19 / 38
夜会嫌いの魔王様
第十九話
しおりを挟む
「はい、着いたよ~」
腕を引かれるままに車を降りれば、豪奢な扉に目を奪われる。黒地に金の装飾が施されたそれは、見上るほどに大きかった。扉でそんな様子なのだから、外観なんてお察しである。
敢えて言うなら権力の象徴。同じ洋風の造りでありながら、朔魔とは明らかに規模が違う。けれど、下品に見えないところが流石レヴィアタンとも言えるのだ。
──青いカーペットが敷き詰められた廊下を抜けて、琉架の部屋へと足を進める。もうここまで来たら引き返せない。無理に帰ろうと抵抗するより、さっさと準備を終わらせて、客室のソファで寝転がった方が効率的だ。
「で、準備って何だよ。お前が無理やり連れてきたせいで、俺、服も何も持ってきてないぞ」
「あはっ当たり前じゃん。何のために連れてきたと思ってるのぉ?」
琉架の部屋から繋がる扉。そこを開けば、部屋中にずらりと並んだ服、服、服。思わず顔が引き攣って、引き返そうと足を引く。けれど肩を掴まれて、眩しい笑顔で引き止められた。
「ね、みつる。今日は俺が上から下までぜぇ~んぶコーディネートしてあげる。嬉しいでしょ?」
ああ、語尾にハートがついている。なんて、そんなはずがないだろう。意図して吐き出された甘ったるい声音は、逃すつもりはないという悪魔の呪言だ。
「………お手柔らかにお願いします」
諦め混じりの声を吐けば、それと同時に、部屋の扉は閉まっていった。
▽
震える足で一歩を踏み出す。
精緻な彫刻が施された手摺は、正しく本来の意味で使われることに、さぞかし驚いていることだろう。けれどこちらも必死なのだ。
容赦なく、掴んだ両手で体重をかけ、ゆっくりゆっくり足を下ろす。隣できゃらきゃらと笑っている男が心底憎らしかった。
「あははっ、みつる下手すぎ~!」
「……お前ッ、お前のせいだからな!? なんでヒールなんて履かせるんだよ!! 俺は男だぞ!!」
「やだなぁ、そんな考え今更古いよ。それにハイヒールは、もともと男性用に考えられたものなんだし」
「え、そうなのか?」
「うん。まあ今は女性用が主流だけど、みつるが履いてるのはちゃんと男性用だよ。サイズもぴったりでしょ」
意外な歴史に驚きながらも、また一歩足を下ろす。確かにサイズはぴったりだけど、つま先立ちのような格好が、そもそも不安定で怖いのだ。
──首元にまで及ぶ精緻なレース。黒薔薇をモチーフにしたハイヒール。
現在光が身に纏っているのは、スーツというより、パンツドレスに近しいものだった。レヴィアディアの新作らしいのだが、どう考えてもサイズが女性のそれではない。
裾が広がった細身のパンツは足のラインを際立たせ、薄紫のチュールが、それを幾重にも覆い隠している。
一見華やかではあるが、バッスル部分に濃紫色のシルクシフォンが使われているため、伝統ある朔魔のイメージも損ねない。レースの手袋やツノ飾りも同じく濃紫のものに統一され、光の髪や瞳によく馴染んでいた。
ただ一点、耳元にだけは鮮やかなオレンジダイヤモンドが輝いている。琉架曰く"魔除け"らしいが、自分が何の子孫か忘れたのだろうか。
「もう、そんなんじゃ遅れるよぉ? 手摺に掴まるくらいなら、俺が支えてあげるのに~」
「馬鹿! お前は揺れるけど手摺は揺れないだろうが!」
「……判断基準そこぉ?」
そこ、不満げな顔をするな。どう考えても手摺の方が安定するだろうが。
やいやいと言い合いながら、ようやく最後の段差を降りる。けれど、その瞬間ある事に気づいた。
「手摺が……ない……!!」
「そりゃあ階段にしかつけないよねぇ……」
呆れたような目で見つめられ、言葉に詰まる。階段を降りるのに必死で、その先まで考えていなかったのだ。
「お手をどうぞぉ? お姫様」
「……お前、もう一回その言い方したら、二度と口聞かないからな」
差し出された右手を掴むのも何だか癪で、せめてもの抵抗に二の腕のあたりを鷲掴む。皺になろうが知った事か。
べえっと舌を出せば、琉架は何かを我慢するような顔をして、僅かに肩を震わせた。
……怒ってる怒ってる。その様子に内心ほくそ笑みながら、俺は目の前の扉へと、震える足を進めるのであった。
腕を引かれるままに車を降りれば、豪奢な扉に目を奪われる。黒地に金の装飾が施されたそれは、見上るほどに大きかった。扉でそんな様子なのだから、外観なんてお察しである。
敢えて言うなら権力の象徴。同じ洋風の造りでありながら、朔魔とは明らかに規模が違う。けれど、下品に見えないところが流石レヴィアタンとも言えるのだ。
──青いカーペットが敷き詰められた廊下を抜けて、琉架の部屋へと足を進める。もうここまで来たら引き返せない。無理に帰ろうと抵抗するより、さっさと準備を終わらせて、客室のソファで寝転がった方が効率的だ。
「で、準備って何だよ。お前が無理やり連れてきたせいで、俺、服も何も持ってきてないぞ」
「あはっ当たり前じゃん。何のために連れてきたと思ってるのぉ?」
琉架の部屋から繋がる扉。そこを開けば、部屋中にずらりと並んだ服、服、服。思わず顔が引き攣って、引き返そうと足を引く。けれど肩を掴まれて、眩しい笑顔で引き止められた。
「ね、みつる。今日は俺が上から下までぜぇ~んぶコーディネートしてあげる。嬉しいでしょ?」
ああ、語尾にハートがついている。なんて、そんなはずがないだろう。意図して吐き出された甘ったるい声音は、逃すつもりはないという悪魔の呪言だ。
「………お手柔らかにお願いします」
諦め混じりの声を吐けば、それと同時に、部屋の扉は閉まっていった。
▽
震える足で一歩を踏み出す。
精緻な彫刻が施された手摺は、正しく本来の意味で使われることに、さぞかし驚いていることだろう。けれどこちらも必死なのだ。
容赦なく、掴んだ両手で体重をかけ、ゆっくりゆっくり足を下ろす。隣できゃらきゃらと笑っている男が心底憎らしかった。
「あははっ、みつる下手すぎ~!」
「……お前ッ、お前のせいだからな!? なんでヒールなんて履かせるんだよ!! 俺は男だぞ!!」
「やだなぁ、そんな考え今更古いよ。それにハイヒールは、もともと男性用に考えられたものなんだし」
「え、そうなのか?」
「うん。まあ今は女性用が主流だけど、みつるが履いてるのはちゃんと男性用だよ。サイズもぴったりでしょ」
意外な歴史に驚きながらも、また一歩足を下ろす。確かにサイズはぴったりだけど、つま先立ちのような格好が、そもそも不安定で怖いのだ。
──首元にまで及ぶ精緻なレース。黒薔薇をモチーフにしたハイヒール。
現在光が身に纏っているのは、スーツというより、パンツドレスに近しいものだった。レヴィアディアの新作らしいのだが、どう考えてもサイズが女性のそれではない。
裾が広がった細身のパンツは足のラインを際立たせ、薄紫のチュールが、それを幾重にも覆い隠している。
一見華やかではあるが、バッスル部分に濃紫色のシルクシフォンが使われているため、伝統ある朔魔のイメージも損ねない。レースの手袋やツノ飾りも同じく濃紫のものに統一され、光の髪や瞳によく馴染んでいた。
ただ一点、耳元にだけは鮮やかなオレンジダイヤモンドが輝いている。琉架曰く"魔除け"らしいが、自分が何の子孫か忘れたのだろうか。
「もう、そんなんじゃ遅れるよぉ? 手摺に掴まるくらいなら、俺が支えてあげるのに~」
「馬鹿! お前は揺れるけど手摺は揺れないだろうが!」
「……判断基準そこぉ?」
そこ、不満げな顔をするな。どう考えても手摺の方が安定するだろうが。
やいやいと言い合いながら、ようやく最後の段差を降りる。けれど、その瞬間ある事に気づいた。
「手摺が……ない……!!」
「そりゃあ階段にしかつけないよねぇ……」
呆れたような目で見つめられ、言葉に詰まる。階段を降りるのに必死で、その先まで考えていなかったのだ。
「お手をどうぞぉ? お姫様」
「……お前、もう一回その言い方したら、二度と口聞かないからな」
差し出された右手を掴むのも何だか癪で、せめてもの抵抗に二の腕のあたりを鷲掴む。皺になろうが知った事か。
べえっと舌を出せば、琉架は何かを我慢するような顔をして、僅かに肩を震わせた。
……怒ってる怒ってる。その様子に内心ほくそ笑みながら、俺は目の前の扉へと、震える足を進めるのであった。
10
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?

過保護な不良に狙われた俺
ぽぽ
BL
強面不良×平凡
異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。
頼む、俺に拒否権を下さい!!
━━━━━━━━━━━━━━━
王道学園に近い世界観です。

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる