
……これ、どうしよう。
というか発言には責任を、的な話じゃなかったのか? 選ぶって言ったならさっさと決めろってこと? いやいや兄さんは絶対そんなこと言わない。
ひとりで百面相をしていれば、兄さんは伏せていたまぶたを開け、深紫の瞳をゆるりと一度瞬かせた。
「わかってる。みつはきっと、どちらを選んでも幸せになれるよ。あんなに牽制しても引かなかったのはあの二人だけだもの」
「にいさ……」
「でもね。幸せならばそれでいい、なんて言う気はないんだ。他の誰かに任せたくない。……私がみつを幸せにしたい」
ね、この意味がわかる?
すぐには理解できなくて、一拍置いた思考のあと、じわじわと頬に熱が集まってくる。
ああどうしよう。言葉が出ない。口が回らない。餌を求める魚みたいに口をぱくぱく動かしていれば、兄さんは小さく笑ってその薄い唇を近づけた。
「まっ……!」
ちゅっ
軽いリップ音が響いて、額に柔らかいものが触れる。思わず閉じていた目を開ければ、兄さんは──次代の魔王はひどく美しい顔で微笑んだ。
「うん、これで少しは意識してもらえたかな」
「…………っ、やりすぎだと思います!!」
静かな森の、湖のほとりで起こった事件。
小鳥たちだけがその全貌を知っている……のかもしれない。
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