だって魔王の子孫なので

深海めだか

文字の大きさ
上 下
20 / 38
夜会嫌いの魔王様

第二十話

しおりを挟む
 時刻は夜会開始二十分前。

 入口でスマホを預けてボディチェックを受けた後、講堂の中へと通される。既に人でごった返している室内は、まさしく蟻地獄のようだった。

「琉架……絶対俺から離れるなよ。あと余計な喧嘩を売るな。お行儀よく、お行儀よくだ。わかったな?」
「はぁ~い」
「あっ、喧嘩を買うのも駄目だからな! ここであったことは全部笑顔で流すんだぞ!」

 聞いているのかいないのか。生返事に苛立ちはしても、喧嘩をしている暇などなかった。

 黒と薄紫。対照的なデザインに身を包んだ二人は、既に注目を浴び始めている。琉架に見惚れている人間が大半ではあるが、中には光への視線も混じっていた。……ああ、本当に嫌だ。
 内心ため息を吐きながら、隅へ隅へと移動する。壁の花とはよく言うが、今日ばかりは壁にへばりついていたかった。

「これはこれは朔魔様、今夜は一段とお美しくあられる。まるで月夜に咲く黒百合のようだ。──本日は、お兄様とご一緒ではないのですか?」
「狩矢様、お褒めの言葉をありがとうございます。兄は所用がございまして。……琉架、この方は狩矢家のご子息で僕の先輩にあたる方だよ。ご挨拶を」

 クソ野郎が。
 壁際に移動するまでの短い間。その隙を狙って話しかけてきた相手を呪いつつ、それでもにこやかに対応する。

 お美しいなんて言葉はただの飾りで、目の前の男の視線が、それを如実に表していた。
 端的に言ってしまえば、琉架しか目に入っていない。あからさますぎて、いっそ笑えるほどである。言外に"紹介しろ"という圧を無視することも出来ず、琉架に目線で促した。
 
「初めてお目にかかります。レヴィアタン・ディヴィア・琉架です。以後お見知り置きを」
「おお、レヴィアタンの方でしたか。どこかで拝見したことがあるとは思っていたのですが、まさかご子息ご本人とは」

 なんだ、やればできるじゃないか。
 綺麗な所作を眺めながら、ホッと胸を撫で下ろす。もし手に負えなくなったら、最悪こいつだけ置いて帰ろうと思っていたのだ。

 もともと夜会は苦手だし、暴走する馬の手綱を引き続けるほど、俺は器用でも優しくもない。まああくまで"最悪の選択肢"なのであって、選ばなくていいのなら、それに越したことはない。

「狩矢様、そろそろ夜会が始まりますので」

 続く言葉は口にしない。それが品位というものだから。言外に察せという回りくどさは、こうやって鍛えられていくのである。

「ああこれは失礼致しました」

 ほら、ちゃんと察してくれるだろう? あとは礼をして、立ち去ればいいという寸法だ。そっと右足を後ろに引けば、目の前の男は慌てたように口を開いた。

「あ、少しお待ちを。……もしよろしければ、ダンスのご予約をさせていただけないでしょうか。もちろん朔魔様の後で構いませんので」
「はぁ?」

 食い気味な低音を、肘でつついて止めさせる。パートナーがいる相手をダンスに誘うなぞ、あり得なくはないが、かなり強引なやり方だ。──この男は、よほど琉架のことが気に入ったらしい。

 本来であれば首を横に振ればいいだけなのだが、こうも注目を浴びた状態では難しい。
 何故かって? 家柄的には格下とはいえ、相手が上級生だからである。しかも割と面倒なタイプの。
 けれど、一度許してしまえば、後から後から誘いがくるのは目に見えていた。それを断るのにも、また頭を悩ませなければならないのだ。

(あー!! 面倒くさい!!)

 これだから夜会は嫌なのだ。周囲の視線はあからさまに、俺と琉架に集まっている。何と答えるのか次第で、アプローチを変えるつもりなのだろう。
 まったく、厄介な役目を引き受けてしまったものである。

 暫しの沈黙を挟んで、俺は琉架にしなだれかかった。もともと腕は組んでいたから、頭を寄せるような形に近い。
 驚きに口を開こうとする後輩を制しつつ、眉根を寄せて、男の方に目を向ける。

「……申し訳ございません。お恥ずかしい話なのですが、不慣れな靴を履いているせいで、彼に支えてもらわなければ立てないのです。──今回ばかりは、どうか見逃していただけないでしょうか」


 ………………


 痛いほど静まり返った空気の中で、俺は既に涙目だった。

 この場が柔らかい地面だったら、穴を掘って、即座に飛び込んでいただろう。
 胸を掻きむしりたくなるほどの羞恥心に、じわじわ精神が殺されていく。誰ひとりとして何も言わないのが、また恐ろしさを際立たせていた。

 特に琉架。いや、お前だけは黙るなよ。庇ってやったんだから、せめて同意くらいしろ。そう心の中で問い詰めても、もちろん聞こえている筈がない。

 すっかり俯いて床ばかりを眺めていれば、ごくりと、唾を飲み込むような音がした。

「朔魔様、お許しください。私の配慮が足りませんでした」
「あ……ああいえ、こちらこそ折角のお誘いを……」

 ようやく男が口を開いて、それに心底ホッとする。

 どうやら意図は伝わったらしい。張り詰めていた緊張が緩めば、途端に足が震え出した。──ただでさえ苦手な社交の場で、ここまで注目を浴び続けたのだ。足が震えるくらいで済んでいる方が、むしろ奇跡だとも言える。

 頼むから、早く向こうに行ってくれ……! 琉架のおかげで何とか立ってはいるものの、気力的にも体力的にも、既に限界に近かった。
 小さく震える体を見て、一体何を思ったのか。目の前の男が手を伸ばす。けれどその手は遮られ、剣呑な光を宿したオレンジが、うっそりと嗤っていた。

「それ、俺の役目なんでぇ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

過保護な不良に狙われた俺

ぽぽ
BL
強面不良×平凡 異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。 頼む、俺に拒否権を下さい!! ━━━━━━━━━━━━━━━ 王道学園に近い世界観です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

処理中です...