だって魔王の子孫なので

深海めだか

文字の大きさ
上 下
22 / 38
夜会嫌いの魔王様

第二十二話

しおりを挟む
 薄暗い室内では顔なんてほぼ分からないし、例え捕まりそうになっても、気づかなかったフリで逃げられる。

 琉架を一人で歩かせるには、絶好のタイミングと言えるだろう。……どうせ、生徒会のイベントが終わるまで明かりはつかないのだ。それならば、気を張っているだけ無駄じゃないか。

「くぁ………」
「眠たいの?」
「んん…」

 うとうとしながら頷けば、頬をするりと撫でられる。薄着で冷えた体には、その温かさが心地よかった。
 微睡の中、頭を揺らす。雑音にしか聞こえない話し声も、食器やグラスが合わさる音も、今は子守唄にしか聞こえない。起きなければと、そう思っているのに、重たい眠気は纏わりついて離れなかった。

「みつる~ご飯持ってき……っ、はぁ? 何でアンタがここにいんのぉ?」
「お帰り、琉架くん」
「うげぇ…その呼び方やめて。吐き気がする」
「光の服は君が選んだのかい?」
「……………そうだけどぉ?」
「いいね、すごく似合ってる」
「俺が選んだんだから当たり前でしょ。……当たり前なんだけど、アンタに言われると何かむかつく~」

 頬に添えられていた手が、いきなり引き剥がされる。支えを失った頭が揺れて、ようやく意識が戻ってきた。

「……………?」
「あ、起きたぁ。みつる~危機感無さすぎるってぇ」
「おはよう、光」

 ぼやけた視界で瞬きを数回。
 ピントがあった先には、にこにこと笑う金髪の男がいた。反射的に立ちあがろうとして、ヒールにぐらつき蹴躓けつまずく。思わず目を閉じてしまったけれど、両側から伸びてきた手が腹に回り、間一髪、無様を晒さずに済んだ。

「あ…りがと、」

 動揺する頭で、何とか言葉を絞り出す。……薄暗闇の中でまだ良かった。もし明るければ、先ほどの二の舞になるところだ。
 うるさい心臓を抑えながら、ゆっくりと体を離していく。もう大丈夫だと告げたのに、金髪の男──天勝は、それでも巻きつけた腕を離そうとはしなかった。

「あの……もう大丈夫だから」
「まだ危ないよ、椅子に座ってた方がいい」

 あまりに真剣な声音で言うものだから、その方がいいのかと、そんな気分になってくる。言葉の通り椅子に戻れば、天勝は案外あっさり手を引いた。

 いつもより色香が増しているように見えるのは、きっと気のせいなどではない。片側だけ撫でつけた前髪に、体に沿った青色のスーツ。薄暗い中でも映えるネクタイは……黄色? それにしては暗いから、山吹色あたりだろうか。

 ただ一点。せっかく瞳や髪の色で纏めているのに、ポケットチーフだけは明るい紫色だった。──何を指しているのかなんて、聞きたくないし、知りたくない。下手な好奇心は人をも殺すのだ。いや、この場合は魔王か。

「ちょっとぉ、俺のこと無視しないでくれるぅ?」
「ああごめんね。光に見惚れてた」
「………ッチ、」

 そんなことを考えている間にも、頭上では険悪な雰囲気が漂い始めていた。

 いくら薄暗闇であるとはいえ、騒ぎを起こせば、すぐに視線は集まってくる。そんなことも分からないのか馬鹿どもが。声を上げない代わりに、太もものあたりを強めに叩いて、こちらに意識を向けさせた。

「静かにしろ。頼むから、もうこれ以上疲れさせないでくれ……」
「ごめんねぇみつる。でも先輩がさぁ~~」
「ははっ、俺を先輩だって呼べるくらいの礼儀はあったんだ?」
「だから喧嘩すんなって言ってんだろうが!!」

 ひそひそ声で話してはいても、やはり限度というものがあって。言い争う三人組は、既に多方から怪訝な視線を向けられていた。これは……かなりよろしくない。

「えーと、天勝くん。君準備があるんじゃない? 何がとは言わないんだけど、もう寄付金の表彰までは終わってるみたいだよ」
「そんな他人行儀な話し方をしないで。素顔の君が好きなんだ」
「はぁーい、お触り禁止でぇす」

 まるで警備員のように、琉架が間に割り込んで邪魔をする。
 天勝は暫く粘っていたけれど、探しにきた生徒会の人間に、無理やり連れていかれていた。あの馬鹿力を連行するなんて、なかなかやるな……。

 そう思いながら、すっかり冷めた料理を口に運ぶ。一流のシェフに依頼しているだけあって、味はなかなか悪くなかった。
 そのまま食べ進めていれば、伸びてきたハンカチに口元を拭われる。気をつけて食べていたつもりだったが、汚れがついていたらしい。よりによってトマト系をチョイスしたのはお前だけどな。
 
「ねぇ、みつるは踊らないの?」
「…………ごくん。絶対やだ、これ以上目立ってどうするんだよ」
「目立つのが嫌なの?」
「まあ……一番はそうだけど……」

 なあなあにして躱そうとすれば、琉架は急に立ち上がった。その口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。俺は知ってるんだ。これは悪戯を考えついた時の顔であると。

「目立たなければいいんだよねぇ。……うん、ちょっと付き合ってよ」
「やだよ、面倒くさい」
「ねぇ~お願い、ちょっとだけだからさぁ……。それに、ここにいるより絶対楽しいよ?」

 答えに詰まって、少しだけ思考を揺らす。

 確かに、琉架の言うことも一理あるのかもしれない。きっとあと数分で、講堂には叫び声のような歓声が満ちるのだろう。

 あんなものに鼓膜を痛めつけられるくらいなら───。迷った末に握り返せば、悪戯好きの悪魔はにぃっと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

過保護な不良に狙われた俺

ぽぽ
BL
強面不良×平凡 異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。 頼む、俺に拒否権を下さい!! ━━━━━━━━━━━━━━━ 王道学園に近い世界観です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

処理中です...