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夜会嫌いの魔王様
第二十二話
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薄暗い室内では顔なんてほぼ分からないし、例え捕まりそうになっても、気づかなかったフリで逃げられる。
琉架を一人で歩かせるには、絶好のタイミングと言えるだろう。……どうせ、生徒会のイベントが終わるまで明かりはつかないのだ。それならば、気を張っているだけ無駄じゃないか。
「くぁ………」
「眠たいの?」
「んん…」
うとうとしながら頷けば、頬をするりと撫でられる。薄着で冷えた体には、その温かさが心地よかった。
微睡の中、頭を揺らす。雑音にしか聞こえない話し声も、食器やグラスが合わさる音も、今は子守唄にしか聞こえない。起きなければと、そう思っているのに、重たい眠気は纏わりついて離れなかった。
「みつる~ご飯持ってき……っ、はぁ? 何でアンタがここにいんのぉ?」
「お帰り、琉架くん」
「うげぇ…その呼び方やめて。吐き気がする」
「光の服は君が選んだのかい?」
「……………そうだけどぉ?」
「いいね、すごく似合ってる」
「俺が選んだんだから当たり前でしょ。……当たり前なんだけど、アンタに言われると何かむかつく~」
頬に添えられていた手が、いきなり引き剥がされる。支えを失った頭が揺れて、ようやく意識が戻ってきた。
「……………?」
「あ、起きたぁ。みつる~危機感無さすぎるってぇ」
「おはよう、光」
ぼやけた視界で瞬きを数回。
ピントがあった先には、にこにこと笑う金髪の男がいた。反射的に立ちあがろうとして、ヒールにぐらつき蹴躓く。思わず目を閉じてしまったけれど、両側から伸びてきた手が腹に回り、間一髪、無様を晒さずに済んだ。
「あ…りがと、」
動揺する頭で、何とか言葉を絞り出す。……薄暗闇の中でまだ良かった。もし明るければ、先ほどの二の舞になるところだ。
うるさい心臓を抑えながら、ゆっくりと体を離していく。もう大丈夫だと告げたのに、金髪の男──天勝は、それでも巻きつけた腕を離そうとはしなかった。
「あの……もう大丈夫だから」
「まだ危ないよ、椅子に座ってた方がいい」
あまりに真剣な声音で言うものだから、その方がいいのかと、そんな気分になってくる。言葉の通り椅子に戻れば、天勝は案外あっさり手を引いた。
いつもより色香が増しているように見えるのは、きっと気のせいなどではない。片側だけ撫でつけた前髪に、体に沿った青色のスーツ。薄暗い中でも映えるネクタイは……黄色? それにしては暗いから、山吹色あたりだろうか。
ただ一点。せっかく瞳や髪の色で纏めているのに、ポケットチーフだけは明るい紫色だった。──何を指しているのかなんて、聞きたくないし、知りたくない。下手な好奇心は人をも殺すのだ。いや、この場合は魔王か。
「ちょっとぉ、俺のこと無視しないでくれるぅ?」
「ああごめんね。光に見惚れてた」
「………ッチ、」
そんなことを考えている間にも、頭上では険悪な雰囲気が漂い始めていた。
いくら薄暗闇であるとはいえ、騒ぎを起こせば、すぐに視線は集まってくる。そんなことも分からないのか馬鹿どもが。声を上げない代わりに、太もものあたりを強めに叩いて、こちらに意識を向けさせた。
「静かにしろ。頼むから、もうこれ以上疲れさせないでくれ……」
「ごめんねぇみつる。でも先輩がさぁ~~」
「ははっ、俺を先輩だって呼べるくらいの礼儀はあったんだ?」
「だから喧嘩すんなって言ってんだろうが!!」
ひそひそ声で話してはいても、やはり限度というものがあって。言い争う三人組は、既に多方から怪訝な視線を向けられていた。これは……かなりよろしくない。
「えーと、天勝くん。君準備があるんじゃない? 何がとは言わないんだけど、もう寄付金の表彰までは終わってるみたいだよ」
「そんな他人行儀な話し方をしないで。素顔の君が好きなんだ」
「はぁーい、お触り禁止でぇす」
まるで警備員のように、琉架が間に割り込んで邪魔をする。
天勝は暫く粘っていたけれど、探しにきた生徒会の人間に、無理やり連れていかれていた。あの馬鹿力を連行するなんて、なかなかやるな……。
そう思いながら、すっかり冷めた料理を口に運ぶ。一流のシェフに依頼しているだけあって、味はなかなか悪くなかった。
そのまま食べ進めていれば、伸びてきたハンカチに口元を拭われる。気をつけて食べていたつもりだったが、汚れがついていたらしい。よりによってトマト系をチョイスしたのはお前だけどな。
「ねぇ、みつるは踊らないの?」
「…………ごくん。絶対やだ、これ以上目立ってどうするんだよ」
「目立つのが嫌なの?」
「まあ……一番はそうだけど……」
なあなあにして躱そうとすれば、琉架は急に立ち上がった。その口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。俺は知ってるんだ。これは悪戯を考えついた時の顔であると。
「目立たなければいいんだよねぇ。……うん、ちょっと付き合ってよ」
「やだよ、面倒くさい」
「ねぇ~お願い、ちょっとだけだからさぁ……。それに、ここにいるより絶対楽しいよ?」
答えに詰まって、少しだけ思考を揺らす。
確かに、琉架の言うことも一理あるのかもしれない。きっとあと数分で、講堂には叫び声のような歓声が満ちるのだろう。
あんなものに鼓膜を痛めつけられるくらいなら───。迷った末に握り返せば、悪戯好きの悪魔はにぃっと笑った。
琉架を一人で歩かせるには、絶好のタイミングと言えるだろう。……どうせ、生徒会のイベントが終わるまで明かりはつかないのだ。それならば、気を張っているだけ無駄じゃないか。
「くぁ………」
「眠たいの?」
「んん…」
うとうとしながら頷けば、頬をするりと撫でられる。薄着で冷えた体には、その温かさが心地よかった。
微睡の中、頭を揺らす。雑音にしか聞こえない話し声も、食器やグラスが合わさる音も、今は子守唄にしか聞こえない。起きなければと、そう思っているのに、重たい眠気は纏わりついて離れなかった。
「みつる~ご飯持ってき……っ、はぁ? 何でアンタがここにいんのぉ?」
「お帰り、琉架くん」
「うげぇ…その呼び方やめて。吐き気がする」
「光の服は君が選んだのかい?」
「……………そうだけどぉ?」
「いいね、すごく似合ってる」
「俺が選んだんだから当たり前でしょ。……当たり前なんだけど、アンタに言われると何かむかつく~」
頬に添えられていた手が、いきなり引き剥がされる。支えを失った頭が揺れて、ようやく意識が戻ってきた。
「……………?」
「あ、起きたぁ。みつる~危機感無さすぎるってぇ」
「おはよう、光」
ぼやけた視界で瞬きを数回。
ピントがあった先には、にこにこと笑う金髪の男がいた。反射的に立ちあがろうとして、ヒールにぐらつき蹴躓く。思わず目を閉じてしまったけれど、両側から伸びてきた手が腹に回り、間一髪、無様を晒さずに済んだ。
「あ…りがと、」
動揺する頭で、何とか言葉を絞り出す。……薄暗闇の中でまだ良かった。もし明るければ、先ほどの二の舞になるところだ。
うるさい心臓を抑えながら、ゆっくりと体を離していく。もう大丈夫だと告げたのに、金髪の男──天勝は、それでも巻きつけた腕を離そうとはしなかった。
「あの……もう大丈夫だから」
「まだ危ないよ、椅子に座ってた方がいい」
あまりに真剣な声音で言うものだから、その方がいいのかと、そんな気分になってくる。言葉の通り椅子に戻れば、天勝は案外あっさり手を引いた。
いつもより色香が増しているように見えるのは、きっと気のせいなどではない。片側だけ撫でつけた前髪に、体に沿った青色のスーツ。薄暗い中でも映えるネクタイは……黄色? それにしては暗いから、山吹色あたりだろうか。
ただ一点。せっかく瞳や髪の色で纏めているのに、ポケットチーフだけは明るい紫色だった。──何を指しているのかなんて、聞きたくないし、知りたくない。下手な好奇心は人をも殺すのだ。いや、この場合は魔王か。
「ちょっとぉ、俺のこと無視しないでくれるぅ?」
「ああごめんね。光に見惚れてた」
「………ッチ、」
そんなことを考えている間にも、頭上では険悪な雰囲気が漂い始めていた。
いくら薄暗闇であるとはいえ、騒ぎを起こせば、すぐに視線は集まってくる。そんなことも分からないのか馬鹿どもが。声を上げない代わりに、太もものあたりを強めに叩いて、こちらに意識を向けさせた。
「静かにしろ。頼むから、もうこれ以上疲れさせないでくれ……」
「ごめんねぇみつる。でも先輩がさぁ~~」
「ははっ、俺を先輩だって呼べるくらいの礼儀はあったんだ?」
「だから喧嘩すんなって言ってんだろうが!!」
ひそひそ声で話してはいても、やはり限度というものがあって。言い争う三人組は、既に多方から怪訝な視線を向けられていた。これは……かなりよろしくない。
「えーと、天勝くん。君準備があるんじゃない? 何がとは言わないんだけど、もう寄付金の表彰までは終わってるみたいだよ」
「そんな他人行儀な話し方をしないで。素顔の君が好きなんだ」
「はぁーい、お触り禁止でぇす」
まるで警備員のように、琉架が間に割り込んで邪魔をする。
天勝は暫く粘っていたけれど、探しにきた生徒会の人間に、無理やり連れていかれていた。あの馬鹿力を連行するなんて、なかなかやるな……。
そう思いながら、すっかり冷めた料理を口に運ぶ。一流のシェフに依頼しているだけあって、味はなかなか悪くなかった。
そのまま食べ進めていれば、伸びてきたハンカチに口元を拭われる。気をつけて食べていたつもりだったが、汚れがついていたらしい。よりによってトマト系をチョイスしたのはお前だけどな。
「ねぇ、みつるは踊らないの?」
「…………ごくん。絶対やだ、これ以上目立ってどうするんだよ」
「目立つのが嫌なの?」
「まあ……一番はそうだけど……」
なあなあにして躱そうとすれば、琉架は急に立ち上がった。その口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。俺は知ってるんだ。これは悪戯を考えついた時の顔であると。
「目立たなければいいんだよねぇ。……うん、ちょっと付き合ってよ」
「やだよ、面倒くさい」
「ねぇ~お願い、ちょっとだけだからさぁ……。それに、ここにいるより絶対楽しいよ?」
答えに詰まって、少しだけ思考を揺らす。
確かに、琉架の言うことも一理あるのかもしれない。きっとあと数分で、講堂には叫び声のような歓声が満ちるのだろう。
あんなものに鼓膜を痛めつけられるくらいなら───。迷った末に握り返せば、悪戯好きの悪魔はにぃっと笑った。
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