だって魔王の子孫なので

深海めだか

文字の大きさ
上 下
27 / 38
誘拐は合意の上で

第二十七話

しおりを挟む
「じゃあ私が先導するからみつは後ろをついてきてね。何かあったら声をかけて」
「わかった」

 俺が頷いたのを確認してから、兄さんはそっと翼を広げた。羽ばたきの音と共に強い風が巻き起こり、周りの木々をも揺らしていく。
 兄さんは特に翼が大きいから、広い場所じゃないと飛び立てないし、横並びで飛ぶのには向いてない。親族どもは大きさばかりを持てはやすけど、その分デメリットだって大きいのだ。

「……よし、そろそろいいかな」

 青空に広がる黒に目を細め、自分も翼を羽ばたかせる。兄さんと一緒に飛ぶなんていつぶりだろう。

 確か、四年前……?

 曖昧すぎる記憶を辿ってみても、正確な答えは出てこない。兄さんが高等部に入ってからは顔を合わせることすら少なくなっていったのだから、当然といえば当然だ。

「みつ……──こ…─だよ」

 風の音に紛れて若干聞こえにくくはあるが、指差している方向に、例の湖があるらしい。

「んー、気持ちいい」

 久しぶりに伸び伸びと飛べるのが楽しくて、力いっぱい翼を動かす。そのままくるりと回っていれば、強風に煽られ、あわやバランスを崩しかけた。
 タイミングの良すぎる風は、まるで「調子に乗るな」と忠告しているようにすら思えてくる。

 屋敷と違って完全に山の中にあるこの別荘は、人目を気にする必要がない。

 羽や翼持ちの種族は別に希少なわけではなくて、有名どころでいえば天使と悪魔、あとは妖精、烏天狗、ハーピィとか。日常的にも見かけることは割とある。
 けれど、翼がない種族にとってはやっぱり物珍しいらしく、視線を感じることも多いのだ。

 屋敷では一応自由に飛べるけど、やっぱり人の目は気になるし、上空に行けば行くほど目立ってしまう。
 自意識過剰と言われればそれまでだけど、これはきっと、翼持ちにしかわからない。

「あ……、やば」

 そんなことを考えながら飛んでいれば、いつの間にか兄さんの姿は遠く離れてしまっていた。
 そもそも翼の大きさからして違うのに、ついつい自由に飛びすぎてしまっていたらしい。

「待って、兄さ……っ! わ、っ」

 慌てて翼をはためかせ、兄さんのもとへ近づこうとしたけれど、途端に視界がぐらりと傾いた。 

 あ、落ちるかも。

 久しく体験することのなかった浮遊感。
 落ちる前の、一度浮き上がるような感覚に気を取られ、思考が一瞬停止する。振り返った兄さんの顔は妙に焦っているようにも見えた。

「──っ、みつ!」

 声が聞こえた瞬間、ガッと左手首に痛みが走る。恐る恐る見上げた先で、兄さんが心配そうな顔のままこちらを覗き込んでいた。

「大丈夫? ほら、そっちの腕も貸して」
「あ、うん。ごめん」

 言われるがままに右手を上げて、引き上げてもらうのをじっと待つ。体重が左手だけに掛かっている今の状態は、結構キツい。

「──じゃあそのままね『𝔣𝔩𝔬𝔞𝔱』」
「わっ、」

 両腕を上げた間抜けな格好でふわりと体が浮き上がる。兄さんは一度手を離し、俺の体を反対方向に向き直させると、後ろから腕を通して抱きしめた。

「はい、もう降ろしていいよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ兄さん! この格好は恥ずかしいって!」
「だって放っておいたら、また落ちてしまうかもしれないでしょう」
「でもさ、せめて両腕を掴むとか、いっそ下におろすとか……」
「だーめ。昔なら抱っこしたまま飛べたけど、みつも大きくなったからね」

 この体勢をなんと表現すればいいのだろうか。
 バックハグのようにも見えるけど、脇の下に手を通されている分、ぬいぐるみのような扱いに近い。幼い子どもが胸に抱き抱えているあれだ。

 落ちそうだったところを助けてもらった手前、強く言い返すこともできなくて、されるがままに運ばれていく。
 それにしても、よりによって兄さんの前でミスするなんて。タイミングが悪すぎると、苦々しい思いに舌を噛む。心情的には刑務所に連行される犯人の気分だ。

「ほら、見えてきたよ。あっちの方」
「ひぅっ…」

 項垂れて下ばかりを向いていれば、耳元に直接声が注ぎ込まれる。思わず肩を跳ねさせてしまい、落ちそうになったのも仕方がないことだろう。

「こら、危ないでしょう。暴れないで」
「違うってば、これは兄さんが耳元で喋るから……!」
「うんうん。もう少しで着くからね」
「絶対わかってやってるだろ!」

 叫ぶ言葉も微笑みにまぎれ、のらりくらりと躱される。兄さんはこういうやり方が上手いのだ。
 食えない……といえば聞こえは悪いかもしれないが、朔魔の次期当主である以上、商談や交渉の場は避けられない。
 なるべく穏便にことを済ませられるよう、微笑みで躱すスキルは非常に重要なのである。

 まあ俺は会合をサボってばかりいたから、まだ上手くできないのだけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

過保護な不良に狙われた俺

ぽぽ
BL
強面不良×平凡 異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。 頼む、俺に拒否権を下さい!! ━━━━━━━━━━━━━━━ 王道学園に近い世界観です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

処理中です...