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誘拐は合意の上で
第二十七話
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「じゃあ私が先導するからみつは後ろをついてきてね。何かあったら声をかけて」
「わかった」
俺が頷いたのを確認してから、兄さんはそっと翼を広げた。羽ばたきの音と共に強い風が巻き起こり、周りの木々をも揺らしていく。
兄さんは特に翼が大きいから、広い場所じゃないと飛び立てないし、横並びで飛ぶのには向いてない。親族どもは大きさばかりを持て囃すけど、その分デメリットだって大きいのだ。
「……よし、そろそろいいかな」
青空に広がる黒に目を細め、自分も翼を羽ばたかせる。兄さんと一緒に飛ぶなんていつぶりだろう。
確か、四年前……?
曖昧すぎる記憶を辿ってみても、正確な答えは出てこない。兄さんが高等部に入ってからは顔を合わせることすら少なくなっていったのだから、当然といえば当然だ。
「みつ……──こ…─だよ」
風の音に紛れて若干聞こえにくくはあるが、指差している方向に、例の湖があるらしい。
「んー、気持ちいい」
久しぶりに伸び伸びと飛べるのが楽しくて、力いっぱい翼を動かす。そのままくるりと回っていれば、強風に煽られ、あわやバランスを崩しかけた。
タイミングの良すぎる風は、まるで「調子に乗るな」と忠告しているようにすら思えてくる。
屋敷と違って完全に山の中にあるこの別荘は、人目を気にする必要がない。
羽や翼持ちの種族は別に希少なわけではなくて、有名どころでいえば天使と悪魔、あとは妖精、烏天狗、ハーピィとか。日常的にも見かけることは割とある。
けれど、翼がない種族にとってはやっぱり物珍しいらしく、視線を感じることも多いのだ。
屋敷では一応自由に飛べるけど、やっぱり人の目は気になるし、上空に行けば行くほど目立ってしまう。
自意識過剰と言われればそれまでだけど、これはきっと、翼持ちにしかわからない。
「あ……、やば」
そんなことを考えながら飛んでいれば、いつの間にか兄さんの姿は遠く離れてしまっていた。
そもそも翼の大きさからして違うのに、ついつい自由に飛びすぎてしまっていたらしい。
「待って、兄さ……っ! わ、っ」
慌てて翼をはためかせ、兄さんのもとへ近づこうとしたけれど、途端に視界がぐらりと傾いた。
あ、落ちるかも。
久しく体験することのなかった浮遊感。
落ちる前の、一度浮き上がるような感覚に気を取られ、思考が一瞬停止する。振り返った兄さんの顔は妙に焦っているようにも見えた。
「──っ、みつ!」
声が聞こえた瞬間、ガッと左手首に痛みが走る。恐る恐る見上げた先で、兄さんが心配そうな顔のままこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫? ほら、そっちの腕も貸して」
「あ、うん。ごめん」
言われるがままに右手を上げて、引き上げてもらうのをじっと待つ。体重が左手だけに掛かっている今の状態は、結構キツい。
「──じゃあそのままね『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』」
「わっ、」
両腕を上げた間抜けな格好でふわりと体が浮き上がる。兄さんは一度手を離し、俺の体を反対方向に向き直させると、後ろから腕を通して抱きしめた。
「はい、もう降ろしていいよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ兄さん! この格好は恥ずかしいって!」
「だって放っておいたら、また落ちてしまうかもしれないでしょう」
「でもさ、せめて両腕を掴むとか、いっそ下におろすとか……」
「だーめ。昔なら抱っこしたまま飛べたけど、みつも大きくなったからね」
この体勢をなんと表現すればいいのだろうか。
バックハグのようにも見えるけど、脇の下に手を通されている分、ぬいぐるみのような扱いに近い。幼い子どもが胸に抱き抱えているあれだ。
落ちそうだったところを助けてもらった手前、強く言い返すこともできなくて、されるがままに運ばれていく。
それにしても、よりによって兄さんの前でミスするなんて。タイミングが悪すぎると、苦々しい思いに舌を噛む。心情的には刑務所に連行される犯人の気分だ。
「ほら、見えてきたよ。あっちの方」
「ひぅっ…」
項垂れて下ばかりを向いていれば、耳元に直接声が注ぎ込まれる。思わず肩を跳ねさせてしまい、落ちそうになったのも仕方がないことだろう。
「こら、危ないでしょう。暴れないで」
「違うってば、これは兄さんが耳元で喋るから……!」
「うんうん。もう少しで着くからね」
「絶対わかってやってるだろ!」
叫ぶ言葉も微笑みにまぎれ、のらりくらりと躱される。兄さんはこういうやり方が上手いのだ。
食えない……といえば聞こえは悪いかもしれないが、朔魔の次期当主である以上、商談や交渉の場は避けられない。
なるべく穏便にことを済ませられるよう、微笑みで躱すスキルは非常に重要なのである。
まあ俺は会合をサボってばかりいたから、まだ上手くできないのだけれど。
「わかった」
俺が頷いたのを確認してから、兄さんはそっと翼を広げた。羽ばたきの音と共に強い風が巻き起こり、周りの木々をも揺らしていく。
兄さんは特に翼が大きいから、広い場所じゃないと飛び立てないし、横並びで飛ぶのには向いてない。親族どもは大きさばかりを持て囃すけど、その分デメリットだって大きいのだ。
「……よし、そろそろいいかな」
青空に広がる黒に目を細め、自分も翼を羽ばたかせる。兄さんと一緒に飛ぶなんていつぶりだろう。
確か、四年前……?
曖昧すぎる記憶を辿ってみても、正確な答えは出てこない。兄さんが高等部に入ってからは顔を合わせることすら少なくなっていったのだから、当然といえば当然だ。
「みつ……──こ…─だよ」
風の音に紛れて若干聞こえにくくはあるが、指差している方向に、例の湖があるらしい。
「んー、気持ちいい」
久しぶりに伸び伸びと飛べるのが楽しくて、力いっぱい翼を動かす。そのままくるりと回っていれば、強風に煽られ、あわやバランスを崩しかけた。
タイミングの良すぎる風は、まるで「調子に乗るな」と忠告しているようにすら思えてくる。
屋敷と違って完全に山の中にあるこの別荘は、人目を気にする必要がない。
羽や翼持ちの種族は別に希少なわけではなくて、有名どころでいえば天使と悪魔、あとは妖精、烏天狗、ハーピィとか。日常的にも見かけることは割とある。
けれど、翼がない種族にとってはやっぱり物珍しいらしく、視線を感じることも多いのだ。
屋敷では一応自由に飛べるけど、やっぱり人の目は気になるし、上空に行けば行くほど目立ってしまう。
自意識過剰と言われればそれまでだけど、これはきっと、翼持ちにしかわからない。
「あ……、やば」
そんなことを考えながら飛んでいれば、いつの間にか兄さんの姿は遠く離れてしまっていた。
そもそも翼の大きさからして違うのに、ついつい自由に飛びすぎてしまっていたらしい。
「待って、兄さ……っ! わ、っ」
慌てて翼をはためかせ、兄さんのもとへ近づこうとしたけれど、途端に視界がぐらりと傾いた。
あ、落ちるかも。
久しく体験することのなかった浮遊感。
落ちる前の、一度浮き上がるような感覚に気を取られ、思考が一瞬停止する。振り返った兄さんの顔は妙に焦っているようにも見えた。
「──っ、みつ!」
声が聞こえた瞬間、ガッと左手首に痛みが走る。恐る恐る見上げた先で、兄さんが心配そうな顔のままこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫? ほら、そっちの腕も貸して」
「あ、うん。ごめん」
言われるがままに右手を上げて、引き上げてもらうのをじっと待つ。体重が左手だけに掛かっている今の状態は、結構キツい。
「──じゃあそのままね『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』」
「わっ、」
両腕を上げた間抜けな格好でふわりと体が浮き上がる。兄さんは一度手を離し、俺の体を反対方向に向き直させると、後ろから腕を通して抱きしめた。
「はい、もう降ろしていいよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ兄さん! この格好は恥ずかしいって!」
「だって放っておいたら、また落ちてしまうかもしれないでしょう」
「でもさ、せめて両腕を掴むとか、いっそ下におろすとか……」
「だーめ。昔なら抱っこしたまま飛べたけど、みつも大きくなったからね」
この体勢をなんと表現すればいいのだろうか。
バックハグのようにも見えるけど、脇の下に手を通されている分、ぬいぐるみのような扱いに近い。幼い子どもが胸に抱き抱えているあれだ。
落ちそうだったところを助けてもらった手前、強く言い返すこともできなくて、されるがままに運ばれていく。
それにしても、よりによって兄さんの前でミスするなんて。タイミングが悪すぎると、苦々しい思いに舌を噛む。心情的には刑務所に連行される犯人の気分だ。
「ほら、見えてきたよ。あっちの方」
「ひぅっ…」
項垂れて下ばかりを向いていれば、耳元に直接声が注ぎ込まれる。思わず肩を跳ねさせてしまい、落ちそうになったのも仕方がないことだろう。
「こら、危ないでしょう。暴れないで」
「違うってば、これは兄さんが耳元で喋るから……!」
「うんうん。もう少しで着くからね」
「絶対わかってやってるだろ!」
叫ぶ言葉も微笑みにまぎれ、のらりくらりと躱される。兄さんはこういうやり方が上手いのだ。
食えない……といえば聞こえは悪いかもしれないが、朔魔の次期当主である以上、商談や交渉の場は避けられない。
なるべく穏便にことを済ませられるよう、微笑みで躱すスキルは非常に重要なのである。
まあ俺は会合をサボってばかりいたから、まだ上手くできないのだけれど。
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